第39話 美少女JKモデル、ガチで二次審査にケンカ売る③


 それは、ただのブーイングというよりは、脅迫に近かった。


 ブスは消えろ、キモいんだよ、死ね、とかとか……


 下品を通り越した言葉が、ウチの元へ直接浴びせかけられる。


 男子の声が多い。

 けど、違和感があった。


 この学校の男は、わざわざ文句を言うほどモデルウォークに興味があるのか……?


 しかも、怒声は、いろんな場所からいっぺんに湧いて出てきてた。

 偶然にしては、できすぎてる。

 まるで、タイミングを合わせてるみたいに……


 ウチは直感した。


 これ、カースト上位の女たちが、男子そそのかしてやらさせてんな……


 そう思うと、すぐにこの嫌がらせが実行される流れが浮かんだ。

 多分、彼氏やら仲のいいグループやらに頼んで、ブーイングさせてんだ。

 妙な取引だってしてるに違いない。


 ベタなやり口。ただの嫉妬。


 突然の怒声に、驚かなかったかと言ったら、嘘になる。

 でも、それを顔に出すほどウチは素人じゃなかった。


 現役モデル、舐めんじゃねぇよ。


 雑音を無視して、まっすぐ歩く。

 負けず嫌いの心は、敵しかいないこの環境に、むしろ燃えていく。


 ただ、紗凪のことだけが心配だった。

 出番の終わった候補者と入れ替えに舞台に押し出され、今はウチの後ろについてきてるはずだ。


 ブーイングは、紗凪にだって容赦なく向けられてる。


 こんな怖い状況で、あの子、ちゃんと歩けてるだろうか……

 顔引きつってないかな……泣いてないかな……苦しんでないかな……


 ウチは不安に襲われたけど、振り返ることはできなかった。


 どれだけ酷い言葉を浴びせられても、手を貸すことはできない。


 だって、ここはランウェイの上。

 モデルは、ここではひとりで戦わないといけないから……


 ウチは舞台の端に辿り着く。

 背後以外を客に囲まれ、ブーイングがより近く感じられる。


 でも……


 最前列に詰めてる生徒たちは、真剣な瞳でウチを見上げてた。

 多分、ミスコンの熱心なファンなんだと思う。


 周りがバカにしたり悪口言ったりしてるなかでも、彼女たちだけは、ウチの姿を真っ直ぐに見てくれてる。

 それが堪らなくありがたくて、嬉しかった。


 ウチは、立ち止まって、彼女たちに心でメッセージを送る。


 ――ありがと、みんな。

 お礼に、教えてあげる。

 これが、山崎りりあの全部だよ。


 堂々とポーズをキメて、ウチ史上最高の笑顔で、その期待に答えてみせる。


 その瞬間……客席の空気が変わった。

 

 何人もの生徒たちが息を呑む。

 前列の女生徒たちが、口を押さえて目を見開く。


 たった数秒の出来事――

 その短い時間で、ウチは沢山の人間を落としてた。


 マジメに審査を楽しみに来たお客さんは、ウチの外見じゃなく、中身で繋がってくれた。

 感じたんだ。

 電撃みたいに速くて、火みたいに熱い感情を。


 ウチは心を彼女たちに残したまま、背を向けてランウェイを歩き戻る。


 会場には、まだブーイングが荒れ狂ってる。

 ウチの見た目を見下す視線も消えない。


 でも、砂のなかに煌めく宝石みたいに、熱っぽく語りあう声があちこちから聞こえてた。


「山崎さん……なんか、かっこよくない……?」

「わかる……ちょっと憧れちゃったかも……」


 ウチは思わず微笑みながら、舞台裏へと引っ込んだ。

 そのまま袖で、紗凪を待つ。


 すると、


「……りりあちゃん!」


 舞台から帰ってきた紗凪は、一目散にウチの元へ走って抱きついてきた。


「うぉっと! どうだった、紗凪⁉︎ ちゃんと歩けた?」

「できた! わたし、できた! 負けなかったよ!」


 彼女は顔を上げると、飛び跳ねるように言ってもう一度抱きつく。


 そっか……紗凪もやり遂げたんだ……


 ウチは彼女の頭を撫でながら、充実感でいっぱいになった。


 どうやらウチら、爪痕くらいは残せたらしい。



―― 第4章 2次審査は桃色フリルの黒リップ  了 ――



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