第13話 目には目を、脅しには殺意を


 室内演習場の見学席では…



「信長君、四條君ってあんなに強かったんですか? ああいうのを確か瞬殺って言うんですよね」


「鴨川さんは剣術や武術に関してズブの素人だからわからないだろうけど、Aクラスでは僕と二宮さん以外の勇者を圧倒する程度には強いよ。僕たちでも精々頑張って互角だろうね」


「なんだかそれっておかしくないですか? 相手の人は勇者なんですよね。それで私と四條君は一般人のはずです」


「勇者だって強いやつもいれば弱いやつもいる。その中にあって四條はたとえ一般人であろうとも十分な強者なんだよ」


 四條の力を正当に認識できていなかった歩美が疑問をぶつけてくるが、ロリ長の目から見ればこの結果はきわめて妥当という評価に過ぎない。歩美は重徳の優しさに惹かれて信頼しているが、肝心の強さに関してはまだ100パーセント信用を置いていなかったよう。


 ここで梓が口を開く。



「信長はアホのくせに四條をきちんと評価していたんだな。少しは見直してやろう。どうやら私も四條という男を少し見くびっていたようだな」


「梓ちゃんも信用していなかったんですか?」


「ある程度やるだろうとは思っていたが、これ程とは思っていなかったというのが本当のところだ。相手の技量を正確に見抜く目がまだまだ私には備わっていないな」


 梓は何度も実技実習で重徳と打ち合っているが、自分がパワーと剣の扱いで優っているから彼の真の力を見抜けなかったのだろう。


 もちろん梓や歩美と同様にロリ長も重徳の能力の底が全然見えていない。それよりも彼には重徳に関してどうも気になることがあるよう。


(本当に四條って男は不思議なやつだな~。現にここ何日かで彼の体のキレが大幅にアップしている。何か秘密のトレーニングでもしているのか? いや、普通にトレーニングしているだけではあの動きの急上昇具合は説明がつかない。まさかレベルアップしているのか? よくよく考えてみれば無茶や無謀が服を着て歩いているような四條ならやりかねない。何かしらの手立てを使ってダンジョンに行っているのかもしれないな。これは僕もウカウカしていられない。四條に先を越されないように頑張ろう。主に明るい未来のハーレム作りとエルフの幼女のために)







 一方演習室のフロアーでは…


 1人目を手早く片付けて、重徳はそのままフロアーで次の相手を待っている。


(お次は誰だ? ああ、出てきやがったな)


「四條重徳-徳田栄三の模擬戦を開始する。ルールの確認と準備はいいか?」


 1戦目と同じように審判が重徳と相手を中央に集めて型どおりの確認を行う。


(今度の相手は徳田か。試合中限定で覚えておくぞ。木剣を手にして俺をガン見しているな。でもさっき俺がえーと… もう名前を忘れたけど、モブ君を秒殺したから油断はしていないようだ)


 どうやら第1試合の様子をその目で目撃した徳田は余計な口を叩かずに黙って重徳を睨み付けるだけ。確かにその方が試合前に大口を叩くよりも負けた際に惨めな姿を晒さなくて済むかもしれない。



「試合開始!」


 審判が腕を振り下ろして合図を告げると、徳田は剣を正眼の型で様子見の構えをしている。といってもまだ基本がしっかりと身に着いていないから隙だらけなのは重徳の目にも明らか。まず重心が前に掛かりすぎている。踏み込むには当然重心移動する必要があるので、ついつい素人は前掛りになりがち。


 だがそれでは踏み込んでいく勢いが出ない。前掛りの重心から前方に足を運ぶと、その分だけ僅かに歩幅が狭くなってしまう。そんな僅かな違いで十分なスピードに乗れなくなってしまう。おまけに重心が片寄っていると動きの自由度が失われる。だから重心は常に体の真下に置いてどの位置にも自在に動けるようにしないと咄嗟の対応が難しくなる。ちなみに重徳自身の重心の判断基準はキ○タマだ。こいつは重心を感じるのセンサーとして非常に有能。何しろ振り子のように常にブラブラしているから。


