第60話 お騒がせな式神


 ストックが尽きてしまったり、今後の方向性を練り直したりする関係で投稿間隔が開いたことをお詫びいたします。本日から投稿を再開いたしますので今後ともよろしくお願いいたします。


   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ひとまずは春香の魔法の目途が付いたので、重徳は歩美に合図してメンバーを隔離していた結界を解いてもらう。中から出てきた面々は歩美のバカげた威力の魔法に目を白黒している。



「師匠、魔法っていうのは想像以上に恐ろしいッス」


「義人もそう思うか。確かにあれだけの威力を見せつけられた直後だからそう感じるのも無理はないな」


「それにしても師匠はあれだけの爆風をまともに浴びて全然平気ッスね。一体どうなっているんスか?」


「まあ色々とな。春香の魔法よりももっと強力な一撃を目の当たりにしているし。それも魔法ではなくてどちらかというと義人のスラッシュに近い技だ」


 重徳が遠い目をしながら語っているのは、先日ジジイがゴブリン騒動の際に思いっ切りぶちかました例のアレを指している。あんな1階層のフロアー全体をなめ尽くすように広がりながらゴブリンを一掃した迷わず成仏波を見たあとでは、春香の超級魔法といえども色褪せてしまうのはやむを得ないだろう。


 そんな重徳とは対照的に義人の表情がキラキラに輝いている。



「師匠、もしかして自分の技でも今の魔法みたいな威力が出するんッスか?」


「う~ん… 出せないことはないけど厳しい修行が必要だろうな。まあそのうちに義人もウチのジイさんの技を目撃することがあるかもしれないから、一度見てから技の方向性を考えるといい。ひとまず今はその時を楽しみにしておくんだ」


「えっ、師範の技なんっスか。そんなスゴイ技を自分もこの目に出来るんッスか?」


「ああ、四條流に所属していればいつかはな」


「頑張るッス! 自分は絶対に師匠についていくッス! そしていつか師範に技を教えてもらうッス!」


 義人の目はダイアモンドのキラメキよりもさらに眩しく光っている。いつか大技を身に付けて勇者として活躍する日を夢見ているように… だが現実はそう甘くはない。今のままの義人がジジイの技を目の当たりにしたら、周辺に波及する衝撃でおそらく即死は間違いないところだろう。世の中にはおいそれと触れてはならない禁断の領域というモノが存在するということを義人はまだ知らない。


 するとここで重徳が何かを思いつく。



「そうだ、義人。せっかくだからここでスラッシュを練習してみろよ。お前の技の上達ぶりを確認しておきたいからな」


「えっ、師匠、いいんッスか?」


「ああ、ここなら誰もいないから思いっ切りぶちかませ」


「やってみるッス」


 ということで壁に向かって立つ義人は重徳からやや離れた場所に移動してから腰の剣を引き抜く。そして片手に持ち替えて思いっきり後方に引いた構えをとりつつ体内の気を薄く纏わりつかせるように剣に流し込んでいく。



「師匠、これが今の自分の最大威力のスラッシュです。いっけぇぇ、パパン・スラッシュ!」


 義人が後方に引いた剣を力の限り振り切ると、薄い刃の形状を保った闘気が飛び出していく。それは重徳や門弟たち用いる気弾とはまた少しだけ違っており、どちらかというと斬撃に近い。闘気が爆発する威力で敵にダメージを与えるのではなくて、高速で飛び出す刃で敵に斬り掛かるという勇者独特ともいえる気の用い方となっている。


 ヒューン ズバーン!


 空気を切り裂く飛翔音の後に壁に激突する義人のスラッシュ。何かを断ち切るような音と閃光を放っている。閃光が収まってから壁の様子を確認すると、そこには1メートル近くに及ぶクッキリと削り取られたような痕跡がある。



