第57話 転校生


 重徳のパーティー〔アルファー隊〕がダンジョンの出入り口を入ってからやや時間を置いて、ロリ長たちのパーティー〔ベータ隊〕がゲートをくぐっていく。隊列は斥候役の弘美先輩を先頭に、ロリ長、楓、彩夏、最後尾は魔法使いでこのパーティーのリーダーを務める藍先輩という順。



「信長君、ダンジョンの中は圧迫感というか、自然と緊張感が生まれてくるような…  

こうして入り口を潜っただけでも普通の場所ではない気がしてきます」


「そうだね。例えは悪いかもしれないけど、心霊スポットをもっと規模を大きくしたような感じかな。登場してくるのは幽霊じゃなくてゴブリンだけどね」


 スッと横に並んで話し掛けてくる楓に余裕の表情で言葉を返すロリ長。確かに彼の物の例えが正しいとは言い難いが、ダンジョンから醸し出される独特の雰囲気は心霊スポットと似ていなくもない。場所によっては苔むした石造り壁、視野がギリギリ照らされる程度の薄暗い明かり、時折枝分かれしつつどこまでも果てしなく延びていると錯覚してしまいそうな長い通路… ダンジョンという構造物自体が入り込んでくる人間に有形無形のプレッシャーを加えてくるのは言うまでもない。



「上条さん、この前の事件のショックは残っていないかしら?」


「藍先輩、ご心配いただいてありがとうございます。たぶん大丈夫です」


 どうやらリーダーとして先日のゴブリン大量発生の件が彩夏に悪い影響を与えていないかを案じているよう。対して彩夏はといえば、さしたる精神的な影響はない様子。同じクラスの聖女の中には数名がいまだ学園を欠席している例を鑑みれば、歩美や彩夏が精神的に強いのかもしれない。



「それじゃあ、ホールの方向に歩いてみようか。桐山さんは来週から魔法の練習をする場所を確認しておきたいだろう」


「はい、お願いします」


「弘美、先導を頼んだぞ」


「オーケー、ホールまで出たら脇道を進んでいくわよ」


「うん、それでいいよ」


 という遣り取りをしているうちに十字路に到着する。アルファー隊が転移魔法陣の方向に歩いていったのに対してベータ隊はホールの方面へ。十字路を右方向に曲がると、そこには学園のグランドよりも広い広大な空間が出現する。



「地中とは思えない広い場所だな」


 ロリ長がボソッと呟いている。確かに彼の呟き通りだだっ広い空間が広がっているが、一体何のためにこのような一見無駄な場所をダンジョン管理者もしくは魔族が創り上げたのかは謎のまま。



「ここがゴブリンで埋め尽くされていたのか… 確かにゾッとする光景だな」


「上条さんはよく頑張りましたね」


 先輩二人が彩夏を労っている。確かに初めてダンジョンに入ったらゴブリンの大群のお出迎えに遭遇など、誰しもがご免蒙る出来事だろう。



「私は大して役に立っていません。歩美と四條君のおかげですよ」


 彩夏は改めてあの一件を思い返す表情。あの時力の限りを振り絞って生徒全員を守った歩美の自己犠牲と呼んでも差し支えない気高い精神。そして溢れるばかりにホールを埋め尽くしているゴブリンを片っ端から薙ぎ倒していった重徳の雄姿… こちらは彩夏は気を失っており、直接は目撃していないので歩美から話を聞いたのだが。あの危機から救い出された出来事の中で二人の活躍はひとつの伝説になるのでは… などと彩夏はひそかに考えている。さらに彼女は言葉を続ける。



「藍先輩、実は私、あの一件で気づいたんです」


「気付いた… 一体何を?」


「はい、私は子供の頃からダンジョンで戦う冒険者に憧れていました。剣を振るって魔物を倒す勇敢な姿が大好きだったんです。ところが自分に与えられた職業が聖女で直接戦闘に関われないのが我慢できなくて、本音でいうと聖女という職業が嫌いでした。でも歩美の姿を見て私は気付いたんです。自分を犠牲にしてまで他の人間を救おうとする行為があまりに尊くて… あれこそが本物の聖女なんじゃないかと。だから私も歩美を目標に聖女として頑張ってみます」


「それはとっても素晴らしいことに気が付いたようだね。でも上条さんが鴨川さんと同じ道を歩く必要はないんだよ。あなたが出来ることをひとつひとつ確実にやっていく… 自分を他人と比較せずに信じた道を進めばいいさ」


