第53話 美少女JKモデル、知る③


 紗凪の声はずっと感情が読めなかった。


「悪口を言われすぎるとね、人の目が怖くなるの。外に出るのが怖くなるの。子供の頃に想像してた普通の人には、自分は絶対なれないんだって知って、死にたくなるの。社会の全部を恨みたくなるの。それで、そんな汚れて陰気な自分が、一番嫌いになるの……」


 頭のなかで、暗い部屋でパソコンの光を浴びる紗凪の絵が浮かぶ。


「顔を見せるだけで人に嫌われる。生きてるだけで人を不快にさせる。それが辛くて泣いても、それも気持ち悪いって言われるから、わたしたちは泣くことさえ許されない……」

「そんなの、考えすぎでしょ。泣いたらいいじゃん。誰もアンタに泣くななんて言う資格ない」

「それは、りりあちゃんがわたしを美人だと思ってるから、言えるだけじゃないかな……」

「えっ? なに、どゆこと?」

「たとえば、今のわたしがりりあちゃんが元いた世界のブスだったら……どう思う?」


 止める間もなく、ウチの脳みそは、勝手に想像を始めてしまう。

 紗凪の問いかけは――残酷なほど効果的だった。


 今、目の前にあるドアの向こうにいるのが、紗凪ではなく、ドラムだったら……?

 ドラムが、自分がブスなことを悲しんで、部屋でひとり泣いてるのだとしたら……?


 ――なに泣いてんの? ブスに生まれたお前が悪いんでしょ。

 ――ブスが泣いてもキモいだけだから、早く泣き止んでくんね?

 ――つかさっさと死ねよ。マジ不快。


 頭に浮かんだ、いや、実際に言ってきた言葉は、絶対に紗凪の前では言えないことばかりだった。

 毒々しい色をした悪口たちは、ウチの胸のなかで渦巻いて、真っ黒な快楽を思い出させる。


 ウチは今まで、なにを言ってきたんだ……?


 なにも答えられなくて黙ってると、それだけで紗凪には見透かされてしまった。


「……正直だよね、りりあちゃんは。嘘がつけない」

「ちが――ッ」

「なら、もし私がとっても太ってて、とってもブスでも、イジメから助けてくれた? 一緒にハンバーガー食べてくれた? 一緒に渋谷まで洋服買いに行ってくれた? こうやって家まで来てくれた?」

「……」

「恥ずかしいと思ったんじゃないかな、きっと」

「そんなこと……」


 ない?

 否定し切る自信は、今のウチにはない。


 相手が美少女の紗凪だったから、そうしたんだ。


 ドラムだったら……イジメられてても間違いなく助けなかった。

 なんなら、ざまぁとさえ思っただろう。


 でも、その立場が、今の紗凪なのだ。


 ウチの脳が混乱する。

 今話してるのがドラムか紗凪か、わからなくなってきた。


 紗凪の卑屈な笑い声が響いた。


「りりあちゃんはわかってないんだよ、ブスでいるホントの怖さも、苦しさも。でも、そんなのは知らないほうがいい。早く戻れるといいね、元の場所に。ミスコンも応援してるよ。見には行けないけど」

「……アンタ、ミスコンまで休むつもり?」

「ううん、ずっとかな。学校は辞めるから」

「んな――っ」


 ウチは思わず固まってしまった。


「紗凪、アンタ気にしすぎだよ! 中退なんてしなくていい。所詮ブスの言うことなんて――」

「聞く必要ない? ブスの言うことは無視していい? ブスだからバカにしていい?……全部、わたしが今まで言われてきたことだよ、りりあちゃん」


 紗凪の小さな声は、ウチの浅い言葉を切り裂いてく。


「酷いこと言ってごめんね……でも、これからはもうりりあちゃんとも会えなくなるから、許して。わたしのこと友達って言ってくれて、嬉しかったよ……ホントに……ホントに嬉しかった……」

「待てって。中退してどうすんのよ。中卒になんの? 結局、そのまま働くんだから、結局周りにバカにされんのは変わんないよ?」

「……やっぱり、中退じゃ意味ないのかな」

「そ、そうだよ! 高校だけじゃない! どこ行ってもウチらはそういう目で見られんだよ! なのに、こんなんでいちいち病んでたら、これからの人生生きてけねぇって!︎」

「そうだね……なら、やっぱり死んだほうがいい……」


 カチカチカチカチ――

 今までで一番連続した音が、ドアから漏れてくる。


 ようやく、ウチは謎の音に違和感を覚えた。


 これ、パソコンの音じゃなくね……


 頭のなかで硬い謎の音が、『死』という漢字と繋がって……紗凪の『腕』に飛ぶ。


 その瞬間、氷水を内臓に直接かけられたみたいに息ができなくなった。


 ウチのバカ……!



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