第9話 勇者の成り立ち


 東堂先輩との初めての打ち合いを経験した翌日、重徳はいつものように仕度を整えて学園に向かう。強いて普段と違う点を上げるとすれば、学園に向かう時間が昨日よりも20分以上早いという点だろうか。まだ脇腹の痛みが完全に引いていなかったので、今朝の鍛錬を軽目にした分だけ早く登校している。


 もちろん昨日もしっかりとダンジョンには入ったのは重徳的には当然。脇腹の痛みなど何のそのとばかりに1階層のゴブリンを30体倒してレベル7に上昇した合図があったところで切り上げていた。魔物図鑑によるとゴブリン1体の討伐で得られる経験値は8~13くらいらしい。平均で10とすると、レベル6から7に上昇するためには300の経験値が必要だったということになる。レベル4から6まで上昇するのにもほぼ同じくらいの経験値でオーケーだったから、やはりレベルが上がれば上がる程必要とする経験値が増えていくらしい。


 数学は苦手なのでレベルと上昇に必要な経験値の相関関係がどうなっているのかは重徳にはわからない。2次方程式で躓いたこの彼にとっては関数なんて端っから論外というもの。そのうち誰か頭のいい人がこの相関関係を解き明かしてくれるだろう。それともすでに判明しているのか? まあ、そのような話はどうでもいい。重徳にとってはダンジョンが家から5分の場所にあるという地の利を最大限に生かして、これからもレベルを上げまくるだけ。



 10分もかからない学園までの道のりには、そろそろ散り始めている桜の花びらが風に吹かれて舞い上がる。まるで風自体がピンクの衣装をまとっているかのよう。


(どうせならそよぐ風が女子高生の短いスカートを捲り上げてくれないだろうか。スカートの下に隠されているピンク色の秘密をぜひとも俺だけにこっそりと公開してもらいたい。一応はこれでも健全な男子なんだから、そういう欲望の1つや2つはしょうがないだろう。これは正常な欲求であってロリ長よりも100倍マシなはず)


このような不埒な考えを抱きつつ、のどかな風景が続く桜並木を歩きながら重徳はふと昨日の出来事を思い出している。それは昼休みのことだった…



「四條君、怪我なんかして… そんなに私に心配をかけないでください」


 重徳の顔をまじまじと見ながら、その切れ長の瞳に涙を浮かべている歩美がいる。東堂との打ち合いで脇腹を打たれて打撲を負った件で懇々とお説教を受けた最後の歩美の一言が、やけに重徳の胸に引っ掛かっている。女の子の涙というのは彼にとっては最大の弱点かもしれない。どうしていいのかわからずに狼狽えている重徳の精神力を歩美の涙がガリガリと削っていく。言葉も出ない重徳を見かねた梓が救いの手を差し伸べてくれる。



「歩美、四條の顔を見ろ。お前の涙が相当堪えているみたいだぞ。たぶんあいつもしばらくは大人しくしているだろうから、そのくらいで勘弁してやるんだ」


「四條君、無茶はしないと約束してくださいね」


「はい、お約束いたします」


 重徳はそう言って、顔をテーブルに擦り付けるしかできなかった。


 …とまあ、あの続きでこんな出来事があったわけだ。


(参ったよな、あの鴨川さんの涙には。仮に俺が勇者だったとしてもたぶん無抵抗で白旗を掲げるだろうな。そもそも俺が女の子に涙に弱いのにはれっきとした理由がある。それはまだ俺が4,5歳くらいの頃まで遡る…)


 重徳の父親はしょっちゅう涙を浮かべた母親の前で正座して長時間の説教を食らった挙句に最後は男らしくビシッとした完全無欠の土下座をキメて謝っていた。それはもう惚れ惚れするような見事な土下座。そしてようやく解放された父親は必ず重徳に向かってこう諭すのが常だった。


「いいか重徳、女には絶対に逆らっちゃいけないぞ。理屈で言い負かそうなんて論外だ。それは火に油を注ぐよりも愚かな行為だからな。ひたすら低姿勢で嵐が通り過ぎるのを待つしかない。いいか、涙を流した女には絶対に逆らっちゃいかんぞ」


