第26話 女勇者の受難


 夜も更けてベッドに寝転びながら重徳は独り言を呟いている。



「今日も割と平穏な一日だったな…」


 学園での勇者二人の模擬戦は見ているだけだったから気楽な立場だったし、ロリ長や梓の剣の技量も改めて確認できた点に関しては満足しているよう。


(それにしてもロリ長の剣のベースが日本舞踊とは驚きだな)


 重徳としてはむしろ新たな発見といえるかもしれない。踊りを剣技に応用するなど、幼い頃から古武術に触れていた重徳の頭ではとてもではないが思いつかない発想だろう。いやどちらかというと重徳の体に古武術の動きが染みついているのと同様に、ロリ長の体には日本舞踊の所作が隅々まで行き渡っているのであろう。でなければあそこまで完璧に舞踊と剣技が調和することなどあり得ない。そんなとこを考えているうちに…


(おや、また俺のガラケーが着信を告げているぞ。きっと歩美さんからのメールだな。どれどれ…)



〔ノリ君、今日は学校から帰って何をしていたんですか? いつものように道場でお稽古でしょうか? 今日の梓ちゃんや信長君の模擬戦を見て私ももっと頑張らないといけないと思いました。明日の実習で色々と教えてくださいね。また明日会えるのがとっても楽しみです。それではおやすみなさい〕


(なんという心のこもった文面! 不覚にも涙が出そうになったぞ)


 メールの文章の端々に歩美の細やかな思い遣りを感じて感動すら覚える重徳。何とか頑張って気の利いた返事を返そうと努力するものの、そこはまったく文才がない悲しさ。差し障りのない箇条書きのような文面しか思いつかないことに憮然とした表情。あまりの情けなさに真面目に本でも読もうかなどととち狂った思いまで頭に浮かんでくる始末。いままで家で教科書すら開いたことが無いのに…


(無理だ! やはり俺の作文能力ではこれが限界。彼女のメールにこめられた気持ちには会った時に自分の口からお礼を伝えておこう。それではおやすみなさい…)


 送信ボタンを押すと再び歩美から送られてきたメールを開き直す。もう一度読み返してから画面に頬を寄せてスリスリ。ちょっと自分でも気持ち悪くなってドン引きしてから、電気を消して就寝する重徳だった。





   ◇◇◇◇◇


 




 翌朝の教室では…



「ノリ君、おはようございます。メールの返信とっても嬉しかったです」


「歩美からもらったメールも嬉しかったぞ。あんなに心のこもったメールを見て不覚にも涙が出そうになったよ」


「ノリ君、本当ですか? それじゃあ今晩も送りますから楽しみにしていてください」


「楽しみにしているよ。あっ、担任が来たからまた後で」


「はい、また後で」


 想像以上に重徳の短いフレーズが歩美に絶大な効果を発揮しているよう。羽が生えたような足取りとはこのような状態を指すのだろう。かなり舞い上がり気味の歩美。その後ろ姿を見送りつつ重徳も着席する。席について担任からのつまらない事務連絡を聞くと今日の午前中は実技実習の時間。


 いつも通りのメンバーで集まって軽く体を解してから、ロリ長、梓、義人の三人は交代しながら剣の打ち合いを始める。三人の剣の技術はロリ長が一番で次点で梓となっており、義人は二人の天然勇者に比べると一歩も二歩も格落ち感が否めない。もっとも義人はスラッシュの練習に殆どの時間を費やしていたせいで本格的に剣の練習を開始してから間もないのもある。本人はスラッシュだけではこれから先やっていけないと自覚しているのもあって、二人に助言を受けながらしっかりと技術を体で覚えている最中。


 熱のこもった打ち合いをしている三人に対して、重徳は歩美を相手にして引き続き手刀の打ち込みから投げ技に連携する動きの練習をしている。正真正銘の初心者である歩美が相手なので、あまりペースを上げないでややのんびりとした空気が流れている感は否定できない。するとそこへ…



「四條、私もこの前の動きをもう一度確認しておきたいから歩美が一段落したら相手をしてくれ」


「二宮さん、それじゃあ少し待っていてください。歩美はあと3本俺を投げたら一旦休憩にしよう」


「ノリ君、わかりました」


 真面目な梓らしく、ロリ長と義人が打ち合っている間に重徳に体術の相手をするように申し込んできている。体力が無い歩美がそろそろ疲れてきた頃合いだけに、重徳としてもちょうどいいタイミング。こうして彼の相手は梓にチェンジとなる。



