第34話 お散歩デート


 1週間が終わって、金曜日の夜…


 重徳は寝る前のひと時を自分の部屋で過ごしている。今週も盛り沢山のイベントが発生した気がする。第8ダンジョン部に入部したし、歩美をはじめとする仲間が彼の家に訪れたりもした。


 その上結局今週もダンジョンに毎日出掛けていた。カレンと3回、先輩たちと1回、ひとりで1回内部に入ったが、レベルはまだ17のまま。ここまで上がると次のレベルが遠い気がする。真由美先輩のレベルが上昇した際にみんなと抱き合って喜んでいた気持ちが重徳にもなんだかわかってくる。


 そんなことに想いを巡らしながら、重徳は自分のガラケーを手にしてニマニマしている最中。その原因は当然歩美から送られてきたメールに他ならない。



〔ノリ君、今日もお疲れ様でした。明日はいよいよ公園にお出掛けする日ですね。とっても楽しみで今夜は寝られないかもしれないです。お弁当をいっぱい用意しますから楽しみにしてくださいね! それでは駅で10時に待っています。おやすみなさい〕


(そうなんだよ! 明日は月曜日の模擬戦の直後に歩美さんと約束した二人で公園に出掛ける日なのだよ! 手を繋いで園内を散歩するという約束をしたんだよな。料理上手な歩美さんが用意してくれるお弁当も楽しみだし、明日は晴れるといいな)


 こうして重徳は歩美に返信を送ってからニヤニヤが止まらないまま眠りにつくのだった。そんな姿を傍から別の誰かが見たら「なにアレ、ちょっとキモい」と指をさされてしまうかもしれない。






◇◇◇◇◇






 翌日…


 朝から良い天気で絶好のお散歩日和となり、なんだかいい1日になりそうな予感。


 重徳は顔を洗って支度を整えるとリュックを背負って家を出る。今日出掛ける公園は彼の家の最寄り駅の反対側にある。休みの日になると家族連れやカップルで賑わう自然公園で二人で楽しく過ごす予定。待ち合わせ場所は駅の改札の約束になっている。


 駅までの道は暑くもなく寒くもないちょうど良い陽気。春の風が心地よく吹いて行き交う人の服装も明るい色に溢れている。桜の花はとうに散っているが、この時期はまだ歩道の小さな花壇に春の花が咲き誇って色取り取りの鮮やかさを競っているかのよう。こういう風景を眺めていると、日々魔物との戦いに身を投じている重徳の心も自然と和んでくる。今日はダンジョンのことを忘れて精一杯羽を伸ばそうなどという浮かれ気分に自然と表情も綻ぶのも致し方なし。


 改札に到着したのはどうやら重徳が先のよう。まだ歩美の姿はどこにもない。しばらくホームから出てくる人の流れを見ていると、長い黒髪をポニーテールにしたお馴染みの姿がやって来る。とはいえ学園にいる時とは違って今日は私服。普段見慣れている歩美と違ってなんとも新鮮に映る。



「ノリ君、お待たせしました!」


 手を振って重徳が待っている場所に駆け寄ってくる歩美。こういう仕草の一つ一つが本当に天使のような可愛いらしさを振り撒いている。今日はピッタリとした黒のジーンズに水色のブラウス、その上から白いカーデガンを羽織る。スカート姿の制服とは違ってちょっと行動的な雰囲気が印象的。


 その上左肩には水筒が顔を覗かせているトートバッグを掛けて、右手にはかなり大きなバスケット。これは見るからに結構な大荷物。ここに来るまでさぞかし重かっただろう。このまま黙っていたら、さすがに重徳としても男が廃る。



「全然待っていないよ。荷物がいっぱいあるんだね。俺が持つよ」


「ありがとうございます。お弁当を張り切っていっぱい作りすぎちゃってこんな感じになっちゃいました。ノリ君は責任を取って全部食べてくださいね。それじゃあバスケットは私が持ちますから、このバッグをお願いしますね」


(なんて可愛いんだろう! 歩美さんは絶対に良いお嫁さんになれるぞ。優しいし気が利くし、これはもう言うことないな。ちょっと心配性なところがあるけど、それは優しさから来るものだしな)


 重徳がトートバッグを受け取ると、これはこれで結構な重さが肩に掛かってくる。小さなリュックひとつという身軽な重徳に対して、こんなに色々と用意をしてくれた歩美に頭が下がる思い。本当は重徳のリュックにはマジックバッグが仕込んであるのだが、まだ歩美には教えられないから今日のところは自分で持つしかない。



「それじゃあ行こうか」


「はい、お花がいっぱい咲いているといいですね」


 二人は人の流れにそって駅のコンコースを進んでエスカレーターを降りていく。そこは駅前のロータリーになっており、バスの待合所も並んでいる。



「歩いていくのはちょっと遠いからバスに乗ろう」


「はい、なんだか遠足のような感じがします」


「おやつは300円までだからな」


「梓ちゃんが居たら絶対に足りませんね」


 こうして重徳たちはバスを待つ列に並ぶ。次のバスまでは少々時間があるのでボンヤリと前に立っている歩美の後ろ姿を眺める重徳。その時彼女が急に振り返る。



「ノリ君、何を見ているんですか?」


(ドキッ! 歩美さんは後ろにも目がついているのか? 俺がその後ろ姿に見とれていた様子に何故か気が付いたようだ。これも女の勘なのか?)