 話は逸れたが、重徳は前掛りになっている徳田に自分から踏み込んでいくフェイントを仕掛ける。


(予想通り体がビクッとなって今度は後ろの方向に重心が掛かっているぞ。こうなると俺が攻撃を仕掛けても対応がツーテンポは確実に遅れるはず。僅かなフェイントだけで懐に飛び込む十分な隙の出来上がりだ。こういう試合中の細かな駆け引きこそが四條流古武術の真髄だからな)


 そのまま重徳は無造作とも言える動きで前進しながら、徳田が振り下ろす勢いのない剣を横身で避けてから鳩尾に掌打を打ち込む。手応えは十分にある。



「グエーー!」


 〆られる直前のニワトリのような声を上げると、そのまま徳田は床に崩れ落ちる。牽制のはずの1発目でどうやら勝負が決まってしまったよう。重徳のレベルが上昇したせいで、掌打はシャレにならないダメージを与える威力になっている。


(いや~、レベルアップ様々だね。レベルアップ万歳! ビバ、レベルアップ! この調子でガンガン上げまくるぞ)



「そこまで、勝者四條!」


 審判の声を聞いてから残心を解くと見学席のムードの変化に気がつく。勇者たちがまとまって座っている席からはヒソヒソと声をひそめて重徳に対する認識の大間違いにようやく気がついたかのような声が耳に入ってくる。彼の耳はスキルのおかげで大幅にレベルアップしているのでヒソヒソ話もちゃんと聞こえてくる。



「おい、1戦目は西村の油断だと思ったけど、これは不味いんじゃないか?」


「誰だよ! 四條が一般人だから弱いなんて言ったやつは!」


「俺は月曜日にあいつと対戦するのかよ!」


「どうやって徳田の剣を避けて接近していったのか全然見えなかったぞ!」


「気がついた時には徳田が倒れていたからな」


 とまあこんな具合に困惑と驚きが見学席に広がっている。歩美は拍手をしているけど、会場にちらほら見受けられる他の女子たちの反応はきわめて薄いよう。聖女の皆さんにとっては下々の一般人が勇者に勝っても取り立てて大した事件ではないのかもしれない。というか、重徳の存在を完全に無視している雰囲気。


(うん、わかってはいたけど、これはちょっと悲しい。もし鴨川さんや二宮さんにも同じような態度をとられたら登校拒否になってしまうかもしれない。どれどれ、何をしゃべっているのかちょっと聞き耳を立てみようか)



「一般人に負けた西村と徳田は先々パーティーを組む候補から外すわ」


「あんな頼りない勇者なんか必要ないわね」


「せっかくパーティーを組むんだったら一番優秀な勇者と組みたいじゃない」


「そうよね」


 話をしている聖女たちがロリ長が座っている場所を見つめている。


(これはもしや! 本当にロリ長のハーレムが実現するのか?! やつのしょうもない野望に巻き込まれる犠牲者の皆さんご登場なのか?! なんだか負けたような気分になってくるぞ)



「やっぱり二宮さんが一番勇者らしいわよね」


「初の女性勇者で注目を浴びているのと、実力もクラスのナンバーワンという評価よ」


「他に候補はいないわよねぇ」


(なんと、ロリ長が不憫なり! あいつも二宮さんと同様に天然物の勇者なんだぞ。それにしても人気なさすぎ! でもちょっとザマーという気もしないではないな。自然に口元がニヤけてくるのは否定できない事実だ。エルフの幼女なんて言っているからこの有様なのだよ! 少しは心を入れ替えろ)


 とここまで考えて重徳はひとつの事実に気がつく。ロリ長の立場がなくなってちょっと喜んではみたものの、自分の立場も聖女の間では相変わらず存在しないのと同じような扱いだという悲しい事実に…


