第19話 美少女JKモデル、ガチで紗凪の秘密を知る
「ブ……Vtuberを少々……」
「Vtuber?」
「うん……」
「ってあの、絵で喋るやつ??」
「はい……」
認める紗凪は、今まで見たことがないくらい、顔を赤く染めていく。
「その、声だけは唯一、褒められることあるから……顔さえ出さなければって……美人の皮被って、ゲーム実況とかしてるんです……ハハ……」
まるで地面にウチがいんのかってくらい、紗凪は下を向いて白状する。
確かに、初対面のときにも思ったけど、紗凪の声は特徴的な揺らぎがあって、清楚な感じだった。
きっと配信しても聞き取りやすくて、いい感じなんだろう。
「ウチ、オタクじゃないから、そういうのよくわかんないんだけどさ」
「ですよね……すいませんオタクで……」
「何人くらいフォロワーいんの」
「あ……えっと……一応、10万人……」
「じゅ、10万っ⁉︎」
ウチの声が午後の公園に響き渡る。
ウチもモデルとしてSNSやってたから、規模感はわかる。
配信者で10万人なんて、それだけで充分生きていける数字だ。
こやつ、なかなか侮れんではないか……
「いや、どんだけ人気なのよアンタ」
「アハハ……ありがたいことに……」
紗凪は、恐縮ですという風に頬を掻く。
「見たい」
「えぇ……⁉︎」
今度は仰け反ってベンチから落ちそうになった。
今日の紗凪は忙しいな。
「見せてほしい」
ウチはじっと紗凪の目を見つめ続ける。
ふざけた気持ちではなかった。
どうしても、知りたかった。
か弱い紗凪が、こんな最悪な世界でどうやって生き抜いてきたのか……
それは、ウチがこの世界で生きるための力になると思ったから。
彼女は、Vtuberを白状したときよりもさらに長い時間迷うと、
「……本当に、りりあちゃんだから見せるんだからね」
「わかってる」
「イメージと違っても、その……バカにしないでね……」
「そんなんしないって」
「……南無三」
紗凪はなんかよくわからん一言を呟くと、スマホを取り出してウチに渡してきた。
Youtubeアプリのとあるチャンネル画面。
そこには、光る『登録者数10万人』という数字と、『渋柿トメチャンネル』の文字が並んでた。
「渋柿トメ?」
「わたしの配信者名です」
「ダ……渋い名前だね」
ギリギリ言いかけた言葉を飲み込む。
「渋い……? そうですかね……今どきっぽいと思いますけど……」
「いやいや、トメってむしろ、ちょーおばあちゃんみてぇな名前じゃん。紗凪のほうがずっとかわいいのに。しかも渋柿って。シワシワネームすぎ」
「もしかして、山崎さんって自分の名前新しいと思ってる……?」
「へ?」
ウチがスマホから顔を上げると、紗凪が思い直した感じで小さい汗を飛ばしながら撤回した。
「あ、いや、なんでもないです……続けてください……! これ以上傷つけたくない……」
なんだ、たまによくわかんねぇよな紗凪って。
紗凪の不自然な動きに疑問を持ちながら、ウチは画面に向き直る。
アイコン部分では、目の細い太った女の絵がこっちに笑いかけてた。
きっと、この世界の基準でのアニメ美少女なんだろう。
一番直近は雑談配信だった。
タップして動画をいい感じのとこまで飛ばすと、絵と一緒に誰かの声が聞こえ始める。
……それが紗凪だと気づくには、長い時間が必要だった。
――みんなおはよ〜♡ うん〜、寝起きだよ〜。今日はね〜、ふふっ、なにしてほしい?
――え、かわいい? ありがと〜っ♡ なになに? 現実で会っても絶対いい女? え〜、やだ、恥ずかし〜っ!
――えっと、ここは青の線を切るのが正解だと思う……えいっ! あ、間違っちゃったぁ! えーん!
