第35話 美少女JKモデル、ガチでブスの現実に直面する③


 現れた青白い前腕には、何重にも包帯が巻かれてた。


 ウチはすぐに察する。

 リスカ痕だ。


「アンタ……」

「あ、ごめんね……不幸自慢みたいで、キモいよね……」

「そんなこと思う訳ないだろバカ」


 ウチは、かなり厚く巻かれた包帯の隅から隅へ、目を走らせた。

 わずかに血が滲んでいるところがある。


 新しい傷があって、しかも滲むほど深いってことだ……


 中学んときに女子のなかで流行ってたファッションリスカとは、訳が違う。


「止めたいんだけど、なぜか止められなくてさ……」


 まるで他人事のように、紗凪はヘラヘラしながら言う。

 

「きっと、誰も心配してくれないから自分で心配してあげてるんだろうね。自分かわいそうだねって。こんなことしてもなんにもならないって、分かってはいるんだけど……」

「紗凪……」

「あ、でも山崎さんと話すようになってから、回数減ったんだよ……! 山崎さん見てたら、わたしも強くならなきゃって思えたし、もし山崎さんの世界に生まれてたらって想像すると、夜が少し楽になったから……」

「ウチの世界の話?」

「そう。痩せてて目の大きい人が美人って言われるような、夢の世界」


 紗凪は袖を静かに元に戻すと、夢見るように目を空に向けた。


「そんな世界に飛べたら、きっと憧れが全部手に入るなって。かわいい服いっぱい買ってオシャレしてさ。それで、みんなにセンスいいって言われるの。学校には友達がいっぱいいて、毎日誰かが話しかけてくれる。靴が勝手に捨てられることなんかなくて、生駒菌って避けられることもない。通りすがりに舌打ちされたり、バカにされたり、蹴られたりすることだって、きっとない。そんな世界ならきっと……リスカなんてしなくて済むし、もう死んじゃってもいいかな、なんて、思わないよね。それはすごく、素敵な世界……」


 痛々しく笑う横顔を、ウチは見てられなかった。

 袖に隠れた右腕に視線を落とす。


 前の世界でも、自傷してたヤツなんか死ぬほど見てきた。

 でも、紗凪の傷跡は、まるで死神が狙いをつけた印みたいに思えた。


「……紗凪さ」

「あ、ご、ごめんなさい。喋りすぎだよね……しかも、山崎さんが元の世界で苦労してなかったみたいな言い方になっちゃって……」

「いや、んなことどうでもいんだけど。その山崎さんって呼びかた、そろそろやめてよ」

「え……?」


 紗凪がポカンと口を開ける。

 ウチは肩をすくめた。


「りりあはりりあって名前が気に入ってるし、それにダチなら名前で呼べって」

「ダチ……は、はい……」

「んでさ。ウチが示してやるわ」


 ウチはベンチから立ち上がって、紗凪に宣言する。


「アンタがどんだけ苦労してきたのか、テキトーに生きてるブスどもに、それバカにする権利なんかねぇっつーことをさ。ミスコンで優勝して、アンタの環境を変えてやる」


 ベンチの後ろの地面を、枯葉がサラサラ音をたてて流れてく。


「山崎さん……」

「だから名前で呼べって」

「あ、えっと、りりあさん……ちゃん……えへへ」


 紗凪は、すっぴんとは信じられないほど大きな瞳でウチに微笑む。

 その整いすぎた顔面は、この世界では邪魔なだけの、憎らしい呪いの美しさだった。


「んで、今度自傷すっときは、ウチ呼んでよ。別に夜中でもいいからさ。パフェとか食お。ちょうど、夜のカロリーとか気にしなくていいし、この世界」

「……うん。ありがとう」


 ほろと笑みをこぼす彼女。

 その顔からようやく死神の影が去ったような気がして、ウチはようやく安心した。


 空を見上げると、いつの間にか、夕暮れが端っこから夜に変わり始めてた。


「んじゃ、そろそろ帰ろーぜ。寒くなってきたし」

「う、うん。あの……りりあちゃん?」

「ん?」

「ありがとう」

「……わかったって」


 ウチは早足で先に行く。

 ただの照れ隠しだ。


 駅に向かうあいだ、ウチらは二人で暗くなってく空を見てた。

 二本の飛行機雲が、迫る夜から逃げるように空を横切ってた。



   ◇ 



 ターミナル駅で紗凪と別れても、ウチはすぐには帰らなかった。


 まっすぐ渋谷に戻って、あのフリルだらけの服屋の前に立つ。

 紗凪が物欲しそうにしてた、あのフリルいっぱいのワンピが目に入る。


 紗凪との買い物デートは、賢いりりあちゃんにひとつの閃きを与えた。

 ウチは店前で、よしひとに電話をかけた。


 ――もしもし?

「あ、もっしー。うぃー。よしひとおっつー」

 ――お疲れ様っス。電話なんてどうしたっスか? 今日紗凪さんと衣装買いに行ったんスよね? あ、やっぱあっしのアドバイスが必要だったっスか!

「いやお前のアドバイスとか求めてねぇし。ウチらでバキバキのスタイル作ってやったわ」

 ――むー。じゃあなんスか。あっし仲間外れにされて不機嫌なんスけど。

「いやさ。ウチ、やっぱジャンヌダルクだったわ」

 ――え、なんスかなんスか!


 よしひとの喜ぶ声が電話口から響く。

 ウチはよしひと、とあるアイデアを共有すると、店にも入らず、その場を後にした。


 ご機嫌で渋谷を歩くウチを満たしてたのは、この世界に来て初めての充実感だった。

 この世界で、ウチはやっと、自分のやるべきことを見つけられたみたいだ。




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