第28話 第8ダンジョン部


  偶然4階層で出会った第8ダンジョン部を名乗る先輩たち。重徳としては已むにやまれぬ事情で「入部する」とは言ってしまったものの、ダンジョン部というのはどんな活動をしているのか聞いておく必要はあるだろうと考える。当然こうしてパーティーを組んでダンジョンに来ていることからもダンジョン探索がメインになるのは重々承知だが…



「稲盛先輩、第8ダンジョン部というのはどんな活動をしているんですか?」


「当然ダンジョンの探索だ。私たちは授業とは別に放課後週2回と土日のどちらかでこうしてダンジョンに潜っているんだ」


(困ったな… 週3回もこの人たちと一緒にダンジョンに入るとなると、カレンと活動する時間が大幅に削られてしまうぞ。パーティーを組んだのはカレンが先だし、当然俺は彼女を優先するつもりでいるんだが…)


 活動時間を巡って重徳の中に迷いが生じるのは当然かもしれない。彼の心情を知ってか知らずかリーダーの稲森先輩が先回りしてくれる。



「ああ、四條君は常に私たちと一緒に活動する必要はないよ。必要がある時だけ応援の手を貸してもらえれば構わない。君にも自分のパーティーがあるんだろう」


「はい、今は俺とカレンでパーティーを組んでいます」


「私たちもこの五人で差し当たっては不足を感じていないんだ。だから自分のパーティーを優先してもらいたい」


(なんだ、そうなのか。俺は今までと変わりなくダンジョンで活動できるんだな)


 カレンに顔を向けるとひと安心という表情をしている。彼女にとっても今後のダンジョンでの活動を左右されかねない話だったから気になって当然だろう。というよりもカレンの意見を聞かずに入部を決定してしまったのは重徳としては自らの落ち度だったと気付く。もちろん「あとで謝っておこう」と心に留める重徳。


 さらに先輩は話を続ける。



「四條君はクランという組織を知っているかい?」


「クラン? 何ですか、それは?」


「同じ目的を持った集団を意味する言葉だよ。語源はどこか国の氏族を表すんだったかな。現在はオンラインゲームのプレーヤーが集まって作ったグループを指す場合が多いね。ダンジョン部は内部に複数のパーティーを抱えるクランだと思ってもらえればいい」


「そうなんですか、複数のパーティーが集まって何をするんですか?」


「主な目的はダンジョンの情報の共有だね。人数の多い部になるとアタックするパーティーに応援者をつけたり、選抜メンバーで臨時のパーティーを作って階層ボスに挑んだりしている。あとは装備の共同購入とかもしているのかな」


(ふむふむ、話を聞いて段々わかってきたぞ。要するにダンジョンを効率よく探索するための互助会だな。第8ダンジョン部もおそらくそういう組織なんだろう)



「だが現在、我が第8ダンジョン部に所属しているのはここにいる五人だけなんだ。発足した当時は30名近い部員を抱える大所帯だったのだが、これまでパッとした成果を上げられなくてこのような体たらくに陥っている。華々しい成果を挙げた他のダンジョン部にパーティーごと移籍してしまう者が後を絶たなかったんだよ」


「競争が厳しいんですね」


「ゆえに存続の危機に立っているこの第8ダンジョン部の救世主が四條君だ。どうか頑張ってほしい!」


(はぁ~、なんだか思いっきり期待されちゃっているよ。要はダンジョンで何らかの成果を挙げろということだよな。「コボルトキングを倒してマジックバッグをゲットしました」なんて口が裂けても言えないし… これはどうしたモノか慎重に考える必要がありそうだな)



「わかりました。ひとまずはこれからどうしましょうか?」


「そうだな… まだ君の実力がわからないから、その辺で魔物を倒してみてくれ」


(魔物を倒すのか、別に俺は構わないけどカレンはどうかな?)


 カレンに視線を送ると、急に表情を険しくして重徳の手を引いたままセーフティーゾーンの奥に連行していく。一体どうしたというのだろう。もしや先輩だちの前では口にしにくいナイショ話でもあるのだろうか?



