第20話 トレジャーハンター
体内に気を循環させる鍛錬は順調に進み、ロリ長、梓、義人の三人は気の効果による身体強化の効果を実感している。本当に勇者というのは嫌味なくらいに物覚えがいい。これが
それに比べて…
重徳は歩美にも同じように教えたつもりなのだが、彼女は気に関して全く何も感じ取ることがでていないよう。
(まあこれが普通なんだよな。平凡な人間はひとつのことを成し遂げるまでに相応の努力が必要なんだ)
ならばと物は試しに彼女の両肩に添えた手から気を流してみると…
「暖かくて気持ちが良いです~。肩凝りが解れます~」
こんな具合にまったく緊張感のないゴロニャンした甘え声を上げながらウットリして目を閉じている。
(あ、あの、歩美さん… これは鍛錬であって治療ではないんですよ。気を用いた療法というのもあるにはあるけどね)
すっかり温泉に浸ったような心地になっている歩美。だがそんな彼女の様子をチラチラ伺いながら、重徳の脳裏には不埒な考えが浮かんでくる。
(ところで歩美さん、俺は真剣にあなたに問いたい! 肩凝りの原因はズバリ胸なんですよね。平均よりもちょっと大きめのあなたのその胸が肩凝りの原因なんですね。俺が見る限りほかに原因は考えられません。絶対に間違いないですよね!)
こんな考えを知られたらいくらなんでもフラれるのは確実。もちろん口に出すわけにはいかず、悶々とした気持ちを抱えながら重徳は彼女のなんちゃって鍛錬(肩凝りの治療)に付き合う。
こうして肩に触れているだけで最初はドキドキしたが、人間とは実に欲張りなもの。次は歩美のもっと別の箇所に触れたいという欲求が重徳の頭の中で黒い渦のように巻き起こるのは真に自然な流れであろう。
(肩に乗せた手が滑ったフリをして、ちょっと胸の方に手を伸ばしてみよう… って、そんなことできる訳ないだろう! この薄らボケがぁぁぁ)
脳内で勝手にひとりでボケてはひとりで突っ込み始める重徳。どうやら早めの処置が必要な深刻な病状が窺える。
こんな時に思い出すのは返す返すも残念だった先日の実技実習のあの出来事。投げ技に失敗して重徳の上に乗っかったあの時の歩美の胸の感触が、その後の金的攻撃ですっかり記憶から消去されてしまっている。心地よい感触があったのは覚えているのだが、具体的にどんな柔らかさだったとか、その時感じたボリューム感などに関しては全く思い出せない。
(これは一生の不覚と言っても過言ではない! あんな幸せの絶頂をはっきりと思い出せないなんて… おっといかんぞ。歩美さんをそのような不純な目で見るなんて失礼に当たる。ここは心を水面のように研ぎ澄まして煩悩を追い払おう。色即是空、煩悩退散)
こうしてなんだかんだとトキメキがあった午前中の実技は終了。午後の学科の授業も取り立てて何事もなく終わって放課後を迎える。生徒の中には放課後も残って訓練したり部活動に顔を出す者もいるが、重徳たちはまだその辺は具体的には何も決めていない。それに重徳にはダンジョンに潜るという日課とその後の道場での鍛錬という長年の習慣があるから、時間的な余裕がまったくないのが実情。
校門で駅に向かう三人とは別れて重徳は反対方向の自宅に向かう。昨日まではひとりで歩いていたこの道だが、今日は一緒に歩く相棒がいる。弟子兼四條流に入門した義人がいかにも舎弟っぽい態度で半歩遅れてついてくる。
「師匠、四條流の道場がどんな所か楽しみッス。午前中の鍛錬だけでも気の使い方がすごくよくわかったッス。きっと道場では色々な技を教えてもらえるッス」
「まあ行けばわかる。楽しみにしていればいいさ」
「待ち切れないッス」
(それにしても義人のしゃべり方は舎弟根性丸出しだよな。まあ俺を師匠と認めているせいかもしれないけど。一応本人は敬語で話しているつもりなんだろうけど、何も知らない人には田舎のヤンキーと弟分の会話みたいに聞こえるだろうな)
こんなどうでもいい考えに浸っているうちに、重徳はとある重要な事案に気が付く。
(あっ、そうだった! こいつにはあの件をしっかりと口止めする必要があるんだった)
これは今のうちに義人に伝えておかなければならないとばかりに表情を険しくする重徳。
