第28話 美少女JKモデル、ガチでインタビューを受ける②

 

 家庭科室前の廊下は、秋の薄い橙色の光で満ちてた。

 窓ガラスの向こうには、夕暮れの太陽が校庭の先に隠れかけている。


 二人分の足音が響くなか、ウチはよしひとの持ち物がひとつ少ないことに気づいた。


「つか、鍵持ってんのアンタ」


 いつもは手にぶら下げて回してる家庭科室の鍵が、今日はどこにも見当たらない。


「あぁ、なんか誰かに先に借りられてたっス」

「え、じゃあ部屋使えないんじゃね?」

「でもうちの高校に料理部みたいなのないっスから。長々使う人なんていないと思うんスけどね。まぁ入ってみたらわかるっス」


 扉の前に辿り着くと、よしひとはノックもせずノータイムで開け放つ。


 部屋のなかは、一見、誰もいないようにみえたけど、なかに入ると、廊下側の壁際に誰かが立ってるのがわかった。

 いつか屋上で会った細身の女。


 乙田まる子だ。


「あはっ。やっほ!」


 まる子は、片手を挙げて挨拶すると、よしひとに目を丸くした。


「キミ、すごい格好してるね……!」

「よく言われるっス。アナタがここの鍵借りた人っスか?」

「そうだけど……すごい、全然ブレない……」


 まる子が変わらず立ったまま、金ピカのよしひとを眺めてる。

 よしひと、これが一般人の反応だぞ。


「アンタ、この部屋使う感じ?」


 ウチがきくと、まる子は気を取り直したように明るく笑った。


「あはっ! 一次通ったらインタビューするって言ったでしょ?」

「……あぁ。そういうことね」


 ウチは、まる子との会話を思い出した。

 たしかに、ここ来るって言ってたな。


「え、知り合いっスか? 誰っスか?」

「ミスコンの実行委員」


 ウチはよしひとに答えてまる子に向き直る。


「つか、乙田さん、だったよね? アンタなんでそんなとこ突っ立ってんの」

「え? あ、ちょうどここにコンセントあったから充電しててさ」

「嘘マジ⁉︎ クソアツいんだけどそれ!︎」


 ウチはまる子の元まで走り寄る。

 たしかに、壁の下にはコンセントが設置されてた。

 三つくらい穴がある電源タップも刺さってるから、複数台賄える。


 最近、アプリ入れまくってるから、電池持たんのよな。


「え、まる子マジでナイスすぎ。ガチ助かる〜。今度からウチの席ここにしよ」


 ウチはさっそく電源タップにスマホの充電器を刺した。

 電池どころか、心も回復してく気がする。


 ギャルにとって電気は必需品だからマジで。

 電気ガチで尊いから。


「じゃあ、早速インタビュー始めたいんだけど……生駒さんは? 今日はお休み?」


 まる子が、床に置いたカバンから手帳を取り出しながら尋ねる。


「あとで来るらしいっス。なんか用事あるみたいで」

「ありゃ絶対告られたんだよ。ウチ断言できるわ」

「えぇっ⁉︎」


 よしひとが椅子から落ちかける。


「下駄箱で手紙持ってコソコソしてたっしょ。あれぜってぇラブレターだから。今ごろパニクってたんだぜ、アイツ」

「はぇ〜……やるっスねぇ……」

「まぁ、今どきラブレターってのがないけど……でも相手が紗凪なら一周回ってエモかもね」

「そっか! 了解!」


 まる子が、ニコニコしながら、打ち切るように言った。


「じゃあ、先に始めちゃおっか!」



   ◇


 

