第38話 階層ボス



 重徳は全員を転移魔法陣の前へと連れてくる。いきなり魔法陣を見せられた門弟は、ダンジョンという地球とは全く別の原理が働いている環境を目の当たりにして気持ちを引き締めている。



「若、魔法だの魔物だのというのはお伽噺かSFの世界だけだと思っていたが、こうして魔法陣なんて代物が目の前にあると本当にダンジョンは別世界なんだという実感が湧いてくるぞ」


「そこが最も重要なんだ。地球の常識が通用しないと思って掛からないと思わぬ怪我をするからな」


「ああ、まったくその通りだ。ところでこの魔法陣でどうするんだ?」


「この転移魔法陣は…」


 重徳は魔法陣を利用して各階層を行き来する仕組みを全員に説明する。もちろんジジイはハナホジ状態で聞いちゃいない。本当にこのジジイは一体どうしてくれようか… と頭を悩ます重徳。


 見ているだけというわけにもいかず、とにかく実際に転移魔法陣に乗って予定通りに4階層へ。



「この階層に登場する主な魔物はゴブリンやコボルトだが、稀にオークが出現する。ゴブリンは単体ではなくて2~3体一度に出てくることもあるから、斥候を務める森田兄はしっかりと気配を察知してくれ」


 門弟の中に兄弟がいる。その兄が気配察知が得意ということもあって事前の打ち合わせ通りに斥候役を務める。ちなみに弟のほうはセカンドアタッカーの役割。最初のアタッカーと時間差をつけて討ちかかって、最終的に鉄パイプでトドメを刺す担当。



「若、任せてくれよ。それじゃあこっちの通路を進んでいけばいいんだな」


「ああ、いいぞ」


 こうして通路を歩くこと5分、ついに森田兄が最初の気配を掴む。もちろん彼が気付く以前にとうに重徳とジジイはこの先に何がいるのかを感知しているが、敢えて口は出さないようにしている。


 登場してきたのはゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジ、ゴブリンソルジャーというお馴染みの3体。



「魔法と矢が飛んでくるぞ。盾持ちは前に。全員が盾の陰に隠れて隙を見て気砲を打ち込め」


 志道館パーティーのリーダーを務める最年長の小早川が指示を飛ばすと、門弟たちはその通りに隊形を組んでいく。バーベキュー用の鉄板で代用した盾に矢がぶつかる音と炎がはぜる光が巻き起こるが、門弟たちは至って冷静。何しろ鍛え方が違う。



「1発お見舞いするぜ」


 気弾を準備しているのは守田弟。炎がはぜた直後に立ち上がるとゴブリンたちに向かって練習通りに気砲を放つ。事前の重徳の指示通りにゴブリンたちの手前の床に着弾するようにコントロールされた気弾は小爆発を引き起こしてゴブリンたちを薙ぎ倒していく。


 あとは実に簡単なお仕事。倒れて起き上がらないゴブリンたちに鉄パイプを持った3名が突進してトドメを刺してお仕舞となる。


 このようなゴブリンたちとの戦闘を繰り返していくうちに、門弟たちは徐々にレベルアップしていく。全員のレベルが8を超えた頃合いに…



「何か来るぞ。足音からして単体だ」


「よし、岡本、頼んだぞ」


「おう」


 リーダーの指示で盾を手にする岡本が前に出てやや腰を落とし加減で構える。その間にアタッカー陣は鉄パイプを構えていつでも飛び出せるようにその時を待つ。緊張感に包まれた数秒が経過すると、通路の曲がり角から姿を現したのは重徳の話通りオーク。いきなり巨体の魔物登場に門弟たちは気持ちを引き締める。



「本当にイノシシの化け物だな。よし、いつでもきやがれ」


 岡本の言葉を待つまでもなく、オークは牙を剥き出しにして雄叫びを挙げながら突進開始。その動きに合わせて岡本もバーベキューの鉄板で作成した盾をガッシリ構えたまま体当たり気味に突っ込む。


