第65話 義人の意気消沈


 朝稽古を終えると重徳、圭子、明子の順番でシャワーを浴びてこざっぱりと身を改める。そこに重徳の母上からのお言葉が…



「今からみんなの服を買いに行くわよ」


 この思わぬ発言にビックリするのは圭子。



「あの~、私たちはお金がないので洋服なんかとても買えません」


 姉弟で快適に眠れる部屋とお腹いっぱいになるまで食べられる食事を提供してもらった上に服の心配までしてもらうのは心苦しいという表情。だが今度は重徳が…



「お金のことは心配いらないって言っただろう。金貸しから大金をふんだくってあるんだから、気兼ねなく買っちゃえよ」


「本当にいいんですか?」


「ああ、今まで返済で払ったお金に色を付けて返してもらったんだから、圭子たち姉弟には使う権利がある」


「そ、それじゃあお言葉に甘えます」


 いかにも申し訳なさそうに肩をすぼめる圭子だが、反対に明子と弟君は買い物に出かけると聞いてピカピカの笑顔になっている。



「ヤッタ―! お買い物だー!」


「僕、ライダーとウルトラ〇ンの服が欲しい! あとはかっこいい帽子も」


 無邪気に喜びを表す妹と弟には圭子としても白旗を揚げざるを得ない。ということで母上が運転するワゴン車の乗り込んで国道沿いにあるしま〇らへゴー。店に入るとお手頃価格の子供服がかなりの数並んでいる。もちろんライダーやウルトラマ〇がプリントされているTシャツなども選び放題で、弟君は初っ端からテンションマックス。



「重徳は弟君が気に入った服を適当にキープしておいてね。私は女の子二人と一緒に上から下までキッチリと揃えるから」


 女子の服選びとなるとさすがに重徳に出る幕はない。しかも年頃の彼女たちには肌着などといった重徳にはあまり見られたくない買い物もある。



「よし、弟君。このお兄ちゃんとかっこいい服を選ぶぞ!」


「うん」


 ということで連れ立って男児の服が並ぶコーナーへ。弟君が喜びそうなキャラ物のTシャツや半ズボンなどを手当たり次第にカートに放り込んでいく。その間に母親は圭子と明子に服を選ばせてニコニコ顔。おそらく娘とこういった雰囲気で買い物をしたいという気持ちが心のどこかにあったのだろう。


 ところで服選びとなると一般的には男子よりも女子のほうが大幅に時間がかかる。あっという間に買い物を終えた重徳は暇を持て余して店頭にあるガチャガチャのコーナーへ弟君を連れていく。



「さあ、どれでも好きなガチャを選ぶんだ」


「お兄ちゃん、本当にいいの?」


「ああ、これなんかライダーのガチャみたいだからおすすめだぞ」


「本当だ。これにする」


 ということで弟君に100円玉を手渡してダイヤルを回すと下からプラスチックのカプセルが出てくる。



「お兄ちゃん、硬いから空けてよ」


「おう、任せろ」


 重徳がカプセルを開くと、そこから出てきたのはライダーのキーホルダー。



「ヤッタ―! 僕、こういうの欲しかったんだよ」


「そうか、よかったな。さて、まだ圭子と明子の買い物は終わらないみたいだし、隣のコンビニに行ってガ〇ガリ君を食べるぞ」


「スゴイや! 夢でも見ているみたいだよ」


 これまで貧しさゆえに我慢を強いられてきた弟君にとっては、ガチャガチャとガリ〇リ君といったささやかな買い物でも夢心地に感じられるらしい。


 ということでコンビニで人数分のガリガ〇君を購入して弟君と二人でベンチで食べ始める。すっかり食べ終わった頃に重徳のガラケーに着信が入る。



「重徳、今どこにいるの? こっちはあらかた終わったから店に来てもらえるかしら」


「了解、今弟君と一緒に外でガリガリ〇を食べてたところだよ。すぐに店に戻るから」


 ということで再び満足そうな弟君を引き連れて店内に舞い戻る。そこにはいわくありげな表情の母親と圭子、そしてキラッキラの瞳を重徳に向ける明子が待っている。



「お兄ちゃん、最後の一着はお兄ちゃんに選んでもらいたいの」


「えっ、俺が選ぶのか?」


 小学校4年生ながら乙女心全開の明子が重徳に難題を吹っ掛けてくる。彼自身服を選ぶセンスなどゼロということを自覚しているだけに、これは相当ハードルが高い。救いを求めるように母親に目を向けると…



