第31話 美少女JKモデル、ガチで渋谷デートする①


 久しぶりに降り立った渋谷は、まるで外国だった。


 若者の街っていうけど、若いってことは体型を気にする奴が多いってことで。

 そこは、地元の駅前よりもさらに脂肪でギュウギュウだった。


 人口密度は前の世界と変わんないのに、集まっているヤツらは今までの二倍の幅を取ってるから、道を歩くのさえ難しそうに思える。

 ウチらは、ベタにハチ公前で待ち合わせしてたんだけど、なんかもう既に疲れた。


 そんな相撲取りのパーティーでもあんのかって勘違いするような広場で待つこと数分。

 遠くから、肉壁を押し分けかき分けやってくるモデル体型の女がひとり。

 当然、紗凪だ。


「紗凪、コッチ」


 手を挙げると、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 なぜか涙目だった。


「山崎さん! よ、よかった……ここにいるの……もう、は、恥ずかしくて……」

「え? なんでよ」

「だ、だって、周りがみんな若くてオシャレだから……怖い……」


 そういう彼女は、デニムパンツに白の長袖シャツという、十代がチョイスしたとは思えないシンプルコーデだった。

 多分紗凪はなにも考えてないと思う。けど、スタイルの良さを活かす構成のせいで、手加減してやれよって思うほど、周りのファッションを上から叩き潰してた。


「どーこが」ウチは鼻を鳴らした。「ここにいんのなんて、揃いも揃ってデブのブスばっかでしょ」

「山崎さん! 外でケンカ売らないで……! お願いだから……!」


 紗凪が、慌てた様子でウチの腕を掴んで叫ぶ。

 言われてウチは、初めて周囲の目を意識した。


 周囲二メートルにいる人間が「なんだコイツら?」という風に顔を上げてる。

 つか、よく見たら、ウチらは通りすがりの人間たちから、頻繁にチラ見されてた。

 いくらポジティブりりあちゃんでも、そういう視線がウチらを笑い物にしたものだってことはわかる。


「見てよ、あのガリ二人組」

「うっわ、めっちゃブスじゃん。ウケる」


 彼ら彼女らは、声を小さくすることさえサボる。

 若さからくる、傲慢さ。

 隣の紗凪が右腕をしきりにさすって、さらに小さくなってた。


「……行くよ」


 ウチはイライラしながら紗凪の手をとって、デブのあいだを歩き始めた。

 この世界にいると、りりあは頭の血管が何本あっても足りないような気がする。


   ◇


「ど、どこ行くかって決まってたりとか、するの……?」


 怒りに任せて歩いていると、紗凪が後ろから、いかにも聞きにくそうに尋ねた。


「……そういや決めてないわ」


 そこでりりあは、ようやく自分がどこにいるのかに気づいた。

 まだ街の中心部ではあるけど、さっきまでの騒がしい広告だらけの場所じゃなく、古いビルがウチらを見下ろす地域に来てる。


 ウチが来た道を振り返ると、視界の端に、一軒のショップを見つけた。

 オフホワイトのビルの並びにぽつんとあるその店は、まるで繁華街にある店を摘んで植え込んだみたいだった。


「あれ、入ろ」


 ウチが指差すと、紗凪は石になった。


「ほ、ホントに? あんななんか照明からマネキンまでオシャレな……見るからに高級そうなあのお店に……?」

「え、好みじゃない?」

「いやそういうことじゃなく……でも、 わたしたちにはちょっと敷居が高いというか……多分買える服ないんじゃないかなぁ」

「そうでもないっしょ」

「あ、あの、ちょっと待って……!」


 ウチは話を止めないまま、なんの躊躇いもなく、店舗のドアを開けた。


 店内はラグジュアリーって言葉を色にしたみたいな、シャンパンゴールドの光に溢れてた。

 耳を澄ませると、ゆったりしたクラシックがわずかに流れてる。

 陳列されている服と服の間隔が無駄に広い。高級店あるある。


 今の時間は、ウチと紗凪の他に客はいなかった。

 奥に立つシックな黒い服に身を包んだ女性が、ウチらを見て、丁寧に頭を下げる。


「いらっしゃいませ」

「あ、ハィィ……すいません……」


 情けない声で頭を下げ返す紗凪を無視して、ウチは服に真っ直ぐ近づき、手早く確認してみる。

 輸入品を扱ってるらしい。ざっと見た限り、陳列されているブランドはりりあも知ってるものだ。


 が、値札をみてウチは驚いた。

 値段が予想の一・五倍くらい高いのだ。


 んだここ……ぼったくりか?


 ウチは頭を傾げ、そのなかの一着を手にとってみる。

 そんで、やっと気づいた。


「……ねぇ、紗凪」

「はぃ、なんですか……早く帰りたい……」

「これ、Sサイズなんだけどさぁ」


 ウチは服を自分の体に当てて、


「デカくね?」

「え……?」


 紗凪は眉を顰めた。

 服の大きさにではなく、ウチの疑問こそが疑問だという様子で。


 そして徐々に、理解と憐みの視線をウチに向け出した。

 ……なんかむかつくんだけど。

 

「なに、その目は」

「あ、ごめんね。でも山崎さん、ホントになにも知らないんだなぁって……」

「はぁ? ここにあるブランドとか、紗凪より知ってんですけど!」

「わっ! あ、あのね、山崎さん……!」


 紗凪は奥の店員をしきりに気にしながら囁いた。


「私たちくらい痩せてたらね、普通、3Sとか売ってる専門店に行くんだよ」

「す……え、なんて?」

「スリーエス。普通のSよりもっと小さい服。こういうお店には、というか、渋谷みたいな街には、私たち用のサイズの服は扱われてないんだよ……」

「はぁ⁉︎ 渋谷なのに? ウチのサイズ置いてないの? マジで?」

「うん……ごめんなさい……」


 渋谷を代表して紗凪が謝る。


「お客様?」


 鈴の鳴るような声がして振り向くと、いつの間にか店員が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。


「Sサイズ以下をお探しなんですか?」

「うん。これより小さいのってないの?」

「お生憎ですが……」


 店員さんの笑いには、小バカにしたような感じがあった。


「……んじゃいいわ」


 ウチはもうムカっ腹立って、床を踏み鳴らして店を出る。

 振り返ると、何度も店員に頭を下げる紗凪が見えた。




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