第4話 生徒指導室

 翌日、重徳が時間ギリギリに教室に入るとすでに殆どの生徒は席に着いている。家からこの学校までは歩いて10分も掛からないのだが、朝の鍛錬をしているとついついこうして遅刻ギリギリの時間に教室に飛び込む形になる。それだけ彼が熱心に武術に打ち込んでいる証といえよう。



「四條、ギリギリに登校して来るとは早速大物振りを発揮しているな」


「信長は早いんだな。昨日は迷惑をかけた」


「水臭いこと言うなよ。あの程度は迷惑でもなんでもないよ」


 さすがは天然物の勇者であるロリ長は懐が広い。もっともエルフの幼女発言に関しては特大の迷惑なのかもしれないが…


 こんな感じで挨拶を交わしながら教室を見渡してみれば、席が4つ空いている。どうやら昨日の放課後重徳にぶちのめされた連中は揃ってお休みの模様。重徳は彼らに対して「あの程度のケガで学校を休むなんて、一体どれほど軟弱なんだ?」という疑問を抱いている。繰り返しになるが四條流の道場では骨の1本や2本折れるのはケガにはカウントされない。「鍛錬しながら治せ」と冷たくあしらわれてお仕舞という環境が骨の髄まで染みついている。それはともかくとして、あのゲス共がいないだけでもなんだか教室の空気が澄み渡っているように感じる。


 重徳が教室の違う箇所に視線を移すと梓と歩美が昨日と変わらない様子で登校している。


(あっ! 鴨川さんが俺に向かって手を振っているから、俺もお返しに振り返さないと)


 だがその様子を歩美の隣で見ていた梓が爆笑している。たぶん咄嗟のことで重徳の顔が長い間風雨にさらされて風格を増した鬼瓦のように強張っているのを笑っているのだろう。重徳自身このようなシチュエーションに慣れていないからどんな表情をして良いのかわからない。昔から怖い顔と周囲から言われてきたが、ニコリともしないで手を振っているぎこちなさが梓の笑いのツボを大きく刺激しているよう。だがこんなに気さくに笑い合える関係というのはなんだか良いもんだ… という感情が重徳の胸中に湧き起こっている。というか、ひたすら修行に明け暮れた修羅の道にはなかった新たな感情に重徳自身相当戸惑い気味。



 そしてチャイムが鳴ると同時になにやら難しい顔をした担任が教室に入ってくる。



「今日から早速実技実習が始まる。指導担当者が教室に来るから、全員着替えて待っているように。それから四條、お前は私と一緒に生徒指導室に来なさい」


 事務連絡のあとでさっそく重徳の呼び出しがはいる。あの程度のケンカで呼び出されるとは勇者を養成する場とも思えない生ヌルさを重徳は感じている。


(甚だ遺憾だぞ。欠席する程度の怪我で済ませてやったんだからむしろ褒めてもらいたいくらいだ。ウチの道場基準だと骨折なんか『絆創膏でも張っておけ!』と言われる掠り傷扱いだからな)


 重徳のこころのこえが発せられている。


 とはいえ出頭命令を受けた重徳は難しい表情を全く崩さない担任の後に続いて渋々生徒指導室へと向かう。その間担任との会話は全くない。


 職員室の2つ隣に生徒指導室というプレートが掛かった小部屋がある。中学の時から何度もこの部屋にご案内されているからすでに慣れっこになっている重徳。中学の先生は吹っ掛けられたケンカ以外の問題行動を起こさない彼が不良に絡まれているとわかっていたから、簡単な事情聴取で終わるケースが殆どだった。最後に『怪我させるのは不味いから程々にしろよ』というお約束のセリフを聞いてから解放されるのが常だったが、果たして今回はどうなるのか。


 無言で中に入るとそこには大柄の教員が奥の席にデンと腰を下ろして腕組みしながら待っている。いかにも生徒指導担当の強面教師という感がアリアリ。



「四條、そこに座れ」


 重徳は担任の声に従ってパイプ椅子を引いて着席する。どうにも雰囲気がピリピリしているのを感じながら… そして担任がやおら話を切り出す。



「四條、入学初日に大変なことを仕出かしてくれたな! 勇者四人に怪我を負わせて、そのうちの二人は骨折で入院している。お前から暴力を振るわれたと彼らの家族から学校に訴えがあった。この件に関してどう釈明するんだ?」


(ほう、あいつらは自分がやられると今度は被害者に成り済ますのか。まんまヤクザの手口じゃないか。何でひと思いに殺しておかなかったんだと今更後悔している俺がいるぞ。まあそんなことよりも、どうやらやつらは俺を悪者に仕立て上げるつもりなんだな)… 重徳の心の声が、以下略。


 中学生時分にもこのような手口に打って出る輩がいた。もちろん重徳は対処方法だって十分に弁えている。簡単な話だ。学校内で解決するのではなくて警察に通報して官憲の手で隅から隅まで調べてもらえばいいだけ。複数名でひとりを呼び出したのだから、どちらが悪いのか一目瞭然だろう。



