第14話 ダンジョン2階層
担任からの呼び出しから解放された重徳はリュックを取りに教室へと向かう。
(それにしてもスッキリしたな。あのクソ担任が白目を剥いて失神する姿を見たら清々した。これがいい感じで脅しになって今後の学校生活がスムーズに送れるといいんだけど。もちろん何か嫌がらせがあったらいつでも断固として抗議するぞ。俺は大人しくしている良い子ではないから、今日のように実力行使も止むを得ないという決意は一切ブレていない)
重徳の本質が窺えるような危険極まりない考えを脳裏に抱きながら廊下を歩いていく。
とはいえいかなる重徳でも、可能ならば穏やかで平和な高校生活を希望しているという本音がないわけではない。毎日のように担任やクラスメートと対立するのはけっして賢いとは言えないし、何よりも重徳自身不本意と感じている。何とか打開する方策はないかとちょっとだけ考えてみるのだが、特段いいアイデアが浮かぶ前にさらに新たなトラブルに巻き込まれる日々。そのおかげで何の策も立てられないないままにこうして入学してから最初の1週間を終えることとなる。
だがよくよく考えると世間一般の常識からすれば重徳自身が折り合って学校生活を送るのではなくて、周囲がもっと普通の社会常識に基づいた考えや行動をするべきなのではと考えないでもない。
そしてここでハタと気付く。
(そもそも一般常識から外れた存在が勇者なんだな)
確かに一般社会からすれば勇者の存在はダンジョンという危険に対する切り札と考えられてもおかしくはない。だからこそ特別扱いされるというのは無理からぬ話だとは思う。だがその特別扱いされた勇者の横暴が重徳自身の我が身に降りかかってくるとなると話は別。
(入学初日に俺は一般人のサンプルだと言われたから、ご要望があれば勇者様たちに一般常識を叩き込んでやっても構わないか。きっとその方が手っ取り早いよな。泣こうが喚こうが骨の髄まであいつらに俺が知っている限りの常識というものを教えてやろう。四條流の常識というのは米国海兵隊の訓練より厳しいけど、それはヤツらに甘んじてもらうしかないだろうな)
結局は自分の意志を無理やり押し通す方向に考えが行きつく。どうやらたった今脳裏に浮かんだ考えは、重徳にとっては会心のナイスアイデアと映るらしい。本人は否定てしているが、このような考え方自体脳筋の証というべきだろう。
しかし閃いてしまったものはもう後戻りする気などない。勇者たちがひとりの自立した人間として胸を張って生きられるように懇切丁寧に常識を教え込もうと決心する重徳。その間に彼らがどのくらい慚愧の涙を流そうとも、重徳自身一切の考慮や斟酌など加えるつもりはない。勇者たちにとっては迷惑この上ないかもしれない。
とまあこんなことを考えているうちに気が付くとそこはもう教室の前。すっかり全員家に帰っているだろうと考えながら扉をガラガラと開けると、そこにはロリ長がひとりで席に座って待っている。
「四條、ずいぶん時間がかかったな。鴨川さんは君を待っていたかったみたいだけど、二宮さんに手を引かれてつい今しがた帰ったところだよ」
「信長は俺を待っていてくれたのか?」
「そうだね、実は四條に確認したいことがあったんだ」
「確認? 戻ってくるのが遅くなったのは担任に呼び出されて話をしていたせいだぞ」
重徳は生徒指導室に連れて行かれた経緯をロリ長にありのままに話す。当のロリ長は興味深そうに重徳の話を聞いている。
「なるほどね、そんなやり取りがあったのか。四條、この学園はどこかおかしいだろう」
「おかしいことだらけだな。特にあのクソ担任は何を考えているんだ? 俺には全く理解できないぞ」
「あの人は教員ではないんだよ。その正体は遺伝子学の研究者さ」
「研究者? 何でそんな人間が高校のクラス担任をやっているんだ?」
「ほら、昨日の朝にこの学校は勇者を管理するために設立されたと教えただろう。あの時は周りに人がいたから突っ込んだ話ができなかったけど、今なら大丈夫だから話すよ。僕の知っている範囲でいえば、この学園はある種の実験施設なんだよ」
「実験施設? 何の実験をしているんだ?」
「1箇所に勇者と聖女、その他にも優れた戦闘能力を持った人間を集めて、その細胞を解析してバイオテクノロジーやクローン技術に応用していく研究が秘密裏に行われているんだ」
「何で信長がそんな具体的な秘密を知っているんだ?」
「僕の父親が色々と調べていたからね。クラスの誰も気がついていない隠された学園の裏側の事情を僕は知っているのさ」
「何でそんな重大な秘密を俺に明かすんだ?」
「四條は勇者ではないだろう。できれば君をあまり巻き込みたくないから忠告しているんだよ」
