第59話 超級魔法


 週が明けて月曜日、この日は朝からCクラスの魔法使いがダンジョンで初めて魔法実技を行う実習が組まれている。本当ならば聖女に続いて先週のうちに実施される予定だったのだが、例のゴブリン騒動で延期となってようやく本日実施される運びとなっている。


 先週の金曜日以降大山ダンジョンは冒険者に解放されており、これといった差し迫った危険の兆候は全く見当たらない状況が確認済み。ということで護衛兼指導役の3年生に先導されつつダンジョンに入っていくCクラスの魔法使いたち。初めて魔法の実技が行えることもあって1年生たちの表情は期待に満ちている。ちなみにCクラスの生徒たちの男女比は3対7で女子のほうが多い。やはり男子生徒は体力志向が強いせいで面倒な魔法術式の暗記が性に合わないのかもしれない。


 1年Cクラスの魔法使いの中には縦ロール榎本や楓のようにすでに部活動でダンジョンを経験した生徒と内部に入るのは今日が初めてという生徒がいるが、どちらにしても本格的に魔法を実践するのは今日が初めて。部活でダンジョンに入ったとしても授業で練習しないうちからいきなりダンジョンで魔法をぶっ放す生徒はさすがに存在しない。そんなマネをしようものなら引率の先輩たちから大目玉を食らうのは間違いないだろうし、そもそも練習なしでまともに発動するほど魔法は簡単ではない。ある程度授業で練習をして自分なりに自在に使える手応えを得てから実戦で使用する… これが魔法使いたちにとっては基本的な流れ。よって第8ダンジョン部においても縦ロール榎本や楓は魔法は使用せずに、前衛の剣士や槍士がゴブリンを仕留めるのを見守るだけにとどまっていた。


 今回のようにダンジョンで自らの魔法を発動させて自信を付ける… という意味合いでは、このダンジョンでの実習の重要性を生徒たちは口が酸っぱくなるまで指導教官から言い聞かされている。繰り返しになるが魔法というのはちょっとくらい練習してすぐに使えるものではないため、自分なりに確実に発動できるまでは自己研鑽あるのみという結構厳しい道のりが待っている。


 というわけで、ホールに到着した生徒はステータス画面を開いて自分の魔力量を確認するところからスタート。満タンになっている生徒から3~4人ずつが横並びになって入り口付近の壁に向かって魔法式を唱えながら発動を試みる。



「炎よ、我が呼びかけに応えて宙を飛翔し敵を焼き払え。ファイアーボール」


 ひとり目の女子生徒が魔法式を唱えるが、初回からそうそう上手くいくはずもなく不発に終わる。何人かが同様に発動を試みるが、やはり不発に終わる生徒が相次ぐ。そんな生徒たちを尻目に自信満々な表情の縦ロール榎本が壁に向かって立つ。



「炎よ、ワタクシの言葉に従いなさい。宙を舞って壁を焼き尽くすのです。ファイアーボール」


 彼女が翳した右手からソフトボール大の炎が飛び出して壁にぶつかっていく。そのまま四散すると石材の一部に小さな焦げ跡が残されている。



「スゴイ! 1回目から魔法を発動させるなんて…」


「私たちの魔法式とちょっと違っているけど、あれってどうなの?」


「やけに上から目線の魔法式だったわね」


「自己流にアレンジしてもいいとは教官が言っていたけど、魔力が事象変換しやすい言葉があるのかな?」


 いきなり魔法を成功させた縦ロール榎本を見たクラスメートたちは、口々に自分と彼女の違いを話し合っている。するとこの様子を近くで見ている3年生の魔法使いが…



「言葉や魔法式は魔法を発動させるための火種に過ぎないわ。大切なのは頭に浮かべるイメージよ。より明確なイメージを頭に浮かべつつ、そのイメージに最もマッチした言葉を魔法式に当て嵌めていくと上手くいくケースが多いわね」


