第15話 ダンジョン2階層続き
(フフフ、ゴブリン君、どうやら君たちは油断していたようだね。油断は冒険者にとって命取りだと言われているが、その逆も当然あて嵌まるのだよ)
重徳は曲がり角から足音を忍ばせつつ座り込んでいるゴブリンの背後に迫ると、接近する脚を止めて死角から中段蹴りを放つ。四條流ではあまり蹴り技は多用しないが、様々な場面を想定していざという時には使えるように稽古はしている。
(腰の回転を意識しながら振り上げた左足をやや遅れ気味に繰り出して、当たる瞬間に膝を真っ直ぐに伸ばすように… うん、稽古のとおりにしっかりと出来ているな)
ゴブリンは座ったまま相変わらず動きを開始する気配すら見せない。それだけ重徳の接近が迅速かつ気配すら感じさせなかったのだろう。何も気づかぬうちに後頭部にまともに蹴りを食らうと、隣にいたもう1体も巻き込んでド派手に吹き飛んでいく。
(どうだ、これがレベル8のパワーだ!)
2体が絡まるようにしてもんどりうって転がっていったゴブリンたちはダメージを受けながらも何とか立ち上がろうとするが、そんな暇を与えずに重徳は追撃に移行。バールを振り被って脳天目掛けて振り下ろすと、ちょうどヨタヨタと立ち上がろうとしていたゴブリンにとってはその一撃が致命傷。頭蓋骨がきれいに陥没してドサッと音を立てて倒れていく。
もう1体はよりダメージが深かったようでまだ起き上がれなくてうつ伏せで手足を動かすだけ。トドメに首の部分を思いっきり踏み付けるとゴキリという音を立てて動かなくなる。そのうち2体とも細かい粒子のようになって消え去っていく。ダンジョンで命を失った者は平等にこんな運命が待ち受けているんだろう。
ドロップアイテムはなかったので、そのまま元の道に戻って先に進みだす。
(期待なんかしていなかったんだからね! これまでゴブリンを通算で100体以上倒してきたけど、アイテムを落としたのはたった3回。僅かばかりの経験値を得て俺のレベルアップに貢献したゴブリンだけど、さすがにお財布の事情までは省みてはくれない。1~2パーセントなんていうわずかなドロップ確率じゃ、所詮落とせばラッキーレベルだし仕方がない)
次なるターゲットを探しながら重徳は通路を進む。その最中にふと頭に浮かんだのは…
(そういえばステータス画面に〔身体強化〕というスキルがあったけど、あれはどうやって使うんだ? 今まで全然試していないからちょっと気になるな。もしかしたら魔力を利用して体を強くするのか? でも俺は魔力の使い方なんか知らないし、どうすればいいんだろう? 取り敢えずは知っている方法でやってみようか)
などと考えつつ、その前に1度ステータス画面を開く重徳。
四條 重徳 レベル8 男 15歳
職業 武術家
体力 134
魔力 47
攻撃力 121
防御力 115
知力 57
保有スキル 四條流古武術 身体強化 気配察知
注意事項 新たな職業はレベル20になると開示されます。
重徳は表示されたステータスを改めて確認する。昨日はダンジョン入りを自重したので一昨日からレベルは全く変わっていない。それから保有スキルの欄にはしっかりと〔身体強化〕と記載されている。
(さて、試してみるか)
ステータス画面を閉じると、丹田に気持ちを集中して呼吸を整える。これは空手の息吹や中国武術の内気功と同様に体の内側にある〔気〕を循環させて身体能力を向上させたり、自然治癒力を高めたりする技術。もちろん四條流にも呼吸法として伝わっている。
10秒ほど心を静めてゆっくりと息を吸ったり吐いたりしていると、体の中で何かが巡っている感覚が伝わってくる。重徳が危険なダンジョンの内部でのんびりと気を巡らしていられるのは気配察知のスキルのおかげ。この周辺には動くものの気配をまったく感じていないので、こうして心置きなく身体強化をを試せている。
(よし、この辺でいいかな)
呼吸を元に戻して腕を振ったり足を上げたりして確認してみると確かに体が軽く感じられる。ほんの僅かだが身体能力向上に役立っているよう。ステータス画面を広げて確認してみると魔力の数値にはまったく変化はない。ということはこの身体強化は気の力で行うスキルということになる。
(だったらこの魔力というのは何の役に立つんだろうな? なんとも疑問が残るぞ。もちろん魔法なんか使える訳がないし)
仕方がないので、わからないものはわからないままに保留にしておくと決め込む重徳。もしかしたら何かのきっかけで魔力の使い道が判明するかもしれないし… と楽観的に考えている。このタイミングで頭の中で何か閃く。
(待てよ! 魔力には関係なく身体強化が使えるということはダンジョンの外でも可能ということだよな。これはいいことに気がついたぞ。ロリ長や二宮さんと剣の打ち合いをする時に使ってみようか。まだまだパワーでは圧倒されるけど、ちょっとはマシになるんじゃないかな)
