第39話 真の戦闘狂とは…


 5階層のボス部屋を突破した重徳たちは6階層に続く階段を下りている。



「若、さすがですね。ゴブリンの親玉を簡単に倒すなんて」


「まあそれなりにダンジョンで経験を積んでいるしな」


 階層ボスと対峙したのは隠し部屋で待ち受けていた例のコボルトキングと鉢合わせした時のみではあったが、重徳的にはあの経験が上手く生かせたと納得の表情。そもそも今とは比較にならない低レベルでよくぞあんな相手を倒せたものだと重徳としても奇跡の出来事のように思えてしまう。あれに比べればゴブリンキングなど相手にならないくらいに与しやすい魔物であったよう。


 ということで一行は6階層に降り立つ。ここまでの道中でオークやゴブリンを思いのままに蹂躙してきたジジイは更にノリノリの表情。



「それでは強き相手を求めてブラブラと歩いてみようぞ」


「ジイさん、特に目的は決めていないのか?」


「目的? だんじょんというのは何か目的があるのか? ワシは思いっ切り戦えるだけで満足なんじゃが」


(ジイさんが思いっ切り戦うというのが俺たちにとっては最大の恐怖なんだよ~)


 心の中でそう呟いている重徳だが、セリフが口から洩れることだけは強靭な意志で阻止している。どうせ口にしても「気合いが足ら~ん」と雷を落とされるのがオチと知っているから。もちろん重徳のこの考えは同行している門弟たちにとっても共通認識となっている。



「ジイさん、説明を何も聞いていないんだな? ダンジョンで魔物を倒せばドロップアイテムが手に入るんだぞ」


「なんじゃ、そのサクマ式ドロップというのは?」


「アメ玉じゃなくってドロップアイテムだよ。子供の使いじゃないんだからアメをもらっても嬉しくないだろうが」


 淡々とツッコミを入れる重徳だが、ジジイにはさして響いた様子がない。そもそもこのジジイは他人の言葉に影響を受けるなどといった人としてごく当たり前の神経を持ち合せてはいない。ちなみに今までジジイが魔物を倒した際に獲得したドロップアイテムは、重徳や門弟がせっせと回収に励んだおかげでかなりの量にのぼっている。だがジジイにはこのような裏方の仕事などまったく無頓着。ドロップアイテムがどのように役立つのかさえいまだわかっていないよう。



「ジイさん、よく聞いといてくれよ。ドロップアイテムっていうのはお金になる魔石だったりダンジョン攻略に役立つ武器や防具なんだよ。だからジイさん、魔物を派手に吹き飛ばさないようにしてくれよな。回収が面倒なんだから」


「そうか、わかったぞい。要は手元で倒せばよいのだな」


 もちろんジジイにとっては魔物を倒すのが当然という前提。どんな戦い方をしようが、苦戦したり、よもや負けるなどといったマイナス思考は1ミリも持ち合せてはいない。



「それからジイさん、目的の話なんだけど、この6階層だけではなくてまだまだずっと下まで階層が続いているんだよ。下の階層に行くにつれて魔物はどんどん手強くなってくるんだぞ」


「なるほど、それは面白いのぅ。ではなるべく下を目指して進むとしようか」


 言ったそばから重徳は海よりも深く後悔している。このジジイは絶対このような反応をすると知っていながらつい口が滑ってしまった。一体どの階層まで進まされるのか… 重徳と門弟の不安は尽きない。


 ということでジジイがダンジョンについて最低限の理解を示したので、みたび通路を歩き出す。



「それ、魔物が出てくるぞい」


 ジジイが警告を発した途端、重徳たちは退避行動に入る。つい今しがたの立ち位置から大幅に下がって様子を窺う彼らの目に飛び込んだのは、ジジイがオークの頭部を鷲掴みにして大きく振り回しながら壁に叩き付けている絵面。いくら手元で倒すといっても、もっと他に遣り様があるというのに…


 ともあれ戦いという名の一方的な虐殺が終わって、見るも無残に潰れたオークの死体は消え去っていく。それにしてもこのジジイはヤルこと為すことすべてが桁違い。というよりも普通の人間と比較して明らかにおかしい。


 まあその件は一旦置いといて、その場にはお馴染みの魔石とひと塊の肉が落ちている。



「重徳よ、この肉は一体なんじゃ?」


「ジイさん、これがドロップアイテムだよ。オークの肉は上等な豚肉と同じ味で、この前から散々我が家の食卓に出されているだろう」


「ふむ、そういえばこのところ婆さんがせっせとトンカツを揚げておったが、あれがこの肉というわけじゃな」


「そうだよ。ジイさんも旨そうに食べていたじゃないか」


「なるほど、今まで戦いに夢中になっておったせいでかようなモノが手に入るとは気付かなんだ。それにしても美味そうなドロップキックじゃのぅ~。これは土産に持ち帰って婆さんにトンカツをこしらえてもらうとするか」


