第45話 重徳の現場実習


 歩美の父が精神攻撃でならず者たちを片付けてからまったく何事もなかったような表情で応接間に戻ってくる。



「大丈夫だったんですか?」


 その風貌からしてとても荒事に慣れていないような緑斎を心配したのか思わず重徳が声を掛けるが、当の緑斎は実に淡々としたもの。



「ああ、この程度のことは慣れているからね。それよりも歩美を助けてもらって感謝するよ。年頃の娘を持つ父親としては少々複雑だが、四條君のような頼もしい存在が娘の傍にいてくれるのは心強い」


「腕っ節しか自信がないものですから、このようなことでしか役に立てなくて申し訳ありません」


「いやいや、そんなに謙遜しなくていいよ。四條君だったらこれから先も娘を守ってくれるだろう。どうかよろしく頼む」


「もちろん全力を尽くします」


 こんな感じで和やかな雰囲気を取り戻した会話が交わされていく。ここで二人のやり取りをニコニコしながら聞いていた歩美が…



「ノリ君、事件のせいですっかり忘れていました。どうかヌシサマに会ってください」


「ああ、そうだった。今日はあのネコに会いに来たんだっけ」


 ようやく肝心な用件を思い出したかのような重徳。そんな二人の間の空気を読んだのか、緑斎は「用件があるから」と言い残して応接間を出ていく。



「ノリ君、こちらに来てもらえますか。縁側で待っているとヌシサマはいつの間にか姿を現すんです」


「そうなんだ。それじゃあちょっと待っていようか」


 ということで居住区の縁側に場所を移して二人で待っていると、どこからともなく…


 ニャー


 重徳と歩美が声の方向に顔を向けると、まるでその場に突然姿を現したかのように真っ白なネコがこちらを向いて佇んでいる。



「まあ、ヌシサマったらいつでも突然現れるからビックリします」


「全然気づかなかったけど、一体どこにいたんだ?」


 重徳に気配すら感じさせないままにどこからともなく姿を現すとは、この白ネコは中々やりおる。



「ヌシサマ、こっちに来てもらえますか?」


 ニャー


 本当に歩美の言葉を理解しているようで、白猫はひと鳴きすると身軽に縁側に飛び乗ってくる。そのまま歩美に体を擦り付けるように甘えてから、今度は重徳の姿を上から下までジッと観察しているかの態度。


 ニャー


 お眼鏡に適ったのかどうかはまったくわからないままだが、白ネコは一声鳴くと重徳には興味を失ったように歩美の隣で体を丸めてそのまま昼寝を始める。なんだかネコに相手にもされていないような疎外感を感じる重徳。



「ヌシサマ、ノリ君は公園で一度で会っていますよね。覚えていませんか?」


 まるで返事がない。白猫にしてみれば飼い主でもなんでもない重徳の存在などどうでもいいかのよう。


 結局この日はヌシサマは重徳に対して一度も心を開くことなく終始歩美の隣で寝そべるだけ。そのうちに日も暮れかかってくる。



「それじゃあ、今日はそろそろ帰るから」


「せっかく来てもらったのに、ノリ君にヌシサマの可愛いところを見てもらえなくてとっても残念です」


 歩美は本当に残念そうな表情を浮かべているが、ネコの気紛れを人の力でどうにかすることなど出来るはずもなく諦め顔。重徳を見送るべく立ち上がると、それにつられるようにしてヌシサマもスッと立ち上がる。


 歩美が玄関に重徳を誘導すると、今までまったく興味を示さなかったヌシサマは二人のあとをトコトコついてくる。どうやら客人を見送る最低限の配慮はあるらしい。


 するとそこに歩美の父親アゲイン。その手には小さな紙切れが…



「四條君、申し訳ないけどこの札を例の高山という生徒の背中に張り付けてもらえないかな。軽く押し付けるだけでくっつくから」


「いいですけど、もしかして呪いのお札とかじゃないですよね」


「呪いは掛かっていないよ。まあいってみれば監視用とでも説明すればいいのかな」


 さすがは日本最強の術者。ほんの短い時間に高山の動向を監視する呪符を作っていたらしい。手の平サイズの和紙に細かい文字や記号がビッシリ描かれている。もちろんその内容など重徳にわかるはずもない。サッと見た感じでも陰陽道の秘術に当たるレベルの術式が書き込まれているとしても文句のつけようがない精巧な呪符が重徳の手元に渡る。



