第10話 天国から地獄に突き落とされて…
入学4日目の午前中は演習場で実技実習となっている。重徳はロリ長や歩美と一緒に準備体操をしている最中。梓は彼らと離れてひとり黙々と素振りをしている。軽く体を動かしている重徳の耳には、彼を遠巻きに見詰める勇者たちの声が聞こえてくる。
「おい、模擬戦はどうするんだ?」
「初戦は当然3ポイントを狙いに行きたいよな」
「となるとやっぱり狙いは一般人か」
「噂によると東堂先輩に一方的にやられたそうだぜ」
「無謀もいいところだな。一般人が東堂先輩を相手にして敵う訳ないだろう」
「俺は早速あいつに模擬戦を申し込むぞ」
重徳のスキルの欄には気配察知が加わっている。これは魔力とは関係なしに常時発動可能な能力らしい。おかげで視力や聴力が大幅にアップしているようで、聞こえなくてもいい外野の雑音がこうして耳に入ってくる。
それにしてももう昨日の東堂との打ち合いの話がクラス内に広まっているのは重徳にとって意外に感じる。高々一般人に過ぎない自分の動向がこうも早く噂として広まっているのはなんだか変な気分。話の出所は、おそらくあの対戦を周囲で見ていた2年生だろう。余程の目を持っていないとあの打ち合いのさ中にどんな攻防が繰り広げられていたのかなんてわからないはず。だから見た目のままに重徳が東堂に圧倒されて打ち負かされたという話になって伝わっているのだろう。
もちろん重徳は昨日の敗戦を潔く受け止めているので負けた事実を否定するつもりはない。むしろ清々しいくらいに自分の力が東堂の剣に撥ね返されたと思っている。それよりもあの敗戦自体自身にとって非常に有意義なものと受け止めている。この経験をこれから先の糧にすればいいのだから。
(本当にバカな連中だな。クラスの勇者の皆さんは2つ程大事なことをお忘れじゃないだろうか? 確かに俺が東堂先輩に敗れたのは事実だけど、君たちは東堂先輩ではないんだぞ。更に俺は入学初日に勇者四人をボコボコにして、そのうち二人を入院させているんだけどな。人間というのは耳障りが良くて自分にとって都合のいい話には進んで焦点を当てるけど、反対に都合の悪い事実からは目を背けようとする習性がある。まだ精神的に未熟な高校に入学したての年代のガキ共ではこの受け止め方は仕方がないのかもしれないな)
重徳がこのように考えながら準備体操をしているところにニヤニヤしたロリ長がやってくる。
「四條は大人気のようだね」
「出る杭は打たれるからな。俺は誰の挑戦でも喜んで受けてやるぞ」
どうやらロリ長にもクラスの連中の話が聞こえていたよう。なんだか悪巧みをする悪代官のような表情で肩に腕を回してくる。
(コラッ、男に肩を抱かれても全然嬉しくないから離せ! この変態ロリコン野郎)
こんな男子二人の様子が気になったのか、歩美が準備体操を中断して重徳に話し掛ける。
「四條君、一体何のお話ですか?」
「ああ鴨川さん、実はクラスの男子たちが挙って俺に模擬戦を申し込んでくるらしいんです。今あっちで順番の相談をしている最中ですよ」
「また四條君はそうやって危ないことするつもりなんですね。昨日の私との約束を守る気があるんですか?」
「鴨川さん、模擬戦は授業の一環だからやらないと単位がもらえないんですよ。それに俺だけじゃなくって、鴨川さんもいずれは10試合こなさないといけないんですから他人事じゃないです」
「ええーーー! 私も模擬戦をやるんですか? 女子だから完全に他人事だと思っていました」
歩美はおそらく今朝の担任の話を誤って理解していたのだろう。聖女ではなくても女子だからという理由で模擬戦が免除されると思い込んでいたらしい。
(おっと、ここから先はロリ長が説明役を買って出てくれるようだ)
「鴨川さん、この学園で模擬戦が免除されるのは聖女と魔法使いだけですよ。彼女たちはダンジョンの中に入らないと魔力が発揮できないので免除されているだけです。だから鴨川さんも他の生徒に混ざって模擬戦を行う規則になっているんです。鴨川さんだけではなくて他のクラスの勇者ではない生徒も全く同じ扱いです。ダンジョンで魔物と戦うために実戦に近い経験をしておかないといけないですから」
「わ、私はどうしたらいいんでしょうか?」
歩美はオロオロしながら涙目で重徳に訴えかけている。
(止めてくれ! そんな涙目で見られると、どうしていいかわからなくなるじゃないか! でも鴨川さん、この学園はダンジョンで魔物と戦う人間を養成しているんだから、模擬戦程度でうろたえていたら先には進めないのも事実ですよ。何しろカリキュラムの半分近くがこうした実技実習に当てられているのは紛れもない事実だし)
