第11話 勘違いさせちゃったかも…

「おい、四條! 素振りを終えて戻ってきたらお前が泡を吹いて倒れていたが、一体何があったんだ? 歩美はオロオロしているだけで話にならないし」


 ようやく意識を取り戻した重徳に梓が詰め寄ってくる。何か大きな事件でもあったのかと心配していつもにも増して真剣な表情だから、弱っている重徳からするとまるで脅迫を受けているかのよう。ただし梓としては大真面目に原因を聞こうとしているだけで特に他意はない。このような梓の生来の性格を一口で言い表すと堅物という表現がしっくりくる。


 だが重徳としたら今はそれどころではない。


(い、言える訳ないでしょうが! 鴨川さんにキンタ○を蹴られて悶絶していましたなんて。それよりもまだ下腹部を襲う鈍痛が残っているし。しかも脈を打つたびにズキンと痛むんだよ。本当に参ったなぁ。手で押さえるわけにもいかないし…)


 こんな情けない状況下で一方的に重徳を問い詰める梓の態度がなんとも痛い。精神的という意味ではなくて、重徳にとって物理的に痛い。声を出すだけでもかなりの苦労を強いられている。



「二宮さん、そのですね… ちょっとした事故がありまして」


「ちょっとした事故で四條が泡を吹いて倒れるのか? どんな事故なのかちゃんと言え!」


 患部に痛みが走らないように小声で返事をする重徳に対して、有無を言わせない女勇者様の厳しいお言葉が飛んでくる。


(そんなこと言われたって正直に言えないでしょう。そこは空気を読んで流してもらえないかな。本当にお願いします)


 何とか梓がこの状況に気付いてくれないかと願う重徳だが、根っから超のつく真面目な性格の梓は一向に納得しようとしない。



「そ、その、四條流ではよくある稽古中のアクシデントなのでそんなに大した出来事じゃないですから」


「私が起こすまで四條が失神していたのが大した事ではないと言うんだな。いいから誤魔化さないで何が起きたのかハッキリと喋るんだ」 


 怖いくらいの剣幕なので、重徳は仕方なく何が起きたのか正直に話す決意を固める。


(本当にしゃべっちゃっていいですね。あとで文句を言わないでくださいね。ぶっちゃけますよ、本当にいいんですよね)


 散々迷いつつも、重徳は恐る恐る口を開く。



「その… ゴニョゴニョを蹴られました」


「何だって? そんな聞き取りにくい小さな声ではわからないだろう。もっと大きな声で言ってくれ」


「キ……マを蹴られました」


「何を蹴られたって?」


「キン○マを蹴られました!!」


「なっ、なんていうことを貴様は口にするのだぁぁぁぁ! 大したセクハラ野郎だな! 女子の前でそのような卑猥な言葉を口にするとはこの私が直々に成敗してくれる!」


 梓は顔を真っ赤にして手にする木剣を重徳に向かって振り下ろそうと身構えている。やはり女性というのは重徳の父親が言い聞かせてくれたように理不尽な存在らしい。自分で「喋れ」といったのに、ハッキリと言葉にしたら今度は「卑猥だ!」と怒り出すのだから、これは中々タチが悪いといえよう。いやもしかして真面目な梓のことだから下ネタに対する耐性がないのかもしれない。



「梓ちゃん、止めてください! 四條君は私のせいで弱っていますから休ませてあげてください」


「でもこいつは私に向かって『キ○タマ』などという卑猥な言葉を吐いたんだぞ」


「梓ちゃん、自分でも口にしていますけど」


 梓は歩美のツッコミで更に顔を真っ赤にしている。自分から勢いに任せて口にしちゃったら世話がない。だがこのようなタイミングで逆ギレを引き起こすのも、一部の女子には往々にして見られる傾向。梓は自分の失態に対して怒りを倍増させる勢いで重徳に怖い顔を振り向けてくる。