「義人、俺の想像以上の上達ぶりだな。これならかなり上位の魔物に対しても通用する威力だ」


「お世辞でも師匠に褒めてもらって嬉しいッス」


「俺がお世辞を言うわけないだろう。素直に義人の努力を認めているんだぞ」


「師匠、なんだかこれまでの努力が無駄ではないとわかってきたッス」


「お前、涙なんか滲ますなよ。それにまだこれが完成形じゃないんだろう。もっと努力を重ねて義人の必殺技にしていかないとな」


「必殺技… 憧れる響きッス。いつか本当の必殺技になるように精進するッス。ところで師匠、師匠の気を用いた技も見てみたいッス」


「俺の? う~ん、まあいいか。今日だけの特別だからな。歩美、すまないけどもう一度結界で全員を覆ってくれるか」


「ノリ君、任せてください」


「義人、念のためお前も結界の中に入っていてくれ」


「わかったッス」


 義人も後方に下がって歩美の結界の中に包まれたのを確認すると、重徳は手の平に気を集め出す。そして一度だけ後ろを振り返ってひと言…



「義人、一回きりしかやらないからな。よく見ておくんだぞ」


「お願いするッス」


 義人の返事が聞こえると、手の平に集めた気をジジイの教え通りに凝縮開始。いい感じに気を練ったところで、おもむろに壁を見つめる重徳。



「ハァッ!」


 手首のスナップを利かせて気合もろとも投げ付けていくと…


 ズドドドドカァァァァァン!


 先程の春香の超級魔法をもうひと桁ほど上回る威力の爆発を引き起こしている。壁は広範囲に大きく抉れてその威力のすさまじさを物語っている。



「デモンストレーションにしてはちょっと派手にやりすぎてしまったな」


 頭を掻きながら振り返ると、全員が唖然とした表情で重徳を見つめている。濛々とした土煙が晴れてメンバーが結界から出てくると…



「さすがはノリ君です。ゴブリンの大群を吹き飛ばした時の技ですね」


「ああ、 あの時よりは威力は抑え目だけどな」


 真っ先に重徳に駆け寄ってきたのは歩美。彼女は一度だけ重徳の気弾を目撃していることもあって他のメンバーと比べたらまだ耐性があるのかもしれない。続いて春香がやってくる。



「フッ、 この程度の力がなければ我が同胞とは認められぬところだ」


「エラそうなことを言いながらお前の足は見るからにガクガクしているぞ」


「究極の大魔導士に対して何たる無礼。我が身に眠る邪龍の封印が完全に解き放たれたら、いずれこの星ごと粉砕してくれよう」


「バカ言ってないで普通にファイアーボールが撃てるようにしておけよ」


 せっかくの厨2言動をサラッとスルーされてややガックリしている春香。確かに重徳の気弾の威力にビビッて膝ガクガクでは、究極の大魔導士もあったモノではないだろう。続いて義人が…



「師匠、さすがッス!」


「これくらいの威力が出せるようになって初めてジイさんの技を間近で見れるようになるだろうな」


「はるか遠い道のりッスが頑張るッス」


 上には上がいることを知った義人はヤル気に満ち溢れた表情。そして歩美が展開した結界があった位置にヘタり込んでいるアリス先輩はといえば…



(チビった。完全にチビった。あんな威力の魔法とかスキルとか人間技じゃない)


 どうやら今回も不幸に見舞われてしまったらしい。これまでの常識が一気に覆されただけではなくて、人には言えない恥ずかしいシミを作ってしまったせいで涙目になっている。


 そんなアリス先輩の心情をまったく無視して重徳が号令。



「それじゃあ1階層をひと回りするぞ。ああ、そうだ。義人は俺がいいというまでスラッシュを使うなよ。他のパーティーが近くにいたりすると事故を起こしかねないからな。春香も俺が指示した時だけファイアーボールを使うんだぞ」


「師匠、了解ッス」


「フッ、この究極の大魔導士に指図するとは何様のつもりだ?」


「じゃあひとりでこの場に置いていく」


 エラそうなセリフを吐いた割には、春香は重徳の上着の袖を掴まえて首をフルフル左右に振っている。さすがにダンジョンの中で置いてきぼりは嫌なよう。


 ということで、ひとまずは隊列を作って通路を進みだす。アリス先輩が普段よりもガニ股気味になっているのは気のせいだろうか?


