第21話 隠し通路

 重徳とカレンは2階層の通路を注意しながら進む。実は重徳、この階層はたった1日しか探索していないためまだまだ足を踏み入れていないエリアが結構残っている。対してカレンのほうは隅々まで探索しているので、どのエリアであってもマッピングが完璧に出来ている。



「若、次のT字路を右に曲がって」


「オーケー! いや、ちょっと待つんだ。この先に魔物の気配がするぞ」


「若に任せて大丈夫そうか?」


「どうやら2,3体のようだな。たぶん大丈夫だろう」


 バールを両手に構えて足音を立てないように接近していくと、どうやら魔物の方もこちらの気配に気がついたらしくて向かってくるような足音が伝わってくる。そして通路の曲がり角から顔を覗かせて様子を伺うと、2体のコボルトがこちらに走ってくるのを重徳の目が捉える。



「コボルトが2体だ。ひとりで問題ないからカレンは周囲を、特に後方の警戒をしてほしい」


「任せてくれ」


 こうして重徳たちはT字路から少し手前に戻って、やって来るコボルトを迎え撃つ態勢を固める。そもそもコボルトは二足歩行のイヌだから、身を潜めてもその鋭い嗅覚ですぐに嗅ぎ付けてしまう。ただし魔物としてはそれ程強い部類ではないので、こうして不意打ちを食らわない場所で正面からぶつかれば恐れる必要はない。


 角を曲がって接近してくるコボルトに重徳のバールが唸りを上げて襲い掛かる。飛び掛ってくるコボルトの喉元にバールがヒットしてその勢いで逆方向に吹き飛んでいく。土曜日に初めて対戦した時よりも彼のレベルが上昇しているので、討伐自体は簡単なお仕事といえそう。



「若、コボルトを一撃とは恐れ入ったな」


「えっ、だってこいつらって弱いだろう」


「ま、まあ、若の常識だったらコボルト程度は弱い魔物に分類されるのだろうな。トドメを刺してほしい。もしかしたら何か落とすかもしれないからな」


「了解」


 喉を潰された2体のコボルトが地面で喘いでいるところにその首元に右足を踏み下ろして脛骨を砕くと、お馴染みの粒子のようになってその姿は消えていく。



「あっ、魔石を1つドロップしたぞ!」


「そ、それよりも若… トドメを刺すのに刃物も使わないのか?」


「だって簡単に首の骨が折れるんだからこの方法が一番手っ取り早いだろう。一応踏み付け方にもコツがあるけど」


 重徳にはカレンがどのような意図で聞いてきたのかその理由が今ひとつピンときていないよう。重徳としては「なんでこんなわかりきったことを聞いてくるんだろう?」という心地を抱いている。カレンのほうが先輩冒険者とはいっても、修羅場を潜った数は重徳のほうが圧倒している。しかも彼の体に染みついている四條流の常識というのは、世間一般とは大きくかけ離れているとようやくカレンは気退いたよう。


(何でカレンさんはこの程度のことにいちいち驚いた顔をしているんだろうな? コボルト如きこんな具合に簡単に料理して当たり前だろう。俺からしたらいつも通りのことしかしていないぞ)


 こうまでカレンに言われても四條流の道場で培われた修羅の血がこのような結果をもたらしているなどまったく自覚がない重徳。対してカレンは「四條流に入門したのはもしかして早まったのではないか」と逆に焦っている。いくら何でも若い女の身で重徳のような鬼をも食らう羅刹にはなりたくないらしい。



「え~と… やはり戦闘の専門家というのは私とは本質的に色々と違うというのがよくわかった。若にとっては2階層では物足りないのではないか?」


「なんだか大袈裟だな。カレンも四條流をもっと身に着けたらこれくらい簡単にできるようになるさ。ああ、2階層は結構端折って回ったからまだ未踏の場所がたくさんあるはずだ。全然物足りなくはないから気にしないでいいぞ」


