第36話 動き出す四條流


 時間は少し遡って重徳が先輩たちとダンジョンで活動している頃、四條流の道場では正座する義人が兄弟子たちから詰められている。彼らはここ最近カレンと一緒に姿を消す重徳の動向を怪しんでいるよう。



「義人、ここ最近若はカレンさんと一緒にどこかに出掛けているようだが、お前は何か知っているのか?」


「何も知らないッス」


 兄弟子五人に取り囲まれてとんでもないプレッシャーを掛けられている義人。すでに彼の目は泳ぎっ放し。それはそうだろう。全員が住み込みでの修行を許された重徳とほぼ互角の実力者ばかりで、こんな猛者に囲まれて詰められては義人は今にもチビリそう。いや、すでに少しチビっているかもしれない。



「正直に白状しろよ。思いっきり目が泳いでいるぞ」


「口止めされてて言えないッス」


「俺たちにここまで言わせても喋れないというのか?」


「絶対にムリッス」


「そうか… せっかく明日から技を教えてやろうと思ったのに、もうしばらくはお預けだな」


「喋るッス」


「若に口止めされていたんじゃないのか?」


「よく考えたら学園関係者には喋るなといわれていたッス。道場の先輩たちはノーカウントッス」


 確かに義人の理屈には一理ある。重徳が口止めしたのはあくまでも学園の関係者だけなのは紛れもない事実。とはいえ義人も中々現金な性格ではないだろうか。技を教えるという誘惑にコロッと手の平を返している。



「で、二人でどこに出掛けているんだ?」


「ダンジョンに行っているッス」


「ダンジョンだと! そんな面白そうな場所に若はカレンさんと出掛けていたというのか」


「そうっス。ダンジョンで魔物を戦っているッス」


「それで、魔物と戦うとどうなるんだ?」


「レベルアップして強くなるッス。それからドロップアイテムが手に入ってお金になるッス。師匠とカレンさんも結構稼いでいるッス」


 武道に懸ける意気込みは人並外れた門弟たち。その分彼らは世間の事情に疎い。義人に訊くまでダンジョンがどのような場所なのか知ろうともしなかった。それが魔物と思いっ切り戦えるだけでなくて金も稼げると聞いて、これ以上ないほど目を輝かせている。



「おい、どうする?」


「実戦が経験出来て金も手に入るなんて夢のような場所じゃないか」


「上手くいったらバイトをヤメてもいいな」


「ダンジョンで強くなってさらに修行も積めば、いずれは武術家として名を残せそうだ」


「これは行くしかないだろう」


 とにかく重徳と同様の武術バカかつ戦闘狂が揃いも揃っている。こうなると話がまとまるのは早い。



「よし、さっそく師範に許しを請うてダンジョンに出向くぞ」


「それがいいな」


「ところで誰が師範に許しを請うんだ?」


「あっ」


「……」


「……」


 無言の時間が流れる。門弟たち五人は挙って頭を抱えるしかない。あの師範に「ダンジョンに行きたい」などと切り出す勇気を誰も持ち合わせてはいないようで、どうしたものかと大して働かない頭を絞っている。そしてひとりが…



「こうなったら若に縋るしかないだろう」


「そうか、俺たちが直接頼むんじゃなくて、若の口から頼み込んでもらえばいいのか」


「よし、ダンジョンへの道が開けたぞ」


 こうして義人は無事に解放されて、門弟たちは重徳が戻ってくるのを今か今かと待ち侘びるのだった。






   ◇◇◇◇◇






 そして土曜日の夕方過ぎに重徳が歩美とのデートを終えて自宅に帰ってくる。その姿を発見した門弟のひとりが…



「若、折り入って相談があるんだけど、ちょっとこっちに来てもらえないか?」


「相談? 急になんだ?」


 珍しいこともあるものだと訝しみながらも「毎日稽古をしている門弟がわざわざ自分を呼び止めて相談を持ち掛けてくるとは只事ではないのだろう」などと考えて重徳はその申し出に従う。


