第12話 美少女JKモデル、ガチで輝く女に出会う②
スパンコール女を従え、中庭に駆けつける。
でも、もう人の気配はなかった。
人目につきやすい中庭は、悪事に向いてない。
この前までやる側だったから、りりあちゃんにはよくわかる。
右に左にと駆け回ると、裏門のほうから、不良連中が笑いながら歩いてくるのが見えた。
そこに紗凪の姿はない。
間に合わなかったか……
ヤツらのほとんどはウチとよしひとには気づかなかったみたいだけど、最後尾を歩く節子だけが、白い日傘の下でチラッとこっちに視線を飛ばしてきた。
その澄まし顔にカチンときた。
「テメェら……!」
飛びかかろうと踏み出しかける。
そのとき、
「なんかあっちから聞こえるっスよ!」
よしひとがウチに叫ぶ。
ウチはギリ踏みとどまった。
紗凪助けんのが先だ。
よしひとが指差してたのは、校舎の影、駐輪場方面。
急いでそこまで走ると、自転車が並ぶその奥に、濡れ鼠になった美少女がいた。
学校指定の白ブラウスが、たくさんの色をごっちゃに混ぜたような、濁った汚い色で染まってる。
「おぉ〜、オシャレっすねそれ! コンセプトはなんすか?」
「んなワケあるか!」
ウチは紗凪のとこまで駆け寄る。
右腕を抱えて寒そうにしてる彼女からは、美術室の匂いがした。
周りには、カラフルな色水が撥ねてる。
アイツら、わざわざ絵の具を溶かした水を運んできたらしい。
怒りに、手が震える……
「あのブスども……」
「待って……大丈夫だから……」
小さな、か細い声がした。
紗凪からだった。
「わたしが千代田さんに絵の具飛ばしちゃったのが先だから……本当はわたしが洗って返さなきゃいけないはずだから……」
顔をあげた彼女は、なぜか整った口の端に卑屈な笑みを浮かべる。
その瞬間、ウチは思わず固まってしまった。
不意に、ドラムと紗凪の顔がダブって見えたからだ。
なんで……ブスと美人で、大違いなのに……
ウチは、息を吸って、気を取り直す。
「……だからって、頭から水ぶっかけられたらキレるべきでしょ。絵の具がついたってのも、どうせちょ〜っと撥ねただけっしょ?」
「いやその……うぅ……」
紗凪は俯く。
図星なんだと思う。
ふん。イジメっ子の思考なんかお見通しだ。
怒りに震えるウチの隣で、紗凪の目の前にしゃがみ込んだよしひとが、電飾まみれの服から真っ金々なハンカチを渡した。
紗凪は、意味わからんそのハンカチとファッションに面食らいながら、
「ありがとうごじゃます……」
と礼を言って体を拭き始める。
そんな彼女の頭に鳥のフンみたいに絵の具がなすりつけられてるのに気づいて、ウチの怒りは最高潮に達した。
「許せん……ギッタンギッタンのメッタメタにしてやる……」
隣で地面を踏み鳴らすウチを怖がりながら、紗凪が呟いた。
「あの、怒らないで……本当に気にしてないから……」
「はぁ⁉︎ 気にしろし!」
「ひぇっ、ごめんなさい……でも、もう慣れっこだし、それにその……ちゃんと対処法も弁えてるから……」
「あ? 対処法? なに。意外とやり返してんの?」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
彼女は少し間を置くと、恥ずかしそうに呟いた。
「その……でもあの子たちは確定申告してないから……って思って切り替える……の……」
「……は? カクテイシンコク? なにそれ?」
「税金の申告方法っスよりりあさん」
隣からよしひとがテンション高く口を挟んできた。
「ってことは、商売やってんスか⁉︎ 結構儲かってんスか⁉︎ なにやってんすか⁉︎」
「えと……秘密です……」
「え〜。ていうか、マウントの取り方が暗くてゲスいっスね」
「す、すいません……」
なんだなんだ。
りりあちゃんを置いていかないでくれ。
「その確定なんとかってのはよくわかんねぇけどさ。ちゃんと面と向かってやり返さないとダメっしょ」
「でも、こういう運命なので……」
いつも歯切れの悪い紗凪に、ウチはよりイライラし始める。
運命運命って、ナヨナヨしくて腹立つんだけど。
「ちょっとアンタ、その考えやめな! 紗凪は美人なんだからさ! 元々あんなブスどもにイジメられるようなタマじゃないんだよ! もっと自信持ちなって!」
「いやあの、山崎さん……」
紗凪が、よしひとのことをチラっと視線で示す。
ヤバ、コイツのこと忘れてたわ。
振り向くと、
「……りりあさん、いつからブス専になったんスか?」
いつの間にか、よしひとがすぐ隣からウチのことを覗きこんでた。
彼女の真面目な口調を聞くのは初めてだった。
「い、いや……ブス専じゃねぇし……」
「世間一般に言えば、紗凪さんはブス寄りっス。あっしらもそうっす」
自分を含めて、平然と指で示しながら言う。
「それに対して、さっきりりあさんがブスって言ってた人たちは軒並み平均以上でスし、千代田節子なんかは世間レベルでも美少女っス」
「はっ、あれが美少女って――」
笑ってしまってから、ウチは慌てて口を手で覆う。
よしひとは眉を寄せてウチを見てた。
「あ、あの、冗談よ冗談。ほら、心の持ちようがブス的な?」
「もしかしてりりあさん、自分のこと美人だと思ってます?」
変に思われないためには、その問いかけを否定しないといけないことは、さすがのりりあちゃんでもわかった。
わかったけど、エベレスト並に高いプライドが、口を開くのを邪魔する……
答えを出せないでいるウチの様子を眺めて、よしひとはため息をついて言った。
「……黙ってましたけど、実はあっし、りりあさんのこと元から知ってるんスよ」
「は……はぁ⁉︎ 知り合いなの⁉︎」
「はい、一学期の委員会一緒だったんで。でも、学校で変な噂が流れてましたし、さっき話しかけられたときも違和感あったんで、咄嗟に初対面のフリしたんス」
平然と嘘ついてたことを告白するよしひとに、ウチは背筋が寒くなった。
なんだコイツ……
思ったよりも信用できない人間だったのか……?
「噂きいたときは、りりあさん夏休みデビューしたのかなぁって思ってたんスけど、実際に会うとちょっと違和感がある。あっしのことも覚えてないし、とはいえ、単純な記憶喪失って感じでもないっスよね」
よしひとはウチの動揺なんかどこ吹く風って感じで、流れるように考察を続ける。
「まるで、別の常識圏に生きてた人間が、あっしたちの世界に飛ばされてきたみたいっス。それこそ、職員室でりりあさん自身が言ってたように」
りりあは脇から冷や汗が流れるのを感じる。
変なヤツとしか思ってなかったけど、コイツ、りりあよりずっと頭いいし、勘がいいんだ……
よしひとは切れ長の目から、鋭い眼差しを向けて言った。
「りりあさん、転生してきました?」
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