スマホから流れてきた音声は、一言で言えば……その……マジぱなかった……
「こんなぶりっ子してんのお前……」
「すいませんすいませんすいませんすいません……」
ウチが振り向くと、声の主はいつの間にか顔を手で覆っていた。
耳の先まで真っ赤になってて、今に湯気でも上がりそうだ。
彼女は、手のひらのなかからモゴモゴ言い訳し始めた。
「だって、声だけならみんなちやほやしてくれるから……その先にいるのがモンスターだなんて思わないで、美少女扱いしてくれて……だからその……」
「ふーん?」
ウチはそのまま別の動画もクリックする。
こっちはゲーム実況らしい。再生回数は13万回。立派な数字だ。
「……強く生きてんだね、紗凪も」
「へ?」
手のひらから顔を覗かせた紗凪に、ウチはまっすぐ言った。
「すごいよ、アンタは。強い」
「つ……強いかどうかは、わからないけど……でも、うん……頑張って生きてる……顔を隠して、媚び売って、ズルい戦いかただけどね……」
「別にズルくないっしょ。自分の武器で戦ってんだもん。むしろ尊敬した」
「あ、あの、ありがとう……」
ウチは紗凪と向かい合う。
紗凪はくすぐったそうに下を向いた。
「あの……その、大丈夫だと思うけど、これは絶対秘密だからね……裏にいるのがブスだってバレたらその……」
「わかってるって。ウチ、仲間のことは売らないから」
「うん。よかった……」
美少女が照れてる。
ウチが頭でも撫でてやろうかと思った、そのとき。
「りりあさん、見てくださいっス‼︎ とんでもない量の赤スパチャっス‼︎」
よしひとが片手に唐揚げ、片手にスマホを水戸黄門の紋所のやつみたいに掲げながら駆け寄ってきた。
そこからは、紗凪 a.k.a 渋柿トメの声が響いてる。
紗凪の顔から一気に血の気が引いた。
「え、えぇ⁉︎ なんで知ってるの⁉︎」
「あ、あっし実は地獄耳なんスよ。確定申告がどうのって、このことだったんスねぇ」
「絶対! 絶対喋っちゃダメだからね⁉︎ 絶対だよ‼︎」
「はいっス!」
紗凪が念入りに口止めしている間、ウチはよしひとの手にあるスマホ画面を眺めた。
数万円にもなるチップが、縦横無尽に飛んでいる。
これは、紗凪が自分の魅力で稼いだ金だ。
紗凪は、この世界でも必死に生きている……
「……よしひと、それよこして」
ウチはよしひとの持つ唐揚げの皿を指差す。
「えっ⁉ えっ⁉︎ ついに食べてくれるんスか⁉︎」
「早く」
短く促して、よしひとから皿を受け取る。
唐揚げはとっくに冷めて、よりギトギトしてた。
脂質の塊を前にして、ゴクリと生唾を飲む。
「……ウチだってさ」
自分に言い聞かせるように声に出す。
「この世界ではブスなんだって、もう頭では受け入れてんだよ。常識が違うのもわかった。でも、どうしたってりりあはかわいい……やっぱりそれは疑えない……」
「山崎さん……」
さなは尊敬半分同情半分という感じで呟く。
「だから、ウチが最強に美人でかわいいってこと、バカにしてきたヤツら全員に認めさせたい。負けたくない。そのためにはきっと、ウチも紗凪みたいに戦わなきゃいけないんだ……!」
ウチは、水に潜るみたいに息を止めると、冷たい唐揚げを手掴みで貪り始めた。
さなが息を呑む。
よしひとの歓声が、人の少ない公園に木霊した。
指で揚げ物の山をひとつずつ摘んでは崩してく。
その一つ一つが、今までコツコツと削ってきたカロリーに思えた。
この唐揚げは、少なめにし続けた夕ご飯の分!
この唐揚げは、中学んときおかわりしなかった給食の分!
この唐揚げは、ファミレスでたった一人我慢したパフェの分……!
ウチのなかで、大きく確固としてたプライドが、崩れて、壊れてくようだった。
クソクソクソ……!
ウチが唐揚げを口に運び続ける一方、残った二人は、次第にウチの様子にドン引きしてた。
「な、泣いてるっス……唐揚げ食べながら……」
「そんなに嫌だったんだね……」
紗凪が、泣き食いしてるウチの頭を、
「えらい、えらい……」
と撫でてくる。
ウチは、もう嗚咽なのかえずきなのかわからない音を鳴らしながら、意地で唐揚げを噛み続けた。
こんな目に遭ってるのも、この屈辱も、全部全部、ブスどものせいだ!
あいつら全員ぶっ潰して、このりりあが世界で一番美少女だって、世間に教えてやる!
待ってろ、ミスコン……待ってろ、千代田節子……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます