第56話 第8ダンジョン部 勇者たちの初ダンジョン 1


 2日間の安全確認で封鎖されていたダンジョンだが、ようやく通常の様子を取り戻したと判断されて立ち入り禁止が解除される。ちなみにこの日は金曜日。明日は授業がないので少々ダンジョン内部での活動で帰宅が遅くなっても翌日は遅刻の心配がない。という事情もあって各ダンジョン部は放課後になると競うように大山ダンジョンに向かう。


 重徳が所属する第8ダンジョン部も当然ながら学園からダンジョンに向かう人の列に加わっている。



「師匠、ようやくこの日がやってきたッス。今から楽しみでしょうがないッスよ」


「義人、ちょっと肩の力を抜くんだ。気負っているとロクなことにならないぞ」


「そうだったッス。ついつい気合いが入りすぎたッス」


 義人も四條流のひとり。戦いを前にした心構えは兄弟子たちから口が酸っぱくなるほど言い聞かされている。平常心を保つ… 戦いを前にしたこの教えこそが、一見簡単なようでなかなかできない心構えといえよう。現に師範を務めるジジイでさえ、ダンジョンに入るのが楽しみすぎて気持ちの高ぶりを押さえられなかったという例がある。もっともジジイの場合は実際に魔物を目の当たりにするとスッと心が覚めて冷静さを取り戻すので、今の義人と比べるのはさすがにちょっとどうかとは思われる。余人の追従を許さない別格中の別格… それこそが重徳の祖父であり四條流の師範。


 事務所の中に入ると入場のための手続きを待つ生徒たちの姿で溢れ返っている。この入場手続きというのは、パーティーごとにメンバーの人数確認と帰宅予定時刻の申告が必要になる。この予定時刻を3時間以上経過すると各方面に連絡が入って捜索隊が組まれるので、当然ながら申告した時間までには戻ってくるのが望ましい。


 実は第8ダンジョン部は昨日のうちに管理事務所にやってきて1年生を含めた即席パーティーの登録を済ませてある。ダンジョンが閉鎖されていても事務手続きは通常通りに運営されているので、煩わしい登録はすでに完了済み。もちろんこれは先輩たちのアイデアで、手続きを済ませていち早く内部に入場するまでの時間短縮に大いに役立っている。


 列に並んで手続きの順番を待っていると、重徳の背後から聞き覚えのある声が…



「若、待っていたぞ」


「カレン、先に来ていたんならもっと早く声を掛けてくれればよかったのに」


 重徳が声をあげるとアリス先輩と義人が続く。



「カレンさん、お久しぶりです。今日からしばらくの間よろしくお願いします」


「カレン姐さん、よろしくお願いするッス」


「こちらこそよろしく。もっとも若がいれば浅い層では心配はないから、私はアドバイス役に徹するつもりだよ」


 顔見知りのアリス先輩と義人ににこやかな表情で挨拶を返すカレン。その直後彼女の視線が見知らぬもうひとりの人物に向けられる。



「若、こちらのお嬢さんは?」


「そうだった。紹介が遅れてすまない。こちらは鴨川歩美さん。ダンジョン部のパーティーの一員だよ」


「ああ、噂の若の彼女さんですね。私は上野カレン。四條流の一員で若の個人的なパーティーメンバーでもあるんですよ」


「あ、あ、あ、あ、あの… 噂の彼女さんって…」


 歩美の顔が真っ赤っか。こんな場所で初対面の人間に重徳の彼女扱いされるとは思ってもいなかったよう。しどろもどろになって極めて挙動不審な態度。



「あれ? カレンに歩美の話なんかしてないぞ」


「その辺はぬかりない。義人君からしっかりと色々聞き出している」


「師匠、申し訳ないッス。カレン姐さんから聞かれるとなんでも素直に喋ってしまうッス」


 どうやら義人経由で色々と話が伝わっていた模様。義人としたらカレンに報告する義務を感じたゆえの行動だろう。面白半分に色々話していたわけではないと信じたい。まあ、半分以上は義人とカレンが面白がってあることないこと喋っていたのだが… とはいえ義人とカレンも重徳が告白したのはつい数日前だとは知らない。当の昔に付き合い始めているものだと思い込んでいる。それもあってカレンの「噂の彼女さん」発言に繋がっているのだろう。


