第49話 聖女たちの戦い


 ゴブリンが大量発生しているダンジョン内部では依然として厳しい状況が続いている。


 先輩聖女が展開している障壁は魔力の消費とともに次第に維持していくのが苦しくなってきたよう。すでに展開を開始してから30分が経過しているので、2,3人が地面に膝を付いて、それでも自らが内包する魔力の最後の1滴まで搾り出そうと懸命に障壁に魔力を送り込んでいる様子が歩美にも伝わってくる。



「勇者は魔力切れが近い聖女と代わって障壁を展開しろ! 今はこのまま救援を待つしかない。絶対に障壁を維持するんだ!」


 顔色の悪い先輩聖女と取って代わって3年生の勇者が物理障壁を展開。だがそれよりも前にあちこちでパリンという障壁が割れる音が聞こえてくる。どうやら魔力の残量が限界まで達した先輩聖女の障壁維持の力が弱まったせいで、ゴブリンが振り下ろすこん棒の威力に負けて次々に障壁が割れているよう。



「割れた箇所を急いで修復! 一刻を争う、グズグズするな!」


 近藤が指示を出す声がひときわ大きくなっている。どこか1か所からでもゴブリンの侵入を許したら障壁内部は大変なことになるのが目に見えているだけに必死な様子。


 パリン!


 再び障壁が割れる音が響き、その間隙を縫って3体のゴブリンが内部に入り込んでくる。



「戦士は迎撃しろ! これ以上の侵入を許すな!」


 近くにいる剣士が抜剣してゴブリンの頭を唐竹に叩き割る。もう1体は首を切断され、最後の1体は心臓を貫かれて絶命。ホッと胸を撫で下ろす剣士たちだが、この生々しく血が飛び散る光景を間近で目にして恐慌を引き起こす集団がいる。



「キャァァァァ! 血が、血が飛び散って…」


「助けて、誰かぁぁぁ!」


「もうイヤ、ここから出してよぉぉ!」


 一瞬でパニックに陥ったのは1年生聖女の一部。彼女たちは当然ながら魔物の討伐を目撃するのは今日が初めて。それをこのような危機的状況で見せつけられたおかげで精神が均衡を保つ限界を一時的に超えてしまっている。一様に理性が吹っ飛んで、ある種の集団ヒステリー状態を起こしているよう。



「彼女たちに精神安定を施して!」


 勇者と交代した聖女のうちまだ魔力に余裕がある二人が1年生たちに駆け寄って両手の平から白い光を発する。回復魔法は使い方によってはこのようなパニック状態を押さえて精神のバランスを元に戻す効果もある。ゲームで状態異常に陥った仲間を元に戻すための〔エスナ〕的な魔法だと理解してもらえばわかりやすいだろう。


 先輩聖女の咄嗟の判断のおかげで1年生は何とか落ち着きを取り戻している。とはいえ状況は予断を許さない。聖女に変わって現在障壁を展開する先輩勇者たちだが、何しろ人数が彼女たちに比べて少ない。その分広い範囲をひとりが受け持たなくてはいけないので魔力がゴリゴリ削られていく。現在は休んで魔力の回復に努めている聖女たちだが、限界ギリギリまで魔力を使い果たして肩で息をしている者が大半。それになんとか恐慌状態から脱した1年生たちも、何かの切っ掛けひとつで再び同じ状態に陥るかもしれないという危惧もある。


 ここにきてようやく歩美は決断する。


(近藤先輩の指示が飛んでいます。どうやら3年生の勇者の中では一番指導力がある人らしいです。私の結界術を公にする前に何とか救援が間に合わないかと思って様子を見ていましたが、勇者の皆さんまで魔力切れになったら戻るための血路を切り開く人がいなくなりそうです。どうやらこの状況では私が協力を申し出るしかないです)


