第25話 勇者の模擬戦第2試合


 フィールドではロリ長と対戦者が審判からの注意事項を聞いている。その時重徳から見て歩美の向こう側に座っている梓が話し掛けてくる。



「四條、お前の目には斉藤の剣がどう映る?」


 梓は男子を苗字で呼び捨てにするのが習慣のよう。普段重徳が心の中で「ロリ長」と呼んでいるヤツの本名が「斎藤信長」だというのをこうして思い出すのはいつも梓のおかげかも知れない。ちなみに歩美は最初から「信長くん」と呼んでいる。確かに斉藤よりも信長の方が呼びやすいのはまあ事実だろう。



「二宮さん、俺の目から見ても信長の剣は一口には言い表せないというのが的確なところだ。あそこまでのらりくらりとした動きは中々できるものではないと思う」


「そうか、四條もそのように見えていたのか。実は私もかねてからそう思っていた。最初は馬鹿にされているのかと思ったが、何度も打ち合っているうち次第に斉藤の剣がおぼろげながらわかってきた気がする」


 どうやら梓も重徳と同意見のよう。以前相手をしてもらった東堂先輩が剛の剣の筆頭格だとしたら、ロリ長は柔の剣の遣い手だといえる。相手をはぐらかすように剣を受けては、そこからの鋭いカウンターを得意としているのがその最大の特徴か。


(さて、初見であの厄介な剣を受けるBクラスの聖騎士がどう対応するのかちょっと楽しみだな)


 重徳は興味深げにフィールドに視線を戻す。どうやら第2試合がスタートを迎えるよう。



「両者準備はいいな? それでは始め!」


 開始線に立つ両者はゆっくりと歩み寄っていく。駒井と名乗った生徒は剣を正眼に構えて大股で接近を図るのに対して、ロリ長は下段の構えからゆっくりと間合いを詰めていく。一見隙がありそうなところを見せて相手を誘い込むロリ長が最も得意とする構え。重徳は耳を澄ませて両者のやり取りを聞いている。



「お前はヤル気があるのか? 勇者とは言っても剣の技術が何もわかってないようだな」


「省エネだよ。今は木剣だからいいようなものの、実戦で最初から重たい剣を持ち上げていたら疲れるだろう」


 小馬鹿にしたようなロリ長の発言が飛んでいる。彼はなるべく労力と手間を掛けずに相手を討ち取るのを良しとしているから、口にしているセリフはおそらく本音だろう。重徳も1日にまとめて5試合戦った経験上、力を無駄に消費せずに手早く済ませるというその意見には大いに納得顔。


(ロリ長のこの程度の挑発で相手はカッカきているな。もうこの時点であいつの術中に嵌ったも同然だろう。大した相手ではないようだし、ロリ長よ、さっさと終わらせてしまえ)


 重徳の目には打ち合う前から試合の様相がハッキリと見えているよう。日頃は「変態勇者」と心の中で呼んではいるものの、こと剣の技量に関しては重徳はロリ長に絶大な信頼を寄せているのは間違いない。


 フィールド上に話を戻そう。



「剣とは全身全霊で打ち込むものだ! 省エネなどとほざくとは貴様の性根は腐っているのか!」


「全霊で打ち込んだとしても、相手に当たらないとまったく意味がないよね。もっと効率を重視しないと」


 この遣り取りを聞いた重徳は…


(駒井君、君は大正解だぞ! ロリ長の性根が腐っているのは紛れもない事実だ! 勇者として成し遂げようとしている目的が根本的にとち狂っているからな。ただし剣に関してはロリ長の意見が正しい。それは四條流の考えにも共通している。「当たらなかったら刀なんて怖くないぞー」というのがウチの道場では最初に教えられる常識だ。世間では間違いなく非常識に相当するかもしれないけど…)


 などとツラツラ考えているうちに試合が動き始める。



「どうやら勇者を討ち取ってこの学年のナンバーワンになるのは俺のようだな。くらえーーー!」


「精々頑張ってね。模擬戦のポイント的には現在四條がナンバーワンだけど」


(コラっ! ロリ長! わざわざそこで俺を引き合いに出すんじゃない。誰が好きで模擬戦ポイント1位なんかになるか。たまたままとめて十人の勇者の挑戦を受けて立っただけだろうが) 


