第53話 事情聴取


 魔族をあっさり成敗した四條流一行は転移魔法陣で1階層に戻ってくる。そこには千体ほどの新たに生み出されたゴブリンが群れをなしていたが、ジジイの手によってきれいさっぱり駆除されて今回の騒動は幕を閉じる。


 そのままゲートをくぐって管理事務所に戻ると、時刻はとうに昼を過ぎている。先頭を歩いて管理事務所に戻ってきた重徳に待機していた自衛隊の隊長が駆け寄ってくる。



「よくご無事で。それで内部はどうなっていますか?」


「ゴブリンはもういません。1階層は通常通りに戻りました。それから根本的な原因を突き止めて取り除きましたので、もう大量発生の心配はありません」


「えっ、それは一体どういうことなんですか?」


 隊長の頭の上に大量の???が浮かぶのも無理もないだろう。1階層を埋め尽くすように大量発生したゴブリンがわずか数時間で消え去ったと聞いてそのまま信じる人間はいない。ましてや警備が目的でダンジョンに派遣されている自衛隊員なら尚更。



「それじゃあ一緒に確認しに行きましょう」


 ということで重徳は隊長が率いる小隊を連れてダンジョンの内部に舞い戻っていく。ちなみにジジイと門弟は話をややこしくしないうちに道場に戻らせている。門弟たちはまだしもあのジジイがいると何を口走るかわかったものではない。


 ということでゴブリンの姿がすっかり消えたフロアーにやってきた自衛隊の皆さん。



「ほ、本当にゴブリンがいない」


「通路を埋め尽くしていたはずなのに…」


「どんな魔法を使ったんだ?」


 驚きの声をあげる隊員たちに向かって重徳は胸を張って…



「魔法は使っていません。全部物理で倒しました」


 そういう意味じゃない… 物理を強調してドヤ顔をする重徳に、いかにも隊長が突っ込みたそうな顔をしている。ちなみに重徳はまったくボケているつもりはない。至極真面目に答えている。



「ゴブリンが消え去ったのは確かに確認した。それでは改めて事務所に戻って討伐の様子を詳しく聞きたいんだが、時間は大丈夫かね?」


「大丈夫ですが、まだ昼メシを食べていないのでその後でいいですか?」


「了解した」


 ということで重徳は管理事務所の飲食コーナーに向かう。彼が食事をしている間に隊長が事件解決の報告をもたらしたおかげで、政府と自衛隊のお偉いさんまで大山ダンジョンにやってくることになったよう。重徳としては簡単に終わると踏んでいた事情聴取が、どうやらより本格的に行われる方向で話が進んでいる。



 こうして重徳が食事をする間に各方面から偉い人たちが大勢集められて、ミーティングルームに顔を揃える。どうやらこの御一同は近くに在る伊勢原駐屯地で待機していたらしい。そこに何も知らされていない重徳が管理事務所の係員さんに案内されて入室。



「ゲッ、何なんですか、この物々しい雰囲気は?」


「四條君だね。いい大人が大勢集まっているから驚かせてしまったようだ。私たちは政府や自衛隊の関係者。今回の事態を政府の上層部でも重く受け止めていてね。だからこうして君から直接話を訊かせてもらおうと集まったんだ。あまり硬くならずに君がダンジョンで見聞きした出来事をありのままに話してもらいたい」


 この場を取り仕切る男性の説明で、重徳にもおおよその事情が理解できた模様。とはいえこんなに大勢のお偉方に取り囲まれてしまうと、いくら重徳でも平常心を保つのは中々難しい。



「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げると、用意された椅子に腰を下ろす。この時重徳の頭の中では…


(マイッタな~ 一体どこから何を話せばいいんだろう? ちょっとこの場は高校生には荷が重すぎやしませんか?)