「それじゃあこの前と同じように俺が掌打を放つから、振り払って最後に腕を取ってから投げに移行してください」


「わかったぞ、この前よりももっと本気で打ち込んで構わないからな」


 梓が練習しているのは当然ながら歩美とは違ってかなり高度な連絡技。殆ど実戦に近いような勢いで繰り出す重徳の掌打を梓は苦も無く振り払って、5発目に伸ばした腕を取ると背負って投げる。



「今のはだいぶいい感じですよ」


「よし、忘れないうちにもう1回いくぞ」


 こうして再度二人で反復していく。動きを組み合わせた流れを反復していくと体がその流れ自体をよりスムーズに行おうと最適化していく。勇者のスキルで何でもすぐに覚えてしまう梓は回数をこなすたびにどんどん動きが良くなってくる。


(この調子ならばもう少し俺の掌打のレベルを上げていいかな)


 などと考えつつ互いに構えをとる。



「それじゃあもう1本行きますよ」


「よし、来い」


 重徳が右手を突きだすと梓が左手で払う。左手を突きだす、右手が払う。それ、右、左、右と! 


(あれ? このタイミングで俺の手を取るんじゃないの?)


 流れが狂ってしまったので重徳は突き出した右手をそのまま止めて待つが、梓はあろうことかまだ伸ばしていない重徳の反対の手を取ろうと前進してくる。


(明らかに掌打の回数を間違えたんだな。最初の頃にはありがちなミスだ)


 重徳は右手を伸ばしたままで動きを止める。そしてその結果…


 ムニュ!


 重徳の手の平に慎ましやかではありながらも柔らかな感触が伝わってくる。


(何だろう、俺の手の平にスッポリと収まるこの心地よい感触は?)


 重徳が恐る恐る自分の右手が伸びている個所を見ると、そこにはしっかりと梓のオッパイを包み込んでいる自分の手がある。


(うん、これは外見からもわかるように歩美さんよりもはるかに小さなサイズだな… じゃないって! 俺は二宮さんの胸を思いっ切り触っているじゃないか!)


 慌てて右手を引っ込めるが、どうやら遅かったよう。梓の形相がみるみる恐ろしげな般若に変化へんげ。そのままノーモーションで握りしめたコブシをフック気味に放ってくる。


 ブーンという唸りが聞こえるようなそのフックは上体を引いた重徳の鼻先を掠めて通り過ぎていく。


(今のは完全に殺意が籠っていたぞ。フック1発で人間ひとりを確実にあの世に送る威力を秘めている。ヤバかった! 今のは本当に危険だったぞ!)


 だが重徳がその剛腕フックを避けたことが梓の怒りの炎にますます油を注いでいる。



「四條、貴様は女子の胸を鷲掴みにするとはいい根性をしているな! その忌まわしい腕の骨と指を全部バキバキに折ってやるから素直に差し出せ!」


「二宮さん、今のは事故ですからどうか気を静めてください」


(本気だぞ! あの二宮さんの目は絶対に本気で俺の腕を折ろうとしている。正直今まで感じた経験のない恐怖で身が竦む思いだ。ここは何とかそのお怒りを静めてもらわないと血の雨が降りそうな予感しかしない。ただし俺の言い分としては鷲掴みする程のサイズではなかったと声を大にして主張したい。精々ミニアンパンぐらいだったからこそ俺の手の平にスッポリと収まったのだ。ブラのサイズは間違いなくAカップか、思いっきり背伸びしてBだな。でもこれは口が裂けても声には出せない)


 こんな非常事態に梓のブラのカップ数を想定するのはいかがなものだろうか。そんな重徳をよそに仁王立ちで睨み付ける梓の眼光はますます強まるばかり。こんな緊張したタイミングで…



「ノリ君、私以外の女の子に気安く触れるのは絶対にダメーー!」


(歩美さん、今はそんなことを議論している場合ではないです! どうか話をややこしくしないでください。お願いですから)


 重徳は今にも泣き出しそうな情けない表情。前門の梓と後門の歩美に挟まれてにっちもさっちも行かない状況。さらに追い打ちをかけるべく…



「師匠、ナイスなラッキースケベッス!」


「四條はまるで狙ったかように的確にターゲットを捉えるんだね」


(義人とロリ長! お前たちは完全に事の成り行きを面白がっているだろう。特に義人、お前はあとで必ず殺す!)