「ジイさん、急にプロレス技が登場してもどう反応していいかわからないぞ」 


 ジジイは先程重徳に指摘されて間違いを正したつもりらしいが、どうも修正する方向を完全に見失っている。もう横文字を使うのは諦めていい頃合いではないだろうか。


 こんな横文字が全くダメダメなジジイだが、オーク討伐は方法さえ除けば至極順調。バカの一つ覚えではあるまいし相変わらずオークの頭を鷲掴みにしては壁に叩き付けるジジイ。いくらオークでも、こんな無残な死に方だけはしたくないであろうに。


 重徳に案内されつつ6階層は無事に通り過ぎて7階層へ。この辺からオークの上位種も登場してくるが、ジジイの前では多少の誤差に過ぎないよう。すでに門弟たちはほとんど手出しをしないままの状態で、もはやジジイの独壇場となり果てている。



「重徳よ、こちらの肉のほうが上質に見受けられるが、どうなっておるのじゃ?」


「ジイさん、オークの上位種だったからその分肉も高級品なんだよ」


「上位種? 先程と何も変わらんぞ。訳が分からぬことを言うでない」


「あのなぁ~、普通の冒険者にとってはちょっとでも魔物が強くなっただけで討伐が大変になるもんなんだぞ」


「鍛錬が足りないせいじゃな。気合いを入れて臨めば倒せぬ敵など存在せぬわい」


 事あるごとに「気合い」というセリフを葵の紋所の如くに持ち出すのは脳筋の証。そもそもこのジジイ、他の人間のレベルに合わせて思いやるなどという概念すら持ち合せていない。


 こんな調子でオークの上位種を飛んでいる蚊を潰すような勢いで倒しつつ、しばらく壁沿いの通路を歩いているとジジイが急に立ち止まる。



「重徳よ、こちらの壁からは怪しげな気配を感じるぞい」


「ジイさん、俺にはただの壁にしか見えないけど、何がそんなに気になるんだ?」


「イヤな、その昔敵兵を追いかけてジャングルを歩いておった際に同じような違和感を覚えたものよ」


「違和感? そこには何があったんだ?」


「地面に埋めてある地雷よ。どうも何やらこの壁には仕掛けが施されているような気がしてならぬわい」


 ジャングルに仕掛けてある地雷を見抜くとは、このジジイどういう勘が働くのだろう? もちろんそんな危険な場所に長居したくない重徳たちは何とかジジイを止めようと懸命の努力をする。



「ジイさん、危険だからこの場は後回しにしておこうぜ」


「師範、罠かも知れませんから、この場は手を触れずに先に進みましょう」


「バカ者、真の武人というものは罠だと知っても敵に背を向けるでない」


 重徳と門弟が声を枯らして止めようとするが、どうやらこのジジイは罠と知りつつ何らかの形で突破する構え。というよりもダンジョンが面白すぎてちょっと我を忘れているのではなかろうか。しばらく考え込んだジジイは、やおら右手を壁に当てて瞬間的に力を込めると、得意技のひとつ〔ゼロ距離打撃〕が炸裂する。簡単に説明すると中国武術にある発勁をさらに突き詰めて、対象に触れている手の平から力を押し出して内部に衝撃を貫通させる非常に特殊な打撃技とでもいおうか。


 ジジイの掌から発せられた衝撃によって石造りの壁は人が通れる範囲にガラガラと崩れていく。



「ジイさん、何だ? 今の技は…」


「技? この程度の児戯など技の内に入らぬ。さて、どうやらワシの勘が的中したようじゃ。ほれ、この先にいまだ知られぬ道が続いておるぞい」


 ジジイの視線の先には確かに隠し通路が壁の奥の方向へ続いている。だが重徳は隠し通路に秘められた危険をすでに一度体験済み。



「ジイさん、これは間違いなくトラップだぞ。こうして人間の興味を惹き付けておいて、その先には脱出困難な罠が仕掛けてあるんだ」


「トラクターなどどこにもありゃせんわい。重徳もおかしなことを言うもんじゃのぅ」


「ジイさん、ダンジョンの中で畑を耕すつもりか?」


 重徳のツッコミをシレッと聞き流して、ジジイは隠し通路に足を踏み込んでいく。その余裕綽々の姿は見ていて頼もしいが、あからさまな罠だと知っている分だけ得も言えぬ不安を掻き立てられるのも事実。だが重徳たちも事ここに至るともう覚悟を決めるしかない。ジジイの後について隠し通路へ入っていく。


