第8話 色々バレちゃった
木刀を手放した重徳の様子が変化したのに気がついたのか、東堂はうかつには斬り掛からずに出方を伺うような待ちの姿勢を保っている。
「気のせいか? 四條から感じる気が強くなったな」
「先輩に比べたら微々たる物ですよ。気にしないでください」
「自分を卑下する必要はない。この構えが四條の本来の姿だな」
「あまり見せたくはなかったんですけど、本気を出さないと東堂先輩に太刀打ちできませんから」
重徳に声を掛けながら東堂はなんだか嬉しそうな表情をしている。普通は「生意気な1年生を懲らしめてやろうか」くらいに考えるのだが、この人物はどうやら違うよう。強いて言うと四條家の道場にも何人か居る「強い相手とやり合うのが生き甲斐」と公言して憚らない戦闘狂のような性格の門弟に近いかもしれない。特に重徳のように武器を持たずに自分の肉体だけで戦うタイプはこの学園には少ないから、滅多にない機会に目を輝かせているのだろう。
「どうした、掛かって来ないのか?」
「どちらかというと迎え撃つのが得意なので」
「そうか、ならば俺からいくぞ」
「どうぞ」
重徳と東堂が向かい合う距離は5メートル。それなりに訓練している人間ならばほんの一呼吸で詰められる間合いといえる。当然剣を持つ者が先に相手に届く真の間合いに入り込める。どちらが有利なのかは一目瞭然だが、重徳は敢えて東堂に先手を譲っている。その理由は先程の打ち合いでも一方的に押されたことでわかるように、間断なく繰り出される豪剣の間合いに自ら踏み込んでいくのは重徳を以ってしても危険が大きいという判断が働いている。
ならば相手の攻撃を極限まで見切ってからの反撃の方がまだ可能性が残されている。もっともそれは重徳の見積もりではそれ程大きな可能性とはいえない。
「いくぞ」
声とともに東堂が踏み込む。
(早い! そして力強い踏み込みだ!)
自らの手元に剣を引き付けてどこを狙うかギリギリまで教えないようにして巨体が接近してくる。わずか3歩踏み込んだだけでもう剣が十分届く範囲に入り込んでいる。グッと最後の一歩に体重をかけて手に持っている剣を横に開く。なるほど、横薙ぎは一番避けにくい攻撃だからセオリー通りともいえる。
当然この攻撃を予想していた重徳はバックステップで回避する。東堂の剣は彼の制服をギリギリで掠めていく。だが安心など以ての外、一撃目を回避したと思ったら東堂は更に踏み込んで反対側から横薙ぎを放つ。
(一呼吸の間に反対から再び剣が飛んでくるなんてさすがに見覚えがないぞ。これは相当にヤバい状況だな)
重徳の体はバックステップで後ろに掛かった重心を前に戻そうとしている最中だったせいで、一瞬逆を突かれたようになって回避が遅れる。右から迫ってくる豪剣は回避不可能。ならば相打ちを狙うしかない。
重徳は覚悟を決めて自分から前進していく。狙うは空いている東堂の右脇腹。そこに掌打を叩き込むつもり。
(何とか間にあえーー!)