「若、彼女たちに協力するのは構いませんが、あなたの戦いを見せるのは少々危険です。あの戦闘狂ぶりは彼女たちには刺激が強すぎるのではないかと危惧します」


「カレン、真顔でしゃべり方まで変わっているじゃないか。そんなに俺の戦いってヤバいのか?」


「どこの世界の高校1年生がゴブリン亜種3体を10秒で倒しますか! 若の実力は現時点で飛び抜けているという自覚を持ってください」


「かといって自分から戦いのリズムを崩すような真似はしたくないしな… どうしようか?」


「心持ち手を抜くしかないでしょう。それでも彼女たちには十分衝撃的だと思いますが」


「それで行こうか、まあやるだけやってみるよ」


 こうしてカレンとの打ち合わせという名のお説教が終了して、重徳を先頭に全員がセーフティーゾーンを這い出していく。4階層南エリアのだいぶ奥まで進んでいるので、周囲を警戒しつつ転移魔法陣がある場所に戻る道を辿って進む。タイミング的にはソロソロだろうと思っていると、やはり予想通りに魔物の気配が前方から感じ取れる。



「若、登場したぞ」


「ああ、もう気配は掴んでいるから問題ない」


 実はカレンもレベル10を超えた時点で気配察知の上級スキルを獲得している。重徳とほぼ同じタイミングで魔物の気配に勘付くとは、戦闘面ではまだまだながらも本当に頼りになるパートナーといえよう。


 魔物の足音が次第に近づいてくるので、重徳は左腰のホルダーから1本バールを引き抜いて戦闘体勢に移行する。だがその姿を後方から目撃した稲盛先輩が驚きの声を上げている。



「四條君、さっきから気になっていたんだが、まさかそのバールで戦うつもりなのか?」


「そうですけど」


「だってそれはただの工具だろう」


「いいえ、立派な俺の相棒ですよ」


 稲盛先輩に軽く振り返ってから重徳は後続を戦闘に巻き込まないように単独で20メートル前進していく。それにしても前方から迫ってくる魔物のシルエットが大きく映る。身長170センチそこそこの重徳よりも頭一つ大きい魔物。これはもしかして…



「若、あれはオークだ! 注意してくれ」


「カレンさん、何を言っているんですか! 四條君ひとりでオークを相手にするのは危険すぎます。全員で戦いましょう!」


 稲森先輩が決死の形相でカレンに忠告している。実は彼女たちはいまだオークを倒せずにいるため気配を察知したらその場から逃げ出す方針でここまで来ていた。何というか… 部の存続のために敢えて無理をして4階層に来ているといったほうが正しいかもしれない。相当慌てふためく部員たちを両手で制しながらカレンが厳かに口を開く。



「まあ、黙ってここで見ているといい。骨のありそうな魔物が出てきて若が気合を漲らせている。邪魔をすると私が怒られるし、万が一にも巻き込まれたら堪ったものではない」


「カレンさん、何で四條君を『若』と呼んでいるんですか?」


「四條流の跡継ぎだから門弟の私から見れば若なんだよ」


「そうなんですか… じゃなくって! 四條君は本当に大丈夫なんですか?」


「見ていればわかるさ」


 カレンは四條流に入門してからまだ日は浅いが、彼我の力量差がわかる程度には成長しているよう。さすがなのは彼女の指導に当たっている水谷さんだろう。門弟の中でも最古参なだけある。単なる達人というだけではなくて、傍にいるだけで所作の一つ一つが本当に勉強になるという人物は極めて稀といえよう。カレンが一人前の四條流の遣い手になる日は意外と早く来るかもしれない。


 先輩パーティーの動揺をカレンが静めている間に、ノシノシと前から迫ってくるオークは重徳からするとだいぶいい感じの距離に接近してきている。近くで見ると二足歩行の豚というよりもイノシシを擬人化したような風貌。頭がイノシシで体が剛毛に覆われた人に近い姿。口の両側から伸びた牙と筋肉が盛り上がっている体全体のパワーには注意を払ったほうがよさそう。


 ブモーー!


 雄叫びを上げながらオークは重徳に襲い掛かってくる。両腕を伸ばして掴み掛かってくる体勢でその巨体が迫る。


(どれ、レベル16まで上昇した俺のパワーがどこまで通用するのかまずは試してみるか)


 重徳は一旦取り出したバールをホルダーに戻してから、オークの両腕が届く前に体を深く沈めつつ足首に角度をつけて勢いよく右足を振り上げる。彼が繰り出した前蹴りは狙いと寸分違わずにオークの鳩尾に突き刺さっている。



 グボボッ!