 ここで依然として顔が真っ赤な歩美に向かってアリス先輩が…



「鴨川さん、しばらくの間カレンさんも私たちと一緒に行動するのよ。言ってみれば学園外部の協力者といったところね」


「そ、そ、そ、そうでしたか。鴨川歩美です。どうぞよろしくお願いします」


 まだ動揺から完全に抜けきっていない歩美だが、なんとか自己紹介を終えている。


 そうこうするうちに順番が回ってきて入場の手続きが無事に完了。ちなみにこの即席パーティーの名称は〔第8ダンジョン部・アルファー隊〕となっている。ロリ長たちが〔ベータ隊〕で梓たちが〔ガンマ隊〕。これは部長の真由美先輩があくまでも適当に命名したモノで、深い意味はまったくない。


 そして手続きを終えたアルファー隊はいよいよゲートに向かう。



「師匠、このゲートの先がいよいよダンジョンッスか」


 ゲートの手前までは一度見学したものの、これから自分が初めてゲートをくぐろうという義人が武者震いをしている。


(そういえば俺も初めてダンジョンに入るときはワクワクしたもんな~。義人の気持ちはわかるが、ここから先は気持ちを引き締めていかないとダメだぞ)


 重徳は1か月前の自分を思い出している。あれから様々な出来事があって気が付いたらレベル100を超えているが、それでも初めてダンジョンに入った日の出来事は何といっても格別なよう。ここでアリス先輩が…



「義人君、ここから先は何が起きるかわからない場所よ。気を引き締めてね」


 さすがは2年生。重徳が何か言う前に先回りして義人に声を掛けている。



「それじゃあ、四條君を先頭にして入場するわよ」


 ついに入場開始。隊列は先頭から、重徳、義人、カレン、歩美、アリス先輩の順。ダンジョンの内部でもこの隊列なのは言うまでもない。最も気配察知に優れる重徳が行ってみれば斥候の代役で、その直後にアタッカーを務める義人。本来トレジャーハンターのカレンはこのパーティーの中では臨時でサブアタッカーを務める。すでにレベル40を超える彼女の戦闘力だったら、ゴブリン程度片手でどうにでもなるはず。その後ろには歩美が続いて、最後尾を歩くアリス先輩がリーダー役といった配置。後ろの二人は直接戦闘に関われないので間接支援が主な任務。だが実は歩美には彼女の父親が用意したとっておきの… この件に関してはいずれ明らかとなるはず。


 ということで世界の境目を潜り抜けて一行は十字路まで進んでいく。



「鴨川さん、大丈夫?」


 アリス先輩が気遣う声を掛ける。この十字路の右にあるホールで例のゴブリン大量発生事件に巻き込まれた歩美がトラウマを抱えていないか心配したよう。



「はい、全然平気です」


 ところが先輩の心配する表情をよそに歩美はケロリとした顔で応えている。実は例のゴブリン騒動は最初のうちは歩美の心の中に一抹の死の恐怖をもたらしてはいたが、救出に駆けつけた重徳の登場で完全に素敵な想い出として上書きされている。むしろあの事件がきっかけとなってお互いの好きな気持ちを確認できたとあって、いってみれば「雨降って地固まる」といった認識。トラウマなど生み出されるはずもない。