「先輩、ありがとうございます」


「そうか、イメージが大切なんだ」


「もっと頭の中にはっきりとした魔法発動のイメージを思い浮かべないといけないのね」


 さすがは3年生。初めて魔法を発動しようという1年生はともすれば「魔法式を正確に口にしよう」という思いが強くて頭の中のイメージがおざなりになってしまう場合が多い。そんな後輩たちに自らの経験を伝えてくれるとは、やはりダンジョンで実戦を経験している人間は一味も二味も違う。


 ちなみに縦ロール榎本が初回から魔法の発動に成功したのは、その性格に由来する思い込みの強さが一因にあるのではないかと推測される。梓が閉口しているにも拘らず、あれだけ強引に付きまとえるその思い込みこそが彼女の最大の武器かも知れない。その後順番が回ってくるたびに縦ロール榎本は確実にファイアーボールを発動させていく。1回目よりも2回目、2回目よりも3回目と、回数をこなすたびにスムーズに発動し、なおかつ威力も増している印象。さすがは「ワタクシこそ並ぶ者のいない魔法の第一人者」と豪語しただけのことはある。


 その頃楓のような補助魔法の使い手は先輩の剣士に向けて体力強化の魔法をかけている。こちらは攻撃魔法に比べると比較的発動の難易度が低いよう。大抵の生徒がちょっと練習すれば成功という感じで、楓もご多分に漏れずに強化魔法に成功している。



「うん、確かに1割くらい体力が上昇しているぞ。剣が軽く感じるから大丈夫だ」


「ありがとうございます」


 こんな遣り取りをしながら、続いて防御力アップの術式に挑んでいる。一見地味な役回りの補助魔法使いだが、格上の魔物と対峙する際には絶対に必要な戦力。楓をはじめとした面々に懸かる期待は大きい。


 さて、このような感じでCクラスの魔法使いたちの実技実習は順調に進んではいるが、ひとりだけポツンと離れた場所に佇む異物が約1名。それはつい1週間前に転校してきた春香で間違いない。彼女は攻撃魔法に特化したスキル持ちなので同じクラスの聖女たちと一緒にダンジョン実習を行うよりもこうして魔法使いの中に入って実技に取り組んだ方がよいだろうという配慮が働いて、現在Cクラスの魔法使いたちに混ざってダンジョンにやってきている。


 とはいえせっかくの配慮を無駄にするように彼女はCクラスの生徒とは離れた場所で現在魔力の充填中。どんな集団に入っても結局春香のポッチ属性に変化はないよう。護衛役の先輩たちも春香を遠巻きにして眺めるだけ。しばらくすると春香が…



「時は至れり。我が邪龍の封印を解く刻限がきたようだ」


 独り言のように呟くと、さらに集団から離れた場所に向かって歩いていく。彼女の様子に気が付いた3年生の剣士が声をあげる。



「お~い、あんまりみんなと離れるんじゃないぞ~。俺たちの目が届く範囲にいてくれ」


 先輩の声は耳に届いているはずにも拘らず、春香はスタスタと歩を進めていく。このまま放置はできないと感じた3年生が二人組で追いかけて春香を止めようとする。



「おい、聞こえなかったのか? 俺たちの目が届く範囲から離れるんじゃないぞ」


「フッ、すでに邪龍の封印は解かれた。自らの身を案ずるならば巣に戻っているがよかろう」


 もちろん春香何を言っているかなど先輩たちに伝わるはずがない。依然としてホールの中央部に向かって歩いていく春香に対して、3年生は元の場所に戻そうとしきりに声を掛けるが、封印が解かれた春香にはまるっきり聞こえてはいないよう。そしてCクラスの生徒たちが固まっている場所から300メートルほど離れた場所までやってくる。



「これだけあらば危険はなかろう。そなたたち、今から我が魔法を試みるゆえ下がっておるがよい」


「なにもこんな場所でやる必要もないだろう。元の場所に戻って練習するんだ」


「これほど聞き分けの悪い愚か者とは… 封印が解かれし我の魔法の前に露と消えても知らぬぞ」


 などと厨2感全開の意味不明の供述をしつつ、春香は魔法の発動準備に取り掛かる。先程邪龍の封印を解いた時点で眼帯は外しており、現在は両手に五芒星の紋様が鮮やかな黒い革製の指抜きグローブを嵌めている。もちろんこの品は店頭に並んでいた市販品だが、見た瞬間春香の厨2心を捉えて離さなかった逸品。衝動買いという表現がピッタリ当てはまる勢いで彼女が購入を即決した厨2アイテム。