 自らの突進の勢いまで加わった強烈な鳩尾への爪先蹴りを食らってオークの体は硬直している模様。どうやら体の構造は人間とさして変わらないらしい。息が詰まって声にならない叫びを上げて動きを止めている。


(それにしてもレベル上昇の恩恵はデカいな。右足1本でオークの突進を止められたんだから現段階では上々だろう。新たな魔物と対戦するたびに自分の力の向上具合が目に見えてわかるのがダンジョンなんだな)


 こんなことを考えつつも重徳の体は流れるように動く。



「それ、おまけだ」


 ゴブカッ!


 おまけと言いつつ重徳は鳩尾を押さえながら上体を前傾しているオークの顎下に掌打を決める。肘を曲げた状態で手の平を上に向けて、その肘を自分の膝で上方向に蹴り上げると至近距離から放たれる掌打の破壊力が一気に数倍に。これはカンフーの技術を取り入れた技ではあるが、危険なので良い子は絶対に真似をしないようにね!


 顎の下というのは脳に直接衝撃が伝わる急所、そこに重徳の掌打を食らったオークは脳震盪を起こして膝を付く。体の自由が利かなくなって重徳に向かって弱々しく手を伸ばそうとするだけ。さてここからは彼の相棒のバールが活躍する番。


 バールを持った左手を振り上げるとオークの脳天に向かって容赦なく振り下ろす。何しろ四條家の道場にはお腹を空かせた門弟が待っている。


(オークに恨みがある訳ではないが、彼らにどうか肉を献上してくれ!)


 ガキンという骨を砕く手応えがバールを通して左手に伝わると同時に、今にも崩れ掛けのオークは白目を剥いて体を痙攣させている。膝を付いている巨体を蹴り飛ばして地面に寝かせると、最後は踵を落として首の骨を砕いて終了。オークの体は粒子になって消えていく。


(おお! 本当に肉が落ちているぞ! それも骨付きのモモ肉の一番美味そうな部位だ。地面に置いてあるけどなぜか泥なんか付いていないきれいな肉をゲットしたぜ! しかもこれって10キロくらいあるんじゃないのか? 持ち上げるとズッシリした重みを感じるな。よーし、このままマジックバッグにしまっちゃおうか。あれ、魔石も落としてくれている。中々サービスが行き届いているぞ)


 重徳がドロップアイテムを回収してカレンや稲盛先輩が待っている場所に戻っていくと、カレンを除いた先輩たちの様子がなんだかおかしい。視線を虚空に向けてブツブツ何かを呟いている姿が目に飛び込んでくる。



「ま、まさかオークをひとりで…」


「信じられない物を見てしまった…」


「オークを秒殺だなんて…」


「ヤバい、あれはヤバ過ぎる…」


「私は何も見ていない。そう何も見ていないんだ…」


(先輩たちが揃いも揃ってガクブルしているけど、何かあったのかな? ちょっとカレンに聞いてみようか)


 どうやら重徳には彼女たちがガクブルしている理由に見当がつかないらしい。いざ戦闘が始まると周囲の状況が目に入らなくなる重徳の困った性格が災いしているとはこれっポッチも思っていないよう。



「カレン、いったいぜんたい先輩たちはどうしたんだ?」


「若、だから私が事前にあれほど注意したのに。何もオークを秒殺する必要はなかったでしょう!」


「あっ! ついつい夢中になって本気で倒しに掛かってしまった」


「若、やはりあなたの戦闘狂の血はもう後戻りできないところまで来ているようです。もうすでに手遅れですよ」


「いやいや、俺はそこまで重症ではないはずだ。ちょっとだけ戦いに夢中になる性格なんだよ」


「それを戦闘狂と呼ぶんです!」


(おかしいな… カレンは俺をよほど戦闘狂扱いしたいのかな? まあいいか、それよりも先輩たちに早く元に戻ってもらわないといけないよな)



「先輩方、大丈夫ですか? オークの討伐はもう終わりましたよ~」


「「「「「ヒーー!」」」」」


 重徳は優しく声を掛けたつもりなのに怯えたような返事が返ってくる。「なんだか解せぬ」という表情でしばらく様子を見ていると、ようやく稲盛先輩が現実の世界に戻ってきたよう。



「し、四條君、君のレベルはいくつなんだ?」


「ああ、今のオークとの戦いでちょうど1つ上がりましたから、今は17ですね」


「「「「「「17だとーーーー!!!」」」」」


(あれれ? 俺は何かおかしなことを言ったのかな?)