「わかりました。明日ちょっと釘を刺すついでに背中に張り付けてやります」


 重徳は呪符を受け取ってリュックに仕舞い込む。そのまま歩美宅を辞すると駅に向かって歩きだす。ちなみに重徳が帰る頃には境内でノビていた男たちの姿はすっかり見当たらなくなっている。息を吹き返して自分で歩いて帰ったのか、それとも仲間が助け出したのかどうかは定かではない。






   ◇◇◇◇◇






 自宅に戻った重徳はリュックを自室に置くと取る物も取り敢えず居間に向かう。そこにはジジイとばあ様がのんびりとお茶を飲んでいる平和でのどかな光景が。さっそく本日の出来事をジジイに報告する重徳。

 


「ジイさん、今日出掛けた先でヤ〇ザに襲われたんだ」


 重徳の一言で今までのノンビリした空気が一変。ジジイの目がやけにギラギラ輝いている。婆様のほうはといえば、心配ひとつする様子もなく「あらあら」などと小声で呟くだけ。



「ワシの孫に手を出すとは中々いい度胸をしておるわい。して、どこぞの組の仕業かわかっておるのか?」


「ああ、相手は横浜を縄張りにしている組らしい」


 重徳が名刺を手に取ってジジイに手渡すと、しげしげと眺めるジジイ。



「ふむ、地元の連中ではないのか。横浜の木っ端ヤ〇ザごときが四條流に手を出すとは実にアッパレな心根。かくなる上は婆さんや、木津原に電話してもらえるかのぅ」


「またですか、おジイさん。あちらもさぞかしご迷惑でしょうねぇ~」


 といいつつも、家電の子機を手に取ってメモリーに入った番号をプッシュ。そのまま子機をジジイに手渡している。呼び出し音に続いて相手の緊張して上ずった声が子機から伝わってくる。



「ご、ご隠居、何の御用でしょうか」


「急で悪いんじゃが、明日の午後横浜の港南昇竜会の本部まで連れていってもらえるかのぅ」


「ま、まさか殴り込みですかい?」


「何を物騒な話をしておる。大人の話し合いじゃよ」


「承知いたしました。ですがくれぐれもウチの組は関わりがないように配慮してもらえますかい。下手を打つと組同士の抗争に発展するかもしれませんので」


「その点は心配はいらんわい。明日にはあちらの組は跡形もなくなっておるわい」


「わ、わかりやした。では明日の1時半にお迎えに参りやす」


「うむ、頼んだぞい」


 こうして通話が終わる。会話の様子でジジイの話し相手の素性が薄々わかったとは思うが、以前ジジイにコテンパンに叩きのめされた地元のヤ〇ザの組長で間違いない。今やジジイのパシリとでもいうべき存在になり果てているのは本人の名誉のためにナイショにしておこう。


 ここまで話が終わったら、ジジイはおもむろに重徳に向き直る。



「重徳、明日は昼で学校を早退せい」


「えっ、俺も一緒に行かなきゃならないのか?」


 ジジイに報告すれば自分の出番はお仕舞と安心しきっていた重徳は、突然話を振られて手にしていた湯飲みをとり落とす勢いで慌てている。



「当たり前のことをわざわざ聞くでない。そなたが襲われたとあらば、そなたが出向かないでどうする」


「仕方がないなぁ~。それじゃあ、明日は昼メシを食ったら帰ってくるよ」


 ここで断らないのがいかにも重徳らしい。過去にも何度かジジイに連れられてヤ〇ザの事務所にお邪魔しておるのもあって、特に怖いとかヤバそうといった感情は浮かんでこないらしい。


 ということで明日は午後からジジイと共に横浜の港南昇竜会の本部に社会見学に出掛けることになる重徳であった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日、教室に入っていくと突然向けられる憎しみがこもった視線に気が付く重徳。視線の主はもちろん高山義和。重徳がツカツカと彼のいる方向に足を向けると、一抹の気まずさを覚えるのか義和は目を逸らす。



「よう、元気か?」


 その背中にポンと手を置いた重徳。もちろん昨日緑斎から頼まれた呪符がその手の平に隠されているのは言うまでもない。不思議なことに例の呪符は義和の背中に張り付くと一瞬で透明になって、一見しただけでは存在すら視認できなくなっている。