「義人、お前は俺の弟子だな」
「もちろんそのとおりッス!」
「これから俺が話すことは絶対に誰にもしゃべるなよ。もししゃべったら即刻師弟関係は解消する」
「絶対にしゃべらないッス」
これだけ念押ししておけば間違いないだろう。ということで重徳は例の件を義人に切り出す。
「実は俺は入学式の次の日からダンジョンに潜っているんだ」
「師匠、規則ではまだ入っちゃいけないはずッス」
「それがな、武道の有段者は無条件でダンジョンの中に入る資格を持っているんだよ」
「さすがは師匠ッス。段を持っているんスね」
「当たり前だろう。こう見えても入門して本格的な稽古を開始してから10年経つんだぞ」
「10年スか。やっぱり師匠は鍛え方が違うッス」
なんだか義人としゃべっていると調子が狂うな… などと心の中でこぼす重徳。どうもヨイショされている気分になってくるらしい。まあいいかと考えを切り替えて話を続ける。
「それから殆ど毎日ダンジョンに行っているんだ。だがこの件はクラスの連中にも一緒に鍛錬している三人にも絶対にしゃべってはならないぞ」
「クラスの連中はわかりますが、何で三人にもしゃべってはならないスか?」
「鴨川さんが泣いて心配するんだ。特に彼女だけには絶対に知られてはならないと心してくれ」
「わかったッス! 誰にも漏らさないッス。それにしても師匠は新学期早々隅に置けないッスね。端から見ているとアツアツッスよ」
「よ、余計なことは言わないでよろしい。男同士の約束だから絶対に漏らすなよ。それから俺は義人を道場に預けたら今日もダンジョンに向かうから、そこから先は門弟たちの話をしっかりと聞くように」
「今日もダンジョンに行くんスか。自分も早く中に入ってみたいッス」
「義人は1学期の終わりまで待つしかないな。いくらなんでも今から段は取れないだろうし」
「仕方がないッスから、しばらく我慢するッス。師匠は気をつけて行くッス」
「おう、任せておけ! とまあこんな話をしているうちに到着したぞ。ここが我が家の道場だ」
「立派な門構えッス。貧乏道場には全然見えないッス」
「これ、そこはお世辞でも『立派な道場です』と言うべきだろう」
「申しわけないッス。師匠が常々『貧乏道場』と口にするせいで、すっかりその呼び方が頭に焼き付いたッス」
重徳自身が何と言おうと構わないが、義人から面と向かって「貧乏道場」言われたくはないというのが人情というもの。実際には義人の言葉が正解ではあっても、やはりそこには心遣いというものがあるだろう。
ちなみに空襲も受けずに昭和初期の昔からこの地にある四條家は敷地だけはだだっ広い。その分家の造りが古く、地方の旧家という表現がピッタリ。敷地の中には母屋と独立した建物の道場、そして住み込みの門弟が生活する離れが点在している。
ひとまずは義人を祖父がいる母屋に連れて行き、そこで挨拶と正式な入門の手続きを行ってから道場に案内する。そこにはちょうど昨日入門したばかりのカレンがいる。彼女は重徳に気がついてニッコリと微笑み掛けてくる。
「師匠、あんなきれいなお姉さんがいるッス。俄然やる気が出て気たッス!」
「ああ、あの人は義人よりも入門が1日早い先輩だから失礼のないようにするんだぞ」
「わかったッス。稽古が楽しみッス!」
このあと重徳は義人を道場にいる門弟たちに預けて、自分の部屋に戻ってダンジョンに行く準備をする。今日はカレンと一緒にダンジョンに行く約束をしている予定となっており、そのために彼女は装備を整えて重徳が下校するのを待っていてくれた。
(今までずっとひとりでダンジョンに入っていたから誰かと一緒に中に入るのは楽しみだな。しかもその相手がカレンさんとあれば尚更だろう。これは燃えてくるな。四條流の兄弟子として俺の良い所をその目に焼き付けてもらおう)
普段とは違う状況に重成もやや浮足立っているのだろうか。ともあれこれ以上待たせるのは申し訳ないので重徳はカレンの元へ急ぐ。
もう一度道場に顔を出すと、カレンはすっかり準備万端整えていつでも出発できる状態。重徳が道場の中をチラ見すると…