「そ、その… ほら、普段は制服姿しか見ていないから、こうして私服姿の歩美が新鮮だなと思って」


「もう、ノリ君ったら… そんなことを言われたらかえって恥ずかしくなります。実は私服の時もスカート姿が多いんですけど、今日はお散歩なのでジーンズにしました」


「全然恥ずかしがる必要はないぞ。スタイルがいいから良く似合っているよ」


「えーっ! 私はお尻が大きいのでスカートで隠しているんですよ。パンツ姿だとどうしても目立ってしまうから、今日もどうしようかと散々迷ったんです」


「そうかな? 全然大きいようには見えないけど。バランスが取れていていい感じじゃないのかな」


「ウフフ、ウソでもそう言ってもらえると嬉しいです」


(おかしいな、男と女ではスタイルの基準が違うのかな? 歩美さんのスタイルはそこそこ良く育っている胸と相まって俺にとっては理想的に映るんだけど。それにしても形のいいお尻だよな。あとでちょこっと触らせてもらおうかな… じゃないぞ! こんな欲望丸出しの妄想は歩美さんに失礼だろうが! 煩悩退散! 邪悪なる欲望よ、我が魂から即刻立ち退くのだ! 破邪----!)



「ノリ君、どうしたんですか? さっきから表情がコロコロ変わっていますよ?」


「そ、それは、歩美があんまり可愛いからどうしていいかわからないんだよ」


 重徳が苦し紛れに捻り出した言葉で歩美が急に下を向いている。


(こ、これはなんか不味いことを言ってしまったのかな? おや、彼女の耳が真っ赤に染まっているぞ。これはもしかして照れているのかな?)



「ノリ君、そ、その… 今のノリ君が言ってくれた言葉はとっても嬉しいです。なんだか体がフワフワしちゃって、どうしたらいいかわからないです。あっ、そうです。ノリ君、ちょっと手を貸してください」


 歩美は重徳の手を取ると… おもむろにその手を自分の胸に押し当てる。


(ちょ、ちょっと待とうか、歩美さん! 俺の手があなたの胸の中心に押し当てられていますよ!)



「ほら、今こんなに心臓がドキドキしているんです」


(ああ、心臓ね! 確かに彼女の心臓は早いリズムで鼓動を刻んでいる様子が俺の手に伝わってくるな。それと同時に柔らかな膨らみの感触も感じるぞ)


 歩美が中々手を離さないのでそのままの姿勢をキープしていたら、彼女はハッとした様子で俺の手を離す。



「ノ、ノリ君! すいませんでした。私ったらついつい自分のことに夢中になってしまって」


(歩美さん、謝る必要なんて髪の毛の先程もありません! 断じてないですからね! むしろ俺の方がお礼を言いたい気持ちです。ありがとうございました。そしてご馳走様でした)



「べ、別に気にしなくていいよ。いきなりだったからちょっと驚いたけど」


「そ、そうですよね! いくらなんでもいきなりノリ君の手を自分の胸に… ちょっと落ち着いてから考えると大胆すぎますね」


(いやいや、大胆でいいんですよ! 大胆万歳! ビバ大胆! ここは俺から逆にもうひと押しいってみようかな)



「確かにあまり人前ではできないような気はするけど… それよりも歩美は俺とこんな感じで触れるのは嫌じゃないのかな?」


「全然嫌ではないです。そ、その… むしろノリ君と触れ合うのはとっても心地よくって大好きです。だから今日は二人で手を繋いでお散歩するのがとっても楽しみだったんです」


(なにこの本当に可愛い女の子は! まるで俺のためにこの場に存在してくれるかのような人だよな。歩美さんは俺にとって真の女神様です! もう一生離さないからな!)


