第32話 美少女JKモデル、ガチで渋谷デートする②


 その後、ウチは紗凪を引き連れて渋谷にあるショップをなにからなにまで見境なく物色していった。


 記憶のなかの渋谷、ウチのホームの渋谷がどこかにあるんじゃないか……


 そう思って歩き回ったのに、結局ウチが着れる服を置いてる店は、紗凪の言う通り、本当にただの一件もなかった。

 ……世界から見放されたような気がした。


「ダメだ、もう。ここは、りりあの渋谷じゃない。建物も店も同じなのに、全然違う。もういいや……帰ろ、紗凪」


 キャットストリートのド真ん中で、ウチはついに弱音を吐く。

 けど、返事が返ってこない。

 隣を見ると、紗凪は向かいの道に目を向けてた。


「紗凪? どした?」

「あ、ご、ごめんね……」


 言葉が喉をつかえるみたいに、紗凪は口を開いたり閉じたりする。


「でもあの、もう帰るならその……あの……」

「なに。どっか寄っとこあんの?」


 何気なくきくと、さなは顔を真っ赤にしながら頷いた。


「その、ずっと行ってみたかったお店が……そこにあって……」


 と、指差した先には、桃色に染まった店が口を開けてた。


 眩しいくらいのピンクと白。

 マネキンの服に、これでもかとついてるフリル。


 ウチは、店先を見ただけで、生クリームがいっぱいにはみ出たクレープを思い起こす。

 それは、乙女趣味全開、原宿発の新ブランドだった。


 噂にはきいたことあったけど、ウチも実際に入ったことはない。


「なに、あそこ行きたいの?」

「あ……その……」

「んじゃ行くべ。どうせ、渋谷にも用ないし……はぁーあ……」


 ウチは半ば拗ねながら紗凪を引っ張ってく。

 紗凪はその店の前に着くと、巣から這い出る小動物のように、恐る恐るなかに入った。


 最初に訪れた輸入店とは違って、この店は十代の女性客で賑わってた。

 一面のピンク。そして、似たような服を着る若い女子たちが、ウチの視界をゆらゆらと惑わせる。


 紗凪は、店の浅いところをチョロチョロ歩き回ってから、申し訳なさそうに一着の服を手にとる。

 袖がシースルーになってて、しかもフリルとリボンがついた装飾ゴテゴテのワンピ。

 まぁ、いわゆる地雷系っぽいやつかな。


「それ買うん?」


 ウチがきくと、紗凪は食い気味に手を振った。


「ま、まさか! サイズも全然違うし、わたしに似合わないし、シースルーはちょっと着れないし……買う気はないよ……」

「んじゃ、なにしに来たのよ」

「それは……こういう服、ちょっと憧れてたから……」


 声は蚊の鳴くように小さくしぼんでく。

 ウチは、恥ずかしがる美少女になんだかニヤニヤしてしまった。


「ほーん? 紗凪こういうの好きなんだ?」

「わ、わたしがこんなの憧れるなんて罰当たりだよね……! ごめんね、もう満足したから……帰ろ……」

「いや、一着しか見てないじゃん。他のも見なよ。サイズあるかもしんないし」

「そんなワケ……あの、ちょっとどこ行くの……山崎さん待っ……こんなかわいい場所に一人にしないで!」


 店の奥へ突き進むウチを、紗凪はあたふたと追いかけてきた。



   ◇ 



「仕方ないよ」


 バレリーナのチュチュみたいなフリフリのスカートを睨むウチがなにも言わないうちから、紗凪は悲しげに告げた。


「お店も商売なんだもん。需要のないサイズは置かないです……」


 その服は、どう見てもLサイズ以上なのに、ぶら下がるタグで、自分はSサイズだと頑固に主張してた。

 ウチは紗凪にしかめ面をしてみせる。

 紗凪は悲しげに頷く。

 ため息をつきながらスカートを元に戻す。どれもこれも、りりあ自慢の痩身では、ずり落ちてしまうのは明らかだった。


「んだなぁ……もういいや。行こうぜ」


 ウチは肩をすくめて店を出る。

 でも、隣に紗凪がついてこなかった。振り返ると、彼女はまた店先の地雷ワンピを眺めてた。


「……やっぱそれ欲しいんじゃん」

「ひゃあ!」


 声をかけると、紗凪はバッタみたいに飛び上がる。


「あっ! いやその、買おうとしてるんじゃないよ! そんな愚かなことは考えてなくてですね――!」

「なんでそんな恥ずかしがってんのか知らんけど……別にいいじゃん、買っちゃえば。着れない服でも、うぇーいってテンション上がんべ。ダイエットのモチベにもなるしさ」

「……虚しいだけだよ」


 小さな口から溢れた、微かな吐息。

 ウチは少し動揺した。

 紗凪のその暗い仕草が、あまりに悲しそうで、そして……震えるほど美人だったから。


 ウチはその瞬間、


「……はぁー! 勿体ねー!」


 思わず店内に聞こえるくらいのクソデカため息をついてた。


「アンタもウチの世界にいたら、メチャクチャモテてたのにね」

「えっ⁉︎」

「そのスタイルに、その顔の良さ、そんで性格もいいワケじゃん? んなもん、どんな男でも落とせるって。ガチよこれ」

「あの、山崎さん、もっと、もっとボリュームを下げて……」


 他の客たちの視線を気にして焦る紗凪。

 おもしろくて、ちょっとイタズラ心が湧く。


「あーあ‼︎ 私も紗凪くらい美人に生まれたかったなぁー!」

「山崎さんっ!」


 顔を真っ赤にした紗凪は、ウチの腕を取ってウチを外まで引きずっていく。

 ウチはゲラゲラ笑いながら、なすがままになってた。


 この世界に来てからのどの瞬間よりも、つか、前の世界を含めてさえ久しぶりに、ウチの心は幸せに満ちてた。


 あー、かわいい。


 やっぱ紗凪は、この世界で唯一のウチの味方だわ。



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