第12話 模擬戦開始

 翌日、重徳はいつものように遅刻ギリギリの時間に学園に向かっている最中。


 ちなみに昨日は重徳自身体調を確かめながらダンジョンで4時間以上かけてゴブリンを50体以上討伐していた。おかげで愛用のバールがゴブリンの緑色の血に染まって中々スプラッターな光景が展開される。それでも股間の違和感を堪えて頑張ったおかげもあり、レベルは8まで上昇。現在のステータスはこんな感じになっている。



 四條 重徳  レベル8     男  15歳   



 職業   武術家 


 体力   134


 魔力    47


 攻撃力  121


 防御力  115


 知力    57



 保有スキル  四條流古武術 身体強化 気配察知



 注意事項   新たな職業はレベル20になると開示されます。



 あと一息で養殖勇者と体力の数値が並ぶ所まできている。しかし管理事務所職員の言葉とおり次第にレベルが上昇しにくくなっているのは確か。そこで重徳は当初の予定を実行に移す決定を下す。明日は土曜日なので朝から丸1日かけて2階層を攻略するつもりで、もし余裕があったら3階層にも脚を伸ばそうかと企んでいる。


(もう1階層ではやることがなくなったから新たな階層にチャレンジだ。今からちょっと楽しみなんだよな。早く明日にならないかな)


 そんなことを考えているうちに、いつものようにあっという間に学園に到着する。タマタマの具合も殆ど違和感がない程に回復しているから今朝の鍛錬は通常通り。おかげで遅刻ギリギリの時間に教室に入っていく。


 そんな重徳の姿を発見した歩美が近づいてくる。今朝は目がキラキラして頬がほんのりとバラ色に染まっているのが昨日までとは違う点。


(おや、鴨川さんは何かいいことがあったのかな?)


 そんなことを考えている間に歩美はもう目の前に。普段はおっとりしている性格も相まって動きがゆっくりなのだが、こうして朝重徳の近くにやってくる時だけ目を見張るような素早さを発揮する。



「四條君、おはようございます。具合はどうですか?」


「ああ、おはようございます。もうすっかり良くなりました。昨日は色々と心配してもらってありがとうございました」


「いいんです、それに昨日はとってもいいことがありましたから。それじゃあまたあとで」


 朝のほんの短い時間の会話を交わして歩美はパタパタと足音を立てて自分の席に戻っていく。


(どうやら余程いいことがあったんだな、体全体から発する雰囲気から幸せが零れ落ちんばかりだ。家に帰ったら好物のケーキでも買ってあったのかな?)


 自分のせいだとは知らずに呑気に考えている重徳。だがその直後…


 ビタン


(あっ、鴨川さんが机の脚に躓いてコケた! お笑い芸人だったら100点満点のコケ芸だ。浮かれているから足元が疎かになっていたんだろう。パンツが見えないギリギリの位置までスカートが捲れ上がっているぞ。後ろに回り込んだらもしかして… 違う! 昨日の帰りに煩悩退散を誓ったばかりじゃないか)


 こうしてはいられないとばかりに重徳は慌てて駆け寄って歩美を抱き起こす。



「四條君、ありがとうございます。なんだかいつも助けてもらってすみません」


「気にしないでください。それよりも足元には注意してくださいね」


「やっぱり四條君はとっても頼りになる人です」


(なんだろう? ウルウルした瞳で俺の顔をじっと見つめているぞ。顔に何か付いているのかな? 抱き起こした手を離すとなんだかちょっと残念そうな表情を浮かべている。一体どうしたんだろう? でもそんなひとつひとつの仕草や表情が本当に可愛いな)