 こうしてバスの待合所が二人っきりの空間になっているその時…



「お二人さん、仲が良いのはわかるけど、バスの列が進んでいるから早く乗車してもらえるかな」


「「す、すいませんでした」」


 列の後ろの人から声を掛けられてしまった重徳と歩美。バスが来たのにも気付かずに二人で話に夢中になってしまったよう。これはもうどこからどう見ても正真正銘のバカップルだろう。


(失敗してしまった! どうもご迷惑をおかけしてすいませんでした)


 二人は顔を赤らめながらペコペコしつつバスに乗車していく。



「ノリ君、やらかしてしまいましたね」


「そうだな、午前中から飛ばしすぎてしまったようだ。しっかり反省してもうちょっと周囲に気を配ろうか」


「それがいいですね」


 バスは結構な人が乗り込んでいるので二人は立ったまま。重徳がつり革に掴まっているのに対して、歩美はバスケットを両手で抱えているのでどこにも掴まっていない。そしてバスが大きく揺れると…



「キャッ」


 歩美がバランスを崩し掛ける。とっさに重徳の空いている腕が彼女の体を抱きかかえるような態勢で二人の体が密着するように歩美を引き寄せて支える。



「ノリ君、助かりました。降りるまで私を支えてください」


「任せてくれ」


(ええ、喜んで支えますとも! 腰の辺りを抱きかかえるようにして俺は歩美さんを支える。これも完全にご褒美だよな)


 こうしてバスを降りるまでハッピータイムが続くのだった。






   ◇◇◇◇◇







 公園到着後…



「わー、人が大勢居ますね」


「土曜日だから家族で来ている人が多いな」


 バスから降りた二人は約束どおり手を繋ぎながら自然公園の遊歩道を歩いている。うららかな日差しに包まれて多くの人たちが芝生にシートを敷いて長閑な1日を楽しんでいる姿が目立つ。



「ノリ君、あそこの花壇はチューリップがいっぱい咲いていますね」


「近くで見ようか」


「はい」


 遊歩道を左に曲がるとそこには一面のチューリップの花壇が広がっている。色鮮やかに咲いている春の象徴のよう。こうしているとなんだか子供の頃に帰っていくような気になってくるから不思議なモノ。



「ノリ君、本当にきれいですね。あっ、こっちのお花は2種類の色が混ざった感じになっていますよ」


「こんなカラフルなチューリップがあるんだな。俺は赤とか黄色しか知らなかったよ」


 こうして咲き誇る花々を観賞したり、携帯のカメラで写真を撮ったりしてしばらく過ごす。1枚撮り終えてから歩美が撮影した写真を重徳に見せてくる。



「ノリ君、この写真はきれいに撮れましたよ!」


「確かにきれいだけど、可愛いチューリップと俺の組み合わせってなんだか絶望的に合わない気がするな」


「そ、そんなことはないかも知れませんよ。もしかしたら… たぶん」


(歩美さん、何で自信なさげになるのかな? でも魔物に対して確実な死をお届けする俺が身にまとう雰囲気がこうして写真越しでも伝わってくるんだよな)


 写真にすら修羅の性格が映り込むとは、もはや重徳の戦闘狂レベルは手に負えなくなっているかもしれない。しかもはっきりとは口にしないが、どうも歩美自身もその事実を半ば以上認めている節が窺える。そして彼女はいかにも取り繕うかのように…



「きっとノリ君にピッタリのお花もありますよ」


「歩美、無理してフォローしてくれなくていいんだぞ」


「いいえ、きっとあるはずです。ちょっと検索してみましょうか… これなんかどうでしょうか? ふむふむ、ケシの花です」


「それは麻薬の原料じゃないか!」


「そうなんですか… それではこの紫色のきれいなお花はどうでしょうか? 名前はトリカブト」


「猛毒を持っている植物じゃないか!」


 どうやらお手上げの様子。重徳のイメージに合う花を検索したところでこんなのばかりしかヒットしなかったよう。もう歩美もフォローするのを諦めたらしい。それにしてもケシにトリカブトとは… いかにも重徳が狂気と死を振り撒く存在だとでも言いたいのであろうか。


 やや空気が悪くなりかけたのを察した歩美が…



「ノリ君、こんなことで気を落としてはいけません。そこで元気になるためにお昼にしましょう!」


「ああ、ちょっとお腹が減ってきたからちょうどいい時間だな」


 歩美はトートバッグから敷物を取り出して広げる。もちろん重徳もしっかりと手伝っている。お弁当まで用意してくれたんだから、この程度のお手伝いは当たり前だろう。



「ノリ君、オシボリをどうぞ。飲み物は温かいお茶でいいですか?」


「ありがとう。お茶で構わないよ」


 そして敷物の上に次々とお弁当が広げられていく。サンドイッチにおにぎり、玉子焼きや唐揚げ、タコさんウインナーなどのお弁当の定番から、煮物やハンバーグといったちょっと手が掛かる品々までがこれでもかという具合に並べられている。



「凄いな! こんなにたくさん作ってくれたんだ。でもさすがに全部食べ切る自信がないぞ」


「その時は梓ちゃんを呼び出しましょう。きれいに食べ切ってくれますから」


 こうして二人で笑いながらの楽しい昼食が始まるのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



高校生バカップルの初々しいデートでした。ここからお話が大きく動いて、この物語の本質に次第に近づいていく流れが…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「やはりメインヒロインは歩美で決定なのか?」


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