第37話 四條流師範とは…
翌日の朝7時、重徳と門弟五人は道場の前に集合している。
本日からダンジョン探索に参加する門弟は全員揃いの迷彩色の作業着姿。昨日のうちに国道沿いにあるガテン系の方々御用達の衣料品店で購入したらしい。だが作業着とバカにしてはいけない。品物にもよるが、中には各国の正規軍が採用している戦闘服と同じ生地で仕立てられた逸品がある。もちろん数か所の大型ポケットや重たい物品をぶら下げるために頑丈に作ってあるベルト通しなど機能性や着心地なども十分以上に確保されており、ダンジョンに入る服装としてはうってつけといえる。
それから門弟たちが手にする得物だが、五人のうち三人が鉄パイプを所持。しかも先を斜めに切断してあって極めて殺傷性の高い仕様。金を掛けずにその辺にあるもので手軽に武器を用意するという四條流のやり方を実践している。
重徳もここまでなら理解できる。魔物を相手にしても鉄パイプならそこそこ効果があるのは彼の目のも明らか。そもそも重徳自身が愛用しているのはバールだし門弟のことをとやかく言う筋合いはない。
だが重徳の理解の範疇を超える物体を手にしている門弟が二名ほどいる。一応声を掛けるべきだろうと思って重徳は彼らに質問を投げかける。
「なあ、そいつをダンジョンに持っていくのか?」
「だって昨日若が言ってたじゃないですか。盾を用意したほうがいいって」
「だからといってそれはバーベキュー用の鉄板だろうが」
「他に適した物がなかったんで取り敢えずの代用ですよ。ほら、バイトで溶接工をしている安川に頼んで持ち手も付けてもらったし。しかも腹が減ったらダンジョンの中でバーベキューも出来ますよ」
「肉の油でベトベトになって使えないだろうがぁぁぁ」
門弟の話にやや呆れながらも重徳が確認してみると確かに裏側にはしっかりとした持ち手が取り付けられている。それよりもこんな具合に改造してしまっては二度とバーベキュー時に使用できないというところまで頭が回らなかったらしい。
まあそれでもたった1日であり合わせとはいえ一応の装備を整えたのだから大したものだろう。門弟たちの有能さとダンジョン探索にかける意気込みが伝わってくる。
こんな遣り取りをしているとそこに重徳の祖父が登場。
「「「「「師範、おはようございます」」」」」
母屋の方からやってきたその姿を見て彼らが一斉に深く一礼。だが彼らの前に立つ祖父は普段通りの道着と袴姿で雪駄履き。重徳のアドバイスを基にそれなりの準備をした門弟とは対照的な姿でこれからダンジョンに臨もうとしている。
「ジイさん、その格好でダンジョンに行くのか?」
「然り。この姿が最も動きやすいゆえな」
どうやら祖父は重徳の事前のダンジョン解説には耳を貸す気はないよう。自らの考えを一切曲げようとはしない頑固ジジイがここにいる。そして祖父は厳しい表情を崩さぬまま重々しく門弟たちに告げる。
「これから貴重な実戦の場に向かうゆえに、そなたらは抜かりなく戦うがよかろう」
「「「「「はっ、ありがとうございます」」」」」
どこかの軍隊よりも規律が行き届いている。この分ならば集団戦への対応もさほど問題ないかもしれない。
ということでダンジョンに向かって出発する一行。重徳はマジックバッグに装備一式を詰め込んでいるのでリュックを背負っただけだが、それよりもさらに軽装なのは祖父。武器も防具も一切手にしないままでダンジョンに向かっている。
「ジイさん、本当に素手で魔物に立ち向かうのか?」
「重徳、そなたは四條流をなんと心得る。無手で戦ってこそ真価が発揮されるとは思わぬのか?」
「確かにそうだけど、魔物は人と一緒というわけじゃないぞ。動物のような形態もいるし」
「案ずるでない。こう見えても若い頃の山籠もりでヒグマ程度は楽に倒しておるわい」
ここまで祖父に強気に出られると、重徳としてはもう何も言うことがない。ヒグマを素手で倒せるんだったら、そこそこの魔物に対処できるだろうと思うことにしたよう。
そして一行は5分もするとダンジョンに到着。カウンターには土日のバイトでカレンが座っているが、道場の面々が勢揃いの光景に顔をこわばらせている。
「若、先輩方だけならまだしも師範まで引き連れて何の騒ぎですか?」
「実はかくかくしかじか…」
重徳が事情を説明するとカレンは目を見開いて驚いている。まさか四條流が総出でダンジョンに繰り出すなど、彼女も想定外だったよう。とはいえ仕事は仕事。業務マニュアルに沿って諸手続きを進めなければならない。
「大山ダンジョンにようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「うむ、ダンジョンで命懸けの実戦とやらをしにまいったぞ。カレンよ、早う通すがよい」
「師範、大変申し訳ございません。こちらの用紙に必要事項を記入していただいて冒険者登録の必要がございます」