「そうねぇ~… 普段着は一通り揃えたからちょっとしたお出掛けなんかに着ていけるような服がいいわね」


 さらにハードルが上がっているのを実感する重徳がいる。それでもなんとか明子の期待に応えようとちょっとおめかしした雰囲気の服が並ぶコーナーに突撃する重徳。



「明子はどの色が好きなのかな?」


「ピンクとか水色」


 どうやら女の子らしいパステル系の色合いを好むという答えが返ってくる。



「そ、そうか… これなんかどうかな?」


 重徳が手に取ったのは白いレースのフリルがあしらわれた淡いピンクのワンピース。学校に着ていくにはやや畏まった雰囲気で、かといってピアノの発表会といったフォーマルな場所に出るにはややカジュアルな感じの一着。これを見た明子は…



「スゴイ! お兄ちゃん、私がさっきから気になっていた服を選んでくれたんだ。すごく嬉しい!」


 どのような奇跡の力が働いたのか、どうやら重徳は数多く並ぶ服の中から大正解の一着を選んだらしい。明子は重徳から受け取ったワンピースを胸に抱きかかえて満面の笑顔。


 こうしてお会計を済ませて、せっかくだから試着室を借りて購入したばかりの新しい服に着替えて店を出る。圭子はショートパンツにTシャツというラフな装い。弟君は散々迷った末にウルトラ〇ンTシャツ。そして明子はもちろん重徳が選んでくれたワンピースを着こんでいる。



「明子お姉ちゃん、まるでお姫様みたいだね」


「そ、そうかな… こんな感じの服なんか着慣れないから足に引っ掛かって躓いちゃいそう」


 謙遜めいたセリフを吐いてはいるものの、弟君に褒められて頬を赤らめている明子。


 このあとはそれぞれの靴を購入したり、ファミレスに立ち寄って昼食を済ませたりしていると病院の面会時間となる。



「それじゃあ、みんなのお母さんの病院に行きましょうか」


「「「はい」」」


 すっかり元気になっている姉弟の声がキレイに揃っている。何と言っても自分たちの母親の容体が心配で仕方がないのは当然。


 ワゴン車に乗り込んで市民病院に到着すると、面会の受付をしてから一目散に病室へ。4人部屋のカーテンで仕切られたベッドが並ぶ病室に入ってそっとカーテンを捲ると…



「圭子、明子、陽太…」


「「「お母さ~ん」」」


 ベッドの背もたれを起こして子供たちの名前を呼ぶ母親の体に抱き着くように3人の子供たちが駆け寄っていく。


 数日間まともな食事を摂っていなかったせいで顔色はまだ戻らなくて腕には点滴のチューブが刺さったままではあるが、どうやら意識ははっきりしている様子が見て取れる。


 丸一日ぶりの母子の対面をして少し落ち着いたようなので、重徳の母親が声をかける。



「滝川さん、どうも初めまして。お休みのところ押し掛けてきてしまって申し訳ありません」


「はい、あの… どちら様でしょうか?」


「お母さん、実は今私たちは四條先輩の家にお世話になっているの。このいかつい人が四條先輩で、こちらは先輩のお母さん」


 圭子が間に入って自分の母親に重徳親子を紹介している。その言葉を理解した母は深々と頭を下げる。



「この子たちがご迷惑をおかけして申し訳ありません。体の具合が良くなりましたら必ずお礼させていただきます」


「お礼なんかいいんですよ。今はそんなことは気になされずにゆっくりとお体を休めてください。それにうちのお婆ちゃんなんか『孫が増えた』といって大喜びなんです。お母さんがお元気を取り戻すまではいつまでも我が家にいてもらって構いませんから」


「本当にありがとうございます。なんだか母親として何も出来な自分が情けなくって…」


 絞り出すような声を出しながら目頭を押さえている。とはいえ自分が入院している間子供たちがどのように過ごしているのか心配だったのも事実で、こうして世話を焼いてくれる親切な人がいてくれるというのは心からありがたく思っているという心情も伝わってくる。