 歩美が全く平気な様子を見て取ったアリス先輩は重徳に指示。



「四條君、まずは転移魔法陣の位置だけ確認しましょう」


「はい、オーケーです」


 ということで一行は十字路を左側へと進む。この辺はまだ魔物はほとんど現れない場所。重徳の気配察知にも特に異常は見当たらない。そのまま転移魔法陣まで無事に進む。



「義人、歩美、これが転移魔法陣だ。この中に入ると自分が過去に足を踏み入れた階層ならどこにでも行けるんだよ」


「ほぇ~… すごい仕組みッスねぇ~」


「これが魔法の世界なんですね」


 義人と歩美がちょっと感動した表情を浮かべている。ここでアリス先輩が…



「ところで四條君は何階層まで言っているのかしら?」


「え~と、その… どうしても言わないといけないでしょうか?」


「一応参考までに聞いておきたいのよ」


「はぁ~… 現段階では15階層です」


「「「「「ええええええ!」」」」」


 重徳としては絶対にこんな反応が返ってくるとわかっていたから答えにくそうにしていた。そして想像通りの全員のリアクション。初めてこの件を耳にしたカレンまでドン引きしている。そしてさらに重徳の追撃が…



「それでですね… 明日ウチのジイさんと一緒にダンジョンに入るんですが、20階層攻略が最低目標だそうです」


「……」


 カレンも含めて全員が無言になっている。義人と歩美を連れて初の1階層をこうして見て回っているにも拘らず、同じパーティーメンバーの重徳は20階層攻略が当面の目標。このギャップにカレンを含めた全員が声も出ないよう。しばらくしてようやくカレンが再起動。



「よかった、本当に良かった。若、私は土日は管理事務所のバイトだから絶対に一緒に行動しないぞ!」


 キッパリと断り切るカレン。誰が好き好んで20階層などというとんでもない場所に足を踏み込みたいというのか? それはもう一握りの頭のネジがブッ飛んだ奇人変人の類としか言いようがない… というのはカレンの偽らざる考えのよう。とにかくジジイを含めた四條流の人間があまりにブッ飛び過ぎている。


 転移魔法陣を目の前にしてしばらく全員が無言で佇んでいると、突然魔法陣が光に包まれる。どうやら1階層に戻ってくるパーティーがあるらしい。



「全員陣から離れるんだ」


 重徳の声に促されてアルファー隊がやや離れた場所に退避すると、徐々に光が収まってくる。そして転移魔法陣の内部に数人の人影が… だがその集団にはどうにも見覚えがある。



「あれ、若じゃないですか。それにカレンさんと義人まで。こんな場所でどうしたんですか?」


 声を掛けてきたのは森田兄。魔法陣から出てきた集団は四條流の門弟たちで間違いない。偶然とはいえ、よくもまあこんな場所で出くわしたものだ。



「なんだ、みんなして一足先にダンジョンで稼いでいたのか」


「ええ、今日は軽く12階層を回りましてね。トカゲやらワニやらヘビやらの革を大量ゲットですよ。おかげで今夜も旨いビールが飲めそうです」


 大量ゲットなどといいつつも、門弟たちの荷物は小型のリュックがひとつだけ。実は先週15階層のボスを攻略した際にレアドロップでマジックバッグを手に入れている。これで四條流は都合3つのマジックバッグを所持という、おそらく世界中でも類を見ない集団クランとなっているよう。