 教室に入るなり自分のいる場所に一直線にやってきた重徳を義和は忌々しげな眼で見ながら…



「朝から何の用だ?」


「ほう、これまたずいぶんなモノの言いようだな。昨日は色々と世話になったんだけど、もう忘れたのか?」


「俺は何も聞いていない。一体何の話だ?」


「ずいぶんとトボケるのが上手いな。まあいい、これ以上下手なマネをするなよ。俺たちに手出ししたらお前の実家がヤ〇ザの組長だって全校に言いふらすぞ」


「な、なんでそれを知っているんだ?」


 どうやら義和にとっては自分の身元が重徳に割れているなどという出来事は青天の霹靂らしい。今までは常に安全な場所から父親や兄の力を使って周囲を意のままに操っていただけに、自分の身元が知られるのは非常に不味い事態だとわかっているよう。



「まあ、もうしばらくは大人しくしていろよ。俺からの忠告だ」


 それだけ言い残して重徳は去っていく。あのジジイが動き出す以上今日の午後には義和のバックにあるヤ〇ザ組織など跡形もなく消え去ってしまうのだから、それまでこいつを大人しくさせておけば問題の粗方は片付く。


 そんなことを知らない義和は悔しい思いを噛み殺して重徳に対する憎悪をますます募らせていくのであった。






   ◇◇◇◇◇






「ノリ君が早退なんてとっても寂しいです」


「色々と用件があってジイさんから呼び出されているんだ」


 昼食が終わって帰り支度をしている重徳の隣に歩美がへばりついている。重徳はジジイからの呼び出しだと言って誤魔化しているが、今からどこに出掛けるのかなどといった具体的な内容は口が裂けても彼女には打ち明けられない。仮に事実がバレたりしようものなら、歩美は重徳の体にしがみ付いてでも止めるだろう。


 だが今回重徳が動くのは何もジジイに呼ばれたためだけではない。あれから自分の部屋でしばし考えて彼はとある重大な点に気が付いている。それは昨日の襲撃は歩美も同時に狙われたという許しがたい事実にある。この先彼女の身を守る意味でも禍根は根元から断つという強い意志をもって重徳は此度のカチコミに出向く覚悟を決めている。






   ◇◇◇◇◇






 何とか歩美を振り切って自宅に戻った重徳。しばらくすると門の正面にやってきた黒塗りの高級セダンに乗り込んで一路横浜へ。車内では誰も言葉を発しようとはせずに沈黙の時間が流れる。


 やがて高級セダンは山手の閑静な住宅街の一角にある驚くほど広大な敷地に囲まれた邸宅の手前で停車。



「ご隠居、こちらが港南昇竜会の本部でさぁ」


「さようか、小一時間で片付けるゆえ帰りも頼んだぞい」


「承知いたしました。離れた場所で様子を窺っておりやす」


 という遣り取りのあとで重徳とジジイがセダンから下車。そのまま立派な門に向かおうとする重徳だが、その肩をジジイが掴んで引き留める。



「ジイさん、どうしたんだ?」


「重徳、此度のケンカはそなた自身で解決するがよかろう。ワシは後ろから見ているだけにするわい」


「別にいいぞ。ジイさんが暴れない分死人が出る心配がないから、俺としては逆にありがたい」


「ふむ、子供だと思っておったが、いつの間にか言うようになったのぅ」


 ジジイにしては珍しく相好を崩している。この化け物のようなジジイであっても、やはり孫の成長は何よりも嬉しいのだろう。


 ちなみに港南昇竜会の本部は周囲を高い塀で取り囲まれており、塀の上には有刺鉄線と監視カメラが据え付けてある。門の前には表札の類は一切なく、一見しただけで怪しさ満点ではあるが表面からは誰の屋敷なのか窺いようがない。



「それじゃあ、まずは平和に始めるか」


 などと意味不明な供述をしつつインターフォンを押す重徳。ややあって応えが返ってくる。



「はい、どちら様でしょうか?」


 聞こえてくるのはヤ〇ザの本部にしては似つかわしくない若い女性の声。だが重徳は相手が誰であろうと最初からケンカ腰。



「港南昇竜会にカチコミに来てやったぜ。1分以内に門を開けろ。いいか、キッカリ1分だ。それ以上待たせたら実力で押し入る」


 重徳がそれだけ告げると、インターフォンはガチャ切りされる。たちの悪いイタズラだろうと判断されたらしい。



「1分経過」


 重徳が小声で呟くと、彼は正門の脇に設けられた通用口に向かう。一応ドアに取り付けてあるノブを回して押してみるが、通用口はピクリとも動かない。


「ハッ」


 ということで歩美の結界を崩した物体の表面を破壊する波動をお見舞いすると、値の張りそうな一枚板で設えてあるドアのあちこちにヒビが入る。そのヒビに沿ってちょっとだけ力を込めて蹴飛ばすと、呆気なく通用門には大穴が開く。



