第7話  力の勇者

 翌日…


 本日の重徳も昨日同様学園から帰って即ダンジョンに向かっている。すでに内部に潜入してから入って3時間が経過という状況。今日はスライムのエリアは素通りして、ゴブリンが出没する1階層の奥の方へと進んでかれこれ20体ほど討伐を終えている。出現するゴブリンは馬鹿のひとつ覚えのように重徳を発見すると飛び掛ってくるので、サッと避けてバールを振り下ろすだけの簡単なお仕事が続く。


 すでに頭の中で3回も例のレベルが上昇するピコーンという音を確認しているので現在の彼はレベル6に達している。確かこのくらいのレベルまでは比較的簡単に上昇すると管理事務所の職員が話していたのを思い出す重徳。レベルが上昇すると体力がそれに見合った数値になるので、最初の頃よりも思いの外簡単にゴブリンにトドメを刺せるようになっている。もっとも重徳は最初から大した苦労はしていない。おそらく彼ほどの戦いに対する素養を持っていない冒険者であったら、ここまでスムーズにゴブリンの討伐など出来ないだろう。


 ともあれこうしてダンジョンに入る冒険者は魔物を倒して経験値を得ながら自らの力を積み上げていかねばならない。もちろんレベルだけじゃなくて魔物と対戦する際の相手の出方に対する経験の積み重ねも重要だろう。特に初見の魔物に対してはより慎重に当たる必要があるように思われる。魔物の攻撃の特性をしっかりと観察しつつ、その特性を見極めて自分なりの対策を立てる必要があるのはいうまでもない。


 そういえば先程倒したゴブリンが初めてドロップアイテムを落としている。死骸が消え去った後には小さな緑色に光る石と角が1本地面に置かれていた。魔物図鑑に書かれてあったが上層に登場してくるレベルが低い魔物のドロップ率は微々たるモノらしい。ゴブリン相手だと出現したらラッキーくらいに思っていて間違いないだろう。これらは事務所の買い取りカウンターでお金に替えられるので、ひとまずはリュックにしまい込む重徳。


(経験値獲得が目的でドロップアイテムにはそれほど興味はないけど、せっかくくれるというのなら小遣いに充填しようか。いくらになるのかは全然知らないけど)


 というわけで本日も予定の時間が経過したのでダンジョンを出て行く。昨日はゲートを抜けて真っ直ぐ家に戻ったが、今日は事務所の買い取りカウンターに用がある。せっかくゲットしたドロップアイテムをこの場で買い取りに出す。



「すいません、買い取りをお願いします」


「はいはい、お待ちください。おや、誰かと思ったら四條君じゃないか。ドロップアイテムを手に入れたのかな?」


「あっ、どうも。ゴブリンを倒したらこんなモノが落ちていました」


 いつもの職員さんがカウンターに待っている。って言うか、重徳はこの事務所の職員はこの人しか見掛けていない。とんだ零細企業ではなかろうか。お役所が管轄しているから企業ではないけど。それはともかく、彼はリュックから取り出したゴブリンの魔石と角をカウンターに置く。



「ああ、ゴブリンのドロップアイテムだね。魔石が700円で角が1300円、合計で2000円だよ」


 顔馴染みの職員さんがスーパーのレジみたいな機械に何かを打ち込むと自動的に2000円が出てくる。


(しょぱい金額だな、ホームセンターで購入した装備品に遠く及ばないぞ。それにしても一体こんな物を買い取って何に使うんだろうな? ちょっと聞いてみようか)


「この魔石と角は何に使われるんですか?」


「魔石は魔力の研究用だね。これは見ての通り小さくて魔力が少ないから安いけど、大きな物だと数十万から数百万の値段がつくよ」


「ひょえー! そんなに価値があるんですか!」


(数百万だって! 高校生の俺からするととんでもない金額だな。いや、あまり上を見るのはやめておこう。今の所は2000円が現実的だ。欲を掻くと碌な事がないしレベル上げが第一だ)


「魔力はまだ十分に解明されていないから研究の余地が大きいんだ。だから魔石の需要はうなぎ登りだよ。それから角は粉末にして強壮剤にする。あっちの方がギンギンになる凄い効果があるんだ。君も飲んでみるかい?」


「これを飲むんですか!! ちょっと遠慮しておきます」


 衝撃的な事実が伝えられる。漢方で鹿の角などを用いるとは聞くが、ゴブリンの角が強壮剤になるとは重徳としても初耳に違いない。それにしても一番最初に飲んだ人は勇気がある。そこまで追い込まれている何らかの深い事情でもあったのだろうか? それから職員さん、「ギンギン」はこんな公の場で口にしちゃダメでしょう。重徳しか居ないから許されるかもしれないけど。それよりも重徳の内心は…