 しばらく進むとそこは突き当りで、床にはこれ見よがしに魔法陣が浮き上がっている。



「重徳よ、この絵模様は何じゃ?」


「ジイさん、魔法陣だよ。ついさっき1階層から4階層に移動する際に入ったじゃないか」


「そうだったかのぅ~。年を取ると忘れっぽくてかなわぬな。ほれ、入るぞ」


「ジ、ジイさん、ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が…」


「四の五の言わずに大人しくせんか」


 いつの間にかジジイに背後に回られて両肩を掴まれた重徳。その態勢のまま魔法陣の中に強制的に連れ込まれる。その様子を見た門弟たちも「え~い、ままよ」という気持ちで魔法陣に飛び込んでいく。


 一瞬の浮遊感の後に全員が立っているのは、学校の校庭の3倍ほどの広さがあるホールのような場所。まあそれはいいとして、問題なのはそこにはありとあらゆる種類の魔物がビッシリと隙間なく蠢いている点だろう。ゴブリンやオークに始まって爬虫類系や獣系の魔物。雄大な巨体からこちらを見下ろしている巨人種と思しき魔物。はては小型のドラゴンまで、階層ボス以外の魔物がこの場に勢揃いといった光景が広がる。



「ほほう、こちらがわざわざ歩いて探す手間が省けるわい」


「ジ、ジイさん、だから言ったじゃないか」


 ざっと見積もっても千に近い数にも及ぶ魔物が牙を剥き出しにしてこちらを睨み付けている。何かの切っ掛けさえあればたちまち狂ったように襲い掛かってくるのは間違いない。



「重徳よ、案ずるでない。ワシが大方片付けてくれるゆえに、そなたらは討ち漏らした魔物を倒すのじゃ」


「魔法図鑑にも載っていない魔物がウジャウジャジャないか。どうやって倒すんだよ?」


 ジジイの耳には、やや離れた場所から重徳の応えが届いてくる。そちらに視線を向けると、彼らはホールの隅でひと塊になって今にも逃げだしたい表情。だがそんな態度をこのジジイが良しとするはずもなく…


 

「意気地がないのぅ。戦う気迫無き者はこの場に朽ちるがよい。さて、参ろうか」


 ジジイは魔物の大群に向かってゆっくりと歩を進めていく。ホールの向こう側半分の位置に折り重なるように集まっている魔物をより詳細に解説すると、オークやオーガだけではなくて、オオカミ系や爬虫類系の魔物、更には20階層から先にしか登場しないミノタウロスやトロルなどの巨人たちまで勢揃い。さながら通路に出てくる魔物の見本市のような壮観な眺めが広がっている。一番奥には翼を左右に広げるレッサードレイクまでその姿を何体か見掛けるので、やはりボス以外の魔物が全てこのホールに集結しているのだろう。


 ジジイは何事もない顔をしながら魔物に向かって歩いていく。いやその口元が若干緩んでる様をみるにつけ、楽しくて仕方がないのだろう。やがてジジイの足が一定のラインを超えた途端、魔物たちはある個体は雄叫びを挙げながら、ある個体は目を真っ赤に充血させながら、またある個体は開いた口から小さな炎を吹き出しながらジジイに迫りくる。



「甘いわ~、久方ぶりにワシの大技に刮目せよ」


 こちらに向かって殺到してくる魔物の集団に対して、ジジイはやや腰を落とし気味にしつつ左右の手の平を合わせてそこに大量の闘気をため込んでいる。そして今まで見せたこともない気迫を込めながら…



「迷わず成仏波ぁぁぁぁぁぁ」


 ジジイが前方に押し出した両手からは尋常ではない威力の気弾が飛び出していく。それはかつて若き頃のジジイが戦場において敵の戦車と装甲車多数で構成される機械化旅団を一撃で全滅に追い込んだり、攻撃ヘリの小隊を撃墜した超危険な技。今まで見せてきた気砲の百倍以上の威力を持ったヤバい一撃が一直線に飛翔する。


 ドッパァァァァァァァァァァン


 長い尾を引く大音響と共にジジイの特大気弾は魔物の群れのど真ん中で炸裂する。と同時の周囲に途轍もない破壊力を秘めた衝撃波を撒き散らす。



「おわぁぁぁぁぁぁ」


 もちろん大爆発の影響はジジイよりもかなり後方にいる重徳たちも巻き込んでいる。木の葉のように吹き飛ばされながらも、床に体が触れた瞬間に受け身をとって衝撃を逃がす。おかげで多少の打撲はあるものの、重徳たちは何とか立ち上がっている。