重徳が歩美の涙によって幼い時分のトラウマを刺激されてオロオロしている間にも、ロリ長の説明は続いていく。
「四條のようにわざわざ勇者と対戦しなくても構いません。他のクラスの生徒の中から対戦相手を選ぶのも可能ですからね。相手がD、Eクラスの生徒ならば剣道の地区大会くらいのレベルですよ」
「それでも私にとってはレベルが高すぎます。武術の経験が何もありませんから」
「四條がしっかりと教えてくれるから大丈夫ですよ。それにいざとなったら自分から棄権を申し出るという手もあります」
「な、なるべくなら棄権はしたくないので四條君どうか色々と教えてください」
さすがに学園の決まりには逆らえないと覚悟を決めた歩美が重徳の手を取って決意した表情で迫ってくる。
(ちょ、ちょっと顔が近すぎやしませんか? そんな間近で迫られたらどうしていいかわからないじゃないか)
とはいえ重徳もオロオロしっ放しというわけにもいかない。意を決した表情で歩美に伝える。
「わかりました、今まではちょっとした護身術でしたが、これからは四條流の技を学んでもらいます」
「どうぞよろしくお願いいたします」
真剣な表情で重徳に向かって頭を下げる歩美。長い黒髪のいい香りが鼻をくすぐる。
(な、なんだか女の子って本当にいいもんだな。この学園に入学して鴨川さんと知り合いになれた俺は実に幸せ者だ)
こんな心の内を必死に隠しながら、なんとか普段の表情を取り戻そうと努力する重徳。だがその顔はどこかニヤケた雰囲気が混ざっている。
「そ、それじゃあ早速はじめようとするか」
本音では心の底からもったいないという思いを抱えながら歩美が握っている手を離す。まずは簡単に四條流の話をしないといけないので、彼女の正面に向かい合って立つ。ちなみにまだそぼ顔はニヤケっぷりが収まっていない。
「四條流は、〔打つ、投げる、極める〕の3点がワンセットとなって成り立っている武術なんです。それぞれの技の特性をよく理解して身に着けてください。それから流派の最終奥義として〔逃げる〕という技が存在します」
「逃げるのですか?」
不思議そうな表情で首をコテンと横に傾ける歩美。
(チクショー! こういう仕草が小動物っぽくって可愛いすぎじゃないかぁぁぁぁ! こんな表情を向けられたら好意を持たれていると勘違いしそうだぞぉぉぉ!)
このような妄想が重徳の頭の中でザワつき始めるが、それは鋼の意思で一旦封印して話を続ける。
「そう、逃げるんですよ。敵わないとみたら戦闘領域を素早く離脱する。命があれば再びその相手と戦うことも可能です。危ない時には躊躇わずに逃げる、これをしっかりと守ってください」
「でも四條君はいつも逃げないで無茶ばっかりしていますよ」
「あの程度はまだ本当に命の危機を感じていませんから。自分の命が危ういと感じたら俺も即座に逃げるから安心してください」
「はい、わかりました。でも本当に四條君は程々にしてくださいね」
また歩美が涙を見せると大いに困るので、彼はお口にチャックで頷いておく。自身と歩美の間には危険に対する認識に相当な開きがあると感じている。この開きを埋めていくには並外れた努力を要する作業になりそうな予感。だがいずれは歩美も模擬戦をしたりダンジョンに入ったりするから、身を守る術を身に着けておくのは本人のため。それにちょっとでも四條流を理解すれば考え方が重徳自身に近付いて来るかもしれない。
「それじゃあまずは打撃の形から練習しましょう。四條流では殆どコブシは使用しません。手の平か手刀を相手に当てるのが一般的です。打撃技は一発で決めるのが目的じゃなくて、あくまでも次の投げ技や関節技に繋いでいくための牽制や相手の体勢を崩すように打ち込んでいくのを覚えておいてください」
「なんだか難しそうですね」
「やっているうちに自然に体が動くようになりますから。それじゃあ俺の動きを真似しながらやってください」
「はい」
こうして重徳は基本の打撃の形を見せて実際に歩美にもやらせてみる。空手のように正拳突きを繰り返すんじゃなくて、基本の型を組み合わせた動きを流れに沿って練習していくのが四條流の打撃の形。もちろんこの際の足捌きも重要なのは言うまでもない。
