第64話 美少女JKモデル、ガチで前を向く


「……あさーん。りりあさーん。大丈夫っスか?」


 暗闇で誰かの声がウチの名前を呼んでる。

 目を開くと、茶色の地面に上靴が見えて、目を上げるとよしひとがいた。


「あ、起きた。平気っスか?」

「……平気」

「そうっスか。気持ちいいくらいのやられっぷりっスけど」

「うるせぇよ……」


 ウチは体の下に手を入れて起き上がりながら、モゴモゴ返事する。


 口のなかに違和感があった。

 石のような硬いものが下の上に転がってる。


 吐き出してみるとそれは大理石みたいな白いカケラだった。

 もしかしてと歯を舌でなぞると、前歯の一部が消えている。


「歯だ……」

「え、折れたっスか」

「うん。折れたっつーか、欠けた」

「あー、もう少し早めに助けに来たほうが良かったスかね」

「別にいいよ。ますますブスになっちゃったけど、最初からブスなんだから、関係ないし」


 仰向けにひっくり返る。


 一方的にやられっ放しだったこの状況にも、不思議と悔しさは感じなかった。


 こっちの武器は奪われ、証拠の電源タップさえ回収された。

 スマホも叩き割られて、ウチボコボコ。歯も欠けた。


 紗凪がいなくなってから、ウチの毎日は散々だ。

 でも、それもこれも、全部自分が原因だって言うんだからさ。笑っちゃうよ。


 視線の先にある冬の空は、ずっと高くて澄んでた。

 その綺麗な青色に、ウチのなかに澱んでた黒いなにかも、吸い取られてく気がする。


「ごめん、よしひと」

「ん? なんスか?」

「失敗した。まる子は口滑らせねぇし、録音するやつ取られたし。なにも成果出せなかったわ」


 ウチはゆっくり流れる雲を眺めながら報告する。

 すると、よしひとは笑い声を上げた。


「なに言ってるんスか、りりあさん。大成功っスよ」


 謎なことを言うよしひとに、ウチが顔を上げると、彼女は得意げに仁王立ちしてた。


「まる子さん、ちゃんと吐いたじゃないっスか。『盗聴なんかさせやがって』とか、『絶対落とす』とか」

「いやだからそれは――」


 ここまで言って、ウチはようやく気づく。


「……アンタ、なんでまる子の言ったこと知ってんの?」

「え?」


 すっとぼけながら、彼女は口の端が目尻につくんじゃないかってくらい口角上げてニヤニヤしてる。

 まったく悪い顔だ。


「もしかしてアンタ、近くにいた……?」

「いえ、そこそこ遠くにいたっスよ。電波の届く範囲内で」

「は?」


 ウチが眉を寄せると、よしひとはウチの反応を楽しむみたいに満足げにする。


「まる子さんが持ってった電源タップ、実はあっしが買った偽物なんスよ。中には電池で動く盗聴器を仕込んでまして、つまり会話は二重に盗聴してたってワケっス。ちなみに、今も流れてるっすよ」


 そう言って、自分の耳を叩く。

 そこにはイヤホンが繋がってた。


「おぉ、よしひとさすがじゃん。でも、なら前もって教えてくれてもよかったんじゃね?」

「教えたら、りりあさんがへこまないじゃないですか」

「……は?」

「本気でガッカリしてもらったほうが、まる子さんの口が滑るっス」


 ウチはよしひとの立ち姿をマジマジと見つめた。

 彼女と出会ってからの記憶が、脳みそにドドドッと流れてくる。


 ホントにコイツ、いつかぶん殴ったほうがいいんじゃないだろうか……


「というか、りりあさんに本当の証拠品渡すわけないじゃないっスか! 絶対無くしたりして危ないっスもん!」


 ウチは彼女の足をぶん殴った。


「痛っ! なにするんスか、りりあさん!」

「なんかムカついた」

「なんスかその理由! 暴力反対っス〜!」


 よしひとが「酷いっス〜」と言いながら足をさする様子がおかしくて、ウチはようやく少し笑えた。


 明るい気持ちになれたのは、ずいぶん久しぶりな気がした。



―― 第6章 話す。見上げる。知る。  了 ――



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