第40話 驚愕のステータス


 遅めの昼食を摂りに管理事務所に戻っていた重徳たち。あの無限湧き部屋でかれこれ2時間近く戦いに費やしていたのだから、このように昼メシが遅くなるのも無理からぬ話。というか重徳と門弟たちは度重なる大量の魔物による襲撃に相当精神的に参っているよう。だがこの人物だけは様子が違う。



「これ重徳よ、何時になったらだんじょんに取って返すのだ?」


「ジイさん、少しくらい休ませてくれよ。さすがにクタクタなんだから」


「あの程度の敵に囲まれたくらいで音を上げるとは何事ぞ。気合いが足らん」


「あの程度って… ジイさん、俺たちだって相当な数を討伐したんだから、昼メシくらいはゆっくり食わせてくれよ」


「我が孫ながら実につまらんのぅ。若いうちの苦労は金を出してでも買い付けるものじゃ」


「あんな苦労をしていたら命がいくつあっても足りないだろうが」


「軟弱が過ぎるぞい。ワシが若い頃は…」


「ジイさん、係員さんが来たから注文を決めてくれ」


「うむ、面倒ゆえ重徳と同じもので構わぬ」


 ジジイが若い時分の話を始めると1時間や2時間では終わらなくなる。テーブルに注文を取りに来た係員さんをいいことに、重徳は上手いことジジイの昔話をぶった切りにかかって何とか成功している。


 それよりもあれだけ大暴れをしておいてまだ足りないというのか? 午後もダンジョンに入る気満々のジジイがちょっと怖すぎる。


 注文した料理がくるまでの間、重徳と門弟たちは目を閉じて体内に気を循環させる。体力と精神力の回復にはこれが最も効果がある。午後もジジイに連れ回らされる予感しかしないので、今のうちにしっかりと回復しておきたいのは山々だろう。


 無事に昼食を終えると、待ちかねたようにやおらジジイが立ち上がる。もちろん午後もたっぷり魔物狩りを楽しもうという魂胆が明白。だがここで重徳が待ったを掛ける。



「ジイさん、ダンジョンに戻る前に打ち合わせをするぞ」


「打ち合わせじゃと… かようなモノは必要ないわい。ワシが丸ごと片付けてくれるゆえ大舟に乗った気で臨めばよろしい」


「そうじゃないって。全員レベルが上昇したから色々確認する必要があるんだよ」


「今日が終わってからでよいではないか」


「レベルによって戦い方が変わってくるから、中に入る前に確認が必要なんだ」


「致し方ないのぅ。チャッチャと終わりにするがよかろう」


 渋々ジジイも納得してくれたよう。ということで全員がミーティングルームに入っていく。席に着いてから重徳が切り出す。



「まずはこんな感じで自分のステータスを確認してもらいたい。ステータスオ-プン」


 重徳の目の前にステータス画面が広がる。



 四條 重徳  レベル86    男  15歳   



 職業    武卒 


 体力   2858


 魔力   1020


 攻撃力  2595


 防御力  2449


 知力     37



 保有スキル  四條流古武術 身体強化 五感強化 神速 神足 



 注意事項   新たな職業が開示されました。クリックすると詳細が表示されます。



 ブッ~~!


 画面内の情報が目に飛び込んできた重徳は、たまたま口に含んだペットボトルの水道水を盛大に噴き出している。霧状に広がった水には一瞬七色の虹がかかり殺風景なミーティングルームに一幕の煌めきを添える。



「若、何をそんなに動揺しているんですかい?」


「いや、情報が思いっ切りバグっていて理解が追い付かない。朝は17だったレベルが今は86になっているなんて信じられるか。体力なんかざっと10倍近くになっているんだぞ」


「へえ~、さすがは若。中々やるじゃありませんか」


「お前たちも開いてみろよ」


「了解です。ステータスオ-プン」


 門弟たちが画面を開くと、概ねレベル75で重徳とほとんど変わらない数値が並んでいる。午前中だけでこの成果はもはや驚異的としか言いようがない。とはいえ門弟たちのリアクションは意外とあっさりしたもの。