 このように考えていても不思議ではないだろう。ということで細かい説明が苦手な重徳は思い切って最も核心部分をいきなり開示しようと心に決める。



「まずはこれを見てもらえますか。俺たちが4階層で発見したモノです」


 重徳はポケットから携帯を取り出して先程写メった内容を画面に開く。ガラケーの小さな画面を大人たちが額を寄せ合って見つめるが、表示される画面が小さすぎて今ひとつ判別できない。



「四條君、パソコンに繋いで画面を拡大してもいいかね?」


「はい、どうぞ」


 ということでミーティングルームにパソコンと大型モニターが持ち込まれて重徳の携帯と接続完了。



「十字キーをクリックすると次の写真が出てきますから」


 携帯の操作は自衛隊員にお任せ状態の重徳。現在大型モニターには重徳が最初に写メった場面… 20名以上の怪しげな集団が巨大な魔石からゴブリンを生み出す儀式を執り行っている光景が映し出されている。



「この集団は何者なんだ?」


「人間に見えなくもないですが、やや遠目なのではっきりとは判別できませんなぁ~」


 結構年季が入ったガラケーで撮影しているので、小さく映っている写真は解像度の関係もあってもうひとつ姿がハッキリと判別できないよう。ここで重徳が…



「次の写真からもっと大写しになっています」


「そうかね。じゃあ次の写真を出してもらえるか」


 携帯を操作する自衛隊員が十字キーを押す。そして画面に表示されたのは重徳と歩美が公園でキャッキャフフフする絵面。



「違ぁぁぁぁぁう! 反対側のキーを押してください」


 重徳の顔は真っ赤。まさかこんな場所で公開処刑同然に歩美との初デートをお披露目されるとは夢にも思っていなかった。自衛隊員さん、ナイスキラーパス! 重徳のライフはこの瞬間限りなくゼロに近づいている。これはもう黒歴史確定だろう。


 室内に充満するホッとした空気と重徳に集まる生暖かい視線。それもほんのわずかの間でしかなかった。重徳たちによって床に転がされた兵士の姿がモニターに映し出されると室内は騒然となる。



「こ、これは…」


「少なくとも地球上の人間ではない」


「本当にこれが伝承通り魔族なのか?」


「やはりダンジョンによって異世界と繋がっていたというわけか」


 出席者からは驚きと同時にある種の納得めいた意見が噴出する。どうやら政府側としては何かしら別の方向から魔族の存在を認識する証拠でも掴んでいるのだろうか?


 一通りの意見が出尽くして室内が静まったタイミングで重徳が口を開く。



「この写真に写っている存在が魔族かどうかは自分にはわかりません。ただしコイツらは自分たちを発見すると魔法で攻撃してきましたので、魔族の可能性があるというのも事実だと思います。とはいえコイツらはすでに全員消え去っています。自分たちが倒した結果、その体はダンジョンに吸収されました。残っているのは携帯に収めた写真と巨大な魔石だけです。両方とも調査が必要ならば提出します」


「それはありがたい。我々も解析を行ってこの集団の正体を突き止めたいんだ」


「え~、そういたしますと、写真が1枚10万円で魔石は500万円になります」


「お金をとるのかい?」


「冒険者は慈善事業ではありません」


「わかったよ、予算のうちから費用を準備するよ。明日までに口座に振り込むから」


「それでは交渉成立ということで。写真はデータを抜いていいです。ただし自分のプライベートには間違っても触れないでください。魔石はデカいので外に出しておきます」


 ということで政府から報酬ゲット。このところ四條流はなんだかんだいって潤っている。一時の財務状況の危機がウソのよう。すべてはダンジョンと高山君のおかげだろう。


 そのまま管理事務所の駐車場にマジックバッグから取り出した魔石をデンと置いて、あとはお任せでそのまま帰宅する重徳であった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日の学園で…


 重徳がギリギリの時間に登校すると、いつもよりもクラス内が閑散としている。どうやら一昨日のショックが尾を引いて、いまだ聖女の半分程度が欠席しているらしい。まあ無理もないだろう。ダンジョンに入った初日に大量のゴブリンという手荒い洗礼を受けたら、ショックを受けない人間のほうが少数派に違いない。半数が出席しているだけでもこの1ヶ月の訓練の成果だと胸を張れるはず。ちなみに歩美も昨日一日大事をとって欠席していた。彼女の場合は霊力が補充されて疲労感が消えれば特に問題はないので、今日は元気に登校している。


 そのまま急ぎ足で重徳が席に向かうと横から声が…



「ノリ君、おはようございます。朝から聖女の皆さんからたくさんお礼を頂いたんですよ」


 歩美の両腕は手紙やら紙袋に入ったちょっとしたお菓子やらで一杯になっている。どうやら歩美が懸命に結界を張って自分たちを守ってくれたことに関して「命の恩人」と感謝しているらしい。その思いはダンジョンに居合わせた全員に共通するのかもしれない。