「グワッ!」
だが東堂の剣が重徳の体に届くのが一瞬だけ先んじている。右胴に剣が当たり鋭い痛みと息が詰まる感覚が重徳を包み込む。残念ながら今回の打ち合いは彼の完敗に終わる。膝を付いて痛みに耐える重徳に頭上から東堂の声が掛かる。
「最後は相打ちを狙ったな。お前の踏み込みの鋭さに一瞬肝を冷やしたぞ」
「先輩こそ最後に剣が当たる瞬間力を抜きましたよね。そうじゃないと俺は完全に吹き飛ばされていたはずです」
この程度のダメージで済んでいるのは東堂が手を抜いてくれた結果だと重徳自身が一番よくわかっている。そして自分の攻撃があと一歩届かなかったという事実を悔しさとともに噛み締めている。祖父や道場の年長の門弟から手玉に取られるのには慣れているが、こうしてほとんど同じ年代の人間に後れを取ったのは初めてかもしれない。
(やっぱり1年間真剣に訓練した勇者というのは本当に強いんだな。それがわかったのが今回の一番の収穫だ)
悔しさを滲ませながら蹲っている重徳の頭上から東堂が声を掛けてくる。
「立ち上がれるか?」
「大丈夫です」
まだ疼く脇腹の痛みを堪えながら重徳は立ち上がりつつ、東堂に向けて一礼。稽古をつけてくれた先輩に対する感謝の気持ちがそこに現れている。
「新入生にこれだけ梃子摺らされるとは思っていなかったぞ。先々が楽しみだ」
「ありがとうございます。最後にひとつだけ聞きたいんですが、先輩のレベルはいくつですか?」
「23だ」
「わかりました、目標とさせていただきます」
重徳と東堂の間にはレベルにして4倍近くの開きがあったよう。この結果は実力不足として受け入れるしかないが、やはりレベル差というのは相当大きなものなのだと重徳は実感している。それとともにクラスの勇者たちに真っ向から対抗していくためには、1年間で最低でも20以上はレベルを上げる必要があると感じている。それこそが一般人の彼が今のクラスに存在する価値を自らの手で勝ち取るための唯一の方法だろう。もちろんそれだけではなくてレベルの上昇とともに自分の技にさらに磨きを掛けていくのが重要だということも肝に銘じているよう。
「下級生が上級生に稽古をつけてもらうのは本学園では大いに推奨されている。間もなく1年生にも模擬戦が解禁されるだろうからいつでも相手になるぞ」
「その時はぜひともよろしくお願いします」
(そうなのか! これはいいことを聞いたな。自分の力を試すには東堂先輩は絶好の目標になる。それから模擬戦なんてモノもあるんだな。俺はオリエンテーションの時に熟睡していて何も聞いていなかったから、全然知らなかった)
どうやら東堂の申し出は重徳にとっては渡りに船。だがそれだけでは終わらないようで…
「四條、ひとつだけ忠告をしておく。学科の授業をサボるなよ。単位を落とすと進級できなくなるぞ」
「はい、わかりました。ご忠告ありがとうございます」
(バレていましたー! そりゃあこんな時間にノコノコと2年生の演習場に姿を現すんだから、授業をサボっていたのはミエミエだよな。今度はもうちょっと上手くやろう。それにしても東堂先輩は剣の技量といい人格といい良く出来た人だな。全員がこういう勇者だったら俺もクラスでもっと楽が出来るんだけど、世の中そう上手くはいかないよな)
こうして重徳は最後に一礼して教室に戻っていくのだった。
重徳が去った後の演習場では…
「東堂、下級生の相手をしていたのか? 最後は見事に討ち取っていたな」
「栗林、お前の目にはそう映ったのか?」
「ほとんど一方的な打ち合いだったじゃないか」
東堂に声を掛けてきた栗林もこの2年Aクラスでは5本の指に入る実力者。だが栗林を見る東堂の視線は厳しいまま。
(今の俺と四條の最後の一瞬に何があったのかをこいつも理解していないようだな。結果的に俺が勝ちを収めたが、あれはまさに紙一重の勝負。四條が俺の脇腹を狙って踏み込んでくる姿に背筋が寒くなったぞ。だが栗林ほどの腕をもってしても、あの一瞬に何が起こったのか理解できないとは情けない限りだ…)
東堂は力強い眼光で栗林を睨み付けながら言葉を発する。
「栗林、ならば問おう。1年前の貴様は上級生と正面から打ち合う度胸があったか?」
「いや、さすがになかった」
「四條は俺と正面切って打ち合ったぞ。驚くべきはあいつが持ち合わせている胆力だ。相当に鍛えている証に違いない。貴様もウカウカしていられぬぞ」
栗林の態度にはやや残念なモノを感じる東堂だが、それにしても楽しみな後輩が現れたものだと、重徳が去っていった方向をしばらく見つめるのだった。
その日の昼休み…
東堂との手合わせで一撃食らった脇腹の痛みがだいぶ落ち着いてきた重徳は午前中の授業が終了した教室に戻ってきている。ちなみに二時間目以降の授業はすべてパスして痛みが早く引くように保健室のベッドで寝ていた。
(どうやら軽い打撲で済んだな。この程度の痛みではウチの道場では稽古を休ませてくれないから当然慣れているさ。痛みは友達なんだぞ!)
