第7章 ブスは死ね

第65話 美少女JKモデル、ガチでミスコン本選に出る


 文化祭当日は、見事に晴れて暑いくらいだった。

 屋台に、舞台に、正門ゲートに、あらゆるところに人が溢れて、行き来するのも難しい。


 二次選考、三次選考と太った女でギュウギュウになってきた控室用の空き教室は、今日だけはガラガラだった。

 候補者は、ついに五人に絞られた。ここまで来ると、わざわざ本番前に陰口を叩くような暇なヤツもいない。ツレと話をして気を紛らわせたり、ひとりで精神統一してたり、自分のことで精一杯って感じだ。

 だから、不意に名前を呼ばれて、ウチは少し驚いた。


「山崎さん」


 振り返ると、節子が後ろに立ってた。いつものように首をムカつく角度に傾げてる。


「なに、なんか用」

「別に? 緊張してそうだったから、話しかけてあげただけだけど」

「はぁ? んなもんウチがするわけないじゃん。緊張してんのはアンタのほうじゃないの?」

「そうね、貴方はそんな繊細さ持ち合わせてないものね」


 彼女は、ウチの威嚇を軽く流して勝手に隣に座ってきた。なんかウチのあしらい方が手慣れてきてて、腹立つんだけど……


「それにしても、いつもは吠えたり怒ったりでキーキーしてるのに、今日はやけに大人しいじゃない。あの子は? 川門前さん」

「かわ……あぁ、よしひとのことか。アイツは『どのクラスのチラシが一番惹かれるか比べてくるっス!』って言ってどっか行った」

「そう。独特な楽しみ方」


 節子は特に興味もなさそうに言ってから、別の名前を出してきた。


「生駒さんは?」

「アイツは……」


 ウチは言葉を詰まらせた。


「……既読はついてる」

「そ」


 彼女はそっけなく返事する。それだけで、だいたい伝わったのがわかった。


「それで、なにするの、今日は」

「……アンタ、急に話飛ばすのやめたほうがいいよ。なんの話してんのかわかんないから」

「今日の本番で、なにか楽しいことするのかしらって。貴方、ずっと思い詰めたような顔してるから」

「別に? イメトレしてるだけだし」

「そう。テロでも起こすかと思ったのに、残念ね」


 そう言うと、やけに優雅に彼女は立ち上がった。香水を振ってるのか、フワッと揺れた黒髪からは、柔らかな柑橘系の匂いが香ってくる。


 いい女だな、と素直に思った。


 気取ってるし、いけすかないし、致命的にそりが合わないけど、ミスコンを勝つだけの説得力とオーラが彼女にはある。今のウチなら、それを認められる。

 だからこそ、ウチはほんの少しだけ申し訳ない気持ちになる。


 節子の予想通り、ウチとよしひとはこのミスコンをぶっ壊そうとしてるのだから。



   ◇



 一夜にしてお祭り仕様に様変わりした学内でも、一番大きな変化は校庭に作られたメインステージだっただろう。

 大きな舞台には派手な色味の装飾が施されて、デカいスピーカーが四機も立てられてる。

 そこが、この学校での伝統行事であり、最も盛り上がる企画である、ミスコンの舞台だ。

 

 控室で衣装に着替えてからここまで歩いてきたが、辿り着くまでに、たくさんの失笑をかけられた。

 多くは、ウチを知らない学外の人間によるものだ。


 ま、こんなドブスがミニスカ履いてイキってたら、そりゃ笑うよな。

 ウチもそっち側だったから、よくわかる。


 逆に、応援してくれるファンはよくついてきたもんだと感心もした。

 ウチはただ自分がブスだって認めらんなかっただけだけど、彼女たちは全部理解したうえで、ウチについてきたんだから。

 人の評価ばっか気にするウチなんかより、よっぽどロックでかっこいい。


 開催時間になると、MCが前に飛び出していった。爆発みたいな歓声が校庭に轟く。

 みな、ミスコンっていう祭りに参加して、勝者を自分の一票で左右したいと思ってる人間たちだ。盛り上がりは今までの審査の比じゃない。


 ウチは、ステージに上がって、驚いた。


 広い校庭の半分くらいが、人で埋まってる。

 人数にして数百人。

 学校の一学年を全員集めても足りないだろう。


 想像を遥かに超える規模だった。


 そんな人間たちが、たった五人の候補者を見るために集まってる。

 もちろん、ウチは全員ジャガイモだと思ってるので緊張も恐れも抱いてないのだけど、それでもお客さんたちがこの催しを楽しみにしてたのは充分感じ取れた。


 だからこそ、小さな罪悪感に心が痛む。

 今から、彼らの無邪気な楽しみをウチが台無しにするんだ。


 水色のペンキで塗りたくったみたいな空の下で、最後のアピールが始まった。



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