 ここで重徳が交代して、ここまでの簡単な事情を説明開始。



「実は俺とお子さんたちは御中神社で出会ったんです。二宮さんの後輩だと紹介されて、その時に借金取りに困っているという家庭の事情を聴きました」


「お恥ずかしいです。それよりも梓ちゃんのお知り合いだったんですね」


「はい、二宮さんとは同じクラスで毎日ドツキ回されています。それでですね、借金のことを聞かせてもらったので、勝手に金融屋に押し掛けて話を付けてきました。これが滝川家の借金の契約書と債権の譲渡証明です」


 重徳が書類を取り出して母親に見せると、一体何のことかわからずに彼女はポカンとしている。



「圭子から話を聞いた際に違法な取り立てがあったとわかったので、金融屋に押し掛けて紳士的にお話し合いをしました。それでですね、結果的に子供たちの父親が残した借金は俺が買い取りました」


「買い取ったんですか?」


「はい、500円で買い取ったので、ぜひとも滝川さんには千円で買ってもらいたいと思っています。俺も500円儲かるし」


 もちろんこれは重徳的に変に恩義を感じたり申し訳なく思われないようにするための方便。500円で買ったものを千円で売るというごく当たり前の取引を装っている。



「あの、一体どういうことでしょうか?」


「ぶっちゃけて言えば、俺に千円払ってくれたら借金が全部消えるということです。ああ、それから違法に取り立てたお金と、プラスして迷惑料も預かっています。退院する時に渡しますのでご安心ください。入院費やこの子たちの洋服の代金もそこから払わせてもらいました」


「ほ。本当に借金がなくなるんですか?」


「はい、間違いありません。それから俺が預かっているお金は全部で500万で、そこから入院費用と洋服代なんかを差し引いて480万少々になります」


 重徳の言葉を聞いた圭子たちの母親は「この人なに言ってるの?」という目で彼を見ている。何しろつい一昨日まで食うや食わずの極貧生活を送っていただけに、降って湧いたような500万円近い大金に考えが追い付いていない。



「それでですね、お母さんにひとつだけ認めていただきたいんですが」


「はい、何でしょうか?」


「実は圭子と明子がウチの道場に入門を希望しているんです。二人ともすごい才能の持ち主なので、入門を認めてもらえないでしょうか?」


 その横から重徳母も追撃に出る。



「もし入門してもらえたらしょっちゅう会えるってウチのお婆ちゃんが張り切っていまして、勝手に広くて住みやすい部屋まで近所で探し始めているんですよ。道場に通うんだったら近いほうがいいなんて言ってまして。今通っている学校や幼稚園は転校することになりますが、どうか認めてもらえませんか?」


「あ、あの… あまりにたくさんのことがありすぎて考えが追い付きません」


「そうですよね、入院中にゆっくりと考えてください」


「お母さん、私、お兄ちゃんと一緒に道場で稽古がしたいの」


「僕もお婆ちゃんと一緒にライダーが見たいんだよ」


 色々と考えあぐねている母親に明子と弟君の追撃が加わる。今までワガママも言わずに我慢をしてきた子供たちがここまで自己主張をする姿に母親はかなりビックリした表情。やがて笑顔を浮かべて…