 体格だけを比較するとオークは岡本の1.5倍ほど。普通ならば体格差だけで吹き飛ばされそうなものだが、岡本はギリギリと歯を食いしばりながらその巨体を押し留める。しゃにむに盾を殴りつけながらなおも前進しようというオークだが、岡本は古武術の有段者。ただ単に押し留めるのではなくてオークのバランスが崩れかけた瞬間、盾ごと体を横に開いて突進しようという勢いを躱す。まるでつっかえ棒が外されたようにオークはバランスを崩して、そのまま頭から石造りの床に派手に転倒していく。



「今だ」


 そこへアタッカーを務める小早川と森田弟の2名が鉄パイプを携えて突き掛かる。見事オークの首の後ろ側に小早川の鉄パイプの先が刺さり、続いて守田弟も背中から心臓部分に突き立てる。この結果オークは討ち取られてその場で息を引き取っていく。



「さすがだな。いきなりオークとぶち当たって簡単に討ち取るとは思わなかった」


「若、それは俺たちを見下しすぎじゃないですか?」


「すまん、すまん。人間とは違う相手に対応できるか一抹の不安があったんだよ」


 予想以上に連携力もあって、更に盾役の岡本の咄嗟の機転でオークを床に転がすなどオークとの初対戦の手際はダンジョン初心者とは思えないレベル。やはり古武術の修行に明け暮れてきた者たちの鍛錬の成果といえよう。



「若、相手が単体だったら今のままでいいかもしれないが、オークが複数で登場してきたらどうするんだ?」


「その時は初っ端に気砲を打ち込むのがいいだろう。相手にダメージを与えて動きを鈍らせるのは討伐の鉄則だからな」


「なるほど、だからさっき練習しておいたんだな」


 どうやら門弟たちにも重徳の意図がわかってきたよう。続いて登場してきたゴブリンにも先程同様なんなく対応してみせる。


 こうして重徳が志道館パーティーにかかりっきりになっていると面白くないのは放置気味のジジイ。孫や門弟たちが懸命に不慣れな戦い方を身に着けようと熱戦を繰り返す中、フラフラとその辺を散歩するかの如くにどこかへ消えていく。ジジイの気配察知は重徳よりも数段上。孫が魔物の足音や息遣いに気付かない距離でもその存在を感知しており、気配を消して勝手に討伐に出向いていつの間にか戻ってくるの繰り返し。当然こんなマネをしていれば、どんな達人でもいずれは足がつく。


 何回目かわからないがまた勝手にその場を離れようとした時、ようやく重徳が後ろ向きに歩き出すジジイに気が付いて呼び止める。



「ジイさん、どこに行こうとしているだ?」


「いや、だってワシひとりヒマだし」


「暇だからといって勝手な行動をしないでくれよ」


「良いではないか。重徳は門弟たちと一緒にやっているがよい。ワシはひとりで勝手にさせてもらうぞい」


 我慢が効かないワガママジジイがいよいよその本領を発揮する。重徳が最も心配していた危機が現実のものになろうとしている。いくら何でもこの危険極まりないジジイを放し飼いには出来ない。



「ジイさん、仕方ないから次からしばらくの間魔物の討伐はジイさんに任せるよ」


「ガハハハッ、さすがはワシの孫よのぅ。話が分かるではないか。では今から手本を見せるゆえ付いてまいるがよかろう」


「はいはい、全員当面はジイさんに任せるぞ」


「師範、よろしくお願いいたします」


「師範の討伐ぶりがいかようなモノか、この目で確かめさせていただきます」


 いよいよジジイと魔物との戦いが目の前で繰り広げられるとあって、門弟たちも期待に満ちた目を向けているよう。これが地獄の一丁目だとも知らずに…


 ということで、今度はジジイが先頭に立ってパーティーが通路を進みだす。



「ふむ、最も近くにおるのはこちらの方向じゃな」


 ということでジジイについて一行が歩いていくと、その言葉通りにゴブリンチームが待ち構えている。登場した3体はアーチャー、メイジ、ソルジャーという飛び道具を扱う個体が複数の厄介な組み合わせ。