などとやせ我慢をしているところに予想外の声が掛かる。
「四條君、保健室に行くほど具合が悪かったんですか?」
「あっ、ああ鴨川さん、もう大丈夫ですよ。心配してもらってありがとうございます」
仮病を使って2年生の実技実習を見に行ったら本当に怪我を負ったでござるの巻。何とも締まらない話だと重徳は穴があったら入りたい気分。
(それにしてもこうして心配してくれる鴨川さんはマジ天使でございます! こういう優しさに触れる機会があまりなかったから身に染みて嬉しく感じるよ)
仮病を使った件は棚上げして重徳は歩美の優しさになんだかいい心地になっている。するとそこに梓もやってくる。
「四條、具合は良くなったのか? 元気だったら食堂に行くぞ」
今日は学園に入学してから4日目にあたる。重徳たちは弁当派でここ2日間昼食は教室で摂っていた。だがせっかく学生食堂があるんだから見学がてら食べてみようという話が昨日のうちにまとまって、これからいつもの四人で向かっていく。
「へー、ここが学生食堂か」
管理棟の隣に設けられている平屋で鉄筋コンクリート打ちっ放しの学生食堂は大きな窓ガラスからふんだんに光を取り入れた明るい建物となっている。内部は白で統一されて清潔感に溢れるだけではなくて、並んでいるテーブルや椅子もレストラン並みの高級感を漂わせている。壁には風景画などが飾ってあって中々の雰囲気を醸し出す。
(良いのかこれって? 税金で建てられているんだろう)
重徳がこのように感じるのはもっともな話。建物や訓練施設だけではなくて食堂にまでこれだけ予算を掛けているというのは、この学園に対する政府の力の入れようが窺える。
カフェテリア方式で各自が好きな物を選べる仕組みで、食べ放題で500円という格安な値段設定が嬉しい。ただし飲み物とデザートが別料金なのはしっかりしていると言うべきだろう。殆どの生徒がここで昼食を取るので座席は500席用意されているそう。全校生徒が600人程度だから、席にあぶれる心配はまずない。
早速カフェテリアの列に並んで好きな物を注文する。午前中東堂との打ち合いで結構ハードに体を動かした重徳は生姜焼き定食大盛りにあんかけ焼きそばを注文。手にするトレーは満載状態でもう一方の手にあんかけ焼きそばを持った姿で着席。
「四條君、具合が悪かったのにいきなりそんなにたくさん食べて大丈夫ですか?」
「鴨川さん、心配ないよ。四條は仮病でサボっていただけで食欲はいつも通りだから」
「ええ! 保健室に行ったんじゃなくって仮病だったんですか」
(コラッ、ロリ長! 鴨川さんにバラすんじゃない! せっかく優しく心配してくれた鴨川さんの崇高なる行為を無駄にするつもりか)
「でも良かったです! 四條君が元気だったから」
「すいません、何だか騙してしまったようで」
(本当に鴨川さんはマジ天使! 俺が健康体だと知って安心したような表情で喜んでくれている。本当はまだ脇腹が若干疼いているけど、彼女の笑顔の前では痛みなど跡形もなく消え去ってしまうに違いない)
そこに注文するのに時間が掛かった二宮さんもトレーを手にやって来て、和やかな昼食タイムが始まる。ロリ長も重徳ほどではないが大盛りの定食を頼んでいる。やはり育ち盛りの年頃だから常に腹が減る気持ちはよくわかる。
そして何気なく梓のトレーに目をやった重徳はその場で硬直する。なんだ、あの量は! トレーを2枚準備して片側のトレーには山盛りのドンブリ飯2つと味噌汁が2杯に漬物や小鉢が所狭しと並び、もう一方には唐揚げや野菜炒め、ハンバーグなどが4品ほど敷き詰められている。ご飯の量は当社比2倍くらい。食べ放題だから完全に元を取った格好だ。
「に、二宮さんはいつもそんなにたくさん食べるのかな?」
「ああ、元々食欲はあるけど午後は実技実習だから今のうちにエネルギーを補給しておくんだ。昨日と一昨日は弁当だったからお腹が空いて仕方なかった」