ここまで確認を終えてから重徳は別の疑問を抱く。
(ところで身体強化のスキルはどうやって元に戻すんだろうな? 出来ればいざという時に使いたいから、今は解除したいんだけど… おや、元に戻ったぞ! どうやら頭の中で「解除」と唱えれば元に戻る仕組みか)
身体強化で体が軽く感じていた分だけ、元に戻った今は少し重たく感じる。
(これがノーマルな状態の自分だな。そして強化を掛けたらアブノーマルに変身… 違う! 言い方を間違えた。これではただの変態みたいだ。身近にロリコン変態勇者がいるからついつられてしまった。変態はロリ長だけでいい)
思考が横道に逸れはしたものの、重徳は気持ちを切り替えて通路を先に進む。多少時間を食ったがこれはこれで無駄ではなかったよう。自分のスキルを発見するのは以降のダンジョン攻略にも大いに役立つだろう。
(もしかしたらもっとレベルが上昇すると新しいスキルとか手に入るのかな? ちょっと楽しみになってきたぞ)
身体強化をマスターしたウキウキ気分で通路を進むと、また前方に新たな気配を感じる。近付いて確認してみると相手はお馴染みのゴブリン。しかしパッと見からして様子が違う。体が一回り大きくて手には剣を持っている。魔物図鑑に載っていたゴブリンの上位種のよう。
(名前はえーと… ゴブリンソルジャーだったかな? 生意気にゴブリンの分際で剣なんか手にしおって! この俺様が成敗してやるぞ)
一瞬睨み合う重徳とゴブリン、仕掛けてきたのはヤツが先。剣を振り上げて彼に向かって襲い掛かってくる。迎え撃つ重徳はすでに準備万端整えている。腰の2丁バールを素早く引き抜いて両手に構えをとる。
ガキン!
金属同士が打ち合う音が通路に響く。重徳は両腕でクロスした2本のバールでゴブリンの剣をがっちりと受け止めている。ただし今まで相手をしてきたゴブリンとは腕力が段違い。とはいえ攻撃手段が剣しかないのは重徳からすると致命的な欠点に映る。
(ほら、腰から下がガラ空きだぞ)
バールで剣を受け止めたまま重徳はガードが無きに等しいゴブリンの股間に前蹴りを叩き込む。
(この前鴨川さんに蹴られたあの地獄の苦痛をお前も味わうといい)
ゴブリンソルジャーは剣を手放して股間を押さえながら地面をのたうち回っている。魔物相手にいちいち手段なんか選んでいられない。最も手早く無力化できる方法がこれ。だが世の男性ならこの攻撃がどれほど効果があるかはご存じだろう。
地面に落ちている剣を遠くに蹴ってから、ゴブリンの頭目掛けてバールを振り下ろす。本日のバールは大忙し。防御に攻撃にと重徳の真の友らしい活躍ぶり。コブリンソルジャーが消えると遠くに蹴っておいた剣まで消えていく。もしかしたら手に入るかもしれないと期待していたのだが、やっぱりダメだったよう。代わりに魔石がひとつ落ちている。確か700円相当の品だったはず。それほど苦労はしてないけど報酬として安すぎる気がしてくる。
その後、時間をかけて2階層を隈なく探索する。出てくる魔物はゴブリンとその上位種のソルジャーばかりでそれほど手を焼かずに討伐を終える。時刻はそろそろ昼が近いので、周辺の安全を確認してから昼食を取ることに。近所のコンビニで売っていたおにぎりセットとカロリ○メイトで手早く済ませる。
ここまでの討伐数はゴブリンが16体とゴブリンソルジャーが12体。魔石が2個手に入ったが、肝心のレベルはまだ上昇する気配がない。どうやらこの2階層でも重徳のレベルが簡単に上昇するような高い経験値を得られる魔物は出現しないよう。仕方がないいので覚悟を決めてもう1つ下の階層に向かうしかない。
途中で階層の中央にある転移魔法陣を確認してから3階層に下りていく階段を目指す。1階層から降りてきた階段と3階層に降りていく階段は意地が悪くこの階層の反対の位置に設置されているので、かなりの距離を歩かなくてはならない。階段に向かう折にも何体かゴブリンやその上位種が襲い掛かってくるが、全て返り討ちにして40分掛けて目的の場所に辿り着く。
こうして歩いてみると結構な広さがある。今までは数日を掛けて1階層をエリアごとに隅々まで攻略していたから広さを意識したことはなかったが、こうして実際に時間を掛けて歩いてみると本当に広く感じる。ここはもう別世界に両足を突っ込んでいるから、空間の広がりそのものが日本とは違う存在なのだろう。
階段を下りていくとそこはいよいよ3階層。果たしてどんな魔物が出てくるのかと身構えていると前方から唸り声が聞こえてくる。姿を現したのはイヌが2足歩行をしているような魔物。確か魔物図鑑によるとコボルトだったはず。イヌといってもキャンキャンと可愛らしい鳴き声で甘えて来るチワワではない。ドーベルマンのような厳ついイヌが立って歩いている。それもいきなり3体まとめて登場してきやがるという不測の事態が発生。
ガウウー!
