第8話 美少女JKモデル、ガチで美女を救う④


 マックのある駅前は、学校以上に信じられない光景が広がってた。


 ウチは、目ん玉を真ん丸にして、そこらを歩くサラリーマンとかおばちゃんたちとかを凝視する。

 程度の差はあるけど、9割が健康診断で引っかかりそうな体型をしてた。男女問わずだ。


 なんだこれ。

 みんな揃ってブクブク太りやがって……


 苦い顔をするウチの隣で、紗凪はさっきからずっとブツブツ呟いてた。


「わたし今、平日になぜか街歩いてる謎のJKなんだ……すごい……憧れが叶った……」

「なにボソボソ言ってんの?」

「ひゃい! ごめんなさい!」


 頭上に小さい汗が飛ぶのが見えるみたいな慌てよう。

 こういう仕草とか困り眉が隙にみえて、ウチのなかの好感度がより上がる。

 これで、化粧さえしてないのだ。すべてが天然物ってワケ。エグすぎ。


 そんな彼女が、前方不注意でスーツ姿のデブ男とぶつかった。


「痛っ……」

「ご、ごごごべんださい」


 紗凪がカミカミの謝罪をしてる。

 実は、人にぶつかるのはこれで三度目だ。

 ぶつかった男は、嫌そうに顔を歪ませると、肩をわざとらしくはたいて去っていった。

 普通、こんな美女にぶつかられたら鼻の下伸ばしそうなもんだけどな。

 なかなかやるじゃん。



 店に到着したウチらは、カウンター前に立った。

 昼下がりなので、人は少ない。


 メニュー表を見ると、カロリーセットという代物が目に飛び込んできた。

 バンズに挟まるパティは八枚で、そこにLサイズのポテトとナゲットまでついてくる。

 なにこのデブが作った最悪のセット……誰が頼むんだよこんなもん……


 ウチは、普通にてりやきバーガーとサラダに決める。


「紗凪はどうする?」

「ひぅっ⁉︎」


 隣で紗凪が跳ね上がる。


「なに、どした」

「いきなりの名前呼びに驚いてしまって」

「あぁ、ゴメン。急に距離詰めてくんなってことね」

「い、いえ、だいじょぶです……慣れてないだけで、う、嬉しいので……」


 彼女はそう言うと、店員に向かって、


「カロリーセットで……」


 と、ハッキリ告げた。


 いたよ頼むやつ……



   ◇



 デブな店員から注文品を受け取ったウチらは、二階でハンバーガーを貪ってるデブな客たちの間を抜けて、席につく。

 わかってたことだけど、デブとハンバーガーの組み合わせは、目にするだけで胃もたれがしそうだった。


 アメリカ人かお前ら。


 一方で、目の前にいるのは、発光してるかと勘違いしちゃうくらいの超絶美少女だ。

 さらにそいつが食ってるのは、パティが八枚積み重なったハンバーガー。

 ……頭おかしなるて。

 

「な、なにかついてますか……?」


 視線に気づいた彼女がきいてくる。


「いや別に、紗凪みたいな美人がいてよかったわと思って」

「ぅえ⁉︎」

「だってさ、あのまま美人がウチ一人だったらヤバかったもん!」

「え、ちょ、と、静かに! 恥ずかしすぎます……!」


 あたふたと紗凪が小声で諭してくる。

 けど、ウチの愚痴は止まらない。てか止める気ない。


「はぁ? 別に真実話してるだけじゃん。てかさ〜、なにあのガッコ! ブスばっか! つか、この街もブスしかいねぇ!︎ 意味わからんくない⁉︎ そう思うっしょ⁉︎」

「そ、そうですかね……」

「そうだよ! デブだしさぁ! 目は小せぇしさぁ! 足短ぇしさぁ! キモすぎでしょ! ウゼーッ!」

「あ、あの……もう少し声を落としてほしいのと……あとその、山崎さんってそんな感じの人じゃなかったと思うんですけど……一体どうしたんですか……?」

「え、ウチら元々知り合いだった感じ?」

「いや、話したこともなかったですけど、勝手にシンパシーを感じてたので……」


 と言ったところで、紗凪は意外そうに目を見開いた。


「って、覚えてないんですか? わたしたちが初対面だってこと」

「え、まぁ、うん」


 ウチはフツーに頷く。

 すると、紗凪は眉間に少し皺を寄せて、首を傾げ始めた。


 あれ、なんか答えマズったかな……


「……さっき、車に轢かれたって言ってましたよね?」

「いやまぁちょっとよ。別にバーンって轢かれたワケじゃないから」


 ホントはバーンどころか、ボキボキボキーッ! って感じだったけど。


 紗凪は百カラットの宝石みたいな澄んだ瞳でウチの目を見つめてくる。


「えっと……一応フィクションみたいなことが起こってると仮定して、わたしも釣りを覚悟でマジメに答えるとしたら……その……山崎さんの言うことは、全部反対になってると思います……」