 そんな重徳の思いは横に置いておくとして、ロリ長は駒井が上段から振り下ろした剣をユラリとした動きで躱している。それは柳が風に揺れるが如くに一見ゆっくりとした動きに映る。この辺りが重徳をして「のらりくらり」表現せしめた動きに該当する。どうしても頼りなさげに見えてしまうが、そこから鋭い返しの一撃を繰り出していく… これがロリ長の剣技の魔訶不思議なところ。



「なんだ! その踊りのような動きは? どうやって俺の剣を躱したんだ?」


「そんなに不思議なことじゃないよ。僕の剣の基礎は踊りそのものだからね。母親が日本舞踊の師範で小さな頃から踊りの基礎を学んでいたんだよ」


(なんだと! これは初めて聞いたな。ロリ長のあの体の捌きと足運びは日本舞踊が原点だったのか! これは俺にしてもまったくの盲点だったな)


 耳に届いたロリ長の発言に重徳が驚いている。舞踊の美しさは理詰めで合理的な体の動きから生まれると耳にしたとこはないだろうか? ロリ長は子供の頃から美しい動き… すなわち合理的な体の使い方というものを学んでいたということになる。それを上手く剣に取り入れて今のロリ長の柔の剣が出来上がっている。



「ハハハハハ! 何かと思えば踊りが基礎になっているだと! これはとんだお笑い草だな。たかが踊り如きに俺の剣が負けるはずはない」


「それはどうかな? 終わってみるまで結論は出さない方がいいと思うよ」


 馬鹿にした笑い声を上げる駒井に対して、ロリ長はいつもの飄々とした態度をまったく崩さずにいる。こうして常に平常心でいられるのも、彼が持っている強さの一端かもしれない。



「次の一撃で決めてやるから覚悟しろ」


「どうぞご自由に」


 ロリ長の言葉が終わらないうちに再び駒井が上段から剣を振り下ろしてくる。さっきよりも力が篭った中々の振り下ろし。だがこれもロリ長がユラリと左に動いて空を切る。駒井の表情にはなぜ当たらないのかという疑念が浮かんでいるよう。



「おかしいね、今の一撃で決めるんじゃなかったのかな? 僕はこうしてピンピンしているけど」


「うるさい! 食らえーー!」


 上段からの振り下ろしをあっさりと連続で避けられた駒井は、今度は右からの横薙ぎに切り替えて剣を振るう。そしてこの模擬戦が開始されてから初めてロリ長の剣が動く。横から迫る剣を下から跳ね上げるようにして受け止めている。その一瞬の動きはさすがと言うべき鋭さを秘める。カンという音を響かせて両者の木剣がぶつかり合う。


 だがこのぶつかり合いはロリ長に軍配が上がる。下から振り上げたロリ長が駒井の剣を大きく上に跳ね飛ばしただけではなくて、その勢いに負けて駒井が剣を手放してしまっている。撥ね上げられた剣は10メートル向こうの演習室の床にカランと音を立てて転がる。


 そのままロリ長は自分の剣を駒井の首元に突き付ける。目で追えない程の一瞬で放たれた天然勇者のパワーが乗った振り上げの威力に完全に負けた駒井はもうなす術が無い。いつの間に剣を手放したのかもわからない様子で茫然自失の表情のままに立ち竦んでいる。



「参りました」


 駒井が訳が分からないまま自らの敗北を認めて、この一戦は僅かな時間で決着を見る。たった一度だけ剣を振るって勝ちを得るとは、ロリ長のやつめ中々やりおるではないか。だが残念なことに梓の時とは違って重徳的には「ワシが育てた!」と胸を張れない。身体強化でも使ってくれればまだしも、その暇も無いうちに試合自体が終了している。そしてロリ長の強さだけがくっきりと浮き彫りになった試合というのが重徳の見解となっている。



「勝者、斉藤!」


 審判の勝ち名乗りに合わせて歓声が飛ぶ。と言っても先程の梓の時とはその音量が段違いに少ないけど…


 だが聴覚が敏感になっている重徳の耳は聞き逃しはしない。歓声に紛れてポツリと呟かれたその小さな一言を!