「今まであなたたちにも苦労を掛けてゴメンね。これからはできるだけやりたいことをやらせてあげるからね」


「本当?」


「ヤッタ―! おばあちゃんとライダー見れるんだ―!」


 明子と弟君は病室であることも忘れて二人でピョンピョン飛び跳ねている。こういうところはまだ子供なんだと感じさせるなんとも心温まる一幕。



「二人とも、ここは病院なのよ。他の皆さんにご迷惑になるからもう少し静かにしてね」


「「は~い」」


 子供たちに注意をするものの、母親の表情からは借金苦から逃れた安堵感が滲み出ている。目下の最大の悩みが消えたおかげか、先程よりもなんだか顔色も良くなった気がする。


 そのまま1時間少々病室に滞在してそろそろ暇を告げようという時…



「お母さん、早く良くなってね」


「お母さんが早く良くなるように痛いの痛いの飛んで行けをやってあげる」


 明子が母親の手を握って、弟君が背伸びして頭をナデナデし始める。


 こんななんとも和やかな光景を重徳と彼の母上はほっこりした表情で眺めるのだった。





   ◇◇◇◇◇





 翌日の日曜日、この日は御中神社の例大祭に行く約束をしている日となっている。


 昨日同様に朝稽古をしていると、9時頃に義人が姿を現す。



「師匠、おはようございます」


「ああ、義人か。ちょうどいい、紹介したい人がいるんだよ」


「えっ、誰ッスか?」


「圭子と明子、ちょっとこっちに来てもらえるか」


 重徳に呼ばれて姉妹がこちらにやってくる。



「昨日からウチの道場に入門した圭子と明子だ。こっちは義人。俺の同級生でこの道場の門下生だ」


「義人先輩、おはようございます」


「おはようございます」


 義人に向かって元気に挨拶をする二人。



「こちらこそよろしくお願いするッス。師匠、いつの間に入門したんッスか?」


「昨日からだ。色々と訳あって当分我が家の居候なんだけど、武術に興味があって入門したんだ。とはいっても圭子は空手の経験があるし、明子は… まあいいか。説明するよりも実際に組み手をした方が早いだろう」


 ということで、準備運動が終わった義人と圭子が最初に組み手を行う。



「「お願いします」」


 互いに一礼すると、いきなり圭子の上段突きが飛んでくる。



「うわわっ! 攻撃が鋭いッス!」


 ギリギリで交わした義人だが、圭子の攻勢にタジタジな様子。義人が防御に徹している間、圭子の猛攻は止まらない。義人は勇者とはいっても未だにレベルはほとんど上がっていない上に四條流に入門して1か月半といったところ。10歳の時から空手道場に通っていた圭子を相手にするとやや分が悪い。散々圭子に攻め立てられた義人は相当息が上がっている。


 そして最後には…


 ズダーン!


 小手捻りでマットに叩き付けられる。



「空手だと聞いていたのに投げ技もアリッスか?」


「義人、まだまだ甘いぞ。四條流は基本的に何でもアリなんだ。相手が空手だと決めつけているから最後に痛い目に遭うんだぞ」


「自分が情けないッス」


 キレイに義人が投げられたので、今度は明子とバトンタッチ。とはいえ小学校の4年生女子が相手とあって、義人は相当戸惑った表情を浮かべている。


 戸惑いを抱いたままの義人に対して明子はたった一日で覚えた華麗な足捌きで接近すると、腕を取って小手捻り。義人の体が宙に浮いたと思ったら…


 ズダーン!


 キレイに一本決まっている。



「う、受け身が取れなかったッス。この子は何者なんッスか?」


「義人、安心しろ。俺も辛うじて受け身が間に合ったくらいだ。明子は真の天才なんだよ」


「これじゃあ先輩面なんてできないッスよ。もっと精進するッス」


 自分よりも年下の女子にいいようにやられたとあって、義人は相当にヘコんでいる。ここで重徳が姉妹にとある事実を告げる。



「二人とも聞いてくれ。実はここにいる義人は勇者なんだ」


「えっ、本当なんですか?」


「義人お兄ちゃんって勇者なの?」


 自分たちにほとんど手も足も出なかった義人が勇者と聞いて驚きを隠せない圭子と明子。



「ああ、間違いなく勇者だ。二人は今勇者に勝ったんだ。それは紛れもない事実だよ。でもな、義人の本当の強さは道場では発揮できないんだ」


「道場では発揮できない?」


「義人お兄ちゃんの秘密?」


 二人揃って首を捻っている。



「ああ、義人には必殺技があるんだよ」


「必殺技ですか」


「なんか格好いい」


「義人の必殺技のスラッシュはダンジョンの魔物なんか一撃で倒すんだぞ」


「スゴイですね。さすがは勇者です」


「義人お兄ちゃん、実は格好いい人なんだ」


 今度は姉妹が義人を尊敬の眼差して見つめている。そのおかげもあってすぐに気を取り直すことができた義人であった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「面白い」


「続きが早く読みたい」


「義人の面目丸つぶれ!」


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担任「このクラスで勇者は手を上げてくれ」えっ! 俺以外の男子全員の手が挙がったんだが、こんな教室で俺に何をやらせるつもりだ? 枕崎 削節 @makurazakisakusetu

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