(イヤイヤ待ってください。高校生の身で強壮剤なんかのお世話になったら右手が忙しくてしょうがないでしょう。おっとこれは男子だけの内緒のお話。だが待てよ… もしこれを女の子が飲んだらどうなるんだろう? 潤んだ瞳で俺を見て迫ってきたりして… いや、これ以上深く追求するのは止めておこうか。童貞の悲しさでここから先の想像がつかない。煩悩退散、色即是空、心頭滅却…) 


 こんな感じで新たな驚きはあったものの、家に戻って一風呂浴びてから重徳はベッドに寝転んでステータス画面を開いている。ロリ長に教えてもらうまでは興味がなくて一度も見なかったが、こうして自分のレベルが上昇すると数値がどうなっているのか気になってくるのが人情というもの。ちなみにレベル6になった彼のステータスはこんな具合となる。




 四條 重徳  レベル6     男  15歳   



 職業   武術家 


 体力   123


 魔力    44


 攻撃力  112


 防御力  105


 知力    37



 保有スキル  四條流古武術 身体強化 気配察知(new!)



 注意事項   新たな職業はレベル20になると開示されます。



 とまあこんな感じ。レベルが1つ上昇すると知力以外の数値が4パーセントくらい上がるようになっている。たった2日間で俺の身体能力が25パーセントも上昇したというのは画期的な出来事。苦しいトレーニングや鍛錬を繰り返さなくても魔物を倒すだけで各種数値が上昇するから重徳にとっては言うことナシ。


 とは言えまだ現状の数値はロリ長の半分程度。そう考えると勇者っていうのは本当に恵まれている。何しろ同じレベル1の段階で2.5倍の開きがあった。この差を埋めるのは中々大変だけど、いつか追いついて驚かせてやりたいと企む重徳。


(しかし俺は絶対に油断をしないぞ! ステータスの数値に頼るんじゃなくて、今まで以上に自己鍛錬を精を出していくつもりだ。体に染み付くまで何度も繰り返した稽古は絶対に裏切らない。それに現時点で俺が勇者たちに優っているのは格闘技術、つまり四條流の技だけ。だったら勇者たちが何か技を身に着けるまでに俺はさらにその上を行く技を会得してやる。それこそが俺があのクラスで生き残っていくための生命線だろう。でもなんだか学園長のジジイにうまくノセられているような気がしてくるな。俺ってもしかしたらお人好しなのかな? ところで素朴な疑問だけど、俺はどのくらいまでレベルを上げていけばいいんだろう? 一年後に勇者たちはどの程度の成長をしているかが鍵になるんだけど、うーん、個人差もあるからちょっと予想がつかないな。明日ロリ長に聞いてみようか。待てよ… ピコーン! いいアイデアが浮かんだぞ。早速実行してみよう)




 という流れで翌日の学園では…


 重徳が通っている聖紋学園の時間割は一日おきに午前と午後のどちらかが実技実習に割り当てられている。本日の午前中は一般教科を学習する時間割。現代国語、数学、化学Ⅰ、英語の順に退屈な授業が続く。その2時間目が始まる前の休み時間に重徳がロリ長に声を掛ける。



「信長、次の時間俺は具合が悪くなる予定だ。先生には保健室に行っていると伝えてくれ」


「四條、早速サボるのか?」


「数学は中学の時に2次方程式で躓いた。それ以来俺にとっては不俱戴天の仇と見做す科目と成り果てている」


「わかったよ、バレないようにしろよ」


(面と向かって名前を呼ぶ時にはロリ長ではなくて、ちゃんと信長と呼んでやっているんだから感謝しろよ! そもそもお前がいきなりあんなしょうもない勇者としての野望を明かすから、俺の中での評価が地の底まで下がったんだぞ)


 とまあこんな具合に心の中で悪態をつきながら、その場はロリ長に事後を託して教室を抜け出して行く。向かう先は実技演習場。この時間上級生が演習場で訓練している頃合だろうと考えて重徳はやってきている。


 重徳のお目当ての2年A組は第1演習場にいるはず。彼がわざわざ授業を抜け出してこうして上級生の実技実習を見に行くのは、クラスの勇者たちが1年後にどのくらいの成長をするか知っておくため。上級生はそのためのサンプルとして非常に役立つと踏んだ重徳は、こうして2年生の勇者クラスの様子を見学に出向いている。どうやらこれが昨夜思いついた彼なりのアイデアらしい。


(おお、やってるな! 演習場の外まで響く木剣で打ち合う甲高い乾いた音が聞こえてくるぞ。ちょうどいい時間に抜け出せてこれたな。中は高い壁で外から見えないようになっているから入り口からそのまま演習場に入っていこう。スタンドの手前にはベンチが置いてあるから邪魔をしないようにここで見学しようか)


 男子20人に及ぶ上級生の勇者が二人一組で剣を打ち合っている。どの組を見ても当たり前の話だが一年生クラスの勇者たちとは格段に技量の差がある。今の重徳の目ではかなり努力をしないと目では追えない速さで鍔迫り合いから派手な打ち合いまで様々な攻防が繰り広げられている。これはちょっと予想外にレベルが高いような気がしてくる。すると…