「なんと、かような面倒事があるのか」
どうやら祖父はダンジョンにやってきたらすぐに内部に入れると思っていたよう。そこらのコンビニじゃあるまいし、色々と考え違いがヒドすぎる。結局重徳に説得されて渋々冒険者登録に応じるワガママジジイ。しかしいざ用紙に記入する段になるとやれ老眼がどうのこうの言い出して最終的には重徳が代筆する。ちなみにパーティー名は門弟たちの居住空間である志道館となっている。
何とか無事に冒険者登録とパーティー登録を終えてようやくダンジョン内部に向かう。当然ながらカウンターから見送るカレンの表情は不安でいっぱいの模様。
「若、くれぐれも無用なトラブルだけは起こさないでください」
「心配かけて申し訳ない」
そんなカレンの悲壮感漂うセリフを背にして一行はゲートをくぐる。
「重徳よ、もっと早う歩かぬか。命懸けの戦いが目の前にあるせいか、ワシの体が珍しく身震いしておるわ」
どうやら戦闘狂の血が滾って魔物との遭遇が待ち切れぬ様子のワガママジジイ。内部に入った途端にこの様子では、実際に魔物と出会ったら一体どうなることやら…
「ジイさん、まずは戦闘フォーメーションを確認するから大人しく付いてきてくれ」
重徳が向かうのは1階層の入り口を入って転移魔法陣とは逆方向にある通称ホールと呼ばれる開けている場所。なぜダンジョンの内部にこのような空間があるのかは謎だが、小学校の校庭くらいの広さでほとんど魔物と遭遇しないポイントとなっている。こちらのスペースは学院に所属する魔法使いが魔法の練習に活用する場所でもある。
「それじゃあ戦闘フォーメーションを確認しておこう。斥候は誰が務めるんだ?」
「若、自分です」
ひとりの門弟が手を挙げる。どうやら気配察知のスキルがあるらしい。彼が気配を探りながら先頭で通路を進んで、その後ろに盾を持った2名が続き、最後に鉄パイプを手にするアタッカー陣が控えるオーソドックスな隊形を採用。もちろん斥候役の門弟も鉄パイプを手に戦闘に参加するので、五人パーティーとしてはバランスがとれていると評していいだろう。
「若、なんでこんな細かいフォーメーションが必要なんですか? 魔物が飛び道具を使ってくるなら避ければいいでしょう」
「あのなぁ~… 狭い通路で前衛が避けていたら、後方に控える人間に矢だの魔法だのが降りかかってくるだろう。だから盾でしっかりと受け止めて後衛に被害が届かないようにするんだ」
重徳はダンジョン独特の戦術を説明し始める。通路を進みながら遭遇する魔物を倒していくダンジョンと彼らが日頃心身を鍛えている道場とでは、自ずと戦い方が異なってくるのが当然。重徳はその辺をキッチリ説明しつつ、自らが魔物役になって模擬戦闘なども取り入れながらパーティーとしての戦い方を叩き込んでいく。
「だいぶ要領がわかってきたみたいだな」
「若、俺たちも素人じゃないぜ。当面は四條流の戦い方は封印してダンジョンに適した戦法でやってみるさ」
さすがは長年道場で鍛えてそれなりに素質を開花させかけている門弟たち。一を聞けば十を理解している。一般常識には疎い連中ではあるが、長年四條流の道場で鍛えられてきた戦いの専門集団といったところだろうか。実に頼もしい言葉がその口から出てくる。だがひとりだけ不満な表情を隠せない人物が…
「重徳、いちいち面倒ゆえにそろそろ切り上げてよかろう。魔物ごときはパパっと片付ければ文句はあるまい」
「ジイさん、あまり軽く考えないでくれ。何が起きるかわからないんだから、最初は慎重に進めるべきだろう」
「つまらんのぅ」
ひとりだけフォーメーション確認には参加せずに重徳と門弟たちのやり取りを眺めるだけのワガママジジイ。ついにはしびれを切らして「早くしろ」などと言い出す始末。本当に連れてくるんじゃなかったと、重徳は心の底から後悔している。
一通りの戦闘訓練が終わったところでいよいよ出発かと思いきや、重徳はもうひとつ何かをするつもりのようで動き出す素振りを見せない。
「それじゃあフォーメーション確認も終わったから、次の訓練に移ろうか」
「若、まだ何かやらせるんですか?」
「そうだよ。魔物の中には魔法や弓矢を使って離れた位置から攻撃してくる手合いがいる。そんな敵を前してにして鉄パイプじゃこちらの攻撃が届かないだろう」
「確かにその通りだな~」
「離れた場所まで届くような攻撃手段が必要ということか」
さすがに飲み込みが早い。簡単な説明でここまで理解してくれるのは重徳にとっても大助かり。
「それじゃあ俺が見本を見せるから、この技が出来るようになってくれ」
ということで例の呼吸法を開始しながら体内の気を巡らして手の平にその気を集める重徳。
「ハッ!」
壁に向かって気を放つとちょっとした衝撃が伝わったようで、ドンという音が響いている。
「若、もしかして気をぶつけたんですか?」
「その通りだ。上の階層にいる魔物程度だったら十分効果があるから、今のうちに全員出来るようにしておいた方がいいだろう」