 志道館という看板がかかった門弟たちが住みこんでいる木造の離れの入り口を潜ると、食堂部分の和室に全員が顔を揃えて重徳を出迎える。



「若、お待ちしておりました」


 重徳の脳裏に一抹の嫌な予感が過る。こんな具合に改めて門弟たちが重徳を出迎えるなど中々あることではない。中には自分の兄弟子に当たる人物もいるし、どうにも一筋縄ではいかない難題を突き付けられそうな気がしてならない。



「それで、相談っていうのは…」


 重徳がひと言発しただけで門弟たちは食い気味に返してくる。



「若、義人から聞きましたよ。カレンさんと一緒にダンジョンで魔物と戦っているらしいじゃないですか」


「あいつが喋ったのか」


「学園関係者に対して口止めされているけど、道場の人間に喋る分にはセーフだと言っていました」


「ぐぬぬ」


 確かにその通りなので、重徳も義人を責めることが出来ないと気付く。それにしてもよりによってこの連中に知られたとなると、果たしてどのような無茶な要求を突き付けられるのかと不安がよぎる重徳。門弟の最年長者であるひとりがいかにも悪巧みをしている表情で重徳に話し掛ける。



「そこでですね、俺たちもダンジョンに行きたくなりまして」


「だったら勝手にいけばいいじゃないか」


「いや、でも師範の許しを得ないとマズいでしょう」


「う~ん、確かにそうかもしれない」


「そこでですね、若の口から伝えてもらって師範の許しを得てくださいよ」


「だが、断る」


 にべもなく重徳が撥ね付けている。というか重徳としてもそんな大そうな案件を祖父である師範に伝えるのは火中の栗を拾うに等しいとわかっている。とはいえ門弟たちもここで引くはずもない。



「若、そんな冷たい態度でいいんですか? 今日クラスメートの皆さんが来ていたようですが、若がダンジョンに出入りしていると誰かがポロッと漏らすかもしれませんよ」


「そ、それだけは勘弁してくれ」


 門弟は重徳が義人に口止めする以上は学院の生徒たちに聞かれたくない何らかの事情があると踏んでややあてずっぽうで重徳を脅す手に出ている。とはいえその効果は絶大。



「お、お前たち、俺を脅迫するつもりか!」


「若、脅迫なんてとんでもないですよ。俺たちは若を心から頼りにしています。どうか若の口から師範に頼み込んでください」


「わ、わかった。結果がどうあれ頼んでみる。その代わりに俺がダンジョンに出入りしている件は絶対に漏らすなよ」


「さすがは若だ。話が早いな」


「若は頼りになるぜ」


 この手の平を返したような持ち上げぶり。この門弟たちも当然重徳と同類の人間なので、相手を半ば脅しながらの交渉術には長けているよう。


 こうして門弟たちの熱い期待を背中に感じながら、重徳は重い足取りで母屋にいる祖父の元に向かうのだった。






   ◇◇◇◇◇





 ここで四條家の家族について軽く触れておく。この屋敷に住んでいるのは重徳の祖父母と両親、そして重徳本人の五人。祖母と母親についてはすでに登場しているので説明は省くが、この家は母方の実家となっている。つまり重徳の父親は婿養子で、実は母親と結婚する前は住み込みの門弟という立場だった。あの母親と祖父の眼鏡に適うという点からいっても重徳の父親も相当な四條流の遣い手だと言えよう。


 そして一番の問題になる重徳の祖父であるが、なんというか鬼神がそのまま服を着て歩いているような人物。ここ最近の趣味は骨董収集と暴力団の事務所に押し掛けてドスやチャカを向けてくる相手を半殺しにするという中々高尚なモノ。つまりこの家で最も好戦的かつ戦闘狂を地でいくような最大の危険人物はこの祖父で間違いない。