 きっとあの記憶が重徳の幼い精神に多大な影響を与えたのだろう。だから小学校の時に些細なことで女の子が泣き出すと、まったく無関係な重徳までなんだか泣きそうになってしまうという経験をたびたび繰り返した。中学生になってさすがに自分が泣きそうになることはなくなったが、オロオロしてどうしていいかわからなくなってしまうのは相変わらず。そして昨日、重徳の目の前で歩美が瞳に浮かべた涙は彼の精神に大打撃を与えている。しかも完全に自分が原因だったから猶更だろう。梓の助けがなければ重徳も涙目になってかつての父親同様土下座していたかもしれない。


 ということで平身低頭謝った挙句に歩美に「無茶はしない」と約束したのだが、帰宅して脇腹がまだ疼くその足でダンジョンに出向くという約束破りを堂々と犯したのもまた事実。


(これはこっそりとダンジョンに通っている件は絶対に誰にも明かせないな。特に鴨川さんに余計な心配をかけると、再びあの精神を存分に削ってくる容赦ない涙攻撃を食らう恐れがある)


 このようなことを考えていたら、あっという間に学園に到着。教室に入ると歩美と梓はまだ登校していないようで、ひとつ前の座席にロリ長が座っている。ちょっとホッとしながら自分の席にリュックを下ろして変態セクハラ勇者に朝の挨拶をぶちまける。



「おはよう、信長はずいぶん早いんだな」


「おはよう、四條。いつも遅刻ギリギリなのに今日に限ってどうしたんだ?」


「今朝の鍛錬を軽めにしたから、こうして早く登校したんだ」


「あの怪我で鍛錬する時点でなんだか間違っている気がしてくるよ」


(残念でした! 鍛錬だけじゃなくってダンジョンにも行っちゃいましたよー! おっとこの件はお口にチャックだ。ロリ長は数学をサボった件をペロッと女子二人にしゃべったから、なおさら注意を払うに越したことはない。それはそうとしてこやつに聞きたいことがあったんだ。時間はまだあるしちょっと聞いてみようか)



「ところで勇者って何をするんだ?」


「決まっているだろう! ハーレムを作ってエルフの幼女を…」


「シャーラップ!! そこから先の言葉を全部飲み込みやがれ! この朝から毎度変態セクハラ勇者めが! お前の妄想じゃなくて、俺が聞きたいのはもっと広い一般論としてどうなのかだ!」


「僕の崇高なる目標を妄想とはヒドイな。まあいいか、一般論としては異世界から侵略してくる魔王を倒すためと言われているね」


「それで勇者っていうのは全部で何人居るんだ?」


「統計によって誤差はあるけど、かれこれ300人くらいは居るのかな」


(ほー、予想以上にたくさん居るんだな。まあそれでも日本の総人口に比べると僅かなものか)


「その中で信長みたいな天然の勇者って言うのは何人だ?」


「わかっているだけで7人かな。この学園では僕と二宮さん、それに東堂先輩だね。残りは全国の同じような学園に在籍していたり、まだ15歳以下だったりだよ」


「それでその何百人も居る勇者の中から、何でお前のような天然の勇者が生まれたんだ?」


「その話をすると地球上でどのように勇者が生まれたかという、ちょっと長い話になるよ」


「面白そうだから教えてくれ」


 重徳の要望に信長は頷いて、何かを思い出すような表情をする。


(そんな勿体をつける必要はないから、キリキリと白状しやがれ! 余計な妄想は抜きにして洗いざらいしゃべるんだ!)



「そもそも話は10年前に遡る。世界の各地にダンジョンが出来上がった時期に人々は自分のステータスを閲覧する能力を手に入れた。なぜそんな能力が備わったかはいまだに謎のままだ。そしてそれと同時に職業というものを得た。その時期に成人して職業を持っている人たちは、当時の職業がそのままステータス上の職業になったんだ。たとえば鉄工所や製鉄所に勤めている人たちは〔鍛治師〕だったり、医者は〔薬師くすし〕だったりね。その他ではコンピュータープログラマーは〔計算師〕なんていうヘンテコな呼び名になったんだよ」


「ほう、そうだったのか」


 当時の重徳は世間がそんな騒ぎになっているとも知らずに、四條流に入門したてで必死で修行していた時期に当たる。テレビなど見る暇もなかったと彼自身記憶している。たぶんその頃にステータスの話を聞いても、鼻を垂らしながら「何それ美味しいの?」と聞き返すようなアホなガキだったに違いない。



