第10話 美少女JKモデル、ガチでカースト最下位になる②


「な、なぜ殺そうと……⁉︎」


 ウチの急な怒りに、紗凪が狼狽えてた。


「いやだって、それりりあの唯一のコンプレックスなんですけど! 当てつけか⁉︎ おい!」


 ウチは薄い胸板を張って主張する。

 最近じゃ、まな板とか名所の断崖絶壁を見るだけでガチ腹が立ってくるくらいである。


「え、えぇ……? でも胸なんかあっても良いことないよ……? 重いし、肩凝るし、下着は高いし……」

「あ〜巨乳もツラいあるあるね。それもう何千回もきいたわ! なんだかんだ言ってどうせマウントなんでしょ! 悩めるだけいいですよねぇ! ない人にはツラさがわかりませんわァ!」

「な、なんでそんなに怒ってるの……山崎さんの地雷がわからない……」


 キレるウチに、紗凪が目を白黒させていると、

 

「やっぱよぉ……千代田節子ってエロいよな……」


 そんな突拍子もない言葉が耳に飛び込んできた。

 

 はぁ⁉︎ 千代田節子が、エロい⁉︎

 ありえん単語の組み合わせに思わず振り返ると、ウチらの背後で、クラスの男子がヒソヒソ話していた。


「あのシャツを突き出す腹……デッカ……説明不要……って感じよな……」

「この前、教師の前でボタン弾けたらしいぜ……」

「エッロ……」

「しかも胸は絶壁……グラドルかよ……」

「これ、女子から仕入れた話なんだけどさ……」

「シェアしろ……」

「千代田ってな……あの腹で……デベソらしいぜ……」

「スケベすぎんだろ……」


 どういうことだ?

 ウチはこの世界に来てから一番謎な顔をしてた。


 腹が出ててエロい?

 胸が絶壁でグラドル……?

 デベソがスケベ……?


 特殊性癖の大運動会か?


 気になったので、そいつらに聞くことにした。


「なにそれ。どういう意味」

「うぇぇ⁉︎」


 ウチが尋ねると、男は全員ひっくり返りそうになってた。


「山崎さ〜ん……やめて〜……」


 背後で紗凪が泣きそうな声を出してるが、気にしない。


「アンタたち、腹が出てるほうが好きなの?」


 率直に聞くと、男たちは顔を見合わせる。


「いやそれは……男はみんな好きだろ……」


 代表して一人が言うと、全員おずおず頷いた。


「男みんな? んじゃ、胸は?」

「胸はできるだけないほうがいいに決まってんじゃん。あんなんあるだけ邪魔だろ」


 また一人が言うと、他の奴らも口々に意見をぶつけ始めた。


「許せるのはAAまでだな」

「いやお前夢見すぎ。現実Bだろ」

「これだから童貞は……Cなら御の字だから」


 ウチは紗凪を振り返る。

 察した紗凪が、頬を赤くしながらコソコソと耳打ちしてくれた。


「えっと……世間一般で言えば、男性は女性のお腹を見ると、え、えっちな気分になるそうで……あと、おっぱいは小さいほうがモテます……」

「え、貧乳のほうがモテんの」


 初めてこの世界に愛着が湧いてきたぞ。


「んじゃ、デベソは?」

「ごめんなさい……それはわからない……」


 そんなしょうもない話をしてると、唐突に紗凪の背後から、嘲るような女の声が聞こえてきた。


「おっ、あれ生駒じゃね?」

「ちょうどいいじゃん。アイツに頼もw」

「い〜こ〜ま〜さ〜ん!」

「ひゃ! はひゃい、なんでごじゃいましょ」


 紗凪が噛みまくりながら振り向く。

 その背中越しに覗き込むと、いつかの不良女どもが、こっちに向かって近寄ってくるところだった。


「あ、現役モデルの人もいるじゃ〜ん。どう、鏡見れたぁ?」


 不良のひとりが、ウチに気づいてキャッキャと笑う。

 リーダー格の節子だけが、ここにいないようだ。


 ウチは窓にもたれたまま腕を組んで、斜めから彼女たちを睨んだ。


「ブスどもが……」

「あ……? ブスはテメェだろ、潰すぞ」

「あ、あの! ご用はなんでしょか⁉︎」


 紗凪がウチと間に入る。

 なに笑ってんだよ……


「悪いんだけどさぁ、ウチら今日用事あっから、掃除代わりによろしく〜」

「え……あ、もちろんでごじゃます!だいじょぶです!」


 肩代わりを頼んでおいて、紗凪の返す言葉には興味がないみたいに、女たちはすぐ仲間内の会話に戻って去っていった。


 昼終わりの鐘が鳴り始めた。


「アイツらの言うことなんかきく必要ないよ」


 ウチは紗凪に言う。


「でも、やらないともっとひどいことされるし……」

「だからって、言いなりになってちゃ――」

「ブスは言うこと聞くしかないんだよ」


 そう言った彼女は、切ないような悲しいような、微妙な笑い顔をしてた。

 

「問題はあの人たちじゃない……わたしに逃げ場はないから……」


 そう言って、紗凪は不良たちが消えた方向へと去ってく。


「……はぁ?」


 矛先を失った怒りを抱え、窓枠に当たる。


「なんなんアイツ……せっかくフォローしてやったのに……」


 教室には、続々と人が流れ込んでる。

 デブが仲間たちと騒ぎながら道を塞ぎ、数少ない細身の奴らが、その隙間を肩身が狭そうに入ってく。


 ウチは、その光景を怖いと思う自分に気づいて、舌打ちした。


「キモすぎんだろ、この世界……」





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