 ちなみに祖父のもうひとつの趣味である骨とう品収集だが、ここ最近は何かとヤク〇に因縁をつけては金を毟り取ってかなり値の張る壺や茶碗の購入に充てているらしい。そのおかげで地域の暴力団事務所では手配書のよう祖父の顔写真が壁に張り付けてあって「往来で出会ったら全速力で逃げだせ。絶対に相手にするな」と構成員たちに厳重に言い含めているとか何とか…


 このよう事情ゆえに重徳や門弟たちがダンジョンの許可を得ようとするだけでビビるのも無理はない。もちろんビビる理由はこれだけにとどまらないが、とにかく逆らったり言いつけを守らなかったらどうなるかわからないヤバい祖父だといえばいいだろう。






   ◇◇◇◇◇






 昼間歩美と過ごした幸せ気分から一転して、180度反対の重苦しい気持ちを抱きながら重徳は無理やり足を動かして床の間に向かう。祖父は夕飯も終えて日課である骨とう品を眺めている時間帯のはず。ふすまの前にやってくると、重徳はきちんと正座して居住まいを正してから声を掛ける。



「師範、差し当たってご相談したい儀がございます」


「重徳か、どうした? 遠慮せずに入れ」


 ふすまを開くとそこには古備前の皿を手に取ってニマニマしながら眺める祖父の姿がある。外見は白髪半分の髪を総髪にまとめあげ、ほぼ真っ白な口ヒゲは伸ばし放題の仙人のような風貌。一歩道場を離れると表情が緩んでなんとも好々爺とした佇まい。


 仙人… もとい、祖父はふすまの向こうから現れた重徳に視線を投げかける。



「かような時間に参るとは一体どうした?」


 母屋での呼び方は「ジイさん」が当たり前。だが重徳がわざわざ「師範」と呼んだには相応の理由があるはずで、当然道場関係の用件に相違ないのは祖父に伝わったよう。



「師範、道場の運営に関しましてご相談がございます。ここ数年道場の財政は火の車で、門弟たちがアルバイトに出て何とか食費を稼いでいる有様です」


 重徳は廊下を歩きながら必死で考えたそれらしい理由を述べ始める。確かに道場の運営は万年火の車で、ここ最近になってようやく重徳が持ち帰るオークの肉で門弟たちの食卓が少しだけ豪勢になったばかり。



「うむ、その件に関してはワシも少々危惧しておったわい。骨董品の収集も一段落したゆえに、次にヤクザどもから巻き上げた金品は道場に使おうと思っておった」


(わかっていたんだったら骨董品は後回しにして道場に金を回せよ)


 心の中で重徳が突っ込んでいるが、間違っても声には出せない。


 

「師範、さすがにそのような短慮に及びますれば、ますます警察関係から睨まれます。そこで道場の経費を賄うために、ここに画期的な提案を携えてまいりました。どうかご一考いただければ幸いです」


「画期的な提案とな? いかようなものか述べてみよ」


 いよいよ来るべき時がやってきたとあって、重徳の緊張はピークを迎える。ここまでのツカミはオーケーなはず。ジジイに「述べてみよ」と言われたとあっては、ダンジョンの件を話さないわけにはいかない。



「師範、それでは意見を申し上げさせていただきます。現在自分は道場で稽古しつつカレンと共にダンジョンの攻略を行っております。魔物を倒した際に得られるドロップアイテムを換金すればアルバイトなどよりもはるかに効率よく現金が得られます。門弟たちもダンジョンでの活動を希望しておりますので、師範のお許しをいただきとうございます」


「ふむ、ダンジョンというのは耳にしておるが、如何なるものかよく知らん。今少し説明してみよ」


「はい、ダンジョンには魔物が登場してきます。それを討伐すればドロップアイテムが得られます。ただし魔物相手の戦いは常に危険が伴います。いわば命懸けの実戦が連続する厳しい場所です」