(やってるやってる。義人がすっかり門弟のオモチャになってポンポン放り投げられているぞ)
勇者とはいえ四條流の道場入門初日の勇人が、ずっと古武術の修行を続けてきた門弟たちに敵うはずがない。それはもう面白いように軽くあしらわれている。
ちなみに四條流では受身は教えない。投げられているうちに自然に体で覚えろという方針でずっとここまで来ている。その分道場の床にはウレタンマットが敷いてあるからそれほどダメージはないはず。
(あっ、首を固められて一瞬で義人が落ちた。これもいい経験だな。早く慣れてくれ)
これが通過儀礼というものなのだろうか。初日から義人は白目を剥いて気絶という貴重な経験をしている。様子を窺っている重徳としては特段義人の様子を気にかける風もない。むしろ「イイハナシダ~」的な表情で生暖かく見つめている。四條流では意識を失う程度はおままごとの範疇とでも言いたげなよう。
義人は門弟たちに任せて、時間の都合もあってダンジョンを優先する重徳。
「それじゃあ上野さん、出発しましょうか」
「若、私は妹弟子なんだから呼び捨てにしてもらいたい」
妹弟子? あまり耳にしない言い方に聞こえる。確か茶道や華道ではたまに用いるらしいが、四條流に弟子入りしようという女性はこれまで皆無だったので「そういうものか」と重徳は深く考えずに納得している。それよりも気になるのは彼女を呼び捨てにする件。
(どうしようかな。せっかくだからお言葉に甘えるか)
重徳的には先日の歩美との遣り取りでほんの少しだけ免疫が出来ているのだろうか。さほど動揺した風もなく普通の表情で呼び掛ける。ちなみにカレンは、他の門弟と同様に「若」と呼ぶつもりらしい。
「それじゃあカレンでいいか?」
「ああ、それがいいな。友達もみんなそう呼んでくれている」
ここで重徳の脳裏にひとつの疑問が浮かび上がる。
(なんでだろうな? 歩美さんの名前を呼ぶ時は口から心臓が飛び出るくらいに緊張したんだけど、今回はカレンの名前がすんなりと出たぞ。もしかして俺も成長しているのかな? それとも道場の関係者という気安さから来るものなんだろうか?)
おそらくでははあるが、重徳が歩美に抱いている特別な感情が一因となっているように思われる。とはいえ重徳もそこまで頭が回るほうではないので心に浮かんだ疑問はいつの間にか消え去って、気持ちは本日のダンジョン行きに切り替わっている。
「それじゃあ出発しよう」
「若、よろしく頼む」
こうして重徳たちはダンジョンに向けて出発する。徒歩5分の道で二人の話題はもっぱらダンジョンに関する内容なのは言うまでもない。
「若、ところで何も打ち合わせをしないでダンジョンの中に入るのか?」
「ああ、そうだった。ついウッカリしていた。今までひとりでしか入ったことがないから忘れていたよ。お互いの特性とか戦闘フォーメーションなんかを確認する必要があるよな」
「それならば管理事務所の個室を借りよう。パーティーを組んでいる冒険者たちが打ち合わせで使っている部屋があるんだ。会話が外に漏れないようになっている」
「そんな部屋があるんだ。せっかくだから一度見ておこうか」
こうして重徳とカレンは管理事務所に入って自販機で購入した飲み物を片手に打ち合わせ用の個室に入っていく。部屋の中はテーブルと椅子が置かれているだけの極めてシンプルな仕様になっている。
「なるほど、こんな部屋があるんだな。これから学園の仲間とここにくる時に使わせてもらおう」
「若、それよりも打ち合わせを優先しよう。若のレベルは私よりも高そうだけど、どこまで到達しているんだ?」
「俺は今レベル10だな。職業は武術家で近接戦闘が専門だ」
「やはり私よりも高いんだな。先日のあの戦いぶりはレベル10なら頷ける。私はまだレベル7だ。半年間ダンジョンに入っているが、戦闘はなるべく避ける方向で行動していたんだ。職業は〔トレジャーハンター〕だよ」
「トレジャーハンター… 初めて聞いた職業だ。そういう人は多いのか?」
「欧米では割とポピュラーな職業らしいが日本ではかなりレアみたいだな」
カレンが言うとおり日本ではあまり馴染みはないが、いわば斥候役の上級職に当たる職業という説明が一番本質を現しているだろう。そこまで知識がない重徳はというと…