「ありがとうございます。今の言葉を肝に銘じます」


 藍先輩、素晴らしい言葉を彩夏に残してくれたよう。第8ダンジョン部を必死で維持してきた苦労があるゆえに、このような大人びたセリフが口から出てくるのだろう。彩夏は気持ちも新たにこれから聖女としての道を歩もうと決心して、その表情は何か吹っ切れたように輝いている。


 しばらく先輩と彩夏のやり取りが続いて完全に放置されていたロリ長と楓。所在なさげにホールの近場を二人で歩いて戻ってくる。



「さて斎藤君、いよいよ君の出番だよ。ここから先は魔物が通路に出現する。このパーティーの戦闘力は君の剣と私の魔法だけだからね。場面に応じて弘美も手助けしてくれるけど、まずは自分の手でゴブリンを倒してもらいたい」


「はい、任せてください」


 やっと出番が回ってくるロリ長は自信満々な表情。ということで藍先輩の号令で全員が2階層に降りていく階段方向に向かって延びる通路に足を踏み込んでいく。しばらく進むと斥候を務める弘美先輩が…



「きたよ、間違いなくゴブリンの足音だ」


「先輩、僕の耳にもはっきりと聞こえていますよ」


「それは頼もしいね~。用意はいいかい?」


「いつでも大丈夫です」


「それじゃあ、初回サービスだ。私がゴブリンの気を引くから、その隙に斬り捨ててもらいたい」


「わかりました」


 ロリ長は腰の剣を引き抜いて構える。先頭にいた弘美先輩はゆっくりと下がってロリ長と横並びに。その手には重徳からのアドバイスに従って練習を積んだスリングショットが握られている。鉛玉をセットして構える弘美先輩。そして横道からゴブリンが醜悪なその姿を見せる。



「さあ、おいでなさったよ。これでも食らえ!」


 弘美先輩はゴムを引き絞るとゴブリン目掛けて鉛玉を発射。狙い通りにどてっぱらに命中してゴブリンは前屈みになって苦しんでいる。



「弘美、ナイスアシスト。今だ、いけぇぇ!」


 藍先輩の突撃命令と同時にロリ長が剣を振り被ってゴブリンに向かう。その動きは重徳とは違って一見ゆったりとした速度。だがこれはロリ長独特のリズムというか… 

ゆっくりに見えて実は素早い。相手を幻惑するこの動きはロリ長が幼い頃から習ってきた舞踏から派生したモノ。そしてあっという間にゴブリンの前に立つと、袈裟斬りで肩口から一刀両断。さすがは天然勇者だけのことはある。市販のさほど切れ味の良くない剣を手にしてもその攻撃力はゴブリン戦では余りある。



「うん、素晴らしい一撃だったね。どうだい、初めてゴブリンを倒した感想は?」


「先輩のアシストは助かりました。これが僕の崇高なる目標への第一歩です」


 どうやらロリ長はあくまでもエルフの幼女のために戦うつもりらしい。どなたかいい病院を紹介してくれないだろうか。


 こうしてベータ隊は順調にゴブリンを討伐しながら通路を進んでいくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 最後にダンジョンに入ったガンマ隊もこれといってトラブルもなく、こちらは中央通路を進んでいく。梓がゴブリンを倒すたびに縦ロール榎本がギャーギャーうるさかったが、至極順調な様子。それはそのはず、こちらは部長の真由美先輩と槍士のひかり先輩が加わっているのだから4名編成とはいえ攻撃陣は申し分ない。



「やっぱり勇者ともなるとレベル1でも圧倒的ね」


「2年生としての立場がないわ」


 先輩たちが呆れる梓の戦いぶり。少なくとも真由美先輩は2年Bクラスのワルキューレのはず。



「いえ、まだ私は右も左もわからない駆け出しです。先輩方の指示に従っているだけですから」


「梓様はさすがですわ。これだけお強いのに謙虚な気持ちで臨まれているとは… ワタクシ、感服いたしましたわ」


 まあ、このような面倒くさい遣り取りが何度も行われたと想像していただければほぼ間違いない。


 こうして各パーティーは3時間弱のダンジョンでの活動を終えて、ほぼ予定時刻に管理事務所に戻ってくる。今日だけで重徳以外の1年生はレベル3まで上昇しており、初日としては上々の成果。


