第67話 美少女JKモデル、ガチで世界にケンカ売る②
観客たちのすべての頭に『?』が浮かぶのが目に見えた。
「あー、そこの男。……違う、そっちじゃなくて隣のお前」
ウチは、ステージ近くにいる群衆のひとりを指さす。
指名された男は、パチクリと瞬きして自分を指し示した。着てる制服がウチらのとは違うので、他校の生徒だろう。
ウチが前に出てきたときに笑った連中のひとりだ。
ウチは壇上から男に問いかけた。
「お前、カクテイシンコクしたことある?」
「い、いや……ないっすけど……」
「じゃあ、カクテイシンコクしたことあるブスと、カクテイシンコクしたことねぇ美人だったら、どっちがミスコンに相応しいと思う?」
「は……? それは……美人、っすかね……」
「はい。あんがと」
ウチは再び頭の海に目を走らせて、次のターゲットを探す。
「じゃあ、今度はお前。金髪メッシュのチャラいお前」
「え、オレ⁉︎」
「お前、陰キャだけどいい子なブスと、陽キャだけど性格がカスな美人、どっちがいい」
「美人っしょ! ブスは将来も変わんねぇけど、美人なら性格直せば最強じゃん!」
「理由まで聞いてないんだわ。まぁ、あざ」
ウチは鼻で笑って、ざわつく聴衆に視線を戻す。
「んじゃあ、最後は全員に聞くわ。たとえば今ここに、子供のころからバカにされてきたけど、なんとか得意なこと見つけて自分の力で生きてきたブスと、顔がいいってだけで人をバカにして生きてきたカスが並んでたとしたら、アンタたち、どっちがミスコンにふさわしいと思う?どっちが美人だと思う?」
ウチは言葉を切ると、会場全体を睨みつけるように見回してから言った。
「ウチはブスのほうが美人だと思うよ」
客席の困惑が、ヒソヒソ話に変わった。
ウチの言わんとしてることがわかったみたいだ。
でも、こんなんはただのスタートだ。
「美人が本当に『美しい人』って意味なら、どう考えても、見た目の良し悪しじゃない。だってこれ、聞いてくんない? 運営から言われたんだけどさ」
ウチは袖の放送部に向かって手を挙げる。すると、スピーカーからある音声が流れ始めた。
――山崎さんは絶対に優勝させない。どんな手を使っても落とす。アナタは、ミスコンにふさわしくない。
校庭が、どよめきに揺れた。
「今の、乙田さん……?」
どこかから、正解を言い当てる声が聞こえる。知り合いか、同級生か。
ウチはフンと鼻を鳴らした。
悪いけど、ウチは紗凪と違って優しくない。攻撃されたら、ちゃんと反撃するだけだ。
「ウチもさぁ、ブスのくせに出場して悪かったとは思ってるよ? でもさ、こんなこと言って嫌がらせしてくるヤツのほうが、どう考えてもクソブスっしょ。あ、あとこの前ウチをリンチしてきた候補者ども、全員名前と顔調べたかんね! 証拠揃えて全員退学にしてやるから楽しみにしてて。つか、なかには一回警察の世話になったヤツもいるらしいね! そろそろ里帰りしたいんじゃねぇの? ギャハハハハ‼︎」
ウチの甲高い笑いが、澄んだ空に響く。
「魔王だ……」
前列にいる客が震えて呟く。
唐突に遠くの客席から怒声が上がった。
「おいイキリブス! テメェふざけんなよ!」
目を向けると、不良連中がステージに迫ってくるところだった。
三人ともガチギレしてる仏像みたいな顔してて、マジウケる。
「おぉブスども、ぴえんか? ぴえんなのか? 上がってこい! 戦争だ!」
「ちょ、止めろ止めろ!」
太ったスタッフが走り寄ってくる。
ウチは、サッと身をかわした。
この体型のおかげで、身軽さならウチがトップクラスなんだ。
騒然とした会場で、次第に上がってきたのは観客たちのボヤキだった。
「なに見せられてんの、私たち……」
「学校の恥」
「これのどこがミスコンなんだよ……」
捕まえようとしてくる腕をかいくぐりながら、ウチは前に飛び出す。