「若、この数字の羅列がどうかしたんですかい?」


「あのなぁ~… レベル75なんて普通の冒険者が一朝一夕にはなしえない数字なんだぞ。死に物狂いで魔物と戦って少しずつ力をつけて1段階、2段階とレベルを積み上げていくもんなんだからな。俺だって自力でレベル17まで上昇させるのに2週間かかったんだ。それをお前たちはたった半日でレベル75なんておかしいだろう」


「そんなもんなんですかね~。俺たちはまったく無知なんで、こんなモノなのかなくらいにしか感じませんよ」


 どうやらダンジョンの仕組み自体をそこまで理解していなかったのが、彼らのリアクションが薄い原因だったよう。そもそもがジジイの手による純粋培養の脳筋集団なだけに、そこまで深く物事を考えないのも理由としては挙げられるかも。それよりも重徳は、自分で言っている内容がおかしいことに気が付いていない。そもそもわずか2週間でレベルを17まで引き上げることだってかなりの非常識と呼べる代物。だがさすがにジジイと一緒にいるだけでレベル75という出来事の前には、重徳の努力もかすんでしまう。


 それはそうとして重徳には気になることが。それは職業の欄に新たに記載された〔武卒〕という名称。注意書きにクリックすると説明が出てくるとあるので、重徳は職業欄を指で触れてみる。そして表示された解説には…


〔武卒… 武をもって戦う人間の最も下位のランク。武卒、武曹、武尉、武将、武伯、武侯、武王、武帝、武聖、武神と10段階に分かれている。次の段階に上昇するにはレベル100~1000を要する。ランクが1段階上昇するとそれに応じたギフトが付与される〕


 どうやら一兵卒から頑張れという仕様らしい。それにしても最上位の武神の位まで昇り詰めるには一体どれほどの経験値が必要なのだろうか?


 一応重徳にも新たな職業が理解できたので、この件はそのままにしていよいよ本題を切り出す。



「まあいいか。お前たちがそこまで気にしないんだったらそれでいいだろう。さて、ジイさん。自分はまったく関係ありませんっていう顔しているけど、ジイさんもステータスを開いてみてくれ」


 ついにこの時がやってくる。ジジイのステータスが公開される番となった。だが当のジジイは訳が分からぬといった表情。



「なにやらようわからんが、はいてくなカラクリであるな」


 このジジイ、散々海外に密出国しているにも拘わらず横文字と機械の取り扱いが大の苦手。見知らぬ機械や仕組みは最近覚えたばかりの〔はいてく〕という言葉で一括りにしてしまう傾向がある。



「ジイさん、早くしないとその分ダンジョンに入るのが遅くなるぞ」


「おお、それはいかんな。では、トースター、オープン」


 シ~ンとした沈黙が流れる。数秒後に無言の室内の雰囲気を打ち破る重徳の声が響く。



「この糞ジジイ、トースターを開けてどうするつもりだ! 食パンでも焼くのか? 朝メシの時だけにしやがれぇぇ」


 ついに堪りかねた重徳の盛大なツッコミが炸裂する。先程このジジイは横文字に弱いと述べたが、まさかここまでとは…



「若、少し落ち着いてください。師範のこの手の間違いにいちいち突っ込んでいたら日が暮れますから」


 門弟の頬もかなりの勢いで引き攣っているが、この場はひとまず自重つつ脳筋ジジイにステータス画面を開かせようと懸命に努力している重徳を押し留める。対するジジイはといえば…



「これ重徳、かような大声を出すな。一緒にいるこちらが恥ずかしくなるであろう」


「恥ずかしいのは自分だと自覚しやがれ」


 どうやら重徳は門弟の前でジジイへの言葉遣いに配慮するのをヤメた模様。実際日常的に母屋で家族として過ごす時はこんな調子なのかもしれない。昨日恐る恐るジジイの前でダンジョン行きを願い出た際とは完全に別人格。沸点はそこそこ高いがキレたら止まらない性格が垣間見られる。