 そのまま目を閉じて一瞬の精神集中。これは別にやってもやらなくてもいいのだが、春香としてはやはり厨2的な雰囲気を大事にしたい。そして顔を上げてカッと見開くと、彼女の目は300メートル以上離れた生徒たちが固まっているのとは反対側の壁を見つめる。ちなみに生徒たちが現在練習している場所は最も入り口側に近い箇所で、そこから春香は歩いて反対側の壁がハッキリと見渡せる位置まできている。こんな時までポッチ属性を発動する必要なないだろうに…


 ややあって彼女の口から魔法を発動させるための魔法式が発せられる。



「我の内で目覚めし邪龍よ、この呼びかけに応えて燃え盛る焔を生成せよ。あれなる壁を漏れなく焼き焦がして終末の破壊をもたらすがよい。ファイアーボール」


 春香の口から紡ぎ出されたのは、魔法式というよりも呪詛のセリフのように聞こえるのは気のせいだろうか? ともあれ究極の大魔導士(笑)の魔法は発動の刻を迎えたよう。だが何かがおかしい。魔法が発動している気配はあるのだが、一向に前方に突き出している春香の右手からファイアーボールが飛び出していかない。


 それどころかダンジョンの空気に含まれる大量の魔素が彼女の右手に集まって赤い光を発している。


 さて3年生の先輩の言葉に「魔法を発動する時にはイメージが大切」というセリフがあったはず。春香の場合このイメージの中に〔究極の大魔導士が発動する極大魔法〕という厨2感溢れるとんでもない思い込みと、邪龍の封印が解かれたというブッ飛んだ勘違いが含まれている。この厨2病患者独特の残念な思い込みが、どういうわけだか春香のイメージとして具現化されているよう。しかも本来はこのような大袈裟な術式は春香の魔力量では発動などしないはず。だが彼女は内なる邪龍に魔法の発動を委ねている。これが思いもよらない効果を生み出して、彼女が右手に嵌めるグローブの五芒星をコアとしてダンジョンに漂う大量の魔力を集めてしまっている。


 そして発動…


 ファイアーボールと呼ぶのすらバカバカしくなるほどの巨大な火の玉が高速で300メートルの距離を飛翔して、その勢いのままに石造りの壁に着弾。直後に目が眩むような赤い光と耳をつんざくような大音響がホールを埋め尽くす。

 

 ズガガガガガガガーーーーーン!


 あまりに巨大な炎が天井の低いホールの空気を膨張させたせいで猛烈な爆風が襲い掛かる。生徒たちは体を煽られて尻餅をついたり床に転がされたりと、何が起こったのかもわからないうちに春香の魔法に巻き込まれて白目を剥いている。


 魔法が直撃したホール奥の壁は大きく抉れて広範囲に真っ黒な焦げ跡を曝け出す。これほどの破壊をもたらした当の春香はといえば平然とした表情で自分の魔法の出来を見届けているかの様子。そして口をパクパクしてまだ尻餅をついたままの3年生の元に向かってひと言。



「究極の大魔導士にしてはまあまあの出来。言っておくがこれはメラゾーマではない。単なるメラだ」


「いや、ファイアーボールって言ってただろうが」


「その生意気な口をつぐむがよい。我がメラといったらメラなのだ」


 強引に誤魔化す方向に舵を切る春香がいる。ともあれとんでもないお騒がせの春香の魔法の初撃ちは、のちに大きな反響を呼ぶこととなる。






   ◇◇◇◇◇






「おい、聞いたか。例のAクラスに転校してきた魔法使い」


「ああ、噂は耳にしたけどちょっと信じられないな」


「お前、ソレ、マジで言っているのか? 実際にCクラスの魔法使いが目撃しているし、あまりにも強烈な爆発の勢いでクラスの生徒の半分が一時的に気を失ったんだぞ」


「それにしてもいまだ日本で誰も実現しなかった超級魔法がこうも簡単に現実のモノになるなんてな…」


「3年生でもひと握りの優秀な魔法使いが中級魔法にやっと手がかかるくらいだっていうのに、上級を飛び越えていきなり超級魔法だもんな。そうそう簡単に信じられないのは当たり前だよ」