「食らえ!」
急に3体の襲われたとはいえ、重徳の対処はあくまで冷静。飛び掛ってくるコボルトの首元にバールを一閃。ゴブリンに比べるとその体の構造上首が長くその上にイヌ頭が乗っかっている。バールの強烈な打撃によって喉を潰されたコボルトは呼吸が出来ずに首元を押さえて喘ぎだす。弱点がわかったら徹底的に攻める… これも四條流の鉄則。重徳の流派に限らず大抵はそうだろうけど。
こうして喉を潰されてピクピク痙攣しているコボルトが3体地面に並ぶ。
(それじゃあトドメを刺しますか)
ゴブリンと同じように首を踏み付けてゴキッという音がしたら完了。コボルトのうち1体が魔石をドロップしてくれている。貴重な小遣い銭をゲット。昨日購入したバール代金の元を取らないといけないので、この調子で色々と落としてもらいたい。
コボルトを無事に撃退してひとまずは中央にある転移陣に向かおうと歩いていると、またまた前方にゴブリンが現れる。しかしこのゴブリンは今までのやつに比べると姿が全然違う。重徳が討伐してきた連中はゴブリン伝統の腰巻スタイルだったのに対して、この個体は生意気にも神父が着るような黒い服を着用しているし、左手には杖を持っている。
(どうやらこいつもゴブリンの上位種みたいだな。魔物図鑑に載っていたと思うんだけど、ゴブリンだけで何種類もあったからコロッと忘れたぞ。何だったかな?)
そんなことを重徳が考えていると、ゴブリンの上位種が意味の分からない言語で何かを唱えだす。
「&%M!?&&%#」
ゴブリンの口から聞き慣れない言葉が発せられると、前方に突き出した右手から突然炎が重徳に向かって飛んでくる。
(ちょっと待ったぁぁぁ! そんなの聞いてないよぉぉ!)
さすがに火に焼かれるのは不味いので、その場から飛び退いて壁際に避ける。炎の塊は重徳の頭があった場所を通り過ぎて、はるか後方で爆発する音が通路に響いてくる。
(ヤバいな、こいつは魔法を使うのか)
重徳が初めてこの目にした魔法がゴブリンが放ったものというのは、こうして単独でダンジョンにアタックしている以上は当然か。そこでようやく重徳の脳裏に魔物の名前が浮かぶ。
(そうだ思い出したぞ! こいつはゴブリンメイジだ! ゴブリンにしては魔力が多くて魔法で攻撃してくるやつだった。魔物図鑑に…) 以下省略。
せっかく名前を思い出しても図鑑によるとその対策は「魔法などの遠距離攻撃で倒すのが効率的」としか記載がない。魔法が使えない重徳にどうしろというのだろうか?
そこに再び…
「&%M!?&&%#」
(また変な言葉を口にしているな。もしかしたらあれは魔法の呪文じゃないか?)
そのように当たりを付けると予想通り再び炎が飛んでくる。この程度のスピードなら重徳にとっては回避するにはまだまだ余裕。そして魔法を撃った直後がこちらのチャンス! とばかりに彼はバールを手にして一気に駆け出す。ゴブリンメイジは慌てて呪文を唱えようとするが、残念ながら重徳の脚が一歩速い。
右手のバールがザックリと脳天に突き刺さった魔物はそのまま粒子になって消えていく。それと同時に頭の中でレベルが上昇するピコーンという音が響くのだった。
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次回はダンジョン3階層の様子をお届け予定。重徳は魔物との戦いを通して様々なモノを得ていきます。
この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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なお同時に掲載中の【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】もお時間がありましたらご覧ください。こちらは同じ学園モノとはいえややハードテイストとなっております。存分にバトルシーンがちりばめられておりますので、楽しんでいただける内容となっております。
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