「兄さん方、12階層に本当に降りたんスか?」


「ウソを言ってどうする。義人も早く俺たちみたいにバンバン稼げるようになれよ」


「精進するッス」


「よし、晩飯はステーキとビールで乾杯だ」


「ダンジョンのあとの贅沢といったら、やっぱりビールと美味い肉だよな」


「このために生きているっていう実感が湧いてくるぜ」


 なんだか異世界の酒場にたむろっている冒険者のような発言をかます門弟一同。ホクホク顔の彼らの後ろ姿を見送りつつ、アリス先輩が…



「四條君、君の知り合いはあんな人たちばかりなのか?」


「すいません。全員うちの道場の門弟です。一見ガラは悪いですけど、全員気のいい連中ですから」


 ここで歩美が何かを思い出したように…



「ノリ君、もしかしてゴブリンが大量発生した時にノリ君と一緒にダンジョンに来てくれたのは今しがたの皆さんですか?」


「そうだよ。俺ひとりじゃ時間がかかりそうだったから、ジイさんと門弟たちにヘルプを頼んだんだ」


「そうでしたか。助けてもらったお礼を言い損ねました。この次にお会いしたらちゃんとお礼しないとですね」


「うん、まあ気持ちだけでいいんじゃないの」


「そんなわけにはいきません。皆さん命の恩人ですから」


「じゃあ、今日の帰りにでもウチに寄っていくか? たぶんバーベキューで盛り上がっているから」


「はい、寄らせてもらいます」


「アリス先輩、ついでだから部員全員ウチに集まりませんか? ダンジョンから出たら真由美先輩に俺から誘ってみます」


「ちょっと待って、四條君。急に大勢で押し掛けて大丈夫なの?」


「場所だけはいっぱいあるから平気です。義人とカレンもウチで腹ごしらえしていけよ」


「喜んでいただくッス」


「兄弟子方に今日の武勇伝でも聞いてみよう」


 こうしてダンジョンを出てから四條家に都合がつく人間が集まる話がまとまるが、肝心なのはここから。転移魔法陣の確認も終わったし、いよいよこの先魔物が登場してくる通路に足を踏み入れていく。



「それじゃあ、こっちの通路を進んでみるぞ」


 重徳が先頭に立って歩き出したのは、転移魔法陣から2階層に降りる階段方向に向かって延びている通路。この通路は大きな弧を描いてやがてメインとなる中央通路と合流する。もちろん合流地点の手前にも幾本もの脇道が中央通路に向かって伸びており、この通路を進むと行き先が限定されるというわけではない。


 ということで重徳がゴブリンの気配を探りながら慎重な足取りで通路を歩き出す。直後を進む義人も初級の気配察知のスキル持ちなので、重徳は自分同様に愛弟子にも周囲の気配を探らせている。



「師匠、思ったよりもゆっくり進むんッスね」


「そうだな。気配を探りながら慎重に歩くと、大体こんな感じのゆっくりした歩調になる」


 どんな危険があるのかわからない場所なので、ダンジョン通路を歩くだけでもそれなりに神経を使うと義人は学んでいるよう。


 やがて3分ほど歩いたところで重徳が立ち止まる。



「義人、わかるか?」


「なんだかペタペタという音が聞こえてくるッス」


「上出来だな。これがゴブリンの足音だ。よく覚えておくんだぞ」


「了解ッス」


 さすがは勇者。義人も重徳にやや遅れはしたものの、ゴブリンの気配に気付いているよう。義人の能力の高さに重徳は目を細めている。



「さて、アリス先輩、どうしますか?」


「最初は四條君が討伐のお手本を見せてもらっていいかな」


「わかりました」


 重徳の返事を聞いたカレンがニヤニヤしている。



「若、本当に大丈夫なのか? いつものような瞬殺じゃ全然手本にならないんだぞ。手順をしっかりと義人君に見せるように… ああ、それからスローモーションくらいの動きでやらないと、義人君の目では早すぎて何も理解できないからな」


「これはマイッタな。注文が多すぎる」


 ちょっといい格好したかったのか呟くように映画に出てきそうなセリフを口にすると、重徳は右腰のホルダーからバールを引き抜く。ちなみに両手はアダマンタイトの籠手を装着済みで、背中のリュックに仕舞われているマジックバッグの中には雑草焼きバーナーと下草刈りカッターも入っている。重徳的には現状のフル装備といってもいい。それだけではなくて週末ジジイと潜った際にドロップアイテムとして手に入れた切れ味の良さそうな短剣が2本。実は今回のダンジョン行きに備えて売却せずに、義人の剣に何かあった際の予備の武器として用意している。



