第26話 美少女JKモデル、ガチで一次審査にケンカ売る③


 保健室に戻ったとき、もう体操服の人間は誰も残ってなくて、この世界の岩瀬ちゃんと、メガネの委員長がいるだけだった。

 岩瀬ちゃんは、ウチの姿を見ると心配げに寄ってくる。


「山崎さん、お腹は大丈夫? 薬いる?」

「いや、大丈夫……ちょっと、緊張しちゃっただけで……」

「そうだよね。わかるよ」


 うんうんと温けぇ瞳で頷いてくれる。

 マジ優しい。担任もこの人がいい。


「みんな終わったので、後は山崎さんだけです」


 反対に、委員長が冷たくウチに言ってくる。

 

「は、はい……」


 ウチは、今や最後の仕事を待つばかりの体重計の前で深呼吸すると、震えながらその上にゆっくり足を乗せた。

 胸元あたりにある表示面で、針が動き始める。


 台の上で足が震えるたびに、針が右へ左へと揺れ動く。

 両手を胸の前で組んで、必死に祈る……わけがなかった。このりりあちゃんがそんなことするわけなかろう?


 ウチの重ねた手には磁石を隠してた。


 これが、紗凪の考えた策。

 磁石の力で、針をズラしてやろう作戦。

 古いアナログの体重計だからこそできる荒技だ。


 紗凪の予想したとおり、針の動きは繊細で、外からの力でも引っ張れそうだった。


 ウチはバレないようにわざと震える演技をしながら、針の行方を、磁力で『50』へと近づけようとする。手の動きに、針もついてきてる。


 ―――いける。


 そう思ったとき、保健室の先生が困り顔でウチを見上げた。


「ごめんね、山崎さん。少しだけじっとできるかな……? 針が安定しなくて」

「あ、ご、ごめんなさい……きき、緊張しちゃって……」


 これは紗凪の真似。マジごめん。


 先生は、ウチの演技に納得したのか同情したのか、「大丈夫、落ち着いてね」と言うだけで、体重計に目を戻す。

 が……


「その手を下ろして」


 鋭い指摘にギクッとする。

 ボードを抱えたままの委員長が、ジロッとメガネの奥から厳しい視線を投げかけてた。

 逆らえないウチは、手を下げるしかない。

 途端に、針が実数値に戻る。脈が跳ねる。


 まずい……なんて言うと思ったっスか?


 心のなかのよしひとが胸を張る。


 ――なら、プランBに変更っス!


 ウチは、上半身を前にせり出した。

 こう言った場合に備えての作戦も立ててたのだ。


 ウチらが持ってる磁石は四つ。

 そのうち二つはおろした手のなかだが、もう二つは、ブラに取り付けたままだった。

 そして、ウチは今、ブラを正しい場所につけてない。

 極力針に近づけられるように、あばら骨の下半分に巻いてる。

 このブラについた磁石でずらそうというのが、プランB。

 それは、紗凪から学んだ往生際の悪さと、よしひとから学んだ恥知らずさを足し合わせたような戦術だった。


 こちとら全部捨ててんだ!負けるわけにはいかねぇんだよ!

 

 委員長の視線がボードに戻った一瞬、ウチはチラッと針を読んだ。


 ――四十九・五。

 トドメとばかりに、ほぼノーブラの胸を突き出して静止する……!

 こんなもんだろ! どうだ……⁉︎


 しばらくの沈黙の後――養護教諭の声がメモリを読み上げる。


「……うん、五十キロぴったり、だね」


 その言葉を聞いた瞬間、ウチは秒で体重計から飛び去った。


「あ、ちょっと。まだ降りていいって言ってない」


 委員長がケンケン声を上げたけど、


「まあまあ、いいじゃないの。山崎さんも頑張ったんだし」


 岩瀬ちゃんはウチに優しく笑いかける。

 ウチは磁石を握りしめたまま、


「ありがとうございましたァ!」


 一方的に言い逃げして、保健室から勢いよく外に出た。


 扉を開けると、その先には紗凪が待ってた。


「ど、どうだった……?」


 不安げな紗凪にVサインしてやる。

 美少女の顔が、パッと明るくなった。


「すごい! おめでとう! 山崎さん!」

「早くこっから逃げるよ!」


 ウチらは、やり直しにさせられないように、急いで保健室から遠ざかる。

 走りながら、ウチらは喜びの顔を見合わせた。


 そうだ、ウチらはやり遂げたんだ!

 勝ったんだ……!


 中庭にまで出てようやく足を止めると、額と脇に冷や汗がドッと吹き出した。

 メチャクチャ怖かったのが、今になってよくわかる。


「よかったよぉ……わたしだけ受かったらどうしようかと……」


 紗凪が息を切らしながら笑いかける。


「いや、全部紗凪のアイデアのおかげだわ。マジで助かった。アンタ頭いいんだね」

「え、えへへ……」


 照れる紗凪の頭を撫でる。

 その瞬間、ウチはふとあることを思い出して、笑うのをやめた。


「……いやでも、まだ喜べないわ。やること残してっから……」

「え、やること……? えと、二次の準備とか……?」

「んなガチなヤツじゃないよ。もっと今やるべきこと。怒りが新鮮なうちにね」

「……?」


 不思議そうな紗凪の前でウチは深く息を吸うと、次は家庭科室へと駆け出しながら、修羅の形相で叫んだ。


「……よしひとーッ‼︎」



―― 第3章 ミスコン1次審査は唐揚げの夢を見る ――



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