第45話 美少女JKモデル、ガチで寂しくなる


 電源タップが無くなってた。

 家庭科室で見つけた、あの三又電源タップである。

 

「あれ……? 誰、充電するやつ盗んだの」

「人聞きが悪いっスねぇ。誰も触ってないっスよ」


 よしひとが首を振る。


 ある日の家庭科室。

 ウチは椅子の下を見てみたり、同じようにコンセントがある場所を探ってみた。

 でも、見当たらない。


 んー?

 まぁ、授業で使われてる場所だし、そのうちの誰かがパクったのか、先生が外したのかもしれない。


 別に、スマホとイヤホンと、順番に充電すればいいだけだけどさ。いっぺんにできないのは不便だよなぁ。

 誰だか知らんけど、ウチのコンセント盗むなよな、もー。


「りりあさん、余裕っスね。今日、三次当日っスよ?」


 椅子にドッカと座ったとき、よしひとが呆れたように言ってきた。


「今日の結果で一気に五人に絞られるんスよ? つまり、全出場者の十パー弱に選ばれないといけないんス。あ、十パーの意味はわかるっスか?」

「それくらいわかるし! すごい少ないって意味でしょ!」

「一気に不安になってきたっス……」

「だって、読めばいいだけでしょ、アンタの台本」


 ウチは机の上に置いてた紙束をペラペラと振ってみせる。

 その用紙はあちこちひしゃげて、読み癖がついてた。


 よしひとの作った、三次選考用の原稿だ。


「散々読んで、リハさせられたし。大丈夫だって」

「読むだけじゃダメっスよ! ちゃんと説得力が出るようにこう身振り手振りして――」

「わーったわーったって! もう何度も聞かされてっから! ちゃんとやってやるってば」


 ウチは耳を押さえて、親に叱られたときみたいに顔をしかめる。


 三次審査。


 それは、自己アピールならなにをしてもいい、自由なステージと運営から明示されてた。

 決められてるのは時間だけ。

 その上でなにで魅せるかは、すべて出場者個々人に任されてる。


 そこでのパフォーマンスを元に観覧客が投票し、獲得数の多い上位五人だけが晴れて文化祭本番に出ることができる。

 つまり、予選としては今日が最終ってワケだ。


 ウチと紗凪はそのステージで、演説をすることになってた。

 その内容を作ったのが、よしひとだ。

 最近彼女がパソコンに向かってた理由はこれだった。


「油断大敵って言うんすよ。紗凪さん見てください。まだ本番まで時間あるのに、もう自分を作ってるっス」


 よしひとが指差した先では、アスリートのように目をつむって自己暗示をかけてた。


「じゃがいも……さといも……やまいも……」


 教えた頃より芋の種類が増えてる。あとネバネバしてきてる。


「あれはあれで心配でしょ」

「まぁ、そうっスけど……」


 原稿を団扇にして煽ぐ。なにが心配なのかもわからん。


「つかさぁ、こんな戦い、楽勝っしょ。今のりりあたちのフォロワー、全校生徒より多いの忘れてんの? 他の一般人が勝てるわけないじゃん」

「いやまぁ、そうも思うんスけど……なかなかりりあさんみたいに思い切れないもんなんすよ、普通は」


 ウチはフンと鼻を鳴らして、スマホでアカウントを開く。

 昨日アップした『人の価値は見た目じゃない』という動画には、既に大量のコメントがついてた。節子でさえ、ここまでの反応を受けたことはないだろう。


 これだけで、勝ちを確信するには充分すぎるでしょ。


「りりあちゃん」


 今まで頭を抱えてた紗凪が不意に声をかけてきた。声の調子は、風邪ひいたときみたいに力ない。


「んー?」


 ウチは、スマホに流れるコメントを読みながら上の空で返事する。


「あのさ……」

「んー」

「最近……その……」

「……なんだっての! ちゃっちゃと言いな!」


 顔を上げると、紗凪の視線とかちあった。

 彼女の鈴みたいに丸い瞳の奥では、光が不安げに揺れていた。


「いや、なんでもない。ごめん……」

「大丈夫? 紗凪、気ぃ張りすぎじゃね?」

「あの、うん……ちょっと不安になっちゃった……」


 照れ隠しのように笑う紗凪。

 ウチはため息をついてから、両腕を広げた。


「ホラ」

「……うん?」

「来な」


 紗凪が恐る恐る近寄ってきたのを、ウチは胸に優しく抱き止めた。

 そのまま、後頭部を優しく撫でてやる。


「昔、ママがやってくれた。安心すんだ」

「あ、ありがと……」


 紗凪がくぐもった声で答える。

 少しは落ち着いただろうか。


 そういえば、もうずっとママに会ってないなと、ふと懐かしくなった。

 新しいママにはもう慣れたけど、歩いてきた人生が違うからか、性格はかなり違うし。


 このまま戻れなかったら二度と会えないんだろうな……


「りりあさんって、意外と優しいっスよね」


 よしひとが頬杖をついて部外者みたいな距離感で感想を述べた。


「今更? ウチ元々、美人で優しいって評判だから」

「ちなみに、今はブス同士が抱き合ってる構図っス。世間的に言えばっスけど」

「うっさ」


 ウチがツッコむと同時に、紗凪がパッと慌てて離れる。


 その瞬間、よしひとの言葉にウチのなにかが引っかかった。


 ん……?

 そもそも、どうしてブスが抱き合ってたら悪いんだ……?

 

「あ、もうそろ時間っスね。用意はいいっスか? 忘れ物はないっスか? いざ、出陣っス!」

「お、おぉー……!」


 紗凪が手を挙げて応じる。

 心の中に残った違和感の正体を判別できないまま、ウチは頭を振ってモヤモヤを振り切った。


 もう時間はない。今は本番のことだけ考えろ。





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