歩美はお世辞にも運動神経が良いとはいえない。むしろ女子の中に入ってもかなり潰滅的といえる。体力の面でもそれなりのモノしか持ち合わせてはいない。入試に運動能力検査があるこの学園になぜ取り立てて際立った能力がない彼女が合格したのか大いに謎が残る。まあそれでも多くの偶然が重なった結果歩美がこの学園で自分と一緒に居てくれるんだから、重徳はこの幸運な巡り会わせに感謝している。
途中で足を縺れさせた歩美が転び掛ける場面もあったが、何とか無事に打撃の形を終えて次は投げの形に移る。今度は重徳を敵に見立てて、まずは型どおりに打撃を放って相手の体勢を崩してから投げに移行していく練習がはじまる。
「掌打を放って相手が避けたら避けた方向の腕を取る。そこから一気に投げ技に移行していくんですよ」
「はい、頑張ります!」
重徳に向かって歩美のヘロヘロな掌打が飛んでくると、わざと体勢を崩したフリをして大袈裟に体を右に傾ける。あとは右手を取って軽く下方向に引っ張り、足を掛けたら一番簡単な横投げの完成となる。この時のコツはまだ相手が避けている最中に更に踏み込んで、その体重移動を利用しながら最小限の力で投げるという点にある。更に上級編では掴んだ手首の関節をしっかりと極めるなどという技法もある。こうすると受身が取りづらくなって投げ技のダメージがより大きくなる。
「えいっ!」
歩美は教わったとおりに腕を取って足を掛けてくる。この程度ではウチの道場では逆に返し技をあっさりと食らうレベルだが、敢えて彼女の動きに逆らわないように重徳は横に倒れこんでいく。相手の体が自分の投げ技によって飛んでいくという感覚を覚えるのも上達の第一歩。この程度のヘロヘロの投げでは全然ダメージはないが、一応受身を取ってから立ち上がる。そこに歩美が心配そうな目を向けてくる。
「四條君、大丈夫でしたか?」
「普段から投げられているから全然平気ですよ。鴨川さんが俺を投げるたびに上達していくんだから、何も心配はしないで遠慮なくドンドン投げてください」
「はい、わかりました」
歩美の優しい性格がよく現れている。投げ技の練習をしているのに投げられた重徳を心配しているんだから。それだけではなくて根が素直だからアドバイスを忠実に守っている。本当はもうちょっと応用が利いた方が良い場合もあるのだが、基本に忠実なのは悪いことではない。
横投げの練習が終わったら次は担ぎ投げに移る。腹を狙った掌打を相手が腰を引いた避けた時に腕を取りながら後ろ向きに懐に潜り込んで投げる。柔道では背負い投げとか一本背負いと呼ばれる投げの練習に入っていく。
ヘロヘロと飛んでくる歩美の掌打を腰を引いて避ける重徳に対して、彼女は左腕を取って背中を向けながら懐に潜り込んでくる。そのまま体を前に倒せば投げが完成するのだが、タイミングを取るために投げる手前で寸止めにする練習からスタート。何度も歩美が背中を向けて重徳に迫ってくる。
(むほほほほ! これは堪りませんぞ! 俺の体と鴨川さんの背中から腰が密着している。ちなみに2人とも学園から支給されたジャージ姿だ。特に動いている鴨川さんは半そでのTシャツ一枚。しかも彼女の柔らかいお尻が俺の股間のちょうどいい場所に当たって変な刺激を与えてくる。これ! 俺の息子よ! 立ち上がろうとするんじゃない! 訓練の最中なんだから今しばらく大人しくしているんだ! しかしこれは役得以外の何者でもないぞ! それに鴨川さんの髪の毛が俺の顔の間近にあって、いい香りが漂ってくる。クンカクンカ… 胸がいっぱいになるまで深呼吸したい気分だ)
「四條君、こんな感じでどうでしょうか?」
「大変結構なお手前でございました」
(シマった! 変な妄想のせいで誤解されかねない返事をしてしまった)
重徳は焦った表情だが、歩美は彼が抱いた邪な妄想についてまったく気づいた様子がない。となると重徳は安心して更なる妄想の世界に足を踏み入れる。
(なんと申しましょうか… 本当に堪能させていただきました。感謝の言葉もございません。鴨川さんの様子を伺うと全く気が付いていない… そうじゃない! 額に汗が滲んで息が上がっているようだ。これはちょっと休憩が必要だな。ここまで結構なペースで練習したから疲れているだろう。ついでに俺の下半身も静めておこう)
「最後に俺を一本きれいに投げてから休憩にしましょう」
「はい、それでは行きます」
今度は寸止めではなくて重徳が最後まできれいに投げられる番。歩美は教えどおりに腕を取って懐に潜り込んでくる。敢えて抵抗せずにそのまま流れに任せればきれいに投げが決まるはず。だがその瞬間歩美の足元がふらつく。
(不味い! これでは投げが崩れる)