「まだ人が通るにはちょっと邪魔だな~」


 ということでもう2回立て続けにケリを入れると、かつてドアだった物体は板の切れ端レベルにまで粉砕される。当然これだけの破壊行為を行っていれば屋敷の内部に音が響く。重徳とジジイが通用口を潜ってかなりの広さのある庭に入り込んだタイミングで屋敷の内部から人相の悪い若い衆がゾロゾロ集結。



「テメーら、ここをどこだと思っていやがる」


「舐めたマネしやがってただじゃ済まねぇぞ」


「おい、こいつらをとっ捕まえろ」


 ありきたりな脅し文句を重徳とジジイ叩き付けてくる若い衆。だがジジイはもとより重徳も臆病風に吹かれる様子を見せない。それどころか…


 シュッ、シュッ、シュッ


 重徳を捕まえに来た三人の男をあっという間に地面に叩き付けている。あまりに重徳の投げ技のタイミングが早すぎてゾロゾロ居並ぶ若い衆たちには何が起こったのか理解されないまま、気が付けば飛び掛かった男たちが背中や腰を強打して地面で呻いている状態。



「ヤロー、一体何しやがった」


「タダじゃおかねえぞ」


 口先では威勢がいいのだが、重徳からするとテンで実力が伴っていない。入門してまだ日が浅い義人やカレンでも楽に相手をできるレベルにしか感じられない。正確にはもうちょっと歯応えがある相手だったはずなのだが、重徳のレベルが上がりすぎてしまったせいでこのように感じてしまうのかもしれない。


 その後も血気にはやった順番で男たちは重徳を触れることすら叶わずに地面に叩き伏せられていく。約半数が転がされた時点で残りの連中の表情が変わる。



「コイツはかなりヤベ―ぞ」


「ヤッパを使え」


「鉄パイプもだ」


 懐からドスを取り出したり、屋敷の床下に隠してある鉄パイプを取り出す男たち。だがたとえ武器を手にしようが、今の重徳に対しては所詮蟷螂之斧に過ぎない。むしろゴブリンソルジャーのほうがまだマシ程度。あっという間に庭に出てきた二十人ほどの男たちが返り討ちに遭っている。そこに…



「ヤロー共、ちょっとは静かにしねえか」


 庭中に迫力のある怒声が響く。声の主のほうを見ると、そこには中年に差し掛かった相当な修羅場を踏み越えてきたであろうひとりの男が立っている。やっとまともな幹部らしき人物の登場に、重徳は少しだけ体の力を抜いて話し掛ける。



「港南昇竜会の幹部か?」


「若頭の高山だ」


「ああ、ウチのクラスのアホ勇者の兄貴ってわけだな」


 昨日緑斎から聞いた情報が重徳にとっては大いに役に立っている。対して若頭を名乗った男は重徳を胡散臭そうな目で見つめる。



「おい、そこのガキ。今のはどういう意味だ?」


「話の分からないアホ兄貴だな~。お前のアホ弟のせいで昨日この組の連中に襲われて迷惑を被ったから、わざわざ礼を言いに来てやったんだ」


「なるほど、わかったぜ。ということはテメーが弟と同じクラスの四條とかいうガキか。いい度胸をしていやがるな。ホンモノのヤ〇ザにケンカを吹っ掛けたんだ。それなりの覚悟はあるんだろうな」


「覚悟も何も、もうお前の手下は仲良く地面に寝転んで誰も立ち上がってこないぞ」


「これだからガキっていうのはモノを知らねえんだよ。テメーが少々強くてもテメーの家族や周囲の人間が痛い目に遭うのを止められるのか?」


「はぁ~、ヤクザの手口を知らずにわざわざ本部まで出向くはずないだろうが。そういうのも全部まとめて話を付けに来てやったんだから、もうちょっと丁重にもてなせよ」


「精一杯もてなしているぜ。さて、話を付けようっていうんだったらテメーが壊した車の修理代とケガをした連中の治療費一切合切で1億円持ってこい。話はそれからだぜ」


「最初に手を出したほうが車の修理代と治療費の請求か。ずいぶん都合のいい出来の頭だな。一度医者で診てもらった方がいいんじゃないのか?」


「テメー、ガキだと思って言わせておけば」


 怒りが限界に達した若頭は懐から何かを取り出そうとしている。それは一般的には「トカレフ」と呼ばれている金属製の黒い物体。だが…



「待て」


 そんな若頭の暴発を止める声が庭に響く。新たな声の主は港南昇竜会の会長の相違ない。会長は重徳とその背後に腕組みをして立っているジジイを姿をしげしげと見遣る。その瞬間、脳裏に今から五十年前の悪夢が蘇る。