 聖紋学園全校を挙げて春奈が放った魔法の件で上へ下への大騒ぎとなっている。そのセリフの中に出てきた「超級魔法」というのは、日本式の魔法区分で言い表すと上から3番目に相当する。威力が強い順に表記すると…


 破滅魔法  地球を丸ごと破壊する規模の想像を絶する魔法


 極大魔法  局地的な広範囲に生物や構造物の破壊をもたらす魔法


 超級魔法  一定の区域に生物や構造物の破壊をもたらす魔法


 上級魔法  敵を数十体~百体まとめて殺傷する魔法


 中級魔法  敵を数体から十体まとめて殺傷する魔法


 初級魔法  敵を1体~数体殺傷する魔法


 以上が日本魔法アカデミーが定めた魔法のランク。このうち破滅魔法に関しては「そもそも存在しない、もしくは存在しても使用できないので意味がない」と定義されているので、実質的に超級魔法は上から2番目という評価となる。もちろんこのような超級魔法の発動に成功した魔法使いなど今まで誰ひとり国内で確認されてこなかった。つまり春香は偶然が重なったとはいえ日本で初めて超級魔法を発動させたことになる。この件は学園を通じて政府が管轄するダンジョン対策室にも報告がなされており、春香は一躍時の人となっている。


 そして翌日の教室では…



「春香、お前超級魔法なんていつ覚えたんだ?」


「フッ、この究極の大魔導士に不可能はない。一時的に邪龍の封印を解いただけの話」


 噂は重徳の耳にも入っているので休み時間に昨日の実習の様子を聞き出そうと声を掛けるも、いつものようにこの有様。春香の厨2ムーブは収まるどころか、ますます亢進しているよう。重徳の横から今度は歩美が…



「それにしても春香ちゃんはスゴイです。同じパーティーのメンバーとして尊敬します」


「フッ、この究極の大魔導士に対して中々殊勝な心掛け。だが我の同胞になるにはまだまだ長き道のりが必要ぞ」


「ノリ君、通訳をお願いします」


「照れているだけだから気にするな。厨2病でも褒められると嬉しいらしい」


 春香がコクコクと頷いている様子からして、重徳の通訳は大体合っているのだろう。普通の人間は春香の厨2セリフの意味を何んとなくしか理解できないのだが、重徳の場合はなぜか言葉に込められた心情まで汲み取ることが出来るから不思議過ぎる。さらに歩美が続ける。



「それにしてもどうやって超級魔法なんか発動できたのでしょう? とっても不思議です」


「フッ、我のうちに長い年月微睡んでおった邪龍が少しばかり目を覚ましただけ。そなたも身の内に邪龍を生み出さば、我のような強大なる力を持つことが出来よう」


「ノリ君、通訳です」


「厨2病をコジらせまくったら出来るようになるらしい」


「ああ、それは私にはちょっと無理かもしれませんね」


「歩美の場合は強力な結界術と式神召喚があるから、当分はそのままで大丈夫だろう」


「あっ、そうでした。ノリ君に報告です。お父さんが頑張ってくれて霊気控えめのヌシサマ弐


「そうか、よかったな。さすがにあの式神はゴブリン相手にはオーバーキルだから、もっと使い勝手のいいタイプがあるとありがたい」


「はい、お父さんも『使い勝手という面を考慮する』と言っていたので、次は大丈夫だと思います」


 重徳の脳裏には先日歩美が召喚したヌシサマ零式のトラよりもさらに二回りほど大きな姿が思い浮かんでいる。あんな強力な式神はある意味魔物よりもタチが悪そう。というか味方の精神に与える恐怖指数が甚大でしばらくは封印扱いとなっている。