 歩き出したアルファ隊だが、すぐにゴブリンの気配を察知する。最初の何体かは前衛の義人が剣で仕留めていく。今の義人の剣ならば単体のゴブリン程度相手にもならない。後続の春香や歩美は所在なさげにくっついて歩いているだけ。


 そのまま30分ほど歩いていると、歩美が重徳にお願い事を告げる。



「ノリ君、お父さんが準備してくれた式神弐式が完成したんです。試しに使ってみようと思うんですけど大丈夫でしょうか?」


「この前の化け物みたいな式神とは違うんだよな」


「はい、ちゃんと力を加減してあるとお父さんが言っていました」


「そうか… それじゃあ次にゴブリンが出てきたら歩美が相手してくれ」


「はい、頑張ります!」


 ということでようやく重徳に許可を得た歩美はヤル気満々。懐から呪符を取り出して今か今かとゴブリンの登場を待っている。重徳も力を加減してあるという言葉を信じてこの前のようなことはないだろうと安直に考えている様子。そして通路の横道からゴブリンの気配が伝わってくる。



「歩美、間もなく横からゴブリンが出てくるぞ」


「わかりました。急急如律令、式神召喚」


 歩美が呪符に霊力を込めると、真っ白な5体のネコが出現する。前回のようにトラを二回りほど大きくしたような怪物ではない。今回登場の弐式は普通のネコの形状をした式神となっている。ただし小さな体から発散される霊気は只者ではないと告げているような気がしないでもない。そして横道からこちらにやってくるゴブリンの姿が明確になってくると、5体揃って首の後ろの毛を逆立ててシャーという声をあげつつ威嚇を開始。



「ミニヌシサマたち、ゴブリンを倒してください」


 歩美の声に飛び出していく式神弐式の群れ。零式と比較して小柄になった分敏捷性は格段に撥ね上がっている。集団でゴブリンを取り囲みながら敏捷に位置を変えて細かく攻撃を加えていく。普通のネコと変わらない大きさの体躯から繰り出される攻撃は主にゴブリンの膝から下に集中している模様。どうやら4体の式神が爪で足に斬りつけたり、牙で噛み付いたりしてゴブリンの動きを止めているらしい。


 そしてこれまで直接ゴブリンに攻撃を加えずにやや下がった位置で待機していた残りの1体がついに動き出す。4体の式神に足止めされながらも懸命に振り回すこん棒を掻い潜ってジャンプ一閃。一瞬だけ鋭いツメが薄明りの中で煌めいたかと思ったら、次の瞬間ゴブリンの首がゴロンと床に落ちていく。小さな体でもやることはかなりエグイ。



「ヌシサマたち、ありがとうございます」


 一丁上がりというドヤ顔をしながら5体の式神弐式が戻ってくる。歩美が差し伸べた両手に顔を擦り付けて甘える姿は一見するとただのネコのように映る。だがこの式神は現代日本で最強の陰陽師がヌシサマの毛を媒介に召喚できるように構築した代物。ただのネコであるはずがない。しかも集団戦を最初からマスターしているというのだから驚かされる。



「歩美、確かに力は加減してあるようだけど、それにしてはなんだか物足りなくないか?」


「ノリ君、今回はこの子たち5体しか召喚しませんでしたが、この弐式は最大で千体まで召喚可能なんです。この前のようなゴブリンの大量発生を心配してお父さんが頑張ってくれました」


「いやいや、頑張る方向が… というよりも今度は数で勝負なのか」


「はい、お父さんが言うには『フフフ、数は暴力なのだよ』だそうです」


「うん、歩美のお父さんの考えはよくわかった。だから今後は必要な時に必要なだけ召喚すればいいからな」


 相変わらず娘に甘々な緑斎の親バカぶりが発揮されているよう。こんな式神を一気に千体も呼び出せば、下手をすると20階層のボス部屋すらも蹂躙可能かもしれない。あの宮司はどうやらジジイと一緒で手加減という言葉を知らないらしい。