「まったく誰にも間違いの一つや二つはあるわい」


「間違える方向性を考えやがれ」


 重徳が収まる気配はないが、このままでは話が進まない。今一度ジジイがステータス画面を開こうと試みる。



「では参ろうかな。いきな〇ステーキ、オープン」


「糞ジジイ、今度はステーキ屋に切り替えたか。そのチェーン店はここ最近閉店をすることはあっても新規オープンなんか絶対に有り得ないぞ」


 これまた斜め上のジジイのご乱心が繰り出される。門弟たちは全員テーブルに突っ伏して体全体をヒクヒクさせながら懸命に笑いを堪えるのに必死の有様。


 だが重徳は怒りの中にも辛うじて理性を保ちつつ、手近にあるメモ用紙に大きな文字で〔ステータス、オープン〕と書き記してジジイに手渡す。



「ジイさん、何も考えずに紙に書いている通りに読み上げるんだ」


「なになに、ステータス、オープン」


 三度目の正直で、ようやくジジイの手元にステータス画面が浮かび上がる。その内容は…



 【四條 厳斎】  68歳  男


 職業      武神


 称号      天与の殺戮者


 レベル     3689


 体力      表示不可


 魔力      表示不可


 敏捷性     表示不可


 精神力     表示不可

 

 知力      表示不可


 所持スキル   表示不可



 全員の口がポッカリ開いたまま誰も言葉を発する余裕すらない。静まり返った空間にたっぷり2分以上の沈黙が流れる。重徳の頭に思い浮かぶのはたった一つの考え。


(勇者なんかいらなくねぇ?)


 重徳がこんなことを思いつくのはもっともだろう。目の前にいるジジイに比べれば勇者の力など蟷螂之斧レベル。どんなに足掻こうがこのジジイには到底及ばないだろう。


 しばし無言のまま時間が経過して、ようやく精神を立て直した重徳が改めてジジイに問い掛ける。



「ジイさん、一体何を仕出かしたんだ? こんなレベルは通常あり得ないぞ」


「なにって言われてもな~。好きなように生きてまいったし、好きなように暴れた結果じゃな」


 イヤイヤ、好きに生きた結果レベルが3600って… だがここで重徳はジジイからよく聞かされた昔話を思い出す。



「ジイさん、戦場で敵兵を何人殺したんだ?」


「ふむ、最初の1週間で300までは数えておったが、あとはもう何人殺したか知らぬ。たぶん2万や3万では収まらぬであろうな。あとは戦車なども最低でも500両は破壊しておるぞ」


 ここで経験値について簡単に触れておきたい。太古より人間は数々の戦乱を繰り返して時には英雄と呼ばれる数多の人物を輩出してきた。マケドニアのアレクサンダー大王然り、カルタゴの名将ハンニバル然り、中国の漢末期の三国志には綺羅星のように英雄が登場してくる。もっともこれは三国志義演というフィクションなので、すべて鵜吞みには出来ない面がある。


 そして世界史だけではなくて日本史にも多くの英雄が名を遺す。天皇の命を受けて東征した日本武尊であったり坂上田村麻呂といった神話や伝承に近い存在から、源平合戦に記されている源義経の活躍などもこれらに類する英雄譚といえよう。ではなぜこのような英雄が歴史の中で生まれてくるのか。それは経験値と密接な関係がある。


 そもそも経験値とは戦闘行為に及んだ末に勝利して相手の命を奪った際に与えられる。したがって敵であれば相手は魔物だろうが人間だろうが構わない。時によっては戦車などの兵器もその対象となる。昔の人間は自らの身体と剣や槍を手にして敵を倒して経験値を得ていた。そしてその中でより多くの経験値を積み重ねた選ばれた一握りの人物が、後世に英雄として呼ばれている。