「え、なにそれ。どゆこと?」


 ウチが尋ねると、紗凪が白いほっそりした指を三本立てて話し始めた。


「さっき山崎さんが挙げていた、太っていること、目が小さいこと、足が短いこと。これは全部、美人の条件です」

「……なんて?」

「逆にわたしたちは、体が細いし、目は大きいし、足は長いですけど、これは全部ブスの条件になります。顔が小さいとか、鼻が高いとかもマイナス点です」

「んん??」


 声は聞こえてたんだけど、中身が全然入ってこない。

 紗凪は構わず結論した。


「多分、常識がひっくり返っちゃってるんですよ。山崎さんのなかで」


 紗凪の言葉が、頭の中でグチャグチャと混じり合った。

 ウチの小さい脳みそがグルグル回って、ようやく少しずつ、繋がってくる。


 常識がひっくり返ってる?


「……え、なに。つまりウチらは『ブス』だってこと?」

「はい……それもメチャクチャなレベルの『ブス』だと思います……」


 紗凪は暗い顔をした。

 

「いやいやいや……」


 ウチは笑う。


「いやいやいやいや……」


 笑いが込み上げてしかたない。


「いやそんなん信じられんわ!」


 そしてガチギレした。


「え、なに? ウチらがブス? ウケんだけど! ねぇ、お兄さん!」


 ウチは振り返って、後ろの席でスマホをイジってた太めの男に奇襲する。


「え⁉︎ は、はい」

「ウチらって、美人だよね」


 ウチと、背後にいるさなを親指で示す。

 すると、彼は喉にバンズが詰まったみたいな表情をして、つらそうに言葉を吐いた。


「あ……っと……そう、っすね……美人だと、思います……」

「………………ふぅん」


 ウチはそいつを解放して姿勢を戻すと、真っ赤になった顔を両手で覆う紗凪に、真剣な調子できいた。


「マジでブスなの、ウチら」

「一般的には……」

「は〜っ!」


 クソデカため息。

 なにそれ! 全然理解できんのだけど!


「どういうこと⁉︎ ウチらは誰がどう見たって美人でしょ!」

「もう勘弁してください……人様の視線が痛い……」

「はぁ? デブのことなんて気にすんなよ!」


 つか、それどころじゃないんだわ!

 ウチは状況を整理する。


「待ってよ、一旦全部信じるとしてさ。んじゃあ、アンタは全ブス要素兼ね備えてるドブスだって言ってんのよね」

「はい……その通りで……」

「んじゃ、どうしようもないブスでクラスカースト最下位の気弱な根暗女だからいじめられてましたってワケか」

「その通りです……心が痛いので、そのへんで……」


 紗凪は懺悔するように頭を下げる。

 ウチは、ほぼ氷だけになったドリンクを吸いながら、熱い頭で考えた。


 たしかに、ウチらがブサイクだとすれば、教室で笑われたこととか、不良のでデブどもがイキってた理由とかは、辻褄が合ってくる。


 でも、だからなによ。

 紗凪がカースト最下位なら、ウチもそこに落ち着けってこと?

 しかも、あの巨デブ女たちがいびられんのを黙って耐えとけってワケ?


「そんなん、許せるかよ……」


 怒れるウチの対面では、さっきまで真っ赤だった紗凪の顔が、今度はゲロ吐きそうなくらい白くなってた。

 

 手元のタワーみたいなハンバーガーは崩れ落ちそうだった。半分もなくなってない。

 油分が多すぎたのだ。


 美人というレッテルが消えてしまえば、彼女はただ食べるのも遅くてどんくさい野暮な女と化す。


 なら、ウチは?

 美人でなくなったウチは、どんな女……?


「あーウッザ! どうでもいいわ!」


 ウチはドリンクをトレーに叩きつけると、紗凪に指を向けた。


「とりま今日からダチね、ウチら」

「へ……?」

「ダチ。デブばっか見てるとツラくなってくるじゃん。だから、紗凪みたいな美人と遊んで癒されないといけないワケ。いいよね?」


 答えはない。

 が、彼女の顔は再び赤に戻ってる。


「え、なんで黙ってんの……もしかしてヤダ?」

「えっと……一応確認なんですけど……友達料払わなくても大丈夫ですよね……?」


 ウチは思わず吹き出した。


「ウケる! 当たり前じゃん! なにその友達料って」

「あ、知らないなら大丈夫……ならあの、こちらこそよろしくお願いします! その、ツラさを共有しましょう、ブス仲間として……」

「は? ブス仲間? ちげぇから」

「え……?」


 キョトンとする紗凪に、ウチは店内に響く大きさで、高らかに宣言した。


「これからウチが、この世界の常識を正してやんだよ。んで、ウチらが美人だってこと、認めさせてやる!」


 店内の人間全員が、口をポカンと開けて、ウチを眺めてた。

 紗凪はウチを見上げて、ポツリと呟いた。


「強すぎる……一生ついていきます……」




―― 第1章 美少女→ドブス ドブス→美少女 了 ――





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