「斉藤君って素敵…」


(そんなバカな! ロリ長のファンが誕生してしまったのか?)


 とんでもない出来事に恐れおののきながら重徳は声の主がどこにいるのか見学席を見渡してみる。確か真正面から聞こえてきような気がする。そこにはあの金髪縦ロール女子が目を爛々と輝かせて梓を見つめている。


(コイツではないのは間違いないな。その隣に目をやると上気した表情でフィールドを見つめている女子が居るではないか! これは驚き以外の何物でもないぞ。でもなんだかこの子には見覚えがあるな… そうだ! 確か食堂で乱入してきた縦ロール女子を引き取りに来た子だ。こうして遠目で見ると中々可愛いではないか。ロリ長のハーレム候補第1号なのか? 大変お気の毒とは思うし、引き返すなら今のうちだと切に願うぞ)


 どうやらロリ長と梓も重徳同様彼女の呟きに気が付いているよう。二人ともまったく同じスタンドの一点を視線でロックオンしている。梓は隣に居る縦ロール女子に気が付いてさっと視線を外したけど…


 そしてフイールド上ではロリ長がグッとコブシを握り締めている。スタンドのほとんどの生徒は勝利の喜びと捉えているだろうが、お生憎様、重徳はロリ長のガッツポーズの意味を正確に理解している。


(ロリ長は勇者のスキルで俺と同等に聴覚が優れているから、あの一言を聞き逃すはずが無い。あのポーズは絶対にハーレム候補を発見した喜びの表現に間違いないはず)


 こんな状況にまったく気づいていない歩美が無邪気な表情で声を掛けてくる。


 

「ノリ君、信長君も勝てて嬉しそうですね」


「そ、そうかもしれないな」


(歩美さん、違うんです。あなたには聞こえなかったみたいですが、ロリ長のファンが現れてしまったんです。あいつは試合の勝敗よりもその出来事に喜んでいるんです)


 詳しく説明するとスキルがバレちゃうから、この場は曖昧に返事しかできない重徳。とはいえ歩美のような純真な人物にとっては知らないほうが平和に過ごせることも多々あるし…



「師匠、信長はさすがの腕前ッス。自分も負けていられないッス」


「そうだな、義人もあのくらいの相手を瞬殺できるようにしっかり稽古を積むんだぞ」


「頑張るッス。いつかはまた師匠と模擬戦をしてみたいッス。それまでに腕を上げるッス」


「楽しみにしている。ぜひとも早くそうなってくれ」


 義人は単純な性格だが、こうしていい試合を見て俄然ヤル気になってくれるのは将来的な伸びシロを感じさせる。さすがは努力で勇者の職業を掴んだ根性の持ち主。四條流一門の弟子として1日も早く技を身に着けてもらいたい。



「四條、お前にも聞こえていたんだろう。あの呟きをどうするつもりだ?」


「二宮さん、それ以上はこの場ではヤメておきましょう。本人同士が決めることですから」


「それもそうだ、外野が余計な口を出すのは野暮だったな」


「ノリ君、梓ちゃんは何のお話をしているんですか?」


「どうやら信長のファンになった子がいるらしいというお話ですよ。さっきそういう声が聞こえてきましたから」


「そうなんですか! 私には全然聞こえませんでした。どんな子が現れるのかちょっと楽しみです」


 梓が切り出してしまうから、黙っておこうと思っていた件を歩美に教えざるを得なかった重徳。だが細かいスキルの話は上手く誤魔化せたから問題は無さそう。






  ◇◇◇◇◇







 こうして俺たちは演習室を出て先に教室に戻っていく。しばらく待っているとロリ長が遅れてやってくる。



「信長、いい感じに勝ったな。それにしてもお前が日本舞踊をやっていたとは知らなかったぞ」


「そうだぞ。斉藤と剣を打ち合っている時に感じた違和感はそのせいだったんだな」


 重徳と梓がほぼ同時にロリ長に声を掛けている。声を掛けられた当のロリ長は照れくさそうな表情。



「別に隠すつもりは無かったんだよ。それから確かに体の捌きの基礎は日舞だけど、なるべく動きは最小で済ませたいというのは性格から来るものだよ。省エネは僕の2番目のモットーだからね」