「はー、でも俺を校舎裏に呼び出したのも先に手を出したのもあいつらですからね。俺は単に自分の身を守った結果に過ぎないです。ひとりは鞘付の剣を振り回してきましかたら、手加減ができませんでした」


(ハッハッハ、正当防衛は無実なんだよ! 過剰防衛と言われるとちょっと微妙な点があるかもしれないけど)… 重徳の 以下略



「そんなことを言っているんじゃない! 社会のために必要な勇者を一般人のお前が傷つけた責任をどうするのか聞いているんだ!」


(へっ? それはどういう意味か理解しかねますぞ。この担任は何を言っているのか全くわからないな。社会のためにあんなゴミムシ共が必要だって? 即処分の間違いだろう。ここは正直に答えておこうか)以下略



「何を言われているのか全然わかりません。あんなクソムシ共が何で社会に必要なんですか?」


「貴様は勇者をバカにしているのかー!」


 今度は奥に座っている大柄な教員から鼓膜がビリビリするような声が響く。どうやら生徒を威嚇して萎縮させる役割のよう。こういうタイプの教師もきっと学校には必要なのだろう。



「バカにするも何も四人も寄って集って一般人に簡単に負けるような勇者なんて本当に必要なんですか?」


「貴様はこの学校自体をバカにするのかー!」


 重徳の返事が大柄な教師の癇に障ったらしい。大声を出して立ち上がるとズカズカと彼の近くに寄ってくる。それにしてもこの教師はさっきから『バカにしているのかー!』しか言っていない。生徒を説教する場面ではもうちょっとボキャブラリーが豊富じゃないとダメではないだろうか。


 そしてその教員は右手を伸ばして俺の胸倉を掴みに来る。ああ、不味いぞ! そんなことをしたら…


 重徳の体が自動的に反応する。それはもうどこかの超A級スナイパーのように条件反射的に体に染み付いているから自分でも止めようがない。胸倉を掴もうとした右腕の手首を彼の左手が捉えて軽く体の外側に捻る。右手は教師の左脇に当てて斜め上方向に突き出す。パイプ椅子に座ったままで重徳の右足はいつの間にか教師の左足を払っている。



ドンガラガッシャーーン!


(あーあ、やっちゃったよ!)


 手首を極めながらのすくい投げが見事に決まって、教師は机をなぎ倒しながら背中から床に転がされている。重徳が放った投げ技のスピードが速すぎて受身も満足に取れなかったよう。床に転がったまま呻き声を上げて悶絶している。



「四條! お前は教師にまで暴力を振るうのか!」


(指を突き付けて俺を非難する担任、さあどう言い繕うかな。うーん… ピンポーン! 閃いちゃったよ!)以下略



「こんな感じで勇者四人を倒しました」


「ふざけるなー!」


(デスヨネー!)


 物音を聞き付けた大勢の教師に囲まれて重徳はそのまま学園長室に連行されていく。なんだか凶悪犯を逮捕したかのような物々しい気配が学園長室に漂っている。ソファーにはもう相当に年を食った人物が腰掛けてその様子を面白そうに眺める。


(うん? このジイさんの顔はどこかで見たな。入学式の挨拶では俺は寝落ちしていたし、一体どこで出会ったんだ…)


 そんな風に考えていると、口角を吊り上げながら学園長と思しき人物が口を開く。



「ほほほほほ、今年は元気のいい生徒がいるようじゃな。二人で話をしたいから全員外に出るように」


「ですが学園長」


「外に出るんじゃ」


「わかりました」


(おや、一瞬そこに座っている学園長の体から鋭い気が放たれたな。俺をここに連行した教師たちはその気に呑まれたように部屋から退出していくぞ。どうやら穏やかな見掛けとは大違いで、このジイサン、いや学園長は相当な腕を持っていそうだ)


 

「さてさて、四條重徳だったのう。入学早々大暴れとはまことに結構な話じゃ。それよりもワシを覚えているかの? ほれ、おぬしの面接の時の担当者がワシじゃよ」


 重徳の中でようやく話が繋がる。彼自身どこかで見覚えがあると思っていたが、このジイチャン… じゃなくって学園長は受験時の面接官だった。重徳は顔ははっきりと覚えてはいないが、この人物から漂う気配が只者じゃないと感じていた。



「はい、覚えています」


「そうかのう。それではあの時の問いを今一度繰り返させてもらうぞ。四條重徳、戦いにおいて最も必要なのは何じゃ?」


「覚悟です」


 自分が死ぬ覚悟、相手を殺す覚悟がない者は戦いに臨む資格がない… これは重徳のジイさんが口を酸っぱくして幼い頃から言い聞かせてくれた至言だと彼は今でも思っている。



「見事な心掛けじゃ。四條流の孫がこの学校を受験すると聞いてな、ワシが直々に面接を担当したんじゃ」


「うちの流派をご存知でしたか?」


「まあ過去には色々と行き掛かりはあったが、それはまったくおぬしには関係のない話じゃ。さて、今の世の中にある『勇者は絶対的なもの』という風潮に対するワシの考えを聞いてもらえるかな」