「確かにそうですね」
ということで各自が気を巡らせていく。もちろん呼吸法自体門弟たちは当たり前のように身に付けているので、10分もやっているうちに壁に向かって気を放つところまでマスターしている。だがこの様子に不満を述べる人物が…
「なんじゃ、その豆鉄砲のようなチンケな技は?」
「ジイさん、急に何を言い出すんだよ」
「仕方がないのぅ。ワシが見本を見せてやるわい」
どうやらこのジジイは相当退屈していたよう。急に見本を見せるなどと言い出して、重徳たちは何が始まるのかとその動きを見つめている。だがジジイはそんな重徳と門弟たちの当惑など意に介さぬままに解説を交えながら実演を開始。
「よいか、手の平に気を集めたところでそのまま放っておれば所詮は紙風船のごとしじゃ。まずは手の平で気を鉄球のごとくに固めるのが肝要」
重徳たちが見ている前でジジイの手に集まった気が凝縮されていく。なるほど「鉄球のごとく」とはよく言ったもの。実体を持たないはずの気がいつの間にか硬質な物体のように重徳の目に映ってくる。
「ここまで固めればそこそこの威力も出てこようて。それから重徳、そなたは押し出すように放っておったが、それでは速度が不十分じゃ。よって気をしっかりと握り込んで手首のスコップを使って最小限の動きで投げ付ける」
「ジイさん、手首のスナップだろう」
このワガママジジイは横文字と機械にめっぽう弱い。言い間違えは当たり前だし、いまだにテレビのリモコンすら扱えない。門弟たち以上に一般常識が皆無なのはこのジジイなのかもしれない。ただし言っていることは至極真っ当。重徳も「確かにその通りだ」と頷くしかない。
「さすれば投げるゆえ、そなたらは遠くに離れているがよい」
「ジイさん、何を大袈裟な…」
「命が惜しかば離れるがよかろう」
二度と警告は発しないという表情のジジイ。その迫力に気圧されて、重徳と門弟はジジイから離れてホールの端っこまで下がっていく。
「では参ろうかな。そりゃぁぁぁ」
ジジイの右手から放たれた気の塊は亜音速の早さで石造りの壁に向かって一直線。そして瞬きの刹那に着弾。
ドゴォォォォォォォン
目が眩むような閃光と耳をつんざくような轟音がホールを包む。重徳たちはそのあまりにド派手な爆発に口をアングリ。土煙が晴れると壁の一部が崩れ落ちて土砂が露呈している。このジジイはマジでダンジョンを破壊しやがった。というか、こんな威力の気の砲弾━いわば気砲とでも呼んでおこうか━など通常は絶対に有り得ないはず。どうもこのジジイは何かがおかしい。元から人間離れした戦闘力なのは周知の事実ではあったが、まさかここまでとは重徳や門弟たちも考えてもみなかったよう。
「ジ、ジイさん… 一体今のは?」
「手本になるように軽く見舞っただけよ。この程度で驚くでない」
いや、おかしいって! 重徳だけではなくて門弟たち全員の心の叫びがホールを埋め尽くしている。付近に他の冒険者がいなくて本当に良かった。
それよりも大型ミサイル並みの破壊力を見せつけておいて「軽く見舞った」と言い放つジジイもジジイだろう。呆れてモノが言えないというのはまさにこういうことかもしれない。
ということで一同なんとか気を取り直して気砲の練習がスタート。重徳も加わってジジイの言う通りに気砲を放ってみると、確かに威力は以前の10倍以上となっている。これまではゴブリンをひっくり返す程度だったのが、この威力ならオークにも甚大なダメージを与えることが出来そう。門弟たちもそれなりの威力の気砲が放てるよう。この場にいる5名の力量は、いわばレベル1当時の重徳とほぼ同様。成人している分だけ体力の数値などは以前の重徳を上回ってさえいる。それが五人も揃ったとなると、いまさら1階層からスタートするのもどうかと思われる。
ましてや想像以上にとんでもないジジイを他の冒険者が多数活動している場所で放し飼いになど出来るはずもない。
ということで重徳は少々の無理を承知で全員を4階層まで連れていこうと決断する。いざとなったら門弟たちよりも自分が前に出て魔物を片付ければいいだけなのでさほどの危険はないだろう。むしろ人の多い場所でジジイが動き回る弊害の方がデカすぎる。
ということで重徳は一同を引き連れて転移魔法陣へと向かうのだった。
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重徳の祖父は想像以上にヤバかった。気砲一発でダンジョンの壁を破壊するとは想像のはるか斜め上を突き進んでいる。次回、このジジイが更なる騒動を引き起こして…
この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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