「命懸けの実戦とな」


 祖父の目がクワっと見開かれる。何か怒りでも買ったのかと重徳が身を固くすると、その口から思いもよらぬ言葉が吐き出される。



「良かろう、門弟たちにも実戦を経験させる良き機会となろう。ただし条件がある!」


「じょ、条件でございますか?」


 重徳の目は不安でいっぱい。どんな条件が付きつけられるのかを考えると、今にもこの場から逃げ出したくなっている。そのまま身を固くして祖父の応えを待っていると…



「ワシも連れていけ」


「はっ?」


「ワシも一緒に連れていけ。久しぶりに命懸けの実戦とやらを楽しみたくなってきたわい」


 「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 重徳の驚愕の叫び声が床の間に響いている。この限度を知らない祖父をダンジョンに解き放つとなれば、下手をするとダンジョンごと崩壊しかねない。それほどまでに危険極まりない行為といって差し支えない。


 だが重徳の気持ちなど一切考慮に入れてはいない祖父は、久方ぶりの実戦とあってワクワクテカテカした表情。さすがは若い頃に戦いの場を求めてベトナムに密入国して、当時米軍と血みどろのゲリラ戦を展開していたベトコンに加担しただけのことはある。その経歴は正規部隊ではないので記録には残らないが、ベトナム戦争において米軍が無条件撤退に追い込まれた原因の一助にはこの祖父の縦横無尽の活躍があった。もちろん祖父には思想だの信条だのは一切関係がない。ただ単に命の遣り取りが思い残すことなくできる場所を選んで個人でベトナム戦争に参加したという信じがたい歴史といえる。


 もちろん祖父の活躍の場がベトナムだけに収まるはずもなく、その後のアフガン戦争では当時のソ連を相手取ってリアルランボーのような激しいゲリラ戦に身を投じたり、コンゴ内戦やエチオピア紛争などのアフリカの争乱にも当然のように参加していた。一番目新しい所では旧ユーゴスラビアで発生したコソボ内戦にも単身で乗り込んだという噂も残される。もし今回のダンジョン行きがなかったら、コンビニにタバコを買いに行くような感覚でふらっとウクライナに出掛けていたかもしれない。


 当然ながらこんな祖父のバトルジャンキーぶりを幼い頃から聞かされていた重徳は、その恐ろしさを骨の髄までしみこむ程に知っている。自ら戦場に飛び込んでいくような物騒な祖父をダンジョンに連れていくのがいかに危険か… その影響がどうなるかは正確な予想はつかないが、どう考えても無事には済まないことだけは確定している。


 この時点であの重徳が涙目。こんな過激な祖父を連れてダンジョンに行かなければならないとは、当初の想定の範囲を天元突破どころではない。だが祖父の機嫌を損ねると、せっかくの門弟たちのダンジョン行きが暗礁に乗り上げるのも事実。重徳は苦渋の決断をせざるを得ない。



「承知しました。師範にも同行していただきます。ですがくれぐれも勝手な真似はしないでください。ダンジョンでは他の多くの冒険者の方々が活動していますから、その方たちに万一にも迷惑をかけないように細心の注意を払っていただけるよう…」


「わかっておるわい。重徳が心配することではないから、万端ワシに任せて安心しておるがよい」


 事ここに至っては不安しかない。だがさっそく明日の朝一番からダンジョンに行ってみようという話がまとまる。気の短い祖父は「命を懸けた実戦」と訊いただけで今にも飛び出していきそうな勢いであったが、何とか重徳の懸命の説得で明日まで時間の猶予を勝ち取っていた。こうなるともう後戻りはできない。この状況に重徳は覚悟を決めるしかなかった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


門弟たちのたっての要望で祖父にダンジョンの話を告げた重徳。ところがノリノリの祖父の勢いに押されて同行を認める羽目に。果たして四條流道場のダンジョン初見参が無事に終わるのか…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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