(ますます理不尽すぎるだろう! 自分で勝手に口にしたんだから俺の責任じゃないぞ)


 だがこんな重徳の心の声に斟酌するような梓ではないよう。



「そもそも四條! 貴様があんな卑猥なことを言い出すから私までとばっちりを食ったのだ。どう責任を取ってくれるんだ」


「梓ちゃん、『○ンタマ』と言ってしまったのは梓ちゃんの責任ですから四條君に当たらないでください!」


 あーあ、歩美まで釣られて言っちゃった。言ったそばから気が付いて彼女も顔を真っ赤にしている。何で朝から演習場で可愛い女の子が二人して「キ○タマ」を連呼しないといけないんだろう? だがここで歩美は奇跡の立て直しを図る。



「ひ、ひとまずは四條君をあそこのベンチで休ませますから梓ちゃんも手を貸してください」


(おや、鴨川さんが強引に話をまとめに掛かったぞ。どうやら「キンタ○」と口走ったのはなかったことにしているみたいだ)



「そ、そうだな。手を貸すから四條を連れて行こう」


(二宮さんも同様に、自分の”やっちまったレベル”の失言を、なかったことにする方向に考えを切り替えたようだ)


 二人は俺がしゃがみこんでいる場所にやって来て手を貸そうと両脇から抱える。



「四條君、あちらのベンチまで歩けますか?」


「ちょっと試しに歩いてみる」


 二人の手を借りて何とか立ち上がった重徳はソロリと一歩踏み出してみる。だが足を動かすと耐え難い鈍痛が全身を駆け巡ってそこから先に踏み出すのは無理。


(ダメだ。足を地面に付く振動がダイレクトにタマタマに伝わってくる。これはいくらなんでも無理だって! 誰だよ「痛みは友達」なんて偉そうに言ったやつは)


 重徳にしては珍しく涙目になりながら首を横に振る。



「ダメだ… 痛みが引くまで一歩も歩けない」


「それなら私たちが肩を貸しますからゆっくりあちらに向かいましょう」


「四條、ドサクサに紛れて変なことをしたら殺す」


 重徳は二人に肩を貸してもらいながらゆっくりとベンチに向かって歩き出す。体の両脇を女子二人に密着されて普段なら胸躍る瞬間のはずなのだが、今の重徳にはリアクションをとる余裕がない。


(あ~あ、俺のミニ重徳君は蹴られてからずっと萎れたままだよ。もし一生このままだったら本当にどうしよう…)


 こんな不安と引き続く痛みに耐えながらようやくの思いでベンチに腰を下ろして体を休める。蹴られた急所からは相変わらず鈍痛が繰り返し襲ってくる。弱まる時もあるが思い出したように鋭い痛みもぶり返してくるから、時折呻き声が重徳の口をつく。



「四條君、大丈夫ですか?」


「あっ、ああ、時間が経てば元に戻るんじゃないかな。たぶん…」


「氷で冷やしたら楽になりますか?」


「いや、下手に刺激を与えない方がいいからこのままでいいよ」


(俺の横に座って心配そうに見守ってくれる鴨川さん、マジで天使! さっきは大悪魔に変身して俺のタマタマを蹴ってくれたけど。でも本当に優しい人なんだな)


 そんなことを考えてくるうちに重徳は眠気に襲われて、そのまま再び意識が遠のいていく。






   ◇◇◇◇◇







 しばらくして目を覚ますと、さっきよりも確実に痛みは引いている。


(何とか動けそうだな。回復してくれて良かった)



「四條君、大丈夫ですか?」


(あっ、隣に鴨川さんが居たんだ。俺が目を開けたのに気が付いて声をかけてくれた。もしかしてずっと隣で様子を見ていてくれたのかな?)