いやいや、この食事内容は完全に相撲部屋レベルではないだろうか? ほっそりとした外見に似合わない大食漢がここに居る。しかも思い返してみれば梓はここ2日間三段重の弁当をペロリと平らげていた記憶がある。あの量で「足りなかった」とは、一体どの口がほざくのだろう。
「梓ちゃんはいくら食べても太らないから羨ましいです」
「食べた分だけ動けば問題はない。歩美ももっと体を動かした方が良いぞ」
対する鴨川さんは重徳から見てもごく少量の食事をトレーに載せている。
(二宮さんの言うとおりもっと食べた方が良いんじゃないか? 太るのを気にする程の体型じゃないだろうに。健康よりもダイエットを優先する女子というのはまことに以って不可思議な存在だな)
こんなことを考えつつ、生姜焼き定食を口に運ぶ重徳。そこにロリ長が…
「ところで四條は授業をサボって何をしていたんだ?」
(これっ、ロリ長よ! もうちょっと言い方に気をつけるべきだろうが! 周囲には大勢の生徒が居るんだから、そこはもうちょっとオブラートに包めよ)
「そうです! 四條君が何をしていたのか気になります」
「四條、この場で正直に洗いざらい吐くのだ!」
(はい… 鴨川さんと二宮さんの追撃が飛んできました。それにしても二宮さん、まるで俺を容疑者扱いですよね。まあサボった事実は否定できないけれど…)
「実は… 2年生の実技実習を見学に行きました」
(なんだか周囲のムードに流されてついつい丁寧な言葉遣いになっちゃったじゃないか! 容疑者なのか? 全国に指名手配されているのか? 「お〇、小池!」の横に写真付きで駅の掲示板に張り出されるのか?)
「四條、お前ってやつは…」
「行動力が予想外すぎますね」
「呆れたもんだな」
(三人揃って俺をそんな目で見ないでくれ! 続きが話しにくいじゃないか)
「そこで東堂先輩という方に声を掛けられて、一手お相手を務めてまいりました」
「「「……」」」
(あのー、無言は止めて下さいませんか。ジトーっという目でそんなに俺を見ないでください。頼むから!)
「四條、いい寺を紹介するから一度座禅を組んで来い。それとも病院を紹介した方がいいか?」
(二宮さん、辛口の批評をありがとうございます。あなたに言われなくてもかなり無茶をしたという自覚ぐらいはございます。一応は… 現に先輩に打たれた胴がまだ疼いているし)
「四條、本当にお前というやつは何を仕出かすかわからないな。よく聞いておくんだぞ。東堂先輩は日本で初の天然の勇者で、2年生ではダントツ最強の存在なんだからな。たぶん3年生でも誰も敵わないかも知れないぞ」
「デスヨネー」
(ロリ長の発言はもっともだと頷ける話だな。あれが学園最強の剣筋なのか。記憶にしっかりと留めておこう)
二人に説教された重徳が助けを求めるように歩美のほうに目を遣る。すると彼女は潤んだ瞳を重徳に向けながら、か細い声で喋り出す。
「四條君、そんな無茶をして心配させないでください。保健室に行ったと聞いて心配していたら、二年生の訓練に参加していたなんて信じられません」
(鴨川さん、お願いです。そんな目で見ないで)
梓とロリ長による説教よりも歩美の潤んだ瞳が重徳の心を苛んでいる。強く出てくる相手にはいかようにも対応可能な重徳といえども、女の子の潤んだ瞳攻撃には白旗を揚げざるを得ない。
その後東堂から脇腹に一撃受けた件を自白すると、さらに顔を曇らせた歩美から懇々とお説教を食らう重徳が居るのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
歩美の瞳の破壊力に白旗を掲げた重徳。とはいえ生粋の無鉄砲が大人しくしているはずもなく… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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