「下がっておれ」


 ジジイの言葉に素直に従った重徳たちは20メートル以上後方に待機して様子を窺う。その間もジジイは何ら動きを見せぬまま自然体で立っている。そしてゴブリンが放つ魔法と矢が一度に飛んでくる。



「フン」


 さして力も込めないままにジジイが拳を振るうと、その拳圧で魔法の炎が四散する。同時に放たれた矢はどうなっているかと思ったら、ジジイの反対の手にしっかりと握られている。さらにジジイはお返しとばかりに握った矢を手首のスナップだけで持ち主に投げ返すと、亜音速で飛翔した矢はゴブリンの喉元を貫いている。


 あとは最後の仕上げとばかりにその場で横薙ぎに手刀を一閃。ジジイの手刀から刃のような気弾が飛び出してゴブリン2体の首を刎ねる。ちなみにジジイはゴブリンの登場からここまで一歩も動いていはいない。このあまりに規格外の討伐劇に重徳たちは言葉を失って只々呆然と眺めているだけ。



「この程度のザコなど手を触れるまでもないわい。ガハハハッ」


 平然と言って残るジジイの高笑いが通路に響いている。どうやら一番連れてきてはいけない手合いを重徳はダンジョンに引っ張り込んでしまったという後悔の念が募るばかり。


 その後はジジイのワンマンショーでゴブリンたちが次々に血祭りになっていく。さらにオークまでもがジジイの気弾でその体が爆散するに至り、重徳たちはガタガタと震え出す始末。



「重徳よ、かような弱敵には飽きてしもうたぞ。もっと歯応えのある相手がいる場所に連れていかんか」


 ここに至っては重徳たち全員が涙目。魔物がどうこうという次元ではなくてジジイの所業があまりにも桁外れで恐ろしすぎる。だがノリノリで魔物を屠るジジイの機嫌を損ねるわけにもいかず、重徳は渋々一行を5階層に誘導する。もちろん5階層程度でジジイの荒ぶる魂が満足するはずもなく、更なる強敵を求めて階層ボスの部屋の前に到着。



「重徳、この扉の奥には何がおるのじゃ?」


「階層ボスのゴブリンキングだと図鑑には書いてあった」


「左様か、つまらんのぅ… そうじゃ、せっかくゆえに重徳よ、そなたがひとりで倒してみよ」


「ジイさん、いくら何でも無茶振りが過ぎるだろう。孫の命を何だと思っているんだよ」


「案ずるな。骨は拾って進ぜる」


 聞く耳を持たないジジイの態度に重徳は覚悟を決めるしかない。門弟たちは同情する目で見ているが、内心は自分にお鉢が回らないで良かったと胸を撫で下ろしている。もっともこの時点で重徳は1段階上昇してレベル18、門弟たちはやっとレベル9なのだから、重徳がジジイに指名されても文句は言えないかもしれない。


 扉の取っ手に手を掛けた重徳。これも四條流の跡継ぎの宿命だと思って覚悟を決めているが、どうも階層ボスと訊くと例のコボルトキングに苦戦した思い出が脳裏をよぎって不安に駆られる。ええい、成るようになると勢いに任せて扉を大きく開くと、ホールのようになっているボス部屋には図鑑にあった通りにゴブリンキングと手下のゴブリンソルジャーが全部で10体ズラリと並んでいる。