「そうだよ! こんなクソコンテスト、やめちまえ! 誰が学校でいちばん美人かなんて、んなもん害しかねぇよ! やるならテメェのなかで勝手に決めろ!」
校舎側にも噂が広まったのか、何事かとさらに集まってきた人々で、客どもはますます大きな一団に膨れ上がってた。
そいつら一人ひとりに言い聞かせるようにウチは叫び続けた。
「お前らがデブが好きとか目が細いほうがいいとか、んなのはどーでもいい! でも、ウチの外見はお前らに評価されるためにあんじゃないんだわ。こっちが短ぇスカート履こうが、化粧で盛ろうが、テメェらに文句言われる筋合いねぇし、バカにされる筋合いも、リンチされる筋合いもねぇ。なのに、勝手な価値観でこっちを縛りやがって……なんの権限があんだよ! お前ら王様かなにかか? つか、テメェらの見た目だってただの遺伝で、自分の努力で手に入れたもんじゃねぇだろ。そんなんでマウントとってんの? 吐き気がするほどブスだね! 人のこと見た目でしか判断しないお前らのほうが、ウチらよりよっぽどブスだ! さっさと自立しろこのブス! ブース‼︎」
「山崎さん……!」
ついに腕が掴まれる。小さくて柔らかい手だ。
振り返ると、メガネの女子がウチのことをジッと見つめてた。
ウチは思い出す。
一次審査の保健室で記録を取ってた、委員長だ。
その手には、力がなかった。
彼女の瞳を見ると、小刻みに震えてる。
まるで、迷ってるみたいだった。
思わぬところに敵がいたように、思わぬところに味方もいる。
他人の考えは、想像もつかない。
ウチが「大丈夫」と伝えて手を重ねると、彼女はゆっくり腕を離した。
ステージ上から、立ち並ぶ若者たちを視界に入れる。
デブもガリも、今やウチの前に違いはなかった。
ただ同世代で、外見の良し悪しに振り回される、ウチとそっくりな人間にしか思えない。
ウチは肩をすくめた。
そろそろ喉も痛い。
後ろもつかえてる。
もう、充分かな。
ウチは、舞台の最前で、大きく息を吸う。
同じ悩みを持つ人たち。
そして、ずっと遠くで苦しむ友人。
みんなに届くことを祈りながら……
「中身が美人ならお前は美人だ! 中身がブスならそいつはブスだ! ウチはお前のなかにあるブスを憎む! ウチのなかにあるブスをもっともっと憎む! ブスな心はみんな死ね! 全部消えろ! 死ね!」
ウチは、親指を下に思い切り下げた。
「ブスは……死ね‼︎」
……まさか、暴言と汚ぇジェスチャーで終わるとは思わなかったのだろう。
言い放ってステージを降りる間、拍手や歓声はひとつもなかった。
ただ、静かなざわめきが校庭に広がっている。
そりゃそうだ。死ね、で締めるミスコンなんて聞いたことないもん。
どこか優越感を覚えながら、悠々と裏の階段を降りる。
セットで遮られた薄い影の下に、まる子の姿が見えた。
キレるなり、泣くなりされるかと思ったが、彼女はこちらに近づくこともなく、ただウチをじっと見てた。
ウチは横を素通りする。
さっきの暴露で、彼女の居場所はなくなったのかもしれない。
まる子も言ってしまえば、容姿の力に振り回された犠牲者だった。だから、同情はする。けど、仕方ないとも思う。
彼女が人の人生を壊しかけた事実は変わらないのだから。
ウチは衣装のまま舞台裏を出る。
セットの外では、よしひとがウチを待ってた。
「お疲れ様っス!」
「どう? さっきのウチ、エグかったっしょ」
「もちろん! イカれきってて最高だったっス!」
「動画はもう送ったん?」
「はいっス!」
よしひとがスマホを振る。
先ほどのアピールは、彼女が撮影していたのだ。
「だから、あとは現地に向かうだけっスよ」
「オッケー。なら、さっさと行こう」
ウチは首をひねってから、学校の外へ歩き出した。
「ウチらの姫が待ってんだから」
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