(ロリ長、すまなかった! あとで二人で傷を舐め合って悲しみを分かち合おう)


 そして重徳はロリ長と自分がいつの日か悟りを開けるように祈りつつ、この後の残った3戦を全て20秒以内で片付けて演習場の控え室に戻っていくのだった。







  ◇◇◇◇◇







 控え室でヘッドギアとプロテクターを外しているとドアが開いて中に人が入ってくる。重徳がよく知っている人物がそこにいる。それもそのはず、朝と帰りのホームルームで教室の前に立っているAクラスの担任が呼びもしないのに姿を現している。



「四條、生徒指導室に来い」


「はてはて? 担任殿、俺は指導されるようなマネを何か仕出かしましたか?」


「いいからついて来い!」


 どうやら重徳の皮肉は伝わらなかった模様。有無を言わせない態度で担任は彼を例のお部屋にご案内するつもりらしい。模擬戦で貴重な時間を費やした挙句に今度は面倒な話を聞くのかとウンザリした表情で担任の後に続く。


(あーあ、ダンジョンに行く時間がますます遅くなるじゃないか)


 心の中でそんなボヤキをこぼしつつ、重徳は担任のあとをついていく。


 生徒指導室に到着してドアを閉めると、テーブルの奥には先日重徳が投げ飛ばした… 何だったっけ? 確か熊みたいな名前の先生だったけど、面倒だから熊さんでいいだろう。その熊さんがドッカリと腰を降ろしている。重徳が着席すると担任が熊さんと何やら目配せをしている。


(どうでもいいからさっさと用件を済ませやがれ)


 相変わらず強気な態度の重徳が心の中で毒づいている。担任はそんな彼の心の内を知ってか知らずか、嫌味たっぷりな上から目線で喋り出す。



「四條、よく聞くんだ。お前は月曜日に予定されている模擬戦を棄権しろ」


「理由を聞かせてください。担任殿」


 重徳が皮肉たっぷりに「~殿」の部分を強調してやったら、担任の右眉がピクピクしている。ホームルームでの連絡の際には感情のないロボットみたいな雰囲気だが、こうして面と向かって挑発すると人並みに怒りの感情を表すらしい。


(それにしてもこんなつまらない用件で呼び出しやがったのか。いくら温厚な俺でもこれはさすがに腹に据えかねるぞ。理由次第だが少々脅かしてやろうかな)


 重徳が自身を温厚と評しているのは、これまた驚き。相手が教員だろうと構わず突っかかっていくその性格は温厚と呼ぶには程遠い。だから毎度毎度歩美が「無茶をしないでください」と涙目になっている。それはともかくとして、担任が続けて口を開く。



「理由はこれ以上勇者の権威を傷つけないためだ。模擬戦で四條が勇者に勝利しても誰も得をしない」


「ほう、皆さんが得をするために俺ひとりが貧乏クジを引くというわけですか」


(どうやれこれが学院長のジジイが言っていた「勇者を絶対的なモノとする風潮」とやらなんだろうな。差し詰めこのクソ担任はエリート意識に浸りきってその風潮に乗っかるお調子者といったところだろう)


「四條、お前も不利な評価で留年や退学をしたくはないだろう。この学園では担任にはある程度の裁量が許されている。この意味がわかるな」


「なるほど、成績を盾に俺に圧力を掛けるんですね。わかりました。でも担任殿の提案を受け入れるにはひとつだけ条件があります」


 重徳の瞳が剣呑に輝く。こういう時は大抵ロクでもないセリフが飛び出てくるのはお約束の流れ。



「条件とは何だ? どうせロクなモノではないだろうが聞いてやる」


「それでは言わせていただきます。俺が月曜日の試合を棄権する代わりに、担任殿とそのご家族の命を差し出していただきたい」


 重徳が口にした条件は予想通りやはりロクでもないモノ。しかも担任とその家族の命を要求するとは、発想がいささか斜め上過ぎやしないだろうか? 対する担任はといえば重徳の発した言葉の意味がわからずに無反応。そこで彼はわかりやすいように言い方を変えて改めて条件を申し出る。