「おい、そこに座っているのは新入生か?」


 急に横合いから響いた野太い声に重徳が振り向くと、そこには堂々とした体躯の上級生が肩にタオルを掛けて立っている。どうやらフィールドで繰り広げられる打ち合いに気をとられて、その人物が近寄っていることに気が付かなかったらしい。



「はい、1年A組の四條重徳です」


「ほう、お前があの問題児か。俺は2年A組の東堂とうどう重三郎じゅうざぶろうだ。この学校の風紀委員を務めている。委員会でもお前の話題は最重要項目で取り上げられていたぞ」


 ハハハと豪快に笑いながら自己紹介をするこの人物は東堂先輩というらしい。それにしても体格といい声といいその風貌といい、なんとも豪快な人物に映る。風紀委員会で取り上げられているくらいだから重徳が勇者クラスに混ざっている一般人だと知っているはずなのに、まったく気にも留めていないよう。



「で、四條、ここで何をしているんだ?」


「はい、上級生の実技実習を見学しようと思って」


「ほう、中々いい心掛けをしているな。どれ、せっかく来たんだから見学だけでは物足りないだろう。俺が相手をしてやるから怪我をしない程度に打ち合え」


「いいんですか? 授業の邪魔になりませんか?」


「気にするな、早く準備しろ」


 重徳の危惧など全く気にしない様子で東堂はタオルをベンチに置いて自分の木剣を手に取っている。ただの訓練用の木剣だがそれを手にするだけで東堂からは紛れもない強者の香りが漂ってくる。重徳の師範である祖父や両親をはじめとして道場には同じような雰囲気を漂わせる化け物みたいな人間が居るけど、身にまとう気配だけならこの人も十分その一角に入って伍して戦うことができそうな予感さえしてくる。



「自分は剣を扱えないので木刀でお願いします」


「ほう、刀か。いいぞ、好きな物を選べ」


 四條流は基本的には無手の技術を高める武術の流派。だが一通りは刀を振るう訓練も行っている。それは刀を持つ相手の技術や考え方、攻撃の特性を学び取るための稽古と教えられている。現にクラスの実技実習ではロリ長や梓とも打ち合っている。とはいえ力では押されっぱなしで何とか技術で致命傷を免れているレベルに過ぎない。


 重徳は演習場の端で東堂に木刀を向けて構える。それにしてもこの人物はこうして目の前で対峙してみると圧倒的な迫力がある。上背は190センチくらいで横幅もはるかに重徳を上回る。相当鍛えているように映る分厚い胸板と腕の太さは特筆すべきだろう。ぶっとい首の上に乗る角ばった顔と引き締まった表情は力の勇者という表現が一番しっくり来る。さらにその体全体からは、まるでそこに岩が立ちはだかっているような落ち着き払った重厚な闘志を感じる。



「いい構えだ。好きなタイミングで掛かって来い」


「お願いします」


 重徳は木刀を振りかぶって踏み込んでいく。わざと大振りな動きを見せておいて、東堂が剣を合わせに来る一瞬の隙を突いての小手狙い一択に決めている。自らの刀の技術ではとてもあの分厚い壁を破れそうもないと判断したので、基本は防御を固めて隙を見せないようにしながら小技を繰り出すしかない。


(やっぱりダメだ!) 


 狙った小手は簡単に躱されて東堂の斬撃が襲い掛かる。懸命に反応してやっと追いつくレベルの剣がギリギリの軌道を描いて重徳の胴体を掠めていく。こんな速度の剣は過去に経験がない。しかも重たいから打ち合うたびに腕がビリビリ痺れてくる。こちらから攻撃を繰り出す暇などない防御一辺倒で完全に押し込まれて、このままではなす術がない。おそらくだが重徳のレベルが上がっていなかったら一撃で吹き飛ばされていたはず。


 嵐のような東堂の攻撃を何とか受け流しつつ隙を伺う。フェイントなど一切ないすべてがトドメを刺しにくるような豪剣を辛うじて食い止める。そしてその機会がようやく巡ってきた。珍しく繋ぎのあまり力が篭っていない一振りを東堂が重徳に向けてくる。彼はその剣を強めに弾いて後方に大きく跳んで一旦距離を取る。そして…



 カラン


 重徳の木刀が地面に落ちて乾いた音を立てる。



「どうした? もう降参なのか?」


「いえ、先輩とまともに戦うとなったらこの木刀は邪魔になると判断しました」


「刀を捨てて無手で戦うというのか?」


「それが俺の本職ですから」


「ますます面白いやつだな。無手だからといって手加減はしないぞ!」


「お気遣いは無用です」


 こうして重徳と東堂の第2ラウンドが開始されるのだった。 



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


東堂先輩と重徳の手合わせはまだまだ続きます。果たして彼の技は先輩相手に通用するのか… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


 それから読者の皆様にお願いです。


「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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