 その後は雀の涙ほどのゴブリンの魔石をカウンターで買い取ってもらってから、全員が重徳の家に。途中でちょっと大回りしてスーパーで野菜やソーセージ、焼きそばに飲み物などを購入してから四條宅へ向かう。


 ちょうど門弟たちはバーベキューコンロに火を起こし始めたタイミングだったので、そこからは分厚く切ったワイルドバッファローの肉のステーキをメインにした豪華ディナーが開幕。歩美は門弟たちの間を律義に回って救助のお礼を述べている。


 1年生の初ダンジョンが無事に終わったのとレベルアップを祝して乾杯をしてから、週末の夜は大いに盛り上がりを見せるのだった。






   ◇◇◇◇◇






 お話は1週間巻き戻る。ゴブリンの大量発生事件が起きる直前の土曜日、聖紋学園では補欠試験が実施されていた。この試験は例の高山和義が退学になって1名欠員が出たので、学園側としてその穴を埋めようという考えの元に実施の運びとなっている。学期の途中ということもあって受験したのはわずか7名。その中から選抜されて編入を認められた生徒が、バーベキュー大会の翌週の月曜日から登校してくる予定。


 ちなみに重徳はその前日の日曜にジジイに連れられて予定通りに20階層まで完全踏破しており、レベルは120まで上昇。あのジジイがいる限り重徳のレベルはこれから先も天井知らずに上昇していくものと考えて間違いなさそう。


 そして迎えた月曜日の朝のホームルームでは…



「今日からこのクラスに編入する大野春香おおのはるかだ。職業は魔法使いで、勇者や聖女ではない。簡単に自己紹介をしてくれ」


 担任のぶっきらぼうな紹介が行われる。このクソ担任は勇者と聖女にしか興味がない。とはいってもすでに全国で所在が確認されている勇者と聖女は漏れなくどこかの冒険者養成学校に入学済みなので、このAクラスにおいては三人目となる一般人が仲間入りすることとなる。本来はCクラスが妥当なのだが、欠員が生じたクラスにそのまま編入という形になるのはやむを得まい。


 そしてクソ担任に促された大野春香の第一声は…



「フッ、この究極の大魔導士を前にして勇者だろうが聖女だろうが最後にはひれ伏すのみ。我の中に眠る封印を解いて邪龍を解き放つ日が待ち遠しくて仕方がないわ」


 クラスの生徒全員が口を開けてポカーンとした表情を浮かべている。そして心の中で…



「ヤベ―やつが編入してきたぞ」


「なんだか危なそうな女だな。なるべく近づかないでおこう」


「コッテコテの厨2病かよ。知り合いとは思われたくないぞ」


「よく試験に合格したわよね。ちゃんと会話できるのかしら?」


 とまあ、このような心の声が相次ぐのは致し方ないだろう。


 しかも春香のパッと見の外見… 右目を隠している眼帯や左腕に巻かれた包帯からしてイヤな予感はしていたが、初っ端の自己紹介からして思いっ切りぶちかましてくれている。教室にダンプカーが飛び込んできたとしても、おそらくこれほどの衝撃はもたらさないだろう。


 そんな状況のAクラスにあって、重徳ひとりが頭を抱えている。彼には現在黒板の前に立って厨2言動全開の少女に見覚えがあるらしい。


 どうリアクションをとっていいのかわからない空気が充満している教室に担任の無機質な声が飛ぶ。



「それでは座席は後ろの空いているところに座ってくれ」


「究極の大魔導士にあれこれ指図するとはいい度胸。愚者の言動など聞くに足らず。自らの居場所は自らで決める」


 またもや爆弾を落とす春香。このクソ担任を相手にここまで強気に出るのは重徳以来かもしれない。たぶんそれだけ色々とコジらせまくっているのだろう。


 ツカツカと重徳の隣に座っている男子生徒の前に歩を進める春香。その生徒の前に立つと無言で指をさして「あっちに行け」と圧力をかけている。いきなりやってきた春香にどう対応してよいやら迷った末に、男子生徒は自分の机を持ち上げて最後尾の空いているスペースに移動していく。おそらくは「こいつヤバい人間だ。関わりになるのはよそう」という自己保身が働いたモノと思われる。


 男子生徒を退かした春香は、重徳の横に空いている机を運んでちゃっかり隣の座席を確保している。そのまま「ずっと前から私の席はここですよ。絶対に空気は読みません」という決意のこもった表情で座っている。そんな春香に向かって重徳が…