 カレンを見ると彼女は両手を軽く広げてヤレヤレというポ-ズ。呆れて果てて何もしゃべる気はないよう。


 それはそうとしていまだ驚きの表情を隠せない稲森先輩が言葉を続ける。



「し、四條君、君はダンジョンに入ってどのくらいの期間になるんだ?」


「入学式の2日後からですから、まだ10日も経っていません」


「一体どんな戦いをすればそこまでレベルが上がるんだ?」


「えーと、ゴブリンを100体倒すまでは帰れまテンとか」


「まさに戦闘狂だな。言っておくが私たちはレベル9~11だよ。これでも2年生としては標準的な部類だ」


「えー! だって東堂先輩は23だって言っていましたよ! 俺も早く先輩に追いつこうと頑張っただけです」


 やはり重徳にはこれっぽちも自覚症状がないらしい。カレンの目はどこか達観したように通路の遠くを見つめるだけ。そして呆れ果てた稲森先輩の声が…



「バカも休み休み言え! あの東堂だって1年間掛けてようやく現在のレベルまで達したんだぞ! それをお前は10日かそこらで彼に手が届くところまできている! どの口が自分を一般人だなんてほざけるんだ?!」


「そう言えばそうでした。自分もウッカリしていました」


「ウッカリでレベルを17まで上げるんじゃない!」


(おかしいな、どこで計算を間違えたんだろう? ついついレベルが上昇するのが楽しくて毎日ダンジョンに通っていたけど、こうして改めて指摘されると自分の行動の非常識さ加減が理解できるな。でもこれからも毎日ダンジョンには入っちゃうけどね)


 ここでカレンが口を開きかける。どうやらフォローしてくれると期待を向ける重徳。



「さて、MBGのお嬢さん方も若の常識外れっぷりが理解できたかな? 安穏とした日常を一気に引っ繰り返してくれるのがここにいる若だ。かく言う私も今までのダンジョンという概念が若と行動をともにして崩れ去ったひとりだよ。もしこれから一緒に行動するとなったら相当な覚悟が要求されるが、お嬢さん方にはそれがあるのかな?」


 カレンの長ゼリフは全然フォローになってない。むしろ重徳の異常さを強調しているよう。もちろん重徳には、そこまで言われる程カレンを酷い目に遭わせた覚えはない。これは自覚症状がないというだけで、実際にはカレンにとっては日々がヒヤヒヤの連続だったにしろ…



「そうね、私たちは東堂君並みの怪物を、いえ、将来的にはそれ以上の怪物を仲間に引き入れてしまったのね。でも現状の我が部の実態を省みると背に腹は代えられないわ。多少のリスクには目を瞑って四條君をダンジョン部の後輩として受け入れるしかないのよね」


(なんだかしぶしぶ認めているような響きを感じるのは俺だけだろうか? 俺としてはダンジョンに入っている件を黙っていてもらえるならば、入部を辞退しても構わないんだけど)


 などと重徳が意味不明の供述を頭の中で繰り広げていると、横から他の部員が口を挟みこむ。



「真由美、手の掛かる後輩が出来たってことで受け入れるしかないわ。四條君、これから第8ダンジョン部のために一緒にやっていきましょう」


「そうね、多少問題はあっても仲間が増えるのは悪いことではないし」


 なんだか部内での扱いが微妙に感じる重徳ではあるが、自分に原因があるのでこの対応はまあしょうがないだろう。というか最初から彼には決定権がないので、先輩たちが決めたことには従うしかない。こうしてこの日の討伐を終えて、重徳たちは4階層の転移魔法陣に向かっていくのだった。

 


   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ダンジョン部の先輩たちの目の前でオークを瞬殺した重徳。全員にドン引きされて「戦闘狂」と呼ばれつつも、どうやら必要な人材と認められました。次回は第8ダンジョン部の入部手続きのために部室を訪れる重徳ですが、何やら放っておかない面々が現れて…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「先輩たちとラブラブになるルートはないのか?」


などと感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る