「それじゃあホームルームが始まるから」


「はい、またあとで」


 歩美に怪我はないようなので、二人とも自分の席に着く。


 重徳が自分の席に背中のリュックを降ろすと、前の席のロリ長がゲス顔をして振り返ってくる。



「四條は朝から立派なナイトを演じているね」


「ナイト? なんのことだ?」


「いいんだよ、僕の独り言だからね。それよりもこれを預かっていたんだよ。全部四條宛だからちゃんと目を通しておいてよ」


「何だこれ? 模擬戦対戦申込書? これをどうするんだ?」


「対戦を希望する人からこの紙を受け取って模擬戦の実施を了承したら、希望日時と名前をを記入して本人に手渡すんだよ。あとは担任に届ければ模擬戦が開催の運びとなる」


「ふーん、そういう仕組みになっているのか。でもこれ全部で10枚あるぞ。それにクラスの連中の顔なんかまともに覚えていないからな」


「適当に日付と名前を記入して教卓の上にでも置いとけばいいんじゃないの」


「そうしようか、いちいち手渡すのも面倒だし」


 ちょうどそこに担任が姿を現す。重徳は担任が何か話をしているのを完全に無視して5枚に今日の午後4時、残りの5枚に来週月曜日の午後4時という日時を記入して名前を書き記す。そして担任が去ってから教卓の上にその紙を置いて一言クラス中に伝える。



「模擬戦の申し込みを受けるぞ。全部で10枚あるから半分は今日の放課後に、残りの半分は来週月曜日の放課後に対戦する。この紙はここにおいて置くから適当に持っていけ」


 重徳が教卓の横でそう宣言をすると、教室のあちこちから失笑する声が漏れ聞こえてくる。



「おい、あの一般人は何を考えているんだ?」


「同じ日に5試合やるだと! 冗談も程々にしろ!」


「最初の試合でボロボロになって残りは全部棄権じゃないのか?」


「その可能性が高いな。後ろの順番のやつはラッキーだぞ」


(あーあ、好き勝手言っているよな。まあこいつらは入学初日の四人のようにあからさまに俺に対して危害を加えてこようという訳じゃないから、程々に手を抜いて怪我をしないように取り計らってやるつもりだ。世間にはお前たちが知らないことがいっぱいあるのだと気付くいい機会だろう。温室育ちのお坊ちゃんたち、俺に感謝しろよ)


 その時重徳対するに突き刺すような視線を感じる。この方向はもしや…


 梓がいかにも話があるという視線を送っている。その横では歩美が机に顔を埋めて突っ伏している。これはまたもやお説教の嵐が吹き荒れる前触れではないだろうか。あの梓のレーザービームのような視線は99パーセントその前兆だと考えて相違ない。ロリ長はロリ長で重徳を指さして大笑いしている。とはいえ彼は重徳がやることに対してはいつも肯定的な見方をしてくれるから助かるといえば助かる。どこか頼りない変態勇者であっても、重徳にとっては貴重な味方には違いない。





 帰りのホームルームにて…



「放課後第Ⅰ室内演習室で模擬戦が実施される。対戦は次に発表するとおりだ」


 担任が今日予定されている5試合の対戦カードを発表する。もちろんその全ての試合に重徳の名前が入っているのは言うまでもない。昼休みに歩美と梓の二人から浴びせられたお説教の嵐から何とか精神を立て直して彼はこれから行われる模擬戦に臨む。


(それにしても鴨川さんが再び涙を流したのには参ったよな。かと言って決まってしまった試合を棄権する訳にもいかないと何とか納得してもらったからよかった)


 重徳も苦労が絶えない。ましてや世話女房型チョロインの歩美がなにかれと心配するものだから、彼女を納得させるために多大なエネルギーを要する羽目になる。


 そんな重徳の思いとは全く関係なしに担任の事務的な話が続く。



「見学は自由だ。自分の対戦の参考になるから一度は見ておくといいだろう。対戦者は指定の防具を装着して演習場の控え室に時間までに集合せよ。連絡は以上だ」


 担任が教室を出て行くと重徳の席に女子二人が全力ダッシュでやって来る。梓はともかくとして、歩美がこんなにも素早い動きをするのは毎度ながらちょっと驚かされる。稽古の時にはぜひとも実践してほしいものだ。