 そして彼らがその目にしたのは、あれだけ夥しいほどひしめき合っていた魔物がいまでは9割方その姿を消している驚くべき光景。と同時に重徳たちの脳内に例の音が響く。


 ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコココーン


 連続するレベルアップの音。経験値はパーティーで頭割りで配分されるので、ジジイが一瞬で倒した魔物の分大幅にレベルが上昇している。およその数値で重徳がレベル40少々、門弟たちが35といったところだろうか。かなり下層の魔物が多数混ざっていたおかげでこれだけ一気に上昇したよう。


 それにしても驚くべきはジジイの破壊力。千体近くに及ぶ魔物を一気に平らげてしまうとは、やはりどこかこの人物はおかしい。



「ふむ、少々手加減したゆえに取り残しが出たか。重徳よ、そなたらにも獲物を回すゆえに存分に戦うが良かろう」


 残り数十体となった魔物たちだが、この連中には生存本能というものがインプットされていない。目の前に現れた敵を屠ることだけを考えて遮二無二前進してくる。ジジイによってこれほどの被害を受けたにも拘らず見上げた根性と褒めるべきだろう。


 そしてついにジジイの目の前に最初の1体が躍り出る。だがジジイはすでに完全な戦闘モード。張り手のように突き出した左手がオーガの胴体に炸裂すると、その体は砲弾を超える速度で後方に吹き飛んで何体もの魔物を巻き込みながらなおも止まらず、ついには一番奥の壁に激突している。オーガが吹っ飛んだ跡はまるで道が出来たかのように、魔物の姿が消え去っている。


 わずか一撃でホールに残る魔物の5分の1を消滅させたジジイ。張り手一発でこの威力とは、やはり一般的な人類の常識を超えている。



「ワハハハハハ、実に愉快じゃ」


 ホールに響き渡る笑い声をあげながらジジイの猛威は止まらない。たった5発の張り手で、ホールにいた魔物はすでに潰滅に近い状態。だがジジイの背後にいる重徳たちを目掛けて魔物の別の集団が突進を開始。



「近づけるな! 全員で気弾の集中砲火だ」


「おう」


 相手がどの程度の戦闘力を持っているのかがハッキリと掴めていない現状では遠距離からの攻撃で相手を片付けるのがベスト。ということで重徳と門弟は全員一致協力して気弾をブッ放していく。幸いドラゴンなどは混ざっていなかったので何とか撃退に成功。その頃にはすでにジジイが残った魔物をペロリと平らげている。



「やっと片付いたか」


「ヤバい魔物だったな」


「命があるのが奇跡だ」


「それよりも若、なんだか思いっ切りレベルが上がったみたいだけど、どうなっているんだ?」


「俺に訊くんじゃない」


 フロアーにいた魔物がすべて粒子になって消え去るのを見届けた重徳と門弟はホッとした表情で会話を交わしている。だがその安心感は長くは続かない。


 驚くことに魔物の死骸が消え去ってしばらくすると、新たに床から生えてくるようにして次々と魔物が生み出されていく。どうやらジジイに連れられて重徳たちが転移してきたのは、いわゆる無限湧き部屋のよう。あっという間にホール内は魔物の姿で溢れ返る。



「ほほう! わざわざお代わりまで用意するとは気が利いとるわい。血祭りにあげられたくなくば死ぬ気で掛かってくるがよいぞ」


 戦闘において数は暴力… こんなセリフを耳にすることがあるだろう。


 だがこのジジイにに掛かると、そんな当たり前のセリフがまったく無意味に聞こえてくる。というかむしろ新たな魔物の登場に心の底から喜びを表している重症の戦闘狂にはご褒美に見えているらしい。そして2回目もほぼジジイの独壇場。重徳たちには10体ほどのおこぼれの魔物がやってきたのみ。ちなみにこの第2陣の魔物を撃破したことで重徳たちはレベル60付近まで上昇を果たしている。1日でこれほどの大幅レベルアップなど通常ではありえないはず。だがこのジジイに掛かればいとも簡単に成し遂げられてしまうのだから、もうワケがわからない。


 第2波の魔物たちがすっかり消え去って、ホールには第3波の魔物たちが登場する。だがジジイはまったくの平常運転でその破壊力を如何なく発揮。これまでの修行のおかげで多少の免疫がある重徳たちだからこそ精神を何とか平常に保っていられるが、普通の人間ならば失神しているか、もしくは一時的に錯乱するかの二択かもしれない。