 歩美は覚悟を決めた表情で、依然として決死の形相で指示を飛ばす近藤に近づいていくと…



「近藤先輩、勇者の皆さんの魔力は温存してください。聖女の皆さんも休ませて魔力の回復に努めてください。後は私が引き継ぎます」


「鴨川さんだったね。君は一般人で魔法障壁など展開出来ないはずではないのか?」


「はい、表向きはそうなんですけど、実は結界を構築するスキルを持っています」


「そんな信じられない話があるのか?」


 近藤先輩は歩美の話を疑っている表情。とはいえ歩美もこのような反応は想定内。頭からこの荒唐無稽な話を信じるよりもむしろ疑ってかかられたほうが、近藤の判断力を信用出来て逆に安心に感じる。



「それではこの場で結界を築きますから、先輩の目で確かめてください」


「わかった。そこまで言うのだったらやってみてくれ」


「はい、それでは」


 短く答えた歩美は数秒目を閉じて精神を集中する。その間にこれから築き上げる結界の具体的な範囲や強度などを心の中でイメージ。やがて目を見開くと、呪を唱え始める。



「急急如律令、結界構築」


 先輩聖女や勇者たちの魔法障壁は魔力で縦2.5メートル、横4メートル程の薄いガラスのような壁を作って、その両端を隣と重ね合わせることで魔物の侵入を防ぐ安全地帯を維持する構造。集団で協力しなければ成し得ない高等技術で、ここまでゴブリンの侵入を阻んできたのはお見事と言う他ない。


 それに対して歩美が構築した結界は高さ4メートルの円筒形の壁を作り出して生徒全員の周囲を覆っている。わざと天井付近に10センチ程度の隙間を空けてあるのは空気と魔力の流入のため。完全に外と遮断することも可能だが、魔力が常に流れ込む環境にしておいた方が少しでも補給がし易いのではないかと考えた結果となっている。それに神壁の内部が酸欠なんて状況は好ましくないだろうし。


 歩美の言葉が信じられない勇者のひとりが今まで踏み止まっていた先輩聖女と場所を代わろうとしている。しかしその交代が間に合わないうちに、その両者が交代準備している反対側でバタンという音を立てて別の聖女が意識を失って倒れる。我慢強い性格のようで、弱音も吐かずに最後まで魔力を使い切ったよう。



「不味い! 障壁の穴を埋めるんだ!」


 近藤の指示が飛ぶが、誰もがそんな急に動けるわけではない。倒れた聖女を後方に下げてそこに近藤が自ら駆けつけるまでには僅かなタイムラグが発生する。当然その間は今まで展開していた障壁の効果は消え失せてゴブリンの侵入を許してしまうはず。だがゴブリンは何かに阻まれたように依然として侵入してくる気配がない。聖女1人分の障壁が失われたのにその間もゴブリンの侵入が依然として阻まれている奇妙な現象に近藤をはじめとした勇者や教官が首を捻っている。そして何かに気付いたようなハッとした表情で歩美の近くに駆け寄ってくる。



「鴨川君、まさか本当に君が障壁を展開しているのか?」


「はい、先程からそのように申していますが」


「安藤、魔法を止めて下がってくれ」


「いいわ、もう限界が近いから助かったわね」


 同じパーティーとして午前中一緒に活動した安藤先輩に声を掛けると、近藤は彼女が抜けて穴が空いた筈の障壁を確認しようと手を伸ばす。そして目を丸くして驚いた表情を浮かべている。



「驚いたな、本当に障壁があるぞ! 鴨川が用いたのはもしかして陰陽術か?」


「個人的なスキルに関してはちょっと…」


「ああ、そうだったな。余計な詮索はしないでおこう」


(父親からの直伝です… なんて話はここで打ち明けられませんよね。もうすでに色々とバレているような気もしますが、隠し通せるのならそれに越したことはありません。それよりも近藤先輩は障壁を張っている勇者を順番に下がらせて、私の結界が生徒全員を取り囲んでいるのを確認しているようです)