「四條君、本当にこれから5試合もするつもりなんですか?」


「四條、決まってしまったものは仕方がない。骨は拾ってやるから死ぬ気で思いっきり当たってこい!」


(心配してくれる鴨川さんとおかしな激励をする二宮さん、二人とも実にいいコンビだな。考え方は対照的だけど。まあでもそんなに心配を掛けるつもりはない。実際に模擬戦を見てもらったら二人とも納得してもらえるんじゃないかな)


 こんなことを考えつつ、重徳は模擬戦5連戦に至った理由を説明する。



「鴨川さん、そんなに心配する必要はありません。効率を優先して試合をまとめて行うだけですから」


「世間ではそれを無茶って言うんです!」


「そうだぞ、四條! 本当に貴様の考えは斜め上過ぎて、大概のことには動じない私でもついていけないからな」


(おかしいな、俺の合理的な考えがこの二人には全く通じていないぞ。ともかく準備の時間が必要だから模擬戦の会場に向かわないといけないな)


 これだけ丁寧に説明したつもりなのに、なぜ二人は納得してくれないんだろう… このような疑念を抱きながら、重徳は演習場に向かおうと席を立つ。



「俺は会場に向かいますから二人は見学席で応援してください」


「わかりました。でも危ないことはしないでくださいね。絶対に約束ですよ!」


 重徳は歩美の言葉に右手を上げて一足お先に第Ⅰ室内演習室へと向かう。その一角にある南側の控え室が彼に割り当てられた部屋で、そこに置いてあるヘッドギアとプロテクターを着ければ準備完了。今日は準備が間に合わなかったのだが、月曜日は道場で使用しているオープンフィンガーグローブを着用予定。これは衝撃を吸収して対戦相手を怪我から守るための目的で使用している。素人同然の技量しかない勇者たちを怪我から守ってやるのは四條流有段者の努めであろう。


 その時控え室の備え付けのインターホンが鳴る。



「四條選手、準備ができたら会場に向かえ」


「はい、わかりました」


 重徳は扉を開いて会場に向かって歩き出す。っていうか、ドア1枚開けたらもうそこは演習室の中だった。ゼンゼンシラナカッタヨ!


 見学席を見渡すとロリ長、梓、歩美の3名が並んで座っている。クラスの連中の顔はほとんど覚えていない重徳だが、30人くらい席が埋まっているから大半は来ているよう。女子が少ないのは彼女たちは聖女なので模擬戦にあまり興味がないのが原因かと思われる。さすがに重徳自身クラスの女子たちからも嫌われているとは考えたくない。それだけは絶対にイヤだ、でもやっぱり嫌われているのか… こんなことをツラツラ考えているうちにうっすらと涙で視界が滲んでくる。


 第Ⅰ室内演習室はテニスコートくらいの広さでその周囲に見学席が設けられており100名くらいは収容できそうな造りとなっている。床はウレタン製のマットになっていてある程度の衝撃を吸収する構造。その分足元がフワフワして少し気を使わないと足の運びに支障が出そうな気もする。



「ただいまから四條重徳対西村学の模擬戦を行う。双方ともルールは大丈夫か?」


 俺の目の前に立っているのは西村という名前の生徒。重徳自身どうせすぐに忘れるは予定だが、試合中くらいは覚えていているつもりのよう。それにしても西村というこの勇者はまったく面識のない重徳を親の仇でもあるかの表情で睨み付けている。



「よくここまでこれたな。怖気づいて逃げ出すかと思っていたぜ」


「いいから試合に集中しとけよ」


 やけに挑発的なセリフを吐き出す西村。敵愾心に満ちた目で相変わらず重徳を睨んでいる。



「バカなやつだな。試合が終わったらお前は大恥をかいてこの場で泣いているんだよ。明日から教室にいられなくしてやるから覚悟しろ」


「わかった、わかった。戯言は試合が終わったら聞いてやるからさっさと位置につけ」


 試合の前からこんなに頭に血がのぼって大丈夫なのかと、逆に重徳が心配になるくらいにエキサイトする西村。このような態度を見せつけられると、いくら重徳でも若干ヒキ気味になる。