「さっきよりもだいぶ楽になりました。どれ、ちょっと立ってみようかな」


 ゆっくりと立ち上がってももう大丈夫な模様。相変わらず軽い鈍痛と違和感は残っているが、何とかひとりで歩ける程度には回復している。



「良かったです。本当に心配しました。私のせいで四條君が大変な目に遭って本当にごめんなさい」


「気にしないでください。四條流の稽古では怪我が付き物ですから」


「でも、本当に心配だったんです」


 目を伏せがちにして心配した様子を伝えてくる歩美。そんな彼女に心痛を掛けまいと、ここで重徳は余計な気を遣い始める。


(ここはひとつもう大丈夫だという意味を込めて軽口でも飛ばしてみようかな)


 などという考えの元、不用意に口をついた発言が…



「もしタマタマが不味いことになって将来子供ができない体になったら、鴨川さん、結婚して俺の面倒を見てくださいね」


「えっ… えーーー! そ、その時はどうぞよろしくお願いします」


(あれ? 鴨川さんが真っ赤になって俺の顔を見ているぞ。でもなんだか挙動不審になって視線が宙を彷徨っているな。ちょっと冗談が効きすぎたか? ちゃんと冗談だって伝えておこうか)



「四、四條君! 私は喜んでお世話いたしますから」


 そう言い残して歩美はベンチを立って梓が素振りをしている場所に走り去っていく。


(あれれ、俺は何か不味いことを言ったのかな? 軽い冗談のつもりだったから鴨川さんが深刻に受け止めていなければいいんだけど)






 一方ベンチを立って走っている歩美は…


(ど、どうしよう… 四條君にいきなりプロポーズされちゃった… お付き合いとかそういうのを飛び越えちゃって、いきなり結婚とかって…)


 完全に本気で受け取っているよう。これまで奥手なせいで男子と付き合ったことなどない歩美にとっては、人生最大の告白を受けたヒロインのような気分に浸っている。


(で、でもなんだか嬉しい。四條君とずっと一緒に居られるって考えただけでも胸がドキドキして来ちゃう。「よろしくお願いします」って返事をしちゃったけど間違ってはいないよね。あの時は思わずって感じで答えちゃったんだけど、今改めて考えてみると自分の気持ちを正直に言葉に出来たみたい。きっとこの気持ちは四條君には伝わっているはず。でもどうしよう… なんだか恥ずかしくて四條君の顔をまともに見れないかも)


 待て待て、これはいよいよ本気ではなかろうか? 重徳の軽口が歩美をあらぬ方向へ突っ走らせようとしている。もしかしてたったこれだけで真剣になってしまうなんて、この歩美という少女は生粋のチョロインなのではなかろうか?


(なんだか私自身ががフワフワして私でなくなっちゃいそうな、嬉しいけどちょっと変な感じ。梓ちゃんにはまだ話さない方がいいよね。でも話したら喜んでくれるかな? ああ、どうしよう? 今の私のこの気持ちをどこに持っていけばいいの?)


 いきなり超デレてしまった歩美は顔を真っ赤にしながら梓の前にやってくる。



「歩美、もう四條に付いてなくていいのか?」


「あっ、梓ちゃん! そ、その、もうしばらくベンチで休んでいるって」


「そうか、それなら大丈夫そうだな。どれ、今から少し私が剣の手解きをしてやるからしっかりと頑張ってくれ」


「わ、わかりました」


 今の歩美はそれどころじゃないのだが、梓に強引に剣を握らされて素振りを開始。教えられたとおりに剣を振り下ろしてみるものの、それでも重徳のプロポーズが頭を駆け巡って全然集中できない。この胸が張り裂けそうな嬉しい気持ちをどうしたらいいのかと思い悩んでいる。


 時々四條君が座っているベンチの様子を気にしつつ素振りを繰り返していく。梓に怒られて集中しようとしても、四條君の姿が目に入ってくるだけでさっきの言葉が頭の中に蘇ってついつい表情が緩んでしまう。


 結局午前中の実技実習はこのまま素振りを繰り返して、ボーっとした頭のままで歩美の時間が過ぎていくのだった。




 