「ほれ、重徳よ。もちッと気合いを入れぬか」


「気軽に言わないでくれ」


 ジジイの激励とも発破ともつかない言葉に軽く反発しながらも、重徳は腰のホルダーからバールを引っこ抜いて構える。そのまま単身で前進していくと、ゴブリンキングを取り巻く手下が一斉に襲い掛かる。重徳はその先頭に向かって気弾を1発放つと半数が戦闘不能に。残った手下が怯んでいる隙にこちらから襲い掛かってバールで薙ぎ倒すと、残るはこの階層の主だけとなる。



「手早く片付けるぞ」


 自らを励ますように呟くと、ゴブリンキングと雌雄を決するために前進。待ち構える魔物は腰からロングソードを引き抜いてニタニタしながら構えている。しかも先日出くわしたコボルトキングと同様に全身を金属で補強した革鎧で包んでいるので、攻め処をしっかりと見極めないと重徳の攻撃が通りにくそう。


 そのまま前進して相手の剣が届く間合いに入ると、予想通りにゴブリンキングは大上段から剣を振り下ろしてくる。両手のバールをクロスして頭上で剣を受け止める重徳だが、相手の力に押されてジリジリと剣が押し下がってくる。


(さすがにこのままではマズいな)


 重徳はクロスしたバールをズラしてゴブリンキングの剣が押し潰そうという力を斜め方向に逃がす。同時に膝の外側に向けてローキックを一閃。


 ギギャァァァ!


 この一撃はどうやら効果を発揮したよう。膝というのは外側から加えられた力に非常に弱い。靱帯が簡単に断裂して満足に動かすことが出来なくなる。


(最初の攻撃で足1本もらったんだから良しとしておこう)


 少し距離をとってゴブリンキングの様子を窺うと、どうやら片足の踏ん張りがきかないのかどうにもぎこちない動きしかできない模様。当然足の踏み込みが足りないので、両手持ちで振るってくる剣も手振りとなって威力が半減。こうなると重徳にとっては怖いものなし。


 再び大上段から振り下ろされてくる威力のない剣をバールで受け止めると、今度は股間に向けて強烈な前蹴り。これは先程のローキックよりも絶大な効果を発揮しており、ゴブリンキングは股間を押さえて蹲っている。腕にも力が入らないようで、ロングソードを床に落としてひたすら痛みに耐えている様子。もちろん重徳も先日の思い出が脳裏に浮かんでゴブリンキングに同情を禁じ得ないが、それとこれでは話は別。ゴブリンキングからしたら、事ここに至ってはもう重徳に虐殺される未来しか残されていない。


 羅刹と化した重徳は容赦なくバールをゴブリンキングの脳天に振り下ろしていく。最後には横倒しになった敵の首元を踏みつけて頸椎を破壊してフィニッシュ。ゴブリンキングは粒子となって消え去っていくと同時に、重徳の脳内にレベルが上昇するピコーンという音が響く。



「ふむ、まあまあじゃのぅ。ギリギリ合格といったところか」


「ジイさん、もっと孫を褒めて育てようって思わないのか?」


「この程度で褒めておっては先が知れるわい。ワシが若い頃はもっと命懸けの…」


「わかった、わかった。ジイさん、ドロップアイテムを回収して先に進もう」


 門弟たちと手分けしてドロップアイテムを回収。ゴブリンキングの魔石は5千円程度の値がつくらしい。命懸けで戦って得たモノが5千円というのもちょっと悲しい気がする。それから階層ボスを倒したご褒美の宝箱も置いてあって、重徳が開いてみると中からは鉄製の盾が出てくる。バーベキュー用の鉄板よりも軽くて取り回しがいいので、盾持ちのひとりに持たせて鉄板は重徳がマジックバッグに仕舞い込む。マジックバッグの件はもちろん門弟たちに口止めするのを忘れない。


 こうして階層ボスを突破した志道館パーティーは、重徳ですら足を踏み込んだ経験のない6階層に降りていくのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ジジイの無茶振りで階層ボスと単独で戦った重徳。無事に討伐を終えてさらに未知の階層へ。一行を待つのは一体…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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