第59話 美少女JKモデル、敵を知る③


 ウチは思わず大声で聞き返してしまった。

 唐突な話の流れについてけない。


「ちょちょ、ちょっと待ってよ! はぁ⁉︎ なんでそもそも、まる子がタップ持ってんの? 盗んだってこと?」


 ――盗んだんじゃなくて、元々まる子さんのなんすよ、りりあさん。思い出してくださいっス。あの電源タップ、最初に見つけたのまる子さんっスよね?


 言われて、ウチは記憶を巻き戻す。

 確かに、あそこにコンセントがあるって教えてくれたのは、まる子だった。

 一次審査のすぐ後の、インタビューの日だ。


 ――あれ、見つけたんじゃなくて、まる子さんが自分で仕込んだんスよ。まる子さんがあっしらより先に部屋にいたのはそのためっス。本当はあっしらと会ったのはハプニングだったかもしれないっスね。

「そんな……なんのために……」

 ――あっしらの弱みを握るために決まってるじゃないっスか! ずっと狙われてたんスよ、初対面のときからずっと!


 ウチは、言葉も返せなかった。


 ウチのなかでは、まる子は『いい子』扱いだった。

 見た目はそこまで良くなくても、愛嬌と人当たりの良さで友達も多くて、悪いことからは遠そうに見える。


 そんな子が、壁越しにウチらの会話にじっと聞き耳を立ててた……?

 ウチをミスコンから下ろすために……?


 頭に浮かんだそのイメージは、どんなホラー映画よりも不気味で怖かった。


 ウチは、いつ彼女に恨みを買ったの……?

 盗み聞きされなきゃいけないくらい、嫌われてたの……?


 なにも理解できない……


 キモチワルイ……


 ――なので、紗凪さんの配信がバレたのは、あっしらのせいっス……


 初めて、よしひとの声は気落ちしたみたいに暗くなった。


「それは……ウチらが家庭科室で喋ったからってこと……?」

 ――それしか考えられないっス。


 オーバーキルだった。

 なんの喩えでもなく、紗凪を追い詰めたのはウチになってしまった。


 ミスコンに引きずり込んで、秘密をベラベラ喋って、結局それで暴露されて……

 ウチ、いないほうがよかったじゃん……


 ――まさかミスコンで盗聴までされるとは思ってなかったっスけど。もっともっと警戒すべきだったっス……敵を甘く見てたっス……すいません……


 よしひとの落ち込んだ声が聞こえる。


 敵。

 それは誰のことだろう。

 今のウチには、世界中が敵な気がした。


「……ねぇ、よしひと」

 ――はいっス。

「ウチ、どうしたらいいかな……まる子は意味わかんないし、不良はケンカ売ってくるし、紗凪は死にそうだし……全部なんとかしなきゃって思うけど、ウチバカだから、なんもわかんなくて……」

 ――むぅ……


 よしひとも黙ってしまう。

 音もしなくなった教室で、


「……山崎さんは、なにがしたいの?」


 節子が、ポツリとウチに問いかけた。

 その言葉が、洞穴から響くみたいに、心の奥底に届いてく。

 じっと考える。


 ウチの、したいこと……


「ウチは……紗凪の味方になりたい」


 答えはひとつだった。


「今までのウチは、ずっとあの子の敵だった。でも、これからは、あの子のためになる人間になりたい……よしひと」

 ――はいっス。

「力貸してくんね……?」


 すると、電話口から明るい笑い声が飛んできた。


 ――当然じゃないっスか! あっしはりりあさんのプロデューサーっスよ! なりたいものにならせてあげるのが仕事っス!

「アンタ、いつからウチのプロデューサーになったのよ……」

――え? あれ、違かったんスか……?


 よしひとが情けない声を上げる。

 隣で、節子がクスリと笑ってる。


 ……少なくとも、ウチの味方は二人はいるらしい。


 それだけで。

 この敵だらけの世界に、ほんの少しだけ、光が射した気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る