 そう、それは港南昇竜会の会長が若かりし頃、当時隆盛を極めていた暴走族横浜道化師を率いて県内の各チームを制圧し続けていた。強敵だった川崎ドラゴンをシメて湘南地区や県北を手中に収め、あと一息で県内制圧という時に伊勢原に途轍もなく強い男がいると聞き付ける。自分のチームのメンバーを招集してバイク五十台を連ねて殴り込みをかけた先に待っていたのは若かりし頃のジジイ。1対50という圧倒的に数では勝っていたものの、たったひとりに手も足も出ずに死にそうな目に遭った。今まで長い時間心の奥底に封印されていたあの時のトラウマが、ジジイの顔を見た途端に会長の心の中に思いっきり蘇っている。



「伊〇原工業の四條さん、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 会長は重徳を通り越してジジイの足元にスライディング土下座。その様子からして当時のジジイに根元から心をポッキリへし折られて二度とこの人に逆らうまいと誓ったのだろう。


 その若かりし頃の悪夢の象徴が突然自分の屋敷に殴り込んできたとあらば、もうこれは土下座も已む無し。



「ふむ、確かに50年ほど昔にかような二つ名で呼ばれておった記憶もあるが、そなたの顔などひとつも覚えておらぬわい」


 会長にとっては死ぬような悪夢であっても、ジジイにとってはありふれた日常の戦いのほんの一幕に過ぎないよう。ちょっと双方の温度差がヒドすぎやしないだろうか?



「こ、この度はウチの者が粗相をいたしまして申し訳ございませんでした。二度と四條さんには手出しいたしませんので、どうか平にご容赦くださいませ」


 組織のトップが土下座をしている以上、若頭や他の若い衆も慌てて起き上がりジジイに土下座を敢行。さすがは上の者の命令が絶対の暴力組織だけのことはある。


 ということで、これ以上手荒なマネをしなくて済んだ重徳も一応は胸を撫で下ろしている。ただこれだけで手打ちにするのはいささかいただけないので、ここからは話し合いという名の恐喝の時間が始まる。



「会長さん、今回の事件はお前のセガレの勇者が組員を使って俺たちを襲ったのが事の発端だ。その点を認めるか?」


「おい、那義。お前が今回の件に関わっているのか?」


「親父、申し訳ねえ。義和から頼まれてそちらの坊ちゃんと女を攫おうとしたんだ」


 若頭が白状したので、この件に関する責任の所在が明確になる。会長としては自分たちの非を認めざるを得ない。



「大変申しわけありませんでした。手前共の不始末から起こった事件です。お詫びのしようも御座いません」


「そうか、認めるんだな。だったら話が早いな。四條家と御中神社宛に侘び状を差し入れてもらいたい。それからさっきそこの若頭が『詫びを入れるなら1億円が…』どうとか言っていたな~」


 やけに含みのある物言いをする重徳。これはヤ〇ザの皆さんが盛んに用いる「誠意をみせろ」というフレーズに近い。



「わかりました。ただいま詫び状を用意いたします。その間お二方は応接間でお待ちください」


 ということで重徳とジジイが豪華な応接間に通される。待つことしばし、会長がやってきてソファーにドカッと腰掛けるジジイと重徳の前で再度土下座。そして恭しく詫び状を差し出しつつ、同時にやってきて同じく土下座をしてる若頭が風呂敷包みを差し出してくる。重徳がそっと中身を確認すると、帯封付きの百万円の束が合計20。遠慮なく重徳は風呂敷ごとリュックに仕込んだマジックバッグの中に仕舞い込む。ちょうど御中神社は春の例大祭を控えているので、こういった大口の寄進は歓迎してくれるはず。


 といった感じで、今回は大した怪我人も出ずにことが無事に収まる。だがこの件は運転手役を務めた木津原の口から尾ヒレがついて広まって港南昇竜会は同業者の間でド派手に面目をなくし、その結果として大きく勢力を縮小することと相成るのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



重徳とジジイが乗り込んでちょっとだけ実力行使。その結果呆気なく港南昇竜会は二人の前にひれ伏しました。残るは高山義和のみ。果たして彼の行く末に待っている運命は…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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