 ギギャー


 お馴染みのゴブリンが横道から登場。



「義人、よく見ていろよ」


「わかったッス」


 バールを構えた重徳が声を掛けると、後方ですでに腰の剣を抜いている義人が返事を返す。ややあってゴブリンが棍棒を振りかざして襲い掛かると重徳はバールで応戦。隙を見て棍棒を握るゴブリンの手首にバールの一撃を叩き込むと、絶叫を上げながら魔物の腰が引ける。そのまま脳天にバールを振り下ろして昏倒したゴブリンの首元を踏みつけると、はい一丁上がり。流れるような鮮やかな仕留め方に義人も頬を紅潮させて見入っている。



「師匠、スゴイっス」


「ちゃんと頭に入ったか?」


「バッチリっス」


「じゃあ次は義人の番だ。絶対に自分の背後に回り込ませないようにするんだぞ。さもないと後衛に危険が及ぶからな」


「承知したッス」


 重徳がこうして実戦で手本を示したのは、義人にとっては大いに役立ったよう。次こそは自分の番だと気持ちを新たにしている。そして再び5分ほど歩いていくと…



「義人、来たぞ」


「行くッス」


 こうして義人が重徳と入れ替わるようにして最前線へ躍り出る。短剣を構える姿は中々堂に入ったモノ。そのまま前方からやってくるゴブリンと対峙する。


 ギギャー


 遮二無二棍棒を振り回すゴブリンに義人は最初こそ手を焼いたものの、なんとか小手に一撃を入れて棍棒を叩き落す。そしてその勢いのままに首元に向かって剣を横薙ぎに叩き付ける。


 だがここで予想外のアクシデント。義人の剣がゴブリンの首の半ばまで切り込みを入れてはいるが、そこでにっちもさっちも動かなくなる。懸命に力を込めて剣を引き戻そうとする義人だが、断末魔の大暴れをするゴブリンの両手が迫ってくる。



「義人、ゴブリンの胴体を思いっきり蹴飛ばして剣を引き抜け!」


「わかったッス!」


 義人は重徳の指示通りゴブリンの胴体を蹴飛ばしながら剣を手前に引っ張る。するとあれだけ動かなかった剣があっさりと手元に戻る。あとはトドメを刺すだけの簡単なお仕事。こうして義人はゴブリンの初討伐を無事に終える。



「師匠、アドバイスに感謝するッス」


「筋肉が収縮する力が働いて時折剣が抜けなくなることがあるんだ。そういう時には相手の胴体を蹴飛ばすのが一番手っ取り早いぞ」


「勉強になったッス」


 義人にしても真剣を振り回すのは今日が初めて。このような突発的なアクシデントが起こる可能性が十分にある。その意味では義人のファーストバトルは大変意義が大きいものとなっている。


 その後は順調に討伐を重ねて、義人と歩美のレベルが1段階上昇を迎える。



「これがレベルアップっスか」


「私は何もしていないのに勝手にレベルががりました」


 経験値はパーティーメンバーで平等に配分されるので、歩美のように何もしていなくても上昇する。初のレベルアップに感動している二人を周囲は生暖かい目で見守る。するとここで突然歩美が…



「アリス先輩、次は私にやらせてもらえませんか? このまま何もしないのではなんだか申し訳なくて」


「鴨川さんは武器を持っていないだろう。どうやってゴブリンを倒すんだ?」


「その点は大丈夫です。ちゃんと練習もしてきました」


 歩美が胸を張っているが、先輩はなかなか首を縦に振ろうとはしない。ここで重徳が…



「歩美、一体何を練習してきたんだ?」


「ノリ君、実はお父さんがすごいモノを用意してくれたんです。ぜひともノリ君にも見せたいなと思いまして」


 歩美の父緑斎は娘を溺愛している。本当はダンジョンなどに入らせたくはないのだが、娘が絶対に譲らないので渋々彼女の意見を認めたらしい。その代わりにしっかりと身を守るために何かを用意してくれたというのが歩美の主張。