「それからノリ君の分も預かっていますから。はい、どうぞ!」


 歩美はニッコリしながら重徳に3通の手紙を手渡す。その内容は今まで一般人としてバカにして申し訳なかったという侘びと、一番乗りで救出に来てくれたお礼が丁寧な言葉で綴られている。重徳としては歩美の無事を確認するのが第一で彼女たちは結果的に助ける形となったのだが、こうして感謝されるのは悪い気がしないので黙って受け取ることにする。


 そういえば重徳に集まる聖女たちの視線に明らかな変化が見られる。昨日の朝までは存在を無視するかのような雰囲気に満ちていたのが、今朝は畏怖と感謝の念が綯い交ぜとなった複雑な感情を向けられているよう。それはあれだけ荒れ狂う勢いでゴブリンを片っ端から片付けていけば、感謝はするだろうが同時に恐怖も感じてしまうのは已む無し。


 その後のホームルームではいつもの事務連絡の最後に〔重徳と絶対に目を合わせないマン〕こと担任が忌々しげな目で重徳の名前を呼び上げる。



「四條は生徒指導室にくるように」


 毎度お約束の呼び出し事案が発生。


(いちいち面倒くさいな~。どうせクソ担任のことだから俺がダンジョンに入っている件を問い詰めるつもりだろう。まあいいか、調子に乗るとどうなるか教えてやろう)


 などと重徳がツラツラ考えていると、傍に寄ってきた歩美が心配顔で…



「ノリ君、先生に呼ばれるなんて、やっぱり一昨日の件ですよね。どう答えるつもりなんですか?」


「そんなに気にしなくていいんじゃないかな。人命救助に貢献しているし、適当に事情を聞かれる程度だろうから」


「ノリ君は本当に何があっても動じないんですね」


「担任程度でビビっていたら、魔族の討伐なんかできないからな」


「魔族? 一体何のお話ですか?」


「いや、それはこちらのお話でして…」


「ノリ君、もうこれ以上隠し事はナシですよ。あとでその魔族の件についてもちゃんと教えてください」


「はい、わかりました」


 こうして歩美に色々と問い詰められた重徳は、やや俯き加減で生徒指導室に向かうのだった。






   ◇◇◇◇◇






「失礼します」


 重徳が生徒指導室に入ると、正面にはクマさん先生、横にはクラス担任という配置で二人の教員が腰掛けている。このクラス担任、何があっても重徳とは目を合わせないつもりのよう。



「四條、まあそこに座ってくれ」


 クマさん先生が声を掛ける。最初の頃は強面を前面に押し出していたが、こうして何度も顔を合わせているうちにすっかり腹を割って話せる仲になっている。重徳が席に着くと横合いから担任の声が…



「四條、貴様は学園の規定を破ってダンジョンに入るとはどういうつもりだ。クラス担任としては厳罰を考えているからそのつもりでいるんだな」


 どうやらこのクソ担任は学園の規則を盾に人命救助に貢献した重徳に罰を与えようと企んでいるらしい。こじつけも甚だしいが、クソ担任にとって理由などもはやどうでもいいよう。重箱の隅をつついてでも重徳を罰しようと心に誓っているらしい。これは教育的な指導ではなくてすでに個人的な怨嗟のレベルといっても差し支えないが、このクソ担任は自分の行為は極めて正当なモノだと思い込んでいる節が言葉の端々に伺える。


 だがここでいきなり処罰を口にする担任を止める声が…



「先生、何の事情も聞き取らないうちからいきなり処罰はないでしょう。本人がどのように申し開きをするのかを聞いてからでも遅くないですよ。ましてや今回は多くの生徒の命を救っている。処罰どころか学園を挙げて表彰してもおかしくない案件だと私は個人的に思いますよ」


 重徳は心の中でクマさんを応援している。「クソ担任引っ込め!」これが偽らざる重徳の気持ちで間違いない。だがクソ担任は執拗に食い下がる。何が何でも重徳を処罰に追い込むという妄執に取り憑かれているよう。



「どんな理由がろうとも学園の規則を破ったことには間違いありません。厳重に処罰しなければ学園の秩序が崩れる恐れがあります」


「いやいや先生、ちょっと待ってください。規則っていいますが、7月まで1年生のダンジョン入場を禁じているのは技量が未熟な生徒が魔物と戦ってケガや命を落とす危険を未然に防ぐ意味です。四条のように素晴らしい技量を持った生徒に一概に規則を当て嵌めるのはいかがなものかと思いますよ」


