第54話 美少女JKモデル、知る④


 瞬発的にドアノブに手をかける。

 扉には鍵がかかってない。あっさりと開く。


 中に駆け込む。


 ……紗凪の部屋は、闇に包まれてた。

 厚手のカーテンは締め切られてて、わずかに部屋を照らしてるのは、カーテンの下から漏れる白い光だけ。


 部屋の中央。

 紗凪のシルエットがうっすらと浮かんでる。


 ウチは刺激しないように恐る恐る近寄いてく。


 想像通り、彼女の左手には、カッターが握られてた。

 長く歯が出されて、赤く濡れている。


 そして、右腕は、新しい切り傷の跡でズタズタになってた。

 それはもう、リストカットとさえ呼べないレベルだった。


 深々と肉に刻み込まれた印からは、ダラダラと血が止まることなく流れ続けている。

 不健康な腕の白さを、攻撃的な赤が食い荒らしていく。


 すぐに気づかなかった自分に、激しい怒りが湧いた。


「紗凪! アンタ――!」

「大丈夫だよ……これくらいなら平気……」

「平気なワケないだろ! 死ぬ気かバカ!」

「こんな程度じゃ死ねないよ。知ってるから」


 紗凪が、落ち窪んだ目で笑う。


「本当に死ぬ気なら、もっと効率的なやりかたがいっぱいある。結局、まだ迷ってるんだよ。ダサいなぁ」


 まるで痛みも感情も持たないロボットのように、紗凪はじっと傷跡を見つめる。

 その空っぽさに、ウチの背筋が震えた。


「と……とにかく、血止めないと! なんか……なんか、止めるやつ……!」

「包帯があるよ」

「あるよじゃねぇんだよ! どうやって巻きゃいいんだよ」


 慌てるウチを差し置いて、紗凪は床から筒状の包帯を手に取ると、クルクルと手際よく巻いていった。

 一瞬で、彼女の腕は白と朱の混じった布に固く拘束される。


 その様子はまるで、自分で自分の自由を奪うみたいだった。


「……今日はありがとね、山崎さん」


 紗凪は初めてウチに笑顔を見せる。

 でも、ウチは喉が締まった。


「……ねぇ、なんで呼びかた戻ってんの。りりあって呼べって言ったじゃん」

「あれ、なんでだろ……でも、今はそうしたい気分かな……ごめんね」

「ねぇ、やだ。紗凪。りりあって呼んでよ」

「じゃあ、またね」

「ねぇ紗凪!」


 ウチが肩を揺さぶると、彼女は少しだけ笑った。


「……痛いよ」


 ウチはハッとして手を離す。

 紗凪は、それきり話をしなくなった。


 ウチがなにを話しても、触っても、まるで操られた後の人形みたいに、ただ座り込んで、床に垂れた血をじっと見つめてる。


 無視してるというより、外の刺激を全部ブロックしてしまったみたいだった。


「……ウチ、また来るから」


 返事はない。


「絶対来るから」


 反応もない。

 それでも、ウチは意地になって伝えた。


「なんて言われても、ウチは紗凪の味方だから!」


 光のない彼女の瞳を最後に覗き込んでから、ウチは立ち上がって、開けっぱなしのドアから廊下に出る。


 そして、扉を閉めようとした、そのとき――。


「……わたしは、山崎さんも怖かったよ、ずっと」


 ウチの顔は、歪んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る