(俺ってこいつに恨みを買うようなマネしたかな? まあいいか、自分が吐いた言葉の責任はその体でしっかり理解してもらおう)


「いいか、テメーは俺たち勇者にとって邪魔者なんだよ。俺との試合に応じたことを死ぬほど後悔させてやるからな」


「へいへい、さいですか」


 西村の挑発をよそに、すでに重徳の頭は試合に向けてすっかり切り替わっている。


(ルールはちゃんと確認したから大丈夫だぞ。制限時間20分、致死性や重い障害が残る攻撃は禁止、武器は木製のみ、ダウン、降参。レフェリーストップで勝敗がつく。これだけなので簡単なもんだ)


 落ち着いた態度の重徳と相変わらずエキサイトする西村だが、両者が頷くのを見た審判は二人を開始線まで下げる。10メートル離れた位置から試合がスタート。対戦相手の西村は腰の剣を抜いて気合十分に構えている。勇者なんだから剣を手にするのは当然といえば当然。その姿を見た重徳はというと「まあ当たらなければどうということはない」と鷹揚に構えている。



「試合開始!」


 審判の声が掛かると西村が先手必勝とばかりに剣を振り上げて突っ込んでくる。しかし東堂が1つ数える間に一気に距離を詰めてきたのに対して、西村は1,2の3で接近してくるに過ぎない。重徳からすると見ていてアクビが出そうになる足捌きに映る。



「食らえー!」


 上段から木剣を振り下ろしてくるが、重徳は右側に体を開いてスイッと避けてやる。そのまま半歩前進すると西村の横顔が彼の正面にある。


(あのなぁ、避けられたら素早く次の動作に切り替えろよ! 打ってくださいと言わんばかりに俺の目の前に汚い顔面を曝すな)


 とはいえ重徳としては試合なので無慈悲に振る舞うのみ。手早く試合を終わりにするために遠慮なく掌打を叩き込む。



「グッ!」


 横合いの見えない角度から一発を食らった西村は頭部が向こう側に傾いている。ヘッドギアのおかげで1発では倒れていないが、予期せぬ方向から攻撃を食らって一瞬動きが止る。


(はい、それでは料理に掛かりましょう)


 西村が剣を握っている手首を重徳が掴んで下向きに捻っていくと簡単にその手が剣から外されていく。


 あとはもう一方の手で襟首を掴んで足を払えば相手はうつ伏せに倒れていく。そのまま手首を捻り上げながら肩甲骨の内側に膝を落としてから、腕を体の内側に絞り込む。これだけでも十分痛いのに、重徳の両腕は手首を離して肘をガッチリとキメにかかる。うつ伏せに転がされて肩肘をキメられているこの体勢では、相手はこのまま肩が外されるか肘が破壊されるか、もしくはその前に降参するしかなくなる。しかも肩と肘の二か所をキメられるのは地獄の激痛を伴う。


(西村君、どうかね? 四條流の技を食らった感想は?)



「痛たたたたた! 助けてくれ~! まいった!」


 肘と肩の関節を絞られる痛みに耐えかねて、堪らず西村は降参の声を上げる。試合時間は10秒ほどしか経過していない。まだあと4試合残っているので、短ければ短い程重徳にとってはおあつらえ向き。


 こうしてひとり目を予定通りに片付けた重徳は見学席に目をやる。そこには彼に向かってサムズアップするロリ長と、男前に両腕を組んでうんうんと頷く梓と、両手を胸元に組んでホッとした表情で見つめる歩美の姿があるのだった。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


勇者の挑戦を受けて「まとめて倒してやろう」と意気込む重徳。初戦を簡単に秒殺で終わらせて、残すは九人。果たして重徳はこの連戦を無事に乗り切ることが出来るのか…


この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから読者の皆様にお願いです。


「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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