「もう十分に巻き込まれているぞ。それで、どんな研究が行われているんだ?」
「短期的には遺伝子や細胞の活性化や強化がテーマになっているみたいだね。あとは勇者と聖女が結婚してそこから生まれた子供の能力がどうなるかといった長期的なテーマもあるみたいだよ」
「まるでモルモットだな」
「そのとおり、特にあの担任は言ってみればこの研究のリーダー役を務めている。だから朝と帰りに僕たちの様子を見に教室にやって来るのさ。それ以外は自分の研究室にこもっているよ」
(なんだかちょっとだけこの学園のおかしな空気の理由が見えてきた気がするな。あの担任は教育者ではなくて研究者だという訳か。どうりでいつも事務的な雰囲気を漂わせていたはずだ。あいつにとっては生徒の人格や個性などどうでもよくて、研究対象としての勇者の存在こそが大切なんだ。だからそこに紛れ込んだ俺の存在などただの不純物程度の認識しか持っていないんだな)
重徳の頭の中でパズルのピースがひとつひとつ組み上がってきたよう。
「やっと話の辻褄が俺の頭の中で噛み合ってきたぞ。信長、色々教えてくれてサンキュー」
「どういたしまして、それよりも僕が四條に聞きたかった件なんだけど、君はもうダンジョンに入っているよね」
「げっ! 秘密にしていたのに何でバレたんだ?」
「入学してまだ数日しか経っていないのに四條の身体能力が急激に上昇しているだろう。君自身は気がついていないかもしれないけど、僕の目は誤魔化せないよ」
「実は入学式の翌日にダンジョンを見学しに行ったら、その場で登録していつでも中に入っていいと言われたんだ。武術の有段者には入場する資格があるらしい」
「そんな規定があったのか。ちょっと調べてみようか」
ロリ長は自分のスマホを取り出して何かを検索している。ちなみに重徳は携帯は通話しか使用しないから今でもガラケーを愛用の身。そもそもアプリとかメールとか使い方などテンでわかってはいない。
「ああ、きっとこれだね。ダンジョン管理協会に登録している格闘技団体、武道協会、道場等の有段者に限りダンジョンの探索を許可すると書いているよ。僕も一通り目を通したつもりだったけど、ここは見落としていたな」
「それそれ、どうやらボクシングやプロレスのプロ経験者とか柔道、剣道、空手の有段者も中に入れるらしいんだ。俺の実家の貧乏道場も登録だけはしてあったようだな」
「ダンジョンにはどのくらい入っているんだい?」
「登録の翌日から毎日3時間以上1階層をウロウロしている。今のレベルは8だ」
「レベルがもうそんなところまで行っているんだ! ずいぶん差をつけられたな」
「それでもまだ体力の数値は信長に追いついていないぞ。勇者っていうのはスタートラインが俺たち一般人よりもかなり恵まれているんだな」
「確かにそのとおりだけど、四條は魔物に対する戦闘経験や技術を積み重ねているだろう。それは数値には表せない実戦でしか得られない貴重なものだよ」
「確かにそうだな。ところで信長、俺がダンジョンに入っている件は誰にも秘密にしてくれ。ただでさえ色々と風当たりが強いし、鴨川さんに知られるとまた泣かれてしまう」
「いいよ、誰にも話さないから安心して。僕は剣を扱う訓練しかしていなかったから、ダンジョンに入るのはクラスの他の生徒たちと一緒になってしまうな。ちょっと残念だよ、そんな抜け道があると知っていたら剣道でもやって段を取っておけばよかったよ」
「さすがに今からじゃ間に合わないな。信長が中に入る頃には俺が案内を務められるくらいになっているから任せておけ」
「期待しているよ。それからひとりで探索可能なのは5階層までだと言われているから、それより下の階層には行かない方がいいよ。まあ四條のことだから止めても行ってしまうんだろうけどね」
「信長、誤解しているようだからしっかりと聞けよ! こう見えても俺は慎重派だからな。けっして無理はしないつもりだぞ」
「はいはい、それじゃあ帰ろうか」
「ああ、そうしよう」
こうしてロリ長と2人でこの日は下校するのだった。
翌日…
本日は待ちに待った土曜日。丸1日かけてダンジョンの2階層以下を探索するために今朝は5時に起きて顔を洗って装備を整える。昨日はロリ長と話し込んだおかげで帰宅が遅くなり、ダンジョンに入るのを自重していた。その分まで今日は時間をかけて2階層の隅々まで回るつもりだ。
そして今日の重徳は昨日までとは一味違っている。それは2階層では魔物が複数同時に出現するのを想定して昨日の学校帰りに新たな装備をホームセンターで購入たせい。
(ジャーン! 右腰のホルダーにささった2本目のバール、これが俺の新たな装備だ。今日からは両手持ちのバール使いとしてダンジョンで暴れまわるぞ!)