(そうなのか。トレジャーハンターと聞くと映画に出てくる考古学者のジョーンズ博士のようなイメージだな。戦闘を避けていたのはきっとダンジョン内の宝探しを優先していたからだろう。俺のようにレベルを上げること自体が目的で自分から魔物に仕掛けていくような真似をしなかったんだろうな)
普通の冒険者は通路を歩いているうちに魔物に発見されて襲い掛かられるのが常。だが重徳の場合は気配察知のスキルを用いていち早く魔物を発見してこちらからケンカを吹っ掛けるスタイル。
「それでトレジャーハンターって、固有のスキルはあるのか?」
「ダンジョン内の隠し通路や宝箱を探す〔サーチ〕や〔スキャン〕というスキルがある。その他にはマッピングや気配察知だな」
「へー、なかなか便利だな」
「あとは魔物を討伐した際のアイテムのドロップ率が2倍になっている。レアアイテムのドロップ率もほんの少し上昇しているらしいけど、残念ながら今までお目にかかったことはないな。高々3階層でレアアイテムなど出てくるはずはないから仕方がないだろう」
「本当に宝探し専用の職業なんだな。スキルもそちらの方向に全振りになっている感じだ」
「その分戦闘力が低いからひとりで行動するには細心の注意が必要だ。いや、注意をしていてもこの前のようなことが起きる。ダンジョンでは一歩先は本当に何があるのかわからないんだ」
「確かにそうかもしれないな。まだ俺はそれほど危ない目には遭遇していないけど、そのうち命懸けの戦いもあるかもしれない」
「それはその時になってみないと何とも言えない。それにしても若は職業が武術家だなんて、日常がそのままそっくり反映されているんだな」
「見てのとおり戦うしか能がない人間だ。魔物が出てきたら戦闘は俺が中心でいいのかな?」
「若に任せる。私はフォローとドロップアイテムの回収に専念する」
「ちょっとぐらいは手伝ってくれよ」
「私が手を出す前に若がひとりで片付けているはずだ。私も自分の身ぐらいは守れるから若は思いっきり戦ってほしい」
確かに重徳は戦闘の専門職だからカレンからすればそのとおりかもしれない。ということでフォーメーションは重徳は前方の索敵をしながら前を歩き、カレンが後方の警戒と進行方向の指示などを出す役割と決定。
こうして二人は飲み掛けていた紙コップを一気に飲み干してから改めて装備の点検を済ませてダンジョン入り口のゲ-トに向かう。
ゲートを通って転移魔法陣が設置されている場所に歩いていく。今日はお互いの連携を確認しあうために2階層の比較的手軽な魔物を相手にしながらドロップ品を回収していくことで二人の話し合いはまとまっている。
魔法陣の光が収まるとあっという間に2階層に転移し終える。もうすっかりこの奇妙な感覚にも慣れた気がする。互いに顔を見合わせるとカレンがひとつ大きく頷く。こういうアイコンタクトもパーティーでは必要。
こうして初めて二人組のパーティーとして重徳たちはダンジョン探索を開始するのだった。
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重徳初のパーティーを組んでのダンジョンアタック開始。パートナーがカレンということもあって俄然張り切って魔物の討伐を開始するはず。果たして無事に終わるのか… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」
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なお同時に掲載中の【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】もお時間がありましたらご覧ください。こちらは同じ学園モノとはいえややハードテイストとなっております。存分にバトルシーンがちりばめられておりますので、楽しんでいただける内容となっております。
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