「そ、そうか。魔物をあまり簡単に討伐出来るようになるのは女としてどうかとは思うが、とりあえず時間が許す限り隅々まで回ってみよう」


 カレンに額にうっすらと汗が滲むのは致し方ないところ。こうして重徳たちは2階層の西側に当たるエリアを探索していくこととなる。通路には相変わらずゴブリンソルジャーやコボルトが2,3体出現するが、悉くバールがその血を吸い尽くしていく。重徳が余りに素早く魔物を倒すおかげで、カレンは呆れるやら手持ち無沙汰やらで「もうなるようになれ」という表情をしている。



「若のおかげで私には殆ど仕事がいないぞ。仕方がないから道案内に精を出すとしようか」


 カレンの言葉に頷いて彼女の誘導のままに西エリアの通路を奥に進んでいく。トレジャーハンターというカレンの職業の効果でいつもよりも魔石をドロップする魔物が多いような気がする。カレンもこれ程までに大量の魔物を一度に討伐するなんてこれまでの経験上有り得ないそうなので、すでに20個以上手に入った魔石を見てニンマリ。トレジャーハンターはお宝を手に入れてナンボという世界に生きているから、カレンのこのあり方こそが彼女の職業上は大正義なのだろう。ちなみにこの間重徳は一段階、カレンは二段階のレベルアップを果たしている。


 3体のゴブリンソルジャーを倒すと、その先はこの西エリアの通路の突き当たりとなる。カレンは突き当たりの壁を特殊警棒でしきりに叩いて真剣な表情で何かを調べる。彼女の謎の行動の理由がわからない重徳はその場に突っ立ったまま。だが実はというと…


(いかん、突っ立っていて暇だからカレンが警棒を振るうたびにプルンプルン揺れる大変見事な胸に気をとられていたら、俺の息子さんまで突っ立ってきやがった。それにしても歩美さんに蹴られてからしばらくの間ウンともスンとも言わなくて、ようやくここ最近元気が復活してくれて安心したぞ)


 年頃の男子高校生が抱く正常な欲望が心の中に渦巻く重徳。何しろ歩美と知り合って初めてこんな気持ちに気付いただけに、現在は結構見境なしな状態が時折顔を覗かせる。


(でもなんだろうな? 歩美さんと触れ合うたびに俺の頭の中にエッチな妄想が浮かぶんだけど、カレンから感じる色気とは根本的に質が違うんだよな。カレンのお胸はそれはそれは見事だけど、なんだかエロ本のグラビアを眺めているのと大差ない気がする。それに対して歩美さんはちょっとでもイヤラシイ思考を向けるだけで申し訳ないというか、罰当たりというか… 表現するのは難しいけど俺にとっては歩美さんはもっと神聖な感情の対象のような気がする)


 いつの間にか重徳は神妙な表情で真剣に自らの心の内を振り返っている。そんな重徳の様子には構わずに、カレンはしきりに壁を叩いて何かを探しているよう。そんなカレンに重徳は一旦妄想を止めて声を掛ける。



「カレン、一体何をやっているんだ?」


「この一番端の場所には時折宝箱が置いてあるんだけど、どうやら今日は不発みたいだ」


「宝箱なんて今まで全然見なかったぞ」


「素人が普通に歩いているだけで簡単に見つかるような代物ではないよ。例えばこの辺りの壁を叩いてみて音の違いがあったりする。そこを崩せば中から出てくる仕組みなんだ」


 カレンの話に重徳もビックリした表情。ダンジョンにはまだまだ彼の知らない秘密がたくさん隠されている。


(なるほど、そんな仕組みになっているのか。センセンシラナカッタヨ! ちょっと試しに俺も壁を叩いてみようかな)


 ということでカレンに触発された重徳は愛用のバールをホルダーから引き抜くと通路の壁を適当に叩いてみる。


 コンコン、コンコン、コンコン、コンコン、カンカン


(おや? なんだかここだけ音が変わったような気がする)


 壁の様子の違いを発見した重徳は慌ててカレンに報告。



「カレン、なんだかここだけ音が変だぞ」


「本当か?! どれどれ… うん、これは間違いなさそうだ。壁の向こう側に空間があるとこういう音がするんだ。どうやらお宝が近いぞ。若、そのバールで壁を崩してみてくれ!」