「ですが…」


 ここまで重徳は挨拶でひと言口を開いただけで、以降はクソ担任とクマさんの言い合いになっている。そんな教員側の打ち合わせは前もってやっておけよ… 重徳はやや呆れ顔。いつまでたってもクソ担任とクマさんの論争が終わる様子もないので、重徳はややキツイ口調で声をあげる。



「担任殿、携帯の番号を教えてもらえますか?」


「一体何のつもりだ?」


「担任殿があまりにも頑固なので、とある方面から意見を聞きたいと思いまして」


 重徳の申し出を渋々受けるクソ担任。メモ用紙に番号を記入すると、重徳に放ってくる。メモを受け取った重徳は携帯を取り出してどこかに電話を掛ける。



「あっ、昨日はお世話になりました。四條重徳です」


「ああ、四條君。昨日は本当に助かったよ。現在今君からもらった写真と魔石を鋭意解析中だ」


「そうですか、お役に立ててよかったです。それでですね、こちらは現在…」


 重徳は今自分が学園で置かれている状況を手短に打ち明ける。そして最後にクソ担任の番号を告げる。



「うん、大体の事情は理解した。私が君の担任と連絡をとればいいんだね。すぐに掛けるからちょっとだけ待ってもらいたい」


 こうして重徳が通話を終えると、すぐにクソ担任のスマホが着信を告げる。



「はい、○○です」


「こちらは自衛隊ダンジョン対策室参謀長の福井と申します。ただいまからの会話はすべてビデオ通話で行いますのでアプリを開いてください」


「は、はい、承知しました」


 慌ててビデオ通話に切り替えるクソ担任。画面には制服を着こんだ自衛隊のお偉いさんの姿が映る。ちなみに聖紋学園は国と県が半分ずつ予算を出し合って運営している公立の高校で、ダンジョン対策室は文科省と共に学園の設置を認める直属の認可機関となっている。仮に一教員が学園の運営を司るお役所を怒らせたらどうなるのか… これはちょっと楽しみになってきた感がある。



「何でも四條君が学園の規則を破ってダンジョンに入った件で君は担任として処罰を求める意向らしいね」


「は、はい、学園の秩序を守るためには例外は認められません」


「そうか、じゃあ君は辞表を書いてもらえるか」


「ええぇぇぇぇぇ、なぜ私が辞表を…」


「ダンジョンでは臨機応変さが問われる。そんな杓子定規な考え方しかできない人間はそちらの学園には相応しくない。よって君には別の働き口を斡旋するから、もう学園の教員はヤメてもらえないか?」


 重徳ですら予想外のクソ担任への辞職勧告。クマさんも呆然とスマホの場面を見つめている。もちろんクソ担任の額からは冷や汗がダラダラ。



「ダンジョン対策室としては四條君並びに今回の協力者を表彰する予定だ。つまり四條君は一教員の君なんかよりもはるかに重要な存在なんだよ。これ以上四條君の邪魔をするなら学園から去ってもらいたい」


「申し訳ございません。もう二度と四條に余計な手出しは致しません。どうか辞職だけはお許しください」


 テーブルに額を擦り付けて平謝りのクソ担任。さすがにこれで思い知っただろう。



「その言葉を忘れないでもらいたいな。私の権限で君のクビを切るなんて造作もないからね。それじゃあ四條君、そういうことでまた何かあったら是非とも協力してもらいたい」


 ということで通話が終わる。クソ担任は放心状態。まさか重徳のバックにダンジョン対策室のお偉いさんがついているなど思いもよらない出来事であったはず。同様にクマさんも口をポッカリ開いてい呆然自失。


 重徳だけは心の中で…


(いや~、持つべきものはエライ人とのコネですな~)


 とひとりでほくそ笑んでいる。



「それじゃあ担任殿、俺はもう消えていいですか?」


「ああ、勝手にしてくれ」


 口から出てくる言葉には完全に力が失われている。その目は死んだ魚のよう。クマさんは「だからヤメロと言ったのに…」的な表情を浮かべて、哀れなモノを見る眼でクソ担任を見つめる。


 こうして重徳は晴れて学園公認で誰に気兼ねすることもなくダンジョンへの入場が承認されるのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



これだけの騒ぎを解決したとなると、普通にヒーロー扱いされるはず。しかしそこにいちゃもんを付けてきた担任は実に哀れな姿に… 我を通しすぎると痛い目に遭うという例でした。


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「担任ザマー」


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