「本当に全員を障壁が取り囲んでいるぞ! ひとりでこんな巨大な障壁を作り上げるなんてどれだけの魔力を所持しているんだ?」


 近藤だけではなくて、3年生と教官全員が歩美を驚愕の目で見ている。1年生にはあまりに実感がなくて何がなんだかわからないよう。かく言う歩美も今まで神社の境内で父親に見てもらいながら練習を積んだだけなので、これがどのくらい凄い力なのかわかっていない。とはいえ3年生の反応からすると、どうやら盛大にやらかしているという現状を辛うじて把握したらしい。これでは毎日のように色々とやらかしてくれる重徳を責められない。


 なぜ歩美がこれほどの大掛かりな結界を平然と維持できるのかというと、それは彼女の魔力の量にある。ステータス上ではレベル1の歩美の魔力量は25。だが彼女は生まれも育ちも代々続く神社なので、この世に生を受けたその時から境内に漂う霊力を体の中に取り込んできた。そのおかげで魔力に換算すると4桁に及ぶ大量の霊力をその身に宿している。



「それで、この障壁はどのくらいの時間保てるんだ?」


「1時間くらいだったらたぶん大丈夫ではないでしょうか」


「助かったな、それだけ時間があれば救援の到着を期待できるぞ」


 すでに近藤は驚くのを止めている。普段の冷静さを取り戻して今後の見通しを考えているよう。この辺の的確な切り替えは1年生の勇者とは大違い。2年間の経験というのは本当に大きい。現時点では梓や信長でさえも足元にも及ばないだろう。ただし重徳は比較の対象にはなりそうもない。何しろ現時点でレベル100を間近に控えているので、もしこの場に居たらこうなる前に違う対応策を取っている可能性が高い。そしてその方法は恐らく周囲のゴブリンを全滅させるという最も過激な手段に及ぶのが目に見えている。それが可能なだけに頼もしいといえば頼もしいが、その行動に至る考え方が毎度の無茶に繋がるのは言うまでもない。


 やや落ち着きを取り戻した1年生と大量の魔力を消費した先輩聖女を結界の中央に集めて、その周囲には教官と男子の先輩が剣を抜いて警戒するように外側を向いて立つ。もちろんその目は内部に侵入してくるゴブリンが居ないかと睨みを利かせている。その時…



「おい、ゴブリンが障壁を登っているぞ!」


「もし内部に侵入してきたら一大事だ!」


 ゴブリンたちは結界を叩いたり引っ掻いたりしていたが、魔物とはいえ多少の知恵が働くよう。仲間の体を踏み台にして上から神壁を越えようとする者が現れる。とはいえ天井との間には10センチくらいの隙間しか空いていないので、頭上から侵入されるのはおよそ不可能。



「慌てないでください。天井との隙間は10センチしか開けてありません。上から侵入するのはムリです」


「そうか、それはありがたい。剣士たちはすまないがしばらく見張りに立ってくれ。その間に魔力を消費したものは少しでも補充に務めるんだ」


 こうして生徒たちの籠城はなおも続いていく。






   ◇◇◇◇◇





 ダンジョンは時として一般の冒険者がやってくる。主に土日や祝日が多いのだが、この日も午後からダンジョンに入ろうという五人組の冒険者が受付を済ませてゲートをくぐっていく。そして入り口から奥に伸びていく通路の半ばまで差し掛かったところで、前方にギッシリと密集してこちらを睨みつける夥しい数のゴブリンを見てギョッとして立ち止まる。



「大変だ! 事務所に知らせないと」


 五人が揃って回れ右をして受付カウンターに取って返す。そして係員を怒鳴りつける勢いで…



「マズいぞ! ゴブリンが大量発生している」


「なんですって!」


 一歩外に出るとそこは何の変哲もない日常の光景なのに、ゲートの奥には地獄にも似たゴブリンの大量発生という状況。この状況に管理事務所は今の今までまったく気づいていなかった。そして係員の脳裏にとある重要な事案が浮かび上がる。