「よし、やってみるか」


 重徳はバールを反対に持って壁にその尖った先端を当てて突き崩していく。


(うん、さすがは俺の相棒だな。こうした掘削作業にも力を発揮するとは大したモノだ。もうバールなしの生活なんて考えられない… と言うほど大袈裟ではないけどね)


 何回か壁をバールの先端で突くと簡単にヒビが入る。そしてヒビの隙間から向こう側を除いてみると、そこにはポッカリと人が通れるくらいの空洞が先に続いている。



「カレン、もしかしてこの先に何かあるのか?」


「もしやこれは宝箱ではなくて新しい通路ができたようだな。こうして見つかった通路の先には大抵の場合高価なお宝が眠っているんだ」


 これには重徳も興味津々。


(なるほど、発見者へのご褒美という訳だな。どんなお宝が眠っているんだろうか、これは興味が湧いてくるぞ)


 というわけでヒビにバールをこじ入れて広げていくと、なんとか体が通る隙間が出来上がる。



「それじゃあ踏み込むぞ」


「まだ誰も通っていない通路だ。若、十分注意して進んでくれ」


 カレンの警告に頷いてから重徳は一歩一歩踏み締めるように通路を進んでいく。明かるさはこれまでの通路同様に少々薄暗い程度で視界には問題がない。地面もレンガのような大きさの石が敷き詰められていて、急に造られた物ではないように見える。


(そういえばダンジョンは日々変化していると管理事務所の職員さんが言っていたな)


 こうして最近出来上がったばかりの隠し通路を重徳たちは奥に向かって進んでいく。



「この先が広くなっているみたいだな。なんだか大きな扉があるぞ。扉の向こう側に何かあるのかな」


「よほど高価なお宝が隠されているようだな。あの扉は普通に開くのか?」


 隠し通路を50メートル進むと、そこはもう扉の前。立派な紋様が施された重厚感ある大扉が重徳たちの前で開けられる瞬間を今か今かと待っているように感じる。



「開くぞ」


「ああ」


 短い会話の後に重徳は取っ手に両手を掛けて扉を押し開いていく。そしてその先には…


 巨大な黒い影が二人を見下ろしている。


(あれはヤバいぞ!)


 カレンに危険を知らせようと振り返ると彼女もすでに大扉の内側に入ってしまったあとで、彼女の背後では大扉がゆっくりと閉じていく最中。今から戻っても到底間に合わないだろう。



「不味い! どうやら閉じ込められた!」


「何かいるのか? 若、危険な匂いがプンプンしているぞ」


「どうやら強制的にあれと戦わないといけないようだ」


 重徳が顎でカレンに巨大な影が佇んでいる方向を指し示すと、彼女はようやく剣呑な雰囲気を放つ存在の正体に気がついて息を呑んでいる。



「あれはコボルトキングじゃないか! 7階層の階層ボスが何でこんな場所にいるんだ?!」


「あれがコボルトの親玉なのか。相当手強そうだな。カレン、無理はしなくていいから可能な範囲で援護してくれ」


「若、本当に大丈夫なのか?」


「妹弟子を守るのは兄弟子の務めだからな。ひとまずは魔物の攻撃範囲の外側に退避しておいてくれ」


「わかった。若、くれぐれも無理はしないでくれ」


「いや、多少の無理をしないと倒せない相手だから、その頼みは聞けそうもないかな」


 カレンが心配そうな視線を送っているが、そんなことにはお構いなく重徳は正面に立ちはだかっているコボルトキングに向かってゆっくりと歩を進めていく。すでに両手にバールを握った万全の臨戦態勢。対してコボルトキングは悠然と重徳を見下ろしたままで、まるで獲物が自分から近づいてくるのを歓迎しているかのよう。


 そのままゆっくりと近づいて重徳は正面に対峙するコボルトキングを見据える。


(こうして見るとデカいな。体高は2.5メートルくらいあるのか? 革鎧に包まれた体と肩から羽織るマント、おまけに頭にはご丁寧に王冠まで載せていやがる。手にする武器はメイスっていうんだったよな。金属製の鈍器の一種だけど、長さが俺の身長と同じくらいあって凶悪な輝きを放っている。その威力は不良の金属バットとは比較にならないだろう。一撃でも食らったら間違いなく致命傷を負いそうだ)