 まる子は手帳を広げると、事前に用意してきた質問をいくつか投げてきた。


 どうしてミスコンに参加したのか。

 ミスコンでなにを伝えたいのか。


 正直、ありきたりな質問ばかりで、ウチはちょっと退屈する。


 15分くらい経った後、まる子はスマホのボイスレコーダーを止めた。


「うん、ありがと! これで広報誌のインタビューは終わり! 最後に、これは個人的な質問なんだけどさ」

「個人的? なに?」

「千代田さんにブスって言ったって、本当?」


 まる子がやけに真剣な顔できいてきた。


 またアイツか……

 ウチは飽き飽きしながら答える。


「覚えてねぇけど、全員にブスって言ってっから多分言ってんじゃね?」

「学校一の……ううん、創立以来でも間違いなくトップの美少女に向かってブスって……すごい勇気だよね」

「だってブスじゃん」

「それは内面がとか、そういう話?」

「外見に決まってんじゃん。つか、アイツの内面とか知らんし」


 ウチはフンと鼻を鳴らす。

 アイツの内面なんか興味ないわ。

 

「どうしてそんなに自信満々でいられるの……?」


 まる子は、ウチの瞳を覗き込んだままきく。

 まるで、ウチのなかにある答えを追い求めるみたいに……


「普通、アタシたちみたいな体型じゃ、千代田さんみたいなすごい人にケンカなんか売れないし、ましてやブスなんて口が裂けても言えない。そういう力学になってるの。その上、ミスコンにまでエントリーするなんて、狂気の沙汰だよ……なんでそんなことできるの……」

「いやなんでって言われても……」


 ウチは困り果てた。

 別に、単純にバカにされたからやり返そうとしてるだけだし。

 まる子が期待するみたいな深い考えなんかない。

 

 でも、まる子は、インタビュー中よりもずっと前のめりになって、うちと向き合ってた。

 息ができないみたいな、今まさに痛みに襲われてるって感じの苦しそうな顔で……


 そうまでして彼女が欲しがってる答えが、バカなウチには全然わからなかった。


「……ウチはホントに自分がかわいいと思ってるし、周りの人間はブスだと思ってっから。その通り生きてるだけだよ」


 まる子は、しばらくのあいだ、ウチの言葉に嘘がないかを確かめてるみたいだった。

 けど、


「……そっか」


 と呟いて、ようやく姿勢を戻した。


「きっと山崎さんがランウェイ歩くとき、色んな意味で大騒ぎになるんだろうね」

「それは間違いないっスね!


 急に横からよしひとが口を挟んでくる。


「紗凪さんとりりあさんは、ミスコン史上前代未聞っスから、絶対炎上するっス! 今から楽しみっス!」

「楽しみっスじゃねぇんだよ」


 ウチは思わずよしひとの椅子を蹴ってしまう。

 お前は敵なのか? 味方なのか?

 コイツと関わってると、どんどんわからなくなってくる……

 

「あは。でも、アタシも二次審査楽しみにしてるよ」


 まる子は、そう言いながら腕時計をチラッと見てデッカいリアクションをした。


「わわっ、時間過ぎてた! これで本当に終わり! お邪魔してゴメンね!」


 すっかり元の明るい感じに戻ってる。

 さっきは、熱心すぎてちょい怖かったから、戻った雰囲気にホッとする。


「あ、待ってくださいっス!」


 腰を上げたまる子に、よしひとが呼び止めた。


「ミスコン用にりりあさんのSNSアカウントを開設したっス! フォローよろしくって宣伝してほしいっス!」

「え、待ってなにそれ。ウチきいてないんだけど」

「はい! 言ってないっスから!」


 コイツ……

 

「わかった。書いとくよ〜」


 まる子は愛想よく答えながら、手を振って家庭科室を出ていった。

 扉が閉まると、部屋が静かになる。


 よしひとが再び席につく。


「……んで? そのアカウントってなに。見せてみ」

「いやぁ、紗凪さんが来てからにしましょう。とっておきっスから」

「お前のとっておきほど怖いもんないんだけど……」


 ウチはテーブルに頬杖ついて、家庭科室の入り口を見つめる。

 紗凪、今なにしてんだろ……


 その後ウチらは適当に時間を潰しながら、紗凪を待った。

 またすぐ開くだろと思ってた扉は、まる子が去ってから下校時刻になるまで、ずっと閉まったままだった。


 紗凪にメッセージも飛ばしたけど、既読はつかない。

 それは、もしかしたら喜ぶべきことなのかもしれないけど。


 紗凪がいない放課後は、チョコチップがないモカフラペチーノみたいに、物足りなかった。







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