「呪符の作成に時間がかかったのは、ヌシサマの抜け毛を千本集めるのが大変だったせいらしいです」


「そのうちヌシサマはあちこちハゲ散らかすんじゃないのか?」


「でもブラッシングすると気持ちよさそうにしてくれますよ」


「抜け毛がこんな使われ方をされているとは、ヌシサマが何だか気の毒になってきたぞ」


「有効利用だとお父さんは言っていました」


「その分いいものを食べさせてやってくれよ」


 重徳的にはヌシサマにちょっと同情を寄せている感がある。まあ神社の伝説にもあるような白猫なので、そうそう手荒には扱われることはないだろう。


 その後も式神弐式にゴブリン討伐を任せていると、次第に戦い方をマスターしたようで一切の反撃を許さずに効率よく倒していく。力を加減したといっても、やはりゴブリン相手ではオーバーキルかもしれない。 



「それじゃあ、次は春香の魔法を試してみようか」


「フッ、この究極の大魔導士にゴブリン風情など役不足も甚だしい。我の前にひれ伏させてくれようぞ」


「ノリ君、通訳をお願いします」


「頑張ると言っているつもりらしい」


 春香が黙って頷いているので、どうやら重徳の通訳で正解らしい。普通にモノを申せないレベルでコジらせまくっている春香は、本当に面倒な大魔導士様といえよう。厨2の沼にドップリ浸かっていたことを先日になってようやく自覚したばかりの義人は心の中でコッソリ呟いている。


(あ、あそこまでコジらせる前に引き返せてよかった)


 たぶん彼の偽らざる本音だろうと考えられる。カルト宗教と同じくらいのレベルで洗脳された厨2患者が、コミュ力を要する現実社会に復帰するのは困難な道のりなのだから。


 厨2談議はともかくとして、いよいよ魔法の使用許可が出た春香はいつになく嬉しそう。いつでも来いとばかりに身構えながら通路を進んでいる。そしてついにゴブリンがやってくる。



「春香、前に出るんだ」


「我に任せるがよい」


 勇躍して前方に躍り出た春香はすでにスタンバイオーケーの状態でいつでも魔法を撃ち出し可能。



「今だ」


「ファイアーボール」


 重徳の合図に合わせて右手からファイアーボールを撃ち出していく。だがゴブリンは春香の魔法をギリギリで回避してさらに接近してくる。



「えっ」


 まさか避けられるとは思ってもみなかった春香は一瞬頭の中が真っ白状態。その場に呆然と立ち尽くしてしまっている。武器も持たず体術の心得もない春香が最前列で棒立ちでは、あっという間にゴブリンの餌食になるのが目に見えているのは言うまでもない。


 だが魔法が避けられたのを見て取った重徳が動き出す。ホルダーからバールを引き抜くと、そのまま一直線にゴブリンと春名の間に身を割り込ませていく。振り回す棍棒に力任せにバールを合わせると、その衝撃でゴブリンの武器は通路の果てまですっ飛んでいく。



「消えろ!」


 得物を失ったゴブリンの脳天にバールを振り下ろすと、頭をかち割られた魔物はほとんど即死状態。床に崩れ落ちた緑色の体が粒子となって消え去っていく。


 ゴブリンが消え去るのを見届けた重徳は春香に振り返る。



「春香、魔法が百発百中で当たるとは限らないんだぞ。油断をするな」


「は、はい」


「次はもっと足元を狙うんだ。爆発の威力で足にダメージを負わせたら魔法使いの仕事は終わりだ。お前がトドメを刺すんじゃなくて魔物の動きを封じることだけ考えていればいい」


「はい、わかりました」


 最初の魔法の行使が失敗に終わったことを春香も反省しているよう。こうして命の危機を肌で感じながら得た経験というのは絶対に忘れないはず。それよりも特筆すべきは春香がまったくの素で返事をしていることではないだろうか。おそらく彼女の生存本能が一時的に正気を取り戻すきっかけを与えた現象だろうと推察される。


 春香に対するアドバイスを終えた重徳は、次に義人に振り返る。



「義人、魔法は万能じゃない。今みたいに照準を外したり不発に終わるケースもあるんだ。その時に備えて前衛はいつでも魔法使いを庇えるように準備をしておくんだ」


「師匠、申し訳なかったッス。自分はまったく動けなかったッス」


「戦いにおいて予測は大切だ。だが自分に都合のいい予想で事を運ぼうとしたら墓穴を掘る。しっかりと覚えておけよ」


「わかったッス。どんなときにも油断は禁物ッス」


 どうやら義人も前衛の心得をひとつ身に染みて実感してくれたよう。このようにしてパーティーの連携というのはひとつひとつ形作られていくのであろう。重徳はどちらかというと経験を重視するタイプらしい。まずはやらせてみてから改善点を指摘するという教え方をしている。これはおそらくあのジジイの超実戦主義が影響を及ぼしているモノと思われる。