「そうだった! 今日は学園の生徒が大勢魔法練習のために入場している!」


 大慌てで電話を取ると、まずは学園に第一報を入れる。その後警察や自衛隊にもゴブリンの大量発生という状況を告げると、関係各所は物々しい雰囲気に包まれていく。


 そしてダンジョン管理事務所からの第一報が伝わった学院では…


(はぁ~、午後の授業は眠くて死にそうだぁ~)


 1年生は午後は学科の授業。重徳は眠気を懸命に堪えて教科担任の話を訊いている最中。そこに校内放送が入る。



「全校生徒に伝達する。現在大山ダンジョンにゴブリンが大量発生との連絡が入った。生徒は本日はダンジョンには向かわないように。なお現在実習中の生徒に関しては警察や自衛隊と協力しながら救出方法を検討するので、生徒は全員教室に待機すること」


 ガタン!


 音を立てて椅子から立ち上がっているのはもちろん重徳。そのままリュックを背負うと教科担任に向かって一言。



「早退します」


 クラスの中が何事かと重徳を見つめる中で、前の席に座るロリ長が重徳に振り返る。



「四條、まさかダンジョンに行くつもりか?」


「ああ、歩美を助けに行く」


「落ち着くんだ。君ひとりがいったところで何もできないぞ」


「やるだけやるさ」


 すでに重徳は完全にスイッチが入った状態。戦場に向かう男の顔になっている。そのまま呼び止めようとするロリ長を放置して廊下を猛ダッシュ。その勢いのまま学園を飛び出していく。


 乗用車を軽く追い越す速度で道路を走りながら、ポケットから取り出したのは愛用のガラケー。自宅の番号をプッシュすると…



「おや、重徳じゃないかね。こんな時間にどうしたのかい?」


 声の主は聞き馴染みがありすぎる祖母。いつもと変わらぬな穏やかな声が重徳の焦燥を一時的に和らげてくれる。



「婆さん、近くにジイさんがいるか?」


「はいはい、、いますよ。替わるから待ってなさいね」


 そのあまりにおっとりした口振りに重徳はちょっとだけヤキモキしながら応えを待つ。しばらくすると…



「重徳か、いかがいたした?」


「ジイさん、門弟たちを引き連れて大急ぎでダンジョンに来てもらいたい」


「ほほう、ついにワシと一緒にダンジョンに入りたくなったか」


「そうじゃないんだ。内部でゴブリンの大量発生が起きている。ウチの生徒が取り残されて危険なんだ。助けに行くから手を貸してくれ」


「ふむ、左様か。孫の頼みとあらばワシも動かなくてはならぬのぅ」


 もったいを付けた言い方ながら、ジジイの声が何だか弾むような雰囲気を帯びているのは気のせいではないだろう。この戦闘狂ジジイに大量のゴブリンなどオーバーキルもいいところだが、この緊急時につべこべ言っていられない。



「ダンジョンの事務所で待っているから、とにかく大急ぎで来てくれ」


「わかったぞい。さっそく向かうとしよう」


 通話を終える頃には重徳は自宅とダンジョンの分かれ道まできている。猛ダッシュのまま勢いに任せて管理事務所に飛び込むと、内部は電話の対応で慌ただしい雰囲気。



「ちょっと中の様子を見てきます」


「あっ、四條君。現在封鎖中…」


 係員が止める声をまるッと無視してゲートをくぐり通路の半ばまで差し掛かると、先程の冒険者たちと同様に夥しい数のゴブリンがひしめき合っている姿が目に飛び込んでくる。



「歩美、待っているよ。今助けるぞ」


 そう言い残してジジイたちと合流するために一旦事務所に引き返していく重徳であった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



危機的状況のダンジョン内部でひとりで全員の命を背負う歩美。そして重徳の元にようやく彼女のピンチが伝わって、救出作戦が開始。その行方は…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「やっぱりジジイも動き出したか」


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