 八つ当たり気味の重徳だが、ついに般若が言葉を発する。



「さて、四條、いよいよ覚悟を決める時が来たぞ。その場に直れ!」


「二宮さん、すみませんでした」


 重徳は芝生に膝をついて潔く土下座をキメる。彼の父親直伝の女性の怒りを静める際には有効な唯一のスキル。誠心誠意お詫びの気持ちを込めて重徳は地面に頭を擦り付ける以外すでに残された手段はない。追い詰められて牙を突き立てられるのを待つばかりの哀れな小動物状態。



「梓ちゃん、ノリ君もわざとやった訳ではないですし、どうか許してやあげてください」


「まったく歩美は四條に甘すぎるぞ。こんな女子の敵は徹底的に思い知らせるべきだろう」


「こうしてノリ君も反省していますから、二度とこんな真似はしませんよね。ねえ、ノリ君」


(歩美さん、ナイスアシストです! ちょっとだけ二宮さんの眉間の皺の数が減っているぞ。その調子でもっとフォローしてください。どうかお願いいたします。ただ俺に念を押すように名前を呼ぶ時の目が笑っていないのは気のせいだろうか?)



「チッ、仕方がないな。今回だけは歩美に免じて食堂のパフェで手を打ってやる。次はないから心して反省しろ!」


「寛大な二宮さんのお気持ちに感謝します」


「ノリ君、二度とこんなマネをしないでくださいね。私との約束ですよ」


(良かった… パフェで二宮さんの怒りが収まるならば安いもんだ。ぜひとも俺におごらせてください。そして相変わらず歩美さんの目が笑っていない。なんだか背筋に寒気が走ってならないんだが…)


 こうして梓に許しを得て、何とか重徳は立ち上がることを許可される。当然ながら重徳を庇った歩美の表情は複雑なまま。とはいえひと安心の重徳は…


(本当に良かったよ。たとえ偶然であっても二宮さんにはこの手のセクハラ行為は厳禁だな。それにしても理不尽な女性の怒り程恐ろしいものはない。大元の原因は二宮さんが掌打の回数を間違えたことにあるんだけど…)


 重徳としては弁解の余地があるというのに、彼の抗弁など一顧だにしない態度の梓。立ち尽くしたままの重徳には見向きもせずに歩美に声を掛ける。



「歩美、こんなセクハラ男の近くでは安心して実習が出来ない。しばらくは少し離れた場所で歩美に剣の手解きをしよう」


「わかりました」


 こうして二人は重徳からタップリと距離を取って剣の素振りを開始。ずいぶん警戒されたものだ。そしてようやく梓の怒りから解放された彼の元には、完全に部外者の立場を気取っていた義人とロリ長がやって来る。



「どうやったら師匠のようにオイシイ思いが出来るのか知りたいッス」


「義人、本気で自分の命を懸ける覚悟があるのならいくらでも教えてやるぞ」


「やっぱり自分にはまだ早いッス。もっと修業を積んでから教えてほしいッス」


「遠慮するな! これから俺がお前の腕を掴んで二宮さんの前に連れて行く。そのままあの人の胸に押し当ててやるから好きなだけ触ってこい」


「師匠、それは絶対に無理ッス! リアルに殺されるッス!」


(このタワケ者が! 俺はリアルに死にそうな目に遭ったばかりなんだぞ。お前も師を見習って命を懸けてこい)


 義人が掴まれた腕を無理やり梓の胸に押し当てられる場面を想像してガクブルしているところに、横からロリ長の冷静な指摘が飛ぶ。



「四條、多分その方法だと二宮さんの怒りの鉾先は確実に君に向かうよ」


「デスヨネー」


(うん、実は俺もそうなんじゃないかと思っていた。この場はひとまずロリ長の意見を採用しておこう。義人よ、「好奇心はネコをも殺す」という諺があるくらいだ。興味本位で二宮さん相手に「ラッキースケベを楽しんでみたい」などと口走るなよ。本物の地獄を見るぞ。いいか、これは師匠としてお前にぜひとも伝えておきたい教えだからな)


 掴み掛ろうとした重徳の両腕が下がったのを見て取った義人は、あからさまな安堵の表情を浮かべる。



「師匠、危うくパンドラの箱が開きかけたッス」


「よかったな、義人。最後に残った希望は外に出てこないままだったぞ」


「絶対に不用意な発言をしないと心に誓ったッス」


「シッ、声が大きい。二宮さんに聞こえたら騒ぎが再燃するだろうが」


 重徳がチラリと梓のほうを窺うと、ちょうど歩美に上段からの振り下ろしを教えている最中でこちらの声は届いてない模様。ちなみに必死に剣を振っている歩美だが、まだ20回も素振りをしていないにも拘らず、すでに腕が上がらなくなっている。