「ガハハハハ、この程度か。もっとワシを楽しませんか~」


 どうやらジジイは絶好調な様子。心行くまで魔物を屠っていつの間にかニッコニコの笑顔。その動きは休むことなく、笑いながら魔物を殺していくからなんだかちょっと怖い。


 この勢いで第4波~第7波もペロッと平らげたジジイ。バッチこい! という表情で待っているが、いくら待っても魔物が湧き出てくる様子がない。



「なんじゃ、もうお仕舞かのぅ~。ちょうど体が温まってこれからという時に」


 どうやらまだ暴れ足りないらしい。本当に困った人だ。わずかの時間で通算5千体近くの魔物の群れを灰燼に帰したはずなのに、もっとお代わりが欲しいという表情を浮かべている。



「お~い、重徳や。そんな隅に隠れていないでこちらに来るがよい。残念ながら魔物は打ち止めのようじゃ」


「ジイさん… とんでもなさすぎだろう」


 もう湧き出る魔物はなさそうだと安全を確認した重徳は、呆れを通り越して無表情。ちなみにこの無限湧き部屋だけで彼のレベルは86まで上昇している。



「最初に言ったであろう。ワシに任せれば万端問題はないと」


「いや、違う意味で最も問題アリだと再認識させられたぞ」


「何を言っているんじゃかようわからんぞ」


「いや、わからなくていい。俺の独り言だから」


 このジジイに何を言っても無駄と諦めた重徳がいる。門弟たちもおそらくはほぼ同意見だろう。


 今重徳たちが立っている周辺には目ぼしいものは何も見当たらないので、そのままホールの奥に当たる場所に歩いていく。すると最も奥まった場所に祭壇のような台が置いてあり、その上にはバスケットボールよりも大きな魔石と宝箱が。魔石のほうはどうやらすべての魔力を放出したせいでヒビが入っている。この魔石があれだけの数の魔物を生み出していたのだろうが、ジジイがあまりに派手に暴れたせいで魔力が枯渇してしまったらしい。ダンジョンの管理者からすれば、ジジイの狂乱に満ちた戦闘は想定外であったよう。



「重徳よ、この箱は一体なんじゃ?」


「この部屋のドロップアイテムだろうな」


「そうか、魔物を全部倒した褒美のバックドロップじゃな」


「ジイさん、そろそろプロレス技から離れてもらえないか」


 ジジイが「罠を仕掛けているような気配はない」と断言したので、重徳は宝箱のフタに手を掛けて開いてみる。中から出てきたのは金属製の黒塗りの籠手が2対。



「なんじゃ、これは?」


「手に嵌める籠手みたいだけど」


「なるほどのぅ~。どれ、ちょっと手に取ってみるか」


 ジジイが1対を手に取ると、そのまま両手に嵌めていく。



「ほほう、中々しっくりくる武具じゃな。手に嵌めているという感覚を忘れそうなくらい指先まで自在に動かせるぞい」


 なんだかジジイはご満悦な表情。実はこの籠手、オリハルコンと双璧をなす希少金属のアダマンタイトで創られた籠手。もちろん伝説級の逸品で、金額には換算できないほどの価値があるだろう。



「重徳よ、何を見ているのじゃ? もうひとつあるゆえに、そなたも手に取るがよかろうに」


「えっ、俺がもらっていいのか?」


「此度のだんじょん行きはそなたが申したもの。こちらの籠手はワシがもらうゆえ、もう一方はそなたの物じゃ」


「あ、ありがとうございます」


 素直に頭を下げて宝箱から籠手を取り出す重徳。改めて両手に装着してみると、なるほどジジイの感想が頷けてくる。



「なんだかすごく自然な感触だな。これならコブシを守れるし、防具として十分な性能が期待できそうだ」


「よろしい、ならばそのままそなたが使うがよかろう。門弟たちの分はまた手に入れて進ぜるゆえに、しばらく待つがよい」


「師範、楽しみにしております」


「まあ、追々にな」


「ジイさん、だいぶ満足しただろう。午前中はこれで終わりでいいんじゃないか?」


「左様じゃのぅ。さて、ここを出るにはいかがすればよいのじゃ?」


「たぶんあそこにある魔法陣に入れば戻れると思うぞ」


「そうか、では参ろうかな」


 こうして一行は元の隠し通路に戻ってくる。そのまま7階層をグルリと一回りして、ちょうど昼時を回っているのもあって一旦地上へ向かうために転移魔法陣へ。そのまま管理事務所の飲食コーナーで休息を兼ねて食事を摂るのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


隠し部屋で思う存分暴れ回った観物ジジイ。このジジイの暴れっぷりはどうやら重徳にも不可解なようで、次回その秘密が明らかに…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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