重徳は咄嗟に地面に残っていた左足を強く蹴って、両腕を彼女の胴体に巻きつける。横に崩れてしまいそうな投げで歩美が下敷きにならないように、先回りして自分の体が彼女の下に来るように持っていく。
(ふー、なんとか間に合った。先に地面に落ちた俺の体がクッションになって鴨川さんはどうやら無事なようだ)
「四條君、今のはどうなったんでしょうか?」
重徳の顔の間近に歩美の顔がある。というか芝生の上に仰向けになった重徳の上に歩美が乗っかっている。彼の両手は彼女を胴体をしっかりと抱きとめているままで、例えるならとってもヘブン状態ではないだろうか。
(む、胸が… 鴨川さんのオッパイの感触がかなりダイレクトに俺に伝わってくるじゃないか! こんなに柔らかいものなんだとちょっと感動しているぞ)
しっかりと色々堪能しながら、重徳は紳士的な言葉を選んで歩美に説明開始。
「投げが途中で崩れそうになったから、俺が鴨川さんのクッションになったんですよ」
「すみませんでした。四條君は大丈夫ですか?」
「とっても幸せな気持ちです! ずっとこのままで居たいです!」
その言葉の意味を理解できない歩美は周囲をグルリと見渡す。そしてようやく自分が重徳の体の上に乗っていることに気が付いたらしくて、見る見る彼女の顔が真っ赤に染まっていく。
(もうちょっとそのままでも俺は全然構わないんですよ! でも恥ずかしがって頬を染める鴨川さんも実に可愛いな。本人は相当にテンパッているみたいだけど)
歩美の体を抱き留めたままの体勢で重徳が暴走気味に飛ばしている。これではロリ長をバカにすることなど出来ないだろうに…
「ええー! 本当にすみません! 今すぐにどきますから」
慌てて降りようとして足をバタ付かせる歩美、そしてその時重徳に最大の悲劇が襲い掛かかる。歩美の膝が偶然彼の股間を抉るようにメリ込んでくる。
「へぶる$%&あが?¥!」
声にならないくぐもった悲鳴を上げた重徳の脳を突き刺すように鋭い激痛とズーンと腹の底に響いてくるような鈍痛が同時に襲い掛かる。
(た、助けてくれ! これは男にしかわからない痛みだ! その中でも相当にヤバい部類に違いない。全身から一気に脂汗が噴き出してきた。なんだか嫌な悪寒も始まっているぞ。痛みのせいで目の前が段々暗くなっていく。ヤ、ヤバい…)
そのまま重徳の意識は一時的にブラックアウトしていく。
ツンツン、ツンツン…
(何か硬い物が俺の頭を突っついているな。なんだろう?)
「おい、四條! 早く目を覚ませ!」
「四條君、大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開くと梓が手にする木剣で重徳を突っついていている。その横では心配そうな表情の歩美が見下ろす光景が目に飛び込む。
(なんだかちょっと記憶が曖昧だな。確か鴨川さんが俺の上に乗っかって… そうだった!)
重徳はゆっくり体を反転させると、女子二人を制して膝立ちの姿勢に。そして彼女たちに背を向けて2つの玉が無事かどうか確認をする。
(良かった、潰れてはいないみたいだ。まだ腹の底に疼くような痛みは感じるけど、どうやら男としての大事な物を失わずに済んだ)
こうして歩美の見事な膝蹴りよって地獄に突き落とされる一歩手前で何とか生還を果たした重徳。間近でこの件の一部始終を目撃していたロリ長の口が「天罰ザマー」と小さく動いたのを知る人間は誰もいない。
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歩美との稽古の最中に煩悩に塗れたせいでヒドイ目に遭った重徳。まだまだこの一件の余波は続きそうで…
この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
それから読者の皆様にお願いです。
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なお同時に掲載中の【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】もお時間がありましたらご覧ください。こちらは同じ学園モノとはいえややハードテイストとなっております。存分にバトルシーンがちりばめられておりますので、楽しんでいただける内容となっております。
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