「おい、春香。お前は別の高校に入学したんじゃなかったのか?」


「我が同胞よ、そなたとは何かと縁があるようだ。こうして我の相応しき居場所に戻ったのみ。究極の大魔導士が進む道を芥のような有象無象が邪魔することなど所詮無理な話」


「もしかして俺を追いかけてきたってことか?」


「我が同胞にしては呑み込みの悪いヤツめ。我の進む道は我が決めると申したであろう」


「お前中学時代よりもさらにコジらせているな。どうせ新しい学校で友達が出来なかったんだろう」


「我が同胞よ、我の古傷を抉るようなマネはするでない。今は心穏やかに身を慎むべき刻なるぞ」


「お前のせいで教室内が騒然としているだろうが。ともかくそのコジらせた性格を早く元に戻せよ」


「我が同胞にしては異なことを。我は目覚めたのであってそれ以外は何も変わってはおらぬ。我の中に眠る邪龍が真の目覚めを迎えたならば話は別だがな」


「真の目覚めを迎えたらどうなるんだよ?」


「フッ、知れたことよ。この世界が究極の滅びに瀕するのみ」


「はいはい、よくわかったから大人しくしていろよ」


「ふむ、我が同胞の言葉に不承不承従うとしよう」


 こうして重徳と春香がヒソヒソ喋っている間にホームルームが終了する。そこにやってきたのはもちろん歩美。



「ノリ君、こちらの転校生の方はもしかしてノリ君の知り合いですか?」


「ああ、中学の時に隣のクラスにいたヤツだ。一度ガラの悪い連中に嫌がらせをされたのを助けたら、それ以来妙に懐かれたんだ」


「そうでしたか。ノリ君は口ではなんだかんだ言いながら優しいですからね。女の子が頼りたくなる気持ちは私が一番わかります」


 ここで重徳と歩美のやり取りを聞いていた春香が…



「我が同胞よ、この愚にもつかない者は何者か?」


「この無礼者が! 御中神社の巫女様だぞ。愚にもつかないとは失礼だろうが」


「フッ、所詮は巫女風情か。この究極の大魔導士を前にして大きな顔をするでない」


「歩美、すまないな。こいつは中学時代はもうちょっとマシだったんだけど、高校に入学して症状が重たくなったみたいだ。俺の手にも負えないかもしれない」


「そんなことを言いながらノリ君はしっかり面倒を見るんですよね。私にはわかります」


 歩美はイタズラっぽい口調で告げるものの、その目はまったく笑ってはいない。どうやら女の勘が働いて春香を完全に重徳を巡るライバル認定しているよう。この成り行きを離れて見つめるロリ長と義人は…



「今まで平和だったけど、急に雲行きが怪しくなってきたね~」


「師匠はあっちこっちからモテモテで羨ましいッス。でもさすがにあの厨2病ぶりは自分の手には負えないッス」


 どうやら義人も春香の厨2ぶりに呆れている模様。そりゃあ、あんな自己紹介をぶちかましたら誰だってドン引きするだろう。


 ロリ長たちが興味本位であれこれ喋るのをよそに、重徳たちの遣り取りは続いていく。



「そういえば春香、お前は魔法使いだって担任が言ってたけど、本当なのか?」


「我が同胞ながらこの究極の大魔導士を前にしてこの物言いは信じられぬぞ。我の中で微睡む邪龍が怒りの感情を顕わにしても仕方があるまい」


「ノリ君、春香さんはなんと言ってるのでしょうか?」


「バカにするな… だと思う」


「よくわかりますね。私も注意して聞いているんですが、文脈を追うのが精一杯です」


「基本的に大したことは言っていないから大丈夫だ」


 翻訳者としての重徳は中々優秀。あれだけの長ゼリフをたったひと言で言い表している。



「まあともあれこうしてクラスメートとなったんだ。これから先もよろしく頼む」


「フッ、我が同胞がかように申すならば、格別の配慮をもってその意に沿ってやるのも吝かではない」


「ノリ君、通訳をお願いします」


「こちらこそよろしく… で合っているはずだ」


 春香が頷いているので、やはり重徳の通訳で間違いはなさそう。こうしてこの日から転校生を迎えて、重徳たちの学園生活は新たな局面に入っていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



1年生たちの初ダンジョンが無事に終わったと思ったら、いきなり登場の厨2病女子。重徳の顔馴染みどころか、ひょっとしたら重徳を追いかけて聖紋学園に編入したらしいと聞いて、歩美も少々穏やかでないような…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「この厨2病、ちょっと痛すぎ」


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