「話がわからないようなのでもう一度言いますよ。棄権する代わりとしてお前とお前の家族を俺の手でブッ殺させろ! と申しているんですよ」


「貴様! 私を脅迫するつもりか!!」


「成績を盾にして先に脅迫してきたのは担任殿の方でしょう。それから四條流にとって果し合いで戦う前から負けを認めるのは死と同義語です。俺が武術家として死ぬ代償として、担任殿の命をいただくと言っているんですよ。もちろんクソ教員ひとりの命では到底足りないから家族も一緒にという訳です。俺からしてみれば大変フェアーな取引だと思っています」


「そんな馬鹿な話があるか! それにどうせ口だけで実行できるはずがない!」


「おやおや、担任殿。俺の覚悟をまだ甘く見ているようですね。それではちょっとお見せいたしましょうか。これが俺の殺気というやつですよ」


 重徳は担任に向けて殺気を放つ。ダンジョンでゴブリンに向けている死の気配を凝縮した純度100パーセントの殺気は戦いに不慣れな人間にとっては物理攻撃に匹敵する威力をもたらす。レベルの上昇に伴ってこの殺気だけで十分にゴブリンを怯ませているので、素人に向かって放つと大変なことになると重徳には承知の上。



「ヒイイイーーーー!」


 真っ青な顔をして引き攣った叫びを上げると、担任殿は椅子から転がり落ちてそのまま白目を剥いて意識を失う。胸が規則的に上下しているから死んではいない模様。まだ息が残っている点について重徳がちょっと残念に思っているは気のせいにしておこう。彼にとってはロクでもないクソ担任だが、今回まではお情けで命を助けてやろうという配慮が働いているよう。



「四條、その辺にしておくんだ」


 ここでようやく奥の席に座っていた熊さんが口を開く。直接重徳が殺気を向けなかったのと、多少は武道の心得があるおかげで顔色は青いものの意識は保っている。



「いや、俺は直接何もしていませんけど」


「あんな殺気を浴びて素人が気を失うのは当たり前だろう。それよりも棄権の話はどうするんだ?」


「話を切り出した片方の当事者が気を失っているので返事が聞けませんね。したがってこの取引は不成立と見做すしかないです。俺は予定通りに模擬戦には出場しますよ」


「そうか、わかった。もう戻って構わない」


 心なしか前回に比べて熊さんの話し方が頭ごなしではなくなっているような気がする。一度重徳に投げられて実力の違いがわかったのだろうか? それよりもせっかく許可が出たから,重徳はそそくさと生徒指導室を出て行く。こんな場所で時間を潰しているほど暇ではない。


(それじゃあ担任殿、聞こえてはいないだろうけど、さようならー! もしなんだったら、そのまま1週間ぐらい目を覚まさなくてもいいぞ)


 これで当分はクソ担任も強い態度には出てこれないだろうとニンマリしながら教室に向かう重徳であった。






   ◇◇◇◇◇







 聖紋学園管理棟の職員室の奥にある一室。その学園長室というプレートが掛かったこの階の4分の1を占有する部屋で、ひとりの人物が重厚な木製のデスクの前でモニターを見ている。モニターに映し出されているのは生徒指導室の様子。



「ふむ、やはり四條の孫は中々に気骨を持っておるわい。こやつがどのように成長していくかを眺めるのはこの年寄りの最後の生甲斐みたいなものよ。思うがままにこの学園を引っ掻き回すがよかろうて」


 学園長のしわがれた声だけが、他の誰もいない学園長室に響くのだった。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


担任を過激な方法で失神に追い込んだ重徳。次回は心待ちにしていたダンジョンの2~3階層に足を見込みます。


この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから読者の皆様にお願いです。


「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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