「だから当時の大人からは勇者は生まれなかった。大概の人はすでに自分で職業を持っていたからね。でも子供や無職の人の中には〔剣士〕とか〔魔法使い〕なんていう職業が出現しだしたんだよ。それから数ヶ月してイギリスで世界初の勇者が確認された。そのニュースはあっという間に世界中を駆け巡って、日本でも勇者の大ブームが来たんだ」


「そうだったんだ。全然知らなかった」


「知らない方がどうかしていると思うよ。物凄い騒ぎだったからね。それから2年後、日本にもついに初めて勇者が現れたんだよ」


「ほうほう、どんな人だったんだ?」


「引き篭もりのニートだ。漫画とアニメが好きで自分の部屋で毎日アバ〇・ストラッシュの練習をしていたら職業が勇者になったんだ」


「理由軽すぎっ! ひょっとして厨2病患者の方が勇者になりやすいのか?」


「そういう側面は否定できないかもしれない。それで当時そのニュースに真っ先に飛びついたのが大手の予備校だ。初代勇者からそのノウハウを教えてもらって、まだ職業を得ていない子供を勇者にする教育に乗り出したんだ」


「その初代勇者はウハウハだな」


「あっという間に億万長者の仲間入りさ。勇者教育のノウハウを提供したライセンス料が億単位で転がり込んできたらしい」


「ただのニートだったのに大儲けをしたんだな」


「そういうこと。大手予備校の宣伝もあって勇者は夢の職業だと持て囃されたのさ。ところが一転してダンジョンは異世界からの侵略だと判明すると、あれほど自分の子供を勇者にしようと懸命になっていた親たちは潮が引くように勇者に背を向けたんだ。自分の子供をわざわざ危険に曝したくはないだろう」


「なるほど、だから今は勇者がどうこうとあまり騒がなくなったのか」


「そうだね、したがって足掛け4年くらいの期間に予備校で教育されて勇者の資格を得た当時10歳以下の子供が300人くらい発生したんだ。それがいわゆるバッタモノの勇者に当たるんだよ。もうちょっとマシな言い方をすれば〔養殖勇者〕かな」


「するとその世代というのは?」


「今のウチの学園の3年生からだね。それからこのクラスでは養殖勇者というのは4分の3だと僕が言っただろう。僕たち4人の例外を除くと残りの2,3人は初代勇者と同じ方法で自分の手で勇者になった生徒だよ。努力型勇者とでも言えばいいのかな。聞いた話では今でも勇者に憧れてこっそりと練習している子供がいるらしいよ」


「自分で勇者を目指して必殺技を練習したのか?」


「たぶん毎日5千回以上○バン・ストラッシュを練習したんだろうね。初代勇者の真似をして勇者の職業を得た人が過去には何人も出ているからね」


「もしかしてその人たちは…」


「四條の想像通り、全員が引き篭もりのニートだ」


 そうだったのか… 養殖勇者が出現する以前に初代勇者をはじめとする勇者と判明した人たちは全員が引き篭もりの皆さんだったんだ。日本の勇者業界の未来は真っ暗じゃないか! もしかしてその人たちはダンジョン攻略をしたのかな?



「信長、そのニートの勇者たちはダンジョンには?」


「まったく入っていないよ。彼らは勇者の職業を得て満足してまた元の引き篭もりに戻ったからね。今では政府が用意した施設の中でオンラインゲーム三昧の日々を送っているらしい」


(意味ないじゃん! なんなのそれって? わざわざゲームをしなくってもダンジョンに行けば魔物を討伐できるじゃないか! あれ、ちょっと待とうか… 俺の目の前に居るロリ長もその発想がそもそも非常に危ないやつだ。こやつもひょっとして引き篭もりのエロゲー三昧だったのか?)