 ここで重徳の脳裏には別の考えが思い浮かぶ。



「春香、今度ダンジョンに入ったらお前の魔法の試し撃ちを見せてもらいたい。下手に味方まで巻き込むようだと当面封印しないといけないからな」


「フッ、我が邪龍の封印が一度解かれた折には、再度封印など不可能な話」


「お前、普通に授業中眼帯外しているだろうに」


「あ、あれは邪龍の封印ではない」


「じゃあ何なんだ?」


「我が導師の教えを正確に読み取るゆえの手法」


「黒板が見えずらいだけなんだな」


 やはり厨2病は面倒くさいと改めて感じる重徳であった。






   ◇◇◇◇◇






 この週の水曜日、第8ダンジョン部は再び大山ダンジョンへやってきている。先日新入部員が加入した際に決めたグループごとに3班に分かれて内部に入場していく。


 ゲートをくぐったアルファー隊はそのまま十字路を左に進んでホールに向かう。あっという間にホールの入り口に到着する一行。ここで重徳が春香に向かって…



「それじゃあ春香、一度魔法を実演してもらえるか」


「フッ、この究極の大魔導士にとっては造作もないこと」


 春香は眼帯を取り去って、両手には五芒星の刺繍入りグローブを嵌めてスタンバイ。その間に重徳は歩美に…



「歩美、全員に危険が及ばないように結界で取り囲んでもらえるか」


「ノリ君、わかりました。結界展開」


 あっという間に歩美自身を含むパーティーメンバーを覆うように結界が取り囲む。これで安全は確保されるのは間違いない。


 こんな感じで準備が整ったので、いよいよ春香が魔法を発動する。



「我の内で目覚めし邪龍よ、この呼びかけに応えて燃え盛る焔を生成せよ。あれなる壁を漏れなく焼き焦がして終末の破壊をもたらすがよい。ファイアーボール」


 前回と同様に前方に突き出した春香の右手に夥しい量の魔素が集まり始める。その光景は波動砲を打ち出す直前に砲口周辺に光が集まって輝き出す宇宙戦艦のごとし。


 やがて大量に集まった魔素は赤い光を帯びてキラメキ出し、その直後に巨大な火の玉となって壁に向かって飛び出していく。


 ズガガガガガガガーーーーーン!


 前回同様目の眩む光と耳をつんざくような轟音がホールを埋め尽くす。吹き寄せる突風にあおられながらも平然と立っている重徳と春香。春香は極大魔法が成功して満足げな表情に対して、重徳は苦虫をかみつぶしたような複雑な顔。そして爆風が収まると…



「威力は申し分ないが、非常に限られた条件下でないと実用性はないな」


「フッ、我が同胞ながら究極の大魔導士が操る魔法をかように扱き下ろすつもりか?」


「いや、これだけ欠点があるんじゃ、実用性に欠けると言われても仕方がないだろう」


 重徳にここまで悪し様に言われて、春香は思いっ切り頬を膨らませている。そんな春香に対して重徳は噛んで含めるように説明開始。



「いいか、魔物というのはお前の目の前てジッと立ち尽くしているわけじゃないんだぞ。今の魔法だって発動までに10秒以上かかっている。そんな時間の余裕があったら魔物はいくらでもお前に飛び掛かってこれるはずだ」


「そ、そうかもしれない」


「そういう点で実用性が限られると言ったんだ。前衛が時間を稼いでいる間に春香が発動の準備が出来る… そんなケースにおいては有効だけど、当面はこんな威力が高い魔法は使用できない」


「フッ、我が同胞の言葉に耳を貸してやろう」


「それからその手袋を外してもう一度魔法を撃ってみてもらえるか」


「フッ、我が力を疑っているのか? かような品などなくとも我の魔法に変わりはないはず」


 口ではこのような強がりを言いながらも、せっかくの厨2アイテムを否定されたような気分で渋々といった表情でグローブをポケットに仕舞い込む春香。そして再度魔法を発動する。



「我の内で目覚めし邪龍よ、この呼びかけに応えて燃え盛る焔を生成せよ。あれなる壁を漏れなく焼き焦がして終末の破壊をもたらすがよい。ファイアーボール」


 先程とまったく同じ魔法式を口にする春香だが、今回は何かが違う。右手に集まる魔素が劇的に減少している。その分魔法の発動は圧倒的に早くなって、300メートル先の壁に向かって先程よりもずいぶん小さくなった火の玉が飛んでいく。


 ズガガーン!