 ただし例外があって、同等の近代兵器を用いて倒した場合は経験値が減算される仕組みとなっている。戦車と戦車で戦って勝ってもこの減算機能が働いて経験値は得られない。したがって近代以降の戦争においては兵士が経験値を得る機会そのものがほとんどないと考えてよいだろう。


 さてここで話を戻すと、ジジイは過去に戦場で大勢の敵兵をその手に掛けている。ちなみに銃器を持った兵士というのは倒すのには相当な苦労を強いられる。それが集団ともなればなおさらだろう。ところがジジイの場合は100パーセント素手で倒しているので、まったく減算はないままで与えられる経験値はダンジョンの20階層のボスと同等。それを数万単位で倒しているとなると途方もない経験値を得ているはず。


 さらに戦車というのも人間が素手で倒すには普通は無理な難敵。ジジイのようなレアケースでは1両撃破でダンジョンのラスボスに匹敵する経験値が与えられる。それを500両以上撃破しているとなれば、なるほどこの有り得ないレベルの原因が頷けてくるというもの。その他にも戦闘ヘリや迫撃砲の類なども数えきれないほど破壊しているし、極めつけとして闇夜の海原に小舟で漕ぎ出して米軍の軍艦を3隻撃沈という恐ろしい記録まである。こんなひとりで大国を相手に戦争を起こせる人間ならば、むしろレベル3600オーバーというのも納得がいく話。


 さらに注目に値するのはジジイの職業欄。そこには〔武神〕の2文字が… これは重徳に与えられた新たな職業の最高峰ではないか。すでに武の道の最高位に達した存在、それこそが重徳の祖父である四條厳斎その人ということらしい。しかも称号の欄にも何やらヤバい文言が並んでいる。〔天与の殺戮者〕ってどういう意味?… などとは怖すぎて間違っても聞ける雰囲気ではない。


 それにしても重徳の周囲にはこんな特異な人間が多すぎるような気がしてならない。もしかして見えない大きな力が働いているのか… そんな疑問すら浮かんでくる。


 長い沈黙ののちに、重徳がやっと声を絞り出す。



「呆れて声も出せないぞ。まさか身内にこれほどまでに高レベルな怪物が潜んでいるとは思いもよらなかったな」


「なあ、若。師範のレベル3600というのはどのくらい凄いんだ?」


「俺にも具体的なイメージが湧きにくいんだが、ひとりで世界を全滅させるレベルじゃないか」


「えっ、ウチの師範がそんなことできるのか? だってついさっきトースターを開こうとしていたぞ」


「単純な力だけでいえば、世界中を探しても1、2を争う強さだろうな。いきなりこのまま最下層のラスボスの部屋に案内したくらいだ」


「重徳よ、そのラブホの部屋というのは何じゃ?」


「今度は下ネタかよ! ジイさん、もう突っ込む気にもならないからな。ラスボスっていうのはこのダンジョンで一番強い魔物だよ」


「左様か、ならば早う案内せよ」


「すぐに行けるはずないだろう。ひとつずつ階層を攻略して進まないといけないんだぞ」


「面倒じゃのう。いっそのこと床ごと破壊して近道をしてくれようか」


「頼むからダンジョンのルールを守ってくれ。ともかく地道に1階層ずつ攻略していくしかなんだから」


「つまらんのぅ。まあよい、午後もチャッチャッと魔物を片付けるぞい」


 もはや重徳の口からはため息しか出ないよう。自分のレベルの40倍にも及ぶジジイのステータスにすっかり毒気を抜かれている。だがこのジジイは、そんな心情などお構いなし。



「重徳、何をグズグズしておるか。ワシは早く血を見たくて疼きが止まらぬぞ」


「はいはい、わかりました」


 死んだ魚の目のようになった重徳だが、ジジイの圧力に屈して渋々腰を上げる。そのまま門弟たちを引き連れてダンジョンの入り口を潜って、その足で転移魔法陣へと進んでいくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



あまりにヤバすぎるジジイのステータスが判明。それにしても重徳の周囲になぜこのような鬼才ばかりが集まってくるのかは依然として謎のまま。


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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