「ああ、言っておくけど、僕は引き篭もりなんかじゃないよ。普通の子供だったんだけど、何もしないで7歳の時にステータスを開いたらそこには職業が勇者と記載されていたんだ。どうしてそんな記載があったのかは自分でもまったく心当たりがない。二宮さんや東堂先輩もたぶん同じような経緯だと思うよ」


「なるほど、だから天然の勇者なんだ… って、それよりも結局お前が勇者になった理由はわからず仕舞いだろうが。何のために長々と説明をしたんだよ。」


「そう、僕に関しては全然わからないのさ。そして四條に長々と説明したのはこの学園の成り立ちを理解してもらいたいからだよ。300人以上の勇者を抱えた政府はその全員を放置できなくなった。何しろ彼らは通常の人間に比べたら強大な力を持っているからね。そんな大量に発生した勇者を管理する必要に迫られた。そこで設立されたのがこの学園だよ。大きな力を振るうことが可能な勇者を管理して、異世界からの侵略の際は戦力にするのが目的さ。僕たち以降の世代からは殆ど勇者は生まれていない。つまり僕たちだけが貧乏クジを引いた格好だね」


「異世界からの侵略か… まあその時はその時だ。派手に暴れてやろうぜ」


「四條は実にポジティブだな。その気構えだけは見習いたいよ。ところで何でこんな話に興味を持つんだい?」


「大した理由じゃない。クラスの勇者たちを味方にするにせよ敵対するにせよ最低限の情報は必要だろう」


「なるほど、四條らしい理由だよ。うん、やはり四條は勇者なんていう重石おもしを背負わずにノビノビとやるのが似合っているな」


「それは俺が単にバカだと言いたいのか?」


「いや、四條は単細胞だと言っている」


「褒めてもらって感謝する。信長には特別に俺に昼飯をおごる権利を贈呈しよう」


「そんな物は嬉しくないな。僕が欲しいのはエルフの幼女で…」


「だまらっしゃい! 朝から飛ばしすぎだからな。ところで話は変わるけど、聖女って何だ?」


「次はそっちかい。本当に何も知らないんだね。聖女というのは神聖魔法で傷を癒したり、光魔法で攻撃したりする存在だよ。魔法使いの強化版だと思っておけば間違いないかな」


「そうそう、その魔法っていうのは本当に存在するのか?」


「ダンジョンの内部限定で存在するよ。地球上には魔力の元になる魔素が殆どない。だから魔素が豊富に存在するダンジョンに入らないと大抵の魔法使いは魔法が使用できないんだ」


「そうなのか、初めて聞いたよ」


「だから聖女や魔法使いは来月になったら早速ダンジョンに入って魔法の練習を開始する。今は魔法の理論を学んでいる段階だね。それが終了したら実戦が開始される予定だよ」


「来月なのか。結構早いんだな。俺たちはいつからなんだ?」


「僕たちのダンジョンアタックは1学期の終わり頃だよ。それまでは許可なくダンジョンに立ち入るのは禁止されているからね」


(なるほど、さすがのロリ長も武道の有段者に関する特例については聞いたことがないんだな。現に俺は普通に毎日ダンジョンに入っていますけどなにか? それよりも、ほかにロリ長になんか聞くことはなかったかな? ああ、そうだ!)



「ひとまずは勇者と聖女については理解したぞ。あとはBクラスの聖騎士と戦乙女ワルキューレってなんだ?」


「聖騎士は勇者とよく似ていて神聖魔法や光魔法が使用できる騎士だね。戦乙女は聖女をもっと武闘派方向に振り向けた感じかな。神聖魔法を使用しながら剣を手にして戦うスタイルだ。両方ともこのAクラスをライバル視しているよ」


「そうなのか、そういう職業もあるということだな。よくわかったよ、サンキュー」


「もうそろそろ担任が来る時間だね」


 教室を見渡すと梓と目が合って彼女が歩美に合図を送る。歩美は重徳に向かって顔を上げると、ニッコリとして挨拶をしている。釣られて重徳も頭を下げると梓がまたまた大爆笑。どうやら重徳の表情がぎこちなさの極致を究めていたせいらしい。元々こんな無愛想な顔なんだから仕方がない。そこへちょうどタイミングよく担任が登場してくる。



「朝の連絡だ。明日から1年生にも模擬戦が許可される。1年間に通算で10戦以上模擬戦をこなさないと単位が与えられないからそのつもりでいてくれ。勝利には3ポイント、引き分けには1ポイントが与えられて、ポイント上位8名は11月に実施される学年トーナメントに出場できる。もちろん成績にも反映されるから各自勝利を目指してほしい。なお聖女は除外されているので模擬戦の必要はない。以上だ」


 こうして担任が教室を出て行くと、男子の大半の獲物を狙うような視線が重徳に集中するのだった。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


担任から告知された模擬戦の概要。もちろん勇者たちのターゲットは重徳に集中しそうな気配で…


この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


それから読者の皆様にお願いです。


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