 そのまましばらくは春香が魔法を撃ち出してゴブリンにダメージを与えてから、最後は義人がトドメを刺すというパターンを繰り返していく。春香は重徳の指示通りにゴブリンの足元を狙って魔法を撃ち出していく。その結果としてファイアーボールが床に着弾して破裂する際の爆風でゴブリンは大勢を崩して転倒したり、足にダメージを受けて動きが鈍ったりするので、義人は易々と仕留めに入れるという好循環が出来上がる。



「うん、魔法使いと前衛の連携がわかってきたみたいだな」


「師匠、これなら相手が複数でも対処できそうッス」


「そうだな… そこそこレベルも上がったし、ちょっとだけ2階層に足を運んでみようか」


「フッ、我の邪龍の封印が解ける瞬間が刻一刻と近づいておるわ」


「ノリ君、通訳をお願いします」


「2階層が楽しみだと言っているんだと思う」


 春香がコクコク頷いているので、どうやら重徳の通訳で正解だった模様。本当に厨2患者は面倒くさい。


 ということで2階層に降りる階段を目指してアルファ隊が進んでいくと、前方100メートルの位置にどこかのパーティーがゴブリンと戦っている様子が目に飛び込んでくる。よくよく見ると、そのパーティーは梓や真由美先輩が率いるベータ隊。様子を窺いながら近づいてみると、どうやらさほどの困難もなくゴブリンを討ち取った模様。


 ちょうどゴブリンを仕留め終えてドロップアイテムを回収していることろに、追いついた重徳たちが声を掛ける。



「真由美先輩、お疲れ様です」


「ああ、四條君たちか。こっちはまあ順調だが、君たちはどうだ?」


「はい、自分たちも少しずつパーティーの連携を高めながら討伐を進めています」


「そうか、それは素晴らしいな。ところで私たちはこのまま2階層に進もうかと考えていたんだけど、君たちはどうする?」


「はい、自分たちも2階層を目指していました」


「そうか、だったらこのまま一緒に2階層まで行こうか」


「はい、ご一緒します」


 ということで偶然出くわしたベータ隊と共に通路を進みだす重徳たち。前をアルファ隊、後続にベータ隊という隊列で階段を目指していく。するとそこにゴブリンの気配が…



「義人、ゴブリンだ」


「了解ッス」


 重徳が義人に任せようとしたところに、背後から声が響く。



「ノリ君、せっかくですから私がやります。梓ちゃんたちに私の式神をお披露目したいですし」


「そうか、そういうことだったら歩美に任せようか」


 重徳は急遽予定を変更してゴブリンの討伐を歩美に任せる。先程式神弐式のテストは至極順調に終わったし、重徳的には完全に気を許していたよう。


 だが重徳は一点だけ重要なポイントを見逃している。それは歩美にはドジっ子属性が備わっているという極めて大きな見逃し。これまで歩美は結構やらかしているのは言うまでもない。それは教室で自分の席に戻ろうとして並んでいる机の脚にけっ躓いて顔から床にダイブしたり、投げ技に失敗して重徳の体に覆いかぶさった挙句に彼のキンタ〇を蹴り上げてしまったり… その他でも重徳を助けようとして彼を結界で覆ったまではいいが、結局自分のことは忘れていてヤクザに拉致され掛かったりと枚挙にいとまがない。


 そしてこのドジっ子属性はダンジョン内部におけるこの場面でも如何なく発揮されることとなる。ゴブリン討伐のために歩美は懐に手を入れて呪符を取り出す。この時もうちょっと注意して確認しておけば、このあと起こる惨劇は回避できたはず。だがゴブリンが迫りくるというタイミングで十分な確認もないままに歩美は呪符に霊力を込めて呪を唱える。