 放課後…


 校門で歩美たちと別れた重徳は、いつもと変わらない様子で帰路に着いている。


(ようやく下腹部の痛みが治まって普通に歩けるようになってきた。今日は鴨川さんのおかげで、ムフフな感触を楽しんだ後でとんでもない天罰を食らったな。きっとあんなセクハラ紛いの行為を神様が見ていたんだろう。あのフカフカとしたオッパイの感触すら、そのあとの金的攻撃による痛みに上書きされてはっきりとは思い出せない)


 どうやら重徳のパラダイスタイムの記憶は、その後の苦痛によって塗り潰されてしまったらしい。本人も残念がっているが、これは仕方がないと諦めるしかない。


(そもそも稽古の途中であんなよこしまな考えが浮かぶのが俺の未熟さを端的に表しているに違いない。この調子ではロリ長を批判できないぞ。頭を冷やしてしっかりと反省しよう。色即是空、煩悩退散、諸行無常…)


 そもそも危険が付きまとう稽古の最中にあのような不埒に考えに至った点を猛省してもらいたいところ。このままではロリ長以下の淫獣に成り下がってしまう。それよりも重徳には何か気になる点があるよう。


(それにしても昼休み以降の鴨川さんの態度がなんだか変だったな。甲斐甲斐しく俺の面倒を見ようとしてくれて逆に恐縮してしまった。もしかして自分のせいで俺が動けなくなった責任を感じているのかな? たぶん明日からは普通に動けるだろうから、そんなに世話にならなくても済むだろう)


 薄々歩美の変化に気付いてはいるようだが、まさかそれが自分の軽口が原因などとは全く気付いていない重徳。相手が純真を絵に描いたような歩美だけに、このままでいくとなんだか大変なことになりそうな気もする。


 だが重徳はそこまで深く考えてはいないよう。さっさと別の方向に自らの思考を切り替える。


(どれ、自分の体調を確かめる意味でも今日もダンジョンに行ってみるか)






   ◇◇◇◇◇






 着替えを終えて装備を整えたらすぐさまダンジョンに向かう。まだタマタマは若干疼いてはいるけど、ゴブリンを相手にする程度ならば問題はないだろう。



「おや、四條君! 今日も中に入るのかい?」


「はい、なんだか生活の一部になってしまって、こうして毎日ダンジョンに入らないと落ち着かないんです」


「そうかね、君には立派な冒険者の資質が備わっているようだね。気を付けていってきなさい」


「ありがとうございます。それじゃあ、いってきます」


「ああ、そうだった。四條君は今何階層まで進んでいるんだい?」


「まだ1階層をウロウロしていますよ」


「そろそろ1階層ではレベルが上がりにくくなる頃じゃないのかい?」


「確かにゴブリンを何10体も討伐するのは時間が掛かります」


「転移魔法陣は知っているかね? ほら、魔物図鑑の最後の方に書いてあっただろう」


「すいません、まだ全部目を通していませんでした」


「そうか、では今説明しておくよ。このダンジョンには各階層に転移魔法陣があるんだ。これを利用すると自分が到達した階層に行ったり、そこから戻ってきたりできるんだよ」


「ずいぶん便利な仕組みですね」


「1階層には下層に降りる専用の魔法陣しかないけど、2階層以降には行きたい階層に自由に移動できる魔法陣が設置されているから上手に活用するといいよ」


「ありがとうございます。もう少ししたら下の階層に降りますから、その時に使ってみます」


「それじゃあ気を付けて行ってきなさい」


「はい、いってきます」


 こうして重徳はまだ若干疼きが残る急所を抱えながらも、今日もダンジョンに入っていくのだった。


  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


入学4日目にして「プロポーズされた」と思いっ切り勘違いしてしまった歩美。歴史上最短でチョロインが爆誕した模様。果たして二人の行く末はどうなるのか… 生暖かく見守っていきたいものです。


この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから読者の皆様にお願いです。


「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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