 威力がグッと減少して小規模な爆発が生じるのみ。このくらいの爆発ならば上級魔法と呼んでいいかもしれない。この変化を見て取った重徳は「やはりそうだったか」という表情で頷いている。


 実は重徳、最初に春香が超級魔法を放った際に生じたとある事象に注目している。それは例の怪物ジジイの迷わず成仏波を見た際に理解した現象と原理は同じ。要はジジイと自分の気弾の違いは手の平に集める気の量の違い。重徳や門弟たちは無意識レベルでストッパーが掛かって自らの取扱い容量の限界を超える気を集めることはないのだが、生まれつきストッパーというが概念を持ち合せていないジジイはそのような甘っチョロい理屈など通用しない。思いっきり限界を踏み外して莫大な量の気を集めて放つから、あのようなとんでもない威力の一撃が可能となる。


 そして春香の場合も原理は同じで、彼女の厨2思考と口から飛び出すセリフにプラスして五芒星が過剰なまでの魔素を集めている。その仮説を確かめようとしてグローブを外して魔法を発動した結果、重徳の思い描いた仮説が立証された形となっている。



「春香、よく聞くんだぞ。最初の魔法はその手袋が異常な量の魔素を集めていたんだ。その結果としてあんなとんでもない威力の魔法が発動した。だがまだお前の力では完璧に制御出来てはいない。よって当分そのグローブは使用禁止だ」


「フッ、我の力を見くびるつもりとは、我が同胞として情けない限り」


「悔しがっても仕方がないだろう。それに魔素を集める時間が短くなった分発動に要する時間が短くなっただろう」


「ま、まあ認めてやらぬこともない」


「あと魔法式が長すぎる。ファイアーボール1発放つのにあんな長い魔法式は必要ない。まずは邪龍の部分をナシでもう1発やってみるんだ」


「承知した」


 重徳のここまで的確に指摘されて、さすがの春香もぐうの音も出ない様子。素直に重徳に従う態度を見せている。


 

「この呼びかけに応えて燃え盛る焔を生成せよ。あれなる壁を漏れなく焼き焦がして終末の破壊をもたらすがよい。ファイアーボール」


 だいぶ発動に要する時間が短くなってバスケットボールほどの大きさの炎が飛び出していく。これは上級魔法と中級魔法の間くらいだろうか。



「うーん、まだ威力が大きすぎるな。『あれなる壁…』以降は省略しろ」


「我が同胞ながら注文が多すぎるぞ」


 と言いつつも、またまた魔法を発動。



「この呼びかけに応えて燃え盛る焔を生成せよ。ファイアーボール」


 今度はバレーボールくらいの大きさの火の玉。初級と中級の間くらいか。



「えーい、面倒だからファイアーボールだけでいい」


「仕方がない。我の力に刮目せよ。ファイアーボール!」


 ついに、ついに春香の右手からコブシ大の火の塊が飛び出していく。ここに春香は従来の魔法使いとは真逆の超級魔法から威力を下げてようやく初級魔法をマスターするという大変ややこしい魔法使いとなる。同時にベテラン魔法使いでも習得が困難な〔魔法名を口にするだけで魔法が発動する〕というある意味無詠唱魔法の足掛かりとなるスキルも獲得。


 こうして炎属性に関しては初級から超級まで一気にマスターした春香は、本人が自称する究極の大魔導士に一歩近づくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



魔法使いたちの初の実習で春香がいきなりとんでもないレベルの魔法を披露。とはいってもあまりに扱いの困るので、重徳のアドバイスに沿ってうまい具合に威力の調整が出来ました。次回は歩美の新型式神が登場して…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


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