「急急如律令、式神召喚」


 歩美の体から大量の霊力が呪符に流れ込む気配が伝わる。その気配を敏感に察した重徳が…



「歩美、ストップ!」


 と声をあげたが、その時はすでに手遅れだった模様。圧倒的な霊力を体から発散するトラを二回り大きくした式神零式がこの場に顕現している。



「な、何ですか!」


「か、か、怪物だぁぁぁ!」


「助けてぇぇぇぇ!」


「なんで1階層にこんな化け物が…」


「もうダメ…」


 歩美の式神零式は初見のベータ隊。このうち梓を除く4名が口から泡を吹いて意識を手放している。梓だけは勇者のスキルでもって気絶こそ何とか耐えてはいるが、咄嗟に剣の柄に掛った手はブルブル震えて引き抜くことスら出来ない始末。


 もちろんアルファ隊の歩美と重徳を除いたメンバーも、突然のご登場と相成った式神弐式にガクブル状態。レベル40のカレンですら尻餅をついて口をパクパクさせている。


 ギギャーー


 低く唸るような雄叫びを上げつつ、式神零式は右手の一撃でゴブリンを葬り去っている。その間歩美は「あれっ?」という表情で頭の上に大量の???を並べる。そして呪符をよく見るとそこにはしっかりと〔零式〕という文字が…



「ノリ君、やってしまいました~」


 歩美が振り向くとそこには腰を抜かして床に蹲るアルファ隊と梓以外白目を剥いて気を失っているベータ隊の姿が…


 ことに最も大きなダメージを受けているのは縦ロール榎本。彼女がペタンとお尻をついている石造りの床には若干のアンモニア臭を伴った液体が流れ出して徐々にその面積を拡大している。アリス先輩的には仲間が増えて嬉しい限りだろう。


 

「ノ、ノリ君… どうしましょう?」


 オロオロしながら歩美が尋ねている。この時点で2つのパーティーの大半が行動不能状態。敵だけではなくて味方も潰滅に追い込むとは、歩美もずいぶん腕を上げたものだ。だが重徳としてはそんなのんきなことを言ってはいられない。



「歩美、ともかくあの式神を引っ込めるんだ」


「は、はい」


 歩美が依然として強大な霊力を放つ式神零式を呪符に戻すと、ようやく場の空気が平常を取り戻していく。



「歩美、そのまま前方を警戒してくれ。俺はみんなを起こす」


 ということで通路の警戒を歩美に任せた重徳は気を失っているメンバーひとりひとりにカツを入れて目を覚まさせていく。だが彼の足は縦ロール榎本の前で止まる。


(さすがに近づきたくない…)


 彼女の周囲はアンモニア臭を放つ黒いシミにすっかり取り囲まれている。重徳が近づくのを躊躇うのも無理はない。ここでようやく自分を取り戻した康代が…



「私がやります」


 彼女の手から白い光が放たれていく。どうやら気付けの魔法らしい。この辺は聖女のスキルとしては基本的な部類に相当する。


 そして光を浴びた縦ロール榎本はゆっくりと目を覚ましていく。ややあって自分の状況を少しずつ理解すると同時にダンジョン中に響き渡るような声で…



「イヤァァァァァァァァァァァァ!」


 パーティーメンバーの前で盛大にお漏らししたのだから、この反応はやむを得まい。そんな絶叫を挙げる縦ロール榎本に対して他のメンバーは非常に気マズい視線を送っている。唯一アリス先輩の表情だけはなぜか同情的だったのは彼女の名誉のためにナイショにしておこう。


 このようなトラブルに見舞われた結果、一行は2階層に降りるのを諦めて本日のダンジョン探索は打ち切りと断を下す。ということで来た道を逆に戻っていくのだが、誰も縦ロール榎本に声を掛けようとはしない。というかむしろなんと声を掛ければいいのかわからない状態。これは気マズいを通り越して、もはや手の打ちようもない。


 そのまま隊列の最後方を項垂れるような姿で縦ロール榎本は戻っていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



色々と試して順調なアルファ隊でしたが、ベータ隊と合流した途端に歩美のヤラカシで縦ロール榎本にとんでもない被害が及びました。果たして彼女は立ち直れるのか…

この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「歩美さんウッカリ過ぎ」


などと感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る