「四條は何かするたびに騒ぎを起こすな。外野として見ている方は面白いけど。さて、それよりも気分転換を兼ねて僕と打ち合いをしてみないか」


「信長、お前もいつか女子にギタギタにされる日が来たらクラッカーを鳴らして盛大に祝ってやるから覚えていやがれ! それよりも立ち会ってやるからこのモヤモヤした気分を晴らす意味で先にお前を殴らせろ!」


「四條が尋常な手段を用いるなら構わないよ。それじゃあひと勝負しようか」


 重徳は木刀を、ロリ長は木剣を手に互いに構えを取る。いきなり打ち掛かって来たのはロリ長の方。


(こいつは俺に殴らせようという気なんか絶対にないぞ。いつもののらりくらりではなくてビシビシと鋭い剣捌きを見せながら俺に向かってくる。チクショウめ! 俺の素人に毛が生えた程度の剣技では、受け止めるだけで精一杯じゃないか)



「四條、早くその木刀で僕を殴って見せてくれ」


「今から反撃に移るから待っていろ!」


 口ではそう言ってみるものの、ロリ長の剣に圧倒されて重徳としてはまったく反撃の糸口が見つからない。こうなったら東堂先輩の時のように木刀を手放してしまおうなどと考えてみる。だがその時、重徳の右足が芝生のわずかなデコボコに取られて微妙にバランスを崩し掛ける。



「隙あり!」


「しまった!」


 そこに見計らったかのようなロリ長の横薙ぎが飛ぶ。重徳は不十分な体勢でその剣を受け止めようとするが、ロリ長の剣はその努力を嘲笑うかの如くに彼の体を吹き飛ばす。


 ゴロゴロと地面を転がりながら少しずつ勢いを殺してようやく停止した体を起こそうと伸ばした重徳の手に何か触れる手応えがある。四條流では「たとえ小枝でも手に触れる物があれば掴まって立て!」と教えられる。無意識にそこに掴まるような感じで重徳は体を引き起こそうと力をこめると、なんだかスルリと滑り落ちるような感触が伝わる。そして彼が顔を上げた先には…



 梓のお尻があった。どうやら重徳が掴まって体を引き起こそうとしたのは、彼女のジャージの膝の裏側の部分だったよう。そして下から引っ張られたジャージは太ももの辺りまで摺り下げられて、パステルカラーのパンツを穿いた梓のこれまた小ぶりなお尻が朝方の太陽の光を浴びて眩しく輝いている。


(これはまた神々しい光景を拝見いたしました。ありがとうございます)


 重徳たちは梓がいた場所から十分離れていたはず。だがロリ長の剣に押されてジリジリと後退しながら接近して、最後の横薙ぎで吹き飛ばされてこうしていつの間にか手が届く距離に到達したらしい。


(ああ、なんだかいい眺めだなぁ~… って、そんなことはどうでもいいだろうが! 何をお気楽に鑑賞しているんだ。そんな場合じゃないだろう!)



 慌てて手を放すが、梓が自分の手でジャージをたくし上げるまで彼女のパンツは約3秒間白日の下に晒される。そして先程とは比較にならない形相で梓が重徳を睨み付けてくる。これはもう覚悟を決める時が来たよう。



「この変態セクハラ野郎! 素直にその首を差し出せ!」


 こうして重徳は右目の周囲に青痣をこしらえて、その後に歩美も加わった大説教大会を彼女たちが納得するまで食らう羽目に陥る。しかし淡い水色とピンクのグラデーションになっている梓のパンツが重徳の脳内メモリーにしっかりと記録されたのは言うまでもなかった。

💋



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



度重なる重徳のセクハラ被害に遭う梓。偶然にしてもこれだけ重なるとさぞかしご立腹のはず。しかも横で見ている歩美はなんだか複雑な感情のよう。このまま平穏に事が済むのか…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白い」「続きが早く読みたい」「ロリ長ファンの女子がどのような子なのか気になる」


などと感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 


8月16日現在この作品は現代ファンタジー日間ランキング60位、週間ランキング69位に入っております。ここまでの皆様のご支援に深く感謝いたします。多くの方々にこの作品に目を通していただきたいので、ひとつでも上位を目指して頑張って投稿したいと思っております。


ランキングベスト50まであと一息、ここから先は読書の皆様のご協力を心からお待ち申し上げます。


なお同時に掲載中の【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】もお時間がありましたらご覧ください。こちらは同じ学園モノとはいえややハードテイストとなっております。存分にバトルシーンがちりばめられておりますので、楽しんでいただける内容となっております。







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