(おいおい、2番目ということは1番は例のアレか? エルフの幼女がお前にとっては何を置いても第1なのか? せっかくファンができたんだから、そこはもう少し自重するべきじゃないのか?)



「信長君は日本舞踊をやっていたんですか。初めて聞きましたけど、一度踊っている所を見てみたいです」


「鴨川さん、残念ですが最近は全然練習していないからもう踊れませんよ。勇者なんて肩書きがあると、どうしてもそちらの訓練を優先しないといけないですから」


「斉藤、まあそれは運命だと思って受け入れるしかないぞ。私もこう見えても色々と我慢しているんだからな」


(おやおや、二宮さんは一体何を我慢しているというのだろうな? でもなんだか聞き出すのが怖いぞ。変に尋ねたところで「セクハラ野郎!」なんて言われそうだし)



「梓ちゃんは一体何を我慢しているんですか?」


(あーあ、俺が自重しているのに歩美さんが何の遠慮もなしで聞いちゃったよ。まあ幼馴染の彼女が聞く分にはそれほど角も立たないだろう)



「そうだな、まずは大好物のケーキやアイスは1日1個と決めている。それから私はコーヒーにはミルクと砂糖をたっぷりと入れたいのだが、砂糖は2杯までに制限している」


「普通の生活だろうがーー! 成人病の予防週間じゃないんだぞー!」


(はあはあ、声を大にしてツッコミを入れてしまった。どんな大層な話が出てくるのかと思っていたら、甘い物関係ばかりじゃないか! どう庇い立てしようとも、これは勇者として我慢している話じゃない。年頃の女子は多かれ少なかれ誰でもやっているだろうに)


 重徳が大声で突っ込んだのに対して、歩美の反応は少々違うよう。



「梓ちゃんはずいぶん大人になりましたね~。甘い物を我慢できるようになっただなんてとっても素晴らしいお話です!」


(歩美さん、す、素晴らしいのか… これが本当に幼馴染の目から見て素晴らしい話なのか? 一見堅物に見える二宮さんだけど、色々な面で本当に大丈夫なんだろうか?)



「そうだな、私も最初のうちは無性に甘い物が食べたくなる禁断症状に苦しんだけど、今はもう1日1回で満足できるようになった。私もこう見えて着実に進歩しているからな」


 どうやらこれがここ最近梓の昼食の量が増えている真相らしい。毎日トレー3枚におかずとご飯が満載というのは、甘い物を我慢している代償なのかもしれない。どうやらこれ以上梓の食欲には触れない方がいいよう。本人はこれが当たり前と思い込んでいるから、敢えてパンドラの箱に手を掛ける必要も無いだろう。


 とまあこんな感じで、勇者二人の模擬戦が無事に終了してこの日も五人で下校していくのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ロリ長の剣技の秘密は何と日本舞踊にあったという事実が判明。同時に梓の無類の甘い物好きも明るみに。勇者の実力の片鱗が明らかになったところで、お話は訓練風景に…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「ロリ長ファンの女子がどのような子なのか気になる」


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8月16日現在この作品は現代ファンタジー日間ランキング60位、週間ランキング69位に入っております。ここまでの皆様のご支援に深く感謝いたします。多くの方々にこの作品に目を通していただきたいので、ひとつでも上位を目指して頑張って投稿したいと思っております。


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なお同時に掲載中の【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】もお時間がありましたらご覧ください。こちらは同じ学園モノとはいえややハードテイストとなっております。存分にバトルシーンがちりばめられておりますので、楽しんでいただける内容となっております。


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