ちなみにホームセンターは学園から500メートルくらい駅に向かった場所にあるので、電車通学のロリ長も買い物に付き合わせていた。「これが俺のメインウエポンだ!」と言ってバールを手にした重徳を見てロリ長は大爆笑。だがそれはけっしてバカにしているわけではない。ロリ長が言うには「このうえなく重徳に似合っている」という意味での大笑いだったよう。
確かに普通の冒険者は剣やナイフを手にしてダンジョンに入るから、バールを武器にするのはウケ狙いと思われても仕方がないかもしれない。しかし重徳は心底このバールを命を預ける友だと思っている。丈夫で長持ち、鈍器としての性能は折り紙つきで、振っても良し突いても良し、特に反対に握った時の突き刺す性能は中々の威力を誇る。これをロリ長に説明したら彼もも納得せざるを得ない表情。
(フッフッフ、この俺の手によってここからバール最強伝説は作り上げられていくのだ!)
ちょっと厨2病のような言動に気付いて重徳自身、あまりの痛々しさに顔を赤らめている。誰も聞いていない自分の部屋とはいえ、さすがに今の発言は厨2すぎるとわかったらしい。
水と食料をリュックに詰め込んでヘルメットとプロテクターをつけたら重徳は家を出る。4月になると朝日が昇るのがずいぶん早い。すっかり外は明るくなっている。カラスの鳴き声を遠くに聞きながら歩いて5分のダンジョンへと急ぐ。今までは下校後の時間帯にダンジョンに向かっていたが、早朝の雰囲気はなんだかちょっといつもと違う気がしてくる。
「おはようございます」
管理事務所に顔を出すと、カウンターには初めて見る女性の職員が2名座っている。片やオバチャンで、もう一方は20歳前後のロングヘアーのきれいな女性。
(よし、きれいなお姉さん一択!)
どうもこのところ重徳は調子に乗っているような傾向がある。歩美や梓と仲良くなれたからといって、管理事務所の若い女性職員と親しくなれる保証などどこにもない。変な自信をつけないほうが身のためと思われる。それでも性懲りもなく…
「入場手続きをお願いします」
「すみません、今手が離せないのでお隣のカウンターで受付をしてください」
ザマー! 若い女性職員は取り付く島もなく重徳をオバチャンのカウンターに回している。
(実に無念だ! 普段クラスの聖女たちから無視されている俺だけど、こんな場所でもきれいなお姉さんと話す機会が奪われるのか!)
渋々オバチャン職員の元に登録カードを提出すると、やけに愛想よく応対される。
「はいはい、こちらにどうぞ。おやおやずいぶん若い人だね」
「どうも、今週登録したばかりです」
「はい、ではカードを確認しますよ。まあ、四條君ってあそこの道場の息子さんでしょう。近所だからうちの子も10歳になったら通いたいと言っているのよ」
「ぜひよろしくお願いします。必ず心身ともに強い子に育ててみせます」
貧乏道場では営業活動も重要。門弟確保のために重徳はこうした営業トークもきちんと心得ている。毎月赤字ギリギリでやっているからひとりでも多くの門弟を確保しないと死活問題。だがそれよりも重徳はこのオバチャンが気になってくる。
(それにしてもこの管理事務所はずいぶんと地元密着で運営しているんだな。このオバチャンもどうやらご近所にお住まいらしいし、主婦のパートで働いているのか?)
どうでもいいといえばどうでもいいことなのだが、もしかしたら将来の弟子候補の母親。けっして無碍には出来ない。
「それでは気をつけていってらっしゃい」
「ありがとうございます。それではいってきます」
にこやかな営業スマイルで受付を済ませると、重徳はゲートを潜ってダンジョン内部に踏み込んでいく。それにしてもこの中に入って5日目だけど、これまで他の冒険者には一度も出会っていない。
(もしかしてこのダンジョンは人気がないのかな? まあいいか、余計なことは考えずに早く2階層に下りていく階段を目指そう)
などと考えながら、重徳は足早に一階層を最短距離で進んでいく。そして…
(ほう、ここが2階層か)
階段を下りるとそこには1階層と同じような幅が3メートル、高さも3メートルの通路が先に延びている。仕組みがどうなっているのかわからないが、通路自体がボーっとした光に照らされて視界はそれほど悪くない。地図を見ながらまずは向かって右側のエリアを進んでいこう決める重徳。
こうして通路を15メートル進んだ場所で探索スキルに触れる何者かの気配を感じる。おそらく進行方向の先にある横道にいるはず。足音を立てずに慎重にその場所に近づいて横道の角からそっと顔を覗かせて向こう側の様子を確認すると、そこには2体のゴブリンが座っている。
(これは先制攻撃のチャンスだな)
腰の2本のバールを引き抜くと両手に持って感触を確かめる。
(うん、手に馴染むな。それにこの長さだと四條流の体術を生かす上でも邪魔にならない)
こうして重徳は呼吸を整えてからバールを手にしてゴブリンたちに襲い掛かっていくのだった。
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次回ダンジョン2~3階層の本格探索。とはいえ登場する魔物もそれなりに強くなるので、さすがの重徳も一筋縄ではいかずに…
この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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