 このように冷静に相手を分析しつつも、どこかに弱点になりそうな箇所はないかと必死に目を凝らす。


(今のところ特に弱点らしき箇所はなさそうだな。これまで散々狙っていたコボルトの長い首だけど、これだけの身長差があると届きそうにない。さあて、相手は俺が持っている四條流の技術を総動員してやっと何とかなるかどうかの化け物だろう。一瞬たりとも気を抜けないが、同時にワクワクしてくるぞ。強大な魔物を前にして俺の体中の血が滾ってくるのがハッキリわかるな)


 そしてコボルトキングとの戦端が開かれる。こちらから仕掛けようと先手は重徳が取る。バールを手にコボルトキングに向かって素早く踏み出す。一方コボルトキングはメイスを振り上げて重徳の脳天に目掛けて一気に振り下ろしてくる。即座に踏み込む足をサイドステップに切り替えて回避、メイスは石畳になっている地面に叩き付けられてガシャンと言う金属音を響かせる。同時に固い石畳が砕けて、細かい破片を周囲に飛び散らしている。


(なるほど… パワーは凄いけどスピードはそれ程でもないな。ただし手にするメイスが長い分だけ攻撃範囲が広いのには要注意だろう。あとは俺の攻撃がどこまで通用するか、こればかりはやってみるしかないな)


 重徳は振り下ろされたメイスが引き戻されないうちにバールをコボルトキングの右手に振り下ろす。しかしガシャンと言う音と硬い物を叩いた手応えだけが返ってきて、コボルトキングは怒りの表情でメイスを握り直して重徳に向かって再度振り下ろしてくる。どうやら小手を守るために金属の防具を革鎧の下に着けているらしい。


(まいったな。小手を攻撃してメイスを握れなくする作戦が失敗に終わったぞ)


 初手が失敗に終わっているにも拘らず、重徳にはまだまだ余裕がありそう。敵の動きを見定めるためにあらゆる方向から飛んでくるメイスの乱打を掻い潜りながらどこかに隙が無いかと様子を窺う。


(小手を守っているんだったら同様に肘や膝も革鎧の下に金属を挟み込んでいる可能性が高いな。せっかく打ち込んだこちらの一手を無駄にしたくはないし…)


 その間にも盛んにメイスが振り下ろされてくるが、重徳が右に左に回避するためコボルトキングはイラついた唸り声を上げている。


(せめて何とかあのメイスを手放してくれるとこちらとしても手の打ちようがあるんだけど何か妙案はないだろうか… ピコーン! 思い付きましたよ。でもこれはカレンの協力が必要だ)


 重徳は後方で戦況を見つめているカレンに声を掛ける。



「カレンの特殊警棒を貸してくれ。今から下がるから投げて寄越せ!」


「わかった! 上手くキャッチしてくれよ」


 大急ぎで後退してカレンが投げる警棒を受け取るのに成功。カレン、ナイスコントロール!



「使い方を教えろ!」


「大きく振れば遠心力で先が飛び出して伸びる」


「電流は?」


「手元にある青いスイッチを押すだけだ!」


「よしわかった!」


 重徳は左手のバールをホルダーに戻してから、シャキンという音を立てて特殊警棒を伸ばして再度コボルトキングに向かっていくのだった。 




   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



宝箱を目指して扉の奥に踏み込むも、そこに出現したヤバい魔物。カレンを庇いながら必死に戦う重徳ですが、果たしてこの怪物を無事に倒せるのか…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



8月9日現在この作品は現代ファンタジー週間ランキング106位、週間総合ランキング325位に入っております。ここまでの皆様のご協力に深く感謝いたします。多くの方々にこの作品に目を通していただきたいので、ひとつでも上位を目指して頑張って投稿したいと思っております。


現代ファンタジー週間ランキングベスト100まであと一息、ここから先は読書の皆様のご協力が是非とも必要となります。


「面白い」「続きが早く読みたい」「ロリ長の変態ハーレム作りが無事に進むのか気になる」


と感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 


それからたくさんのコメントをお寄せいただきありがとうございました。なるべく早めの返信を心掛けていますが、どうしてもタイムラグが発生することをご容赦ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る