 重徳としてもあの父親が用意したとあれば、生半可なアイテムではないだろうなとすぐに予想がつく。



「アリス先輩、歩美にやらせてみましょう。俺が隣に控えていますから、何かあったらすぐに矢面に立ちます」


「そうねぇ~… 鴨川さんと四條君がそこまでいうんだったらいいわ。二人に任せます」


 こうして先輩が折れる形となる。やっと自分の出番が回ってきた歩美は目をキラキラさせている。時折口にしていた「重徳と並んで戦いたい」という夢が実現して喜びもひとしおらしい。


 ということでゴブリンの気配がまたまたやってくる。



「歩美、来たぞ」


「はい」


 歩美は懐から何かを取り出して重徳の横に並ぶ。そして…



「急急如律令、式神召喚」


 手にするは父親の緑斎が歩美のために特別にこしらえた呪符。どうやら式神召喚を行うためのモノらしい。歩美が呪符に霊力を込めると、前方にトラほどの大きさの白い影が浮かび上がる。ややあってその輪郭がはっきりしてくると、それは真っ白で巨大なネコの形をとる、しかもそのシッポが2つに分かれる、いわゆる猫又といわれる式神がこの場に爆誕。その気配はすさまじく、ブルブルっと身を震わせただけで周囲の空気が音を立てて振動し、壁から脆くなったレンガの欠片が剥がれ落ちていく。これは単なる式神ではない。もはや大妖怪に等しいレベルのとんでもない力を持ったあやかしといっても差し支えなさそう。



「ヌシサマ、あのゴブリンを倒してください」


 ギニャー


 ネコにしてはやけに低い声で返事をする歩美の式神。そのまま巨体を躍らせると鋭い爪が伸びた前足を一閃。たった一撃でゴブリンの体が斜めに引き裂かれて、そのまま絶命している。猫又はゴブリンが消え去る様子を見届けると、体を転じて歩美の元に。



「ヌシサマ、ありがとうございました。どうぞお戻りください」


 歩美が猫又の頭をひと撫ですると、低い声で鳴いてからその体は粒子になって消えていく。あまりに突然の出来事に一同は唖然とするばかり。ようやく気を取り直した重徳が…



「歩美、ヌシサマと呼んでいたけど」


「はい、実はお父さんがヌシサマの抜けた毛を集めて特別な呪符を作ってくれたんです」

 

 そう言いながら重徳の前に呪符を差し出す歩美。表面には様々な文言、そのほとんどが幻と呼ばれる神代文字で呪文を描いているのだろうと推察される。そして裏面にはひと房の真っ白なネコの毛が丈夫な糸で縫い付けられている非常に特殊なつくりの呪符と相成っている。実は歩美の父緑斎は非常用の式神としてヌシサマのブラッシングで集めた抜け毛を用いて超強力な式神を創り出していた。娘を心配するあまりに日本の最強陰陽師がちょっとヤリすぎた感もある。しかもヌシサマ自体が御中神社の言い伝えが真実ならば神様の使い。色々と合わさった結果、1階層では完全なオーバーキルの式神が出来上がった模様。



「歩美、この式神なら15階層でも十分力を発揮できそうなレベルだ。しばらくは封印したほうがいい」


「ええぇぇ! それはちょっと残念です」


「だって見てみろよ」


 重徳が顎で指す後方に歩美が目を遣ると、義人とアリス先輩が腰をぬかしている。さすがにカレンは何とか立っているが、その顔色がかなり悪い。


(ちょ、ちょっとチビっちゃったかも)


 アリス先輩の心の声がどこかから聞こえてくるような気がする。普通の人間からするとそれほどまでに強烈な歩美の式神であったらしい。


 この日歩美が家に帰ってから「さすがに力が強すぎる」と苦情を申し立てると、緑斎はもうちょっと能力控えめな式神2号の作成に取り掛かるという親バカぶりを発揮するのはナイショにしておこう。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



第8ダンジョン部・アルファー隊の初めてのダンジョンでした。中々初回から色々な出来事が目白押し。次回はロリ長と梓のベータ隊、ガンマ隊の活動の模様をお届けします。


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「歩美のお父さん、張り切りすぎ」


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