 このジジイ、もとい学園長は四條流と何らかの接点があったようだ。それよりも勇者に対する風潮ってなんだろうか? 皺枯れたクソジジイのような風貌だが、その裏にある奥の深さのような物が重徳の興味を掻き立てる。



「異世界からの侵略があるらしいが、それに対する切り札として勇者が必要というのはもちろんワシも納得しておるよ。だからといってその勇者を量産するというのはワシから見ると筋が違っておるように見えるんじゃ」


「将ばかりいても兵がいないと何もならないということですね」


「そのとおりじゃ、おぬしは話の通りが良くて助かるわい。だからこそワシはおぬしを敢えて今のクラスに入れてみたのじゃ。おぬしにはぜひとも兵の意地を見せてもらいたいと願ってな」


「兵の意地ですか… わかりました。確かに俺は勇者じゃなくてただの兵です。でも絶対に弱兵では終わりません」


「その意気じゃ。おぬしの行動の一つ一つがこの学校、ひいては社会全体の風潮を変えるやも知れぬ。ワシもおぬしには期待しておるのじゃ。さて、それでは昨日の件について話を聞かせてくれ」


 このジジイ、もとい学園長は人を持ち上げるのが上手い。こんな話を聞かされたら重徳だってついついその気になってしまう。そして重徳はジジイ、もとい学園長に… ああ面倒だからジジイでいいか! ジジイに昨日の出来事を在りの侭に話しだす。



「なるほど、わかったわい。四人の不良勇者には学校としての処分と中学時代の素行を警察に調査し直してもらうように申し入れておくぞい。特に女子生徒2名が自殺したのが本当ならば只事では済まされぬ話じゃ。それからおぬしは四人に呼び出された挙句に先に手を出された被害者の立場ゆえに今回については不問とする。以後つまらん事件に巻き込まれぬように気をつけるのじゃ」


「ありがとうございます」


 ジジイは重徳の話をそのまま信じてくれている。やっぱり端っから彼が暴力を振るったと疑って掛かった担任たちの考え方がどこかおかしい。これがジジイが言っていた『勇者を絶対的なものにする風潮』というやつなのかもしれない。


(ひとまず疑いが晴れたな。だいぶ時間を食ったけど授業に戻ろう)


 とまあこんな感じで校長室を退出した重徳は、廊下を歩く教員たちの忌々し気な視線を受けながら教室に戻っていく。




 着替えて演習場に行くと勇者と聖女に別れて別のグループを作って実技の授業が行われている。梓は当然勇者のグループなのだが、歩美はひとりで離れた場所にポツンとしている。


(ちょっと声をかけてみようか)


 こんな軽い気持ちで突っ立っている歩美の元に重徳が歩きだす。



「鴨川さん、どうしたんですか?」


「四條さん、先生に呼ばれた件は大丈夫だったんですか?」


(自分のことよりも俺を心配してくれるなんて、鴨川さんは本当に優しい人だな。心の中で手を合わせて拝んでおこう。きっとご利益があるに違いないぞ)



「生徒指導室に連れていかれたけど、俺は正当防衛だってちゃんと主張したから大丈夫だよ。まあ生徒指導の先生をひとりを投げ飛ばしたけど」


「正当防衛? 投げ飛ばした?」


(おっと余計な話をしてしまったようだ。鴨川さんの頭の上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいる。修羅の世界とは無縁の大人しそうな彼女にとっては、四人の勇者をボコったり、条件反射とはいえ先生を投げ飛ばすなんて異次元の話だろうからな。ここはすかさず話題を転換しておこう)



「それよりも実技実習なのにひとりで何をしているんですか?」


「それが… 私は聖女ではないので他の女子たちと一緒に授業が受けられないんです」


 なるほどと重徳には合点がいく。どうしようかと数瞬悩んだ末に彼の脳内にピコーンと音を立ててアイデアが閃く。


(二宮さんから『力になってくれ』と言われていたんだ。ここは俺が一肌脱いであげる番だろう)



「それじゃああっちで男子に混ざって一緒に授業を受けましょう! 俺が護身術くらいだったら教えますよ」


「本当ですか! とってもありがたいお話です!」


 歩美の顔がパっと綻ぶ。季節は春だからまるで桜の花が一気に満開になったかのよう。彼女は気持ちが表情に出易い性格らしい。でもその分こうして笑顔で周囲を明るく照らしてくれる。こんなタイプの人物は中学の時の重徳のクラスにもいなかったような気がする。



「それじゃあ向こうのグループに合流しましょう」


 こうして重徳は歩美と連れ立って男子が集まっている場所に向かうのだった。



  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



呼び出された生徒指導室でもひと暴れした重徳。もうこの時点で問題児確定なはずが、突如現れた学園長がどうやら彼を色々と知っている様子。しかも勇者クラスに彼が配属されたのはジジイの差し金だったとわかり… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!


 それから読者の皆様にお願いです。


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