第23話 新たな挑戦者


 隠し部屋でコボルトキングとの激闘を制してから疲労困憊でダンジョンを出て、カレンはこの日はそのまま自宅に戻っていく。重徳は軽く30分だけ道場で汗を流してから夕食と風呂を終えて自分の部屋に寝転がっている。あれだけの激闘を繰り広げたとしても、道場でひと汗かかないとどうも1日が終わらないような気がしてならないらしい。長年の習い癖というのはそうそう変えられないよう。


(今日は盛り沢山の一日だったな。それはともかくとして、本日上昇したステータスを確認しておこう)


 ということで画面を開いてみると…



 四條 重徳  レベル16     男  16歳   



 職業  武術家 


 体力   183


 魔力    65


 攻撃力  166


 防御力  157


 知力    57



 保有スキル  四條流古武術 身体強化 気配察知 



 注意事項   新たな職業はレベル20になると開示されます。




 とまあ、現在はこんな感じになっている。2階層のゴブリンを倒しても一向に上昇しなかったレベルが、コボルトキング1体であっという間に4段階も上昇するとは、やっぱり下の階層にいる魔物から得られる経験値は想像以上に高いよう。


(となると、この次は4階層に足を踏み入れてみようかな)


 こんな考えが重徳の頭に浮かんでくるのは当然か。だが重徳の思考はすぐに別のウインドウに切り替わる。


(それにしても今日のカレンのフカフカ攻撃は凄まじい威力だった。まだ俺の脳裏にはあの時に顔に押し当てられた感触がはっきりと残っている。今夜のおかずに決定だな。自家発電にはそれ相応の燃料が必要だが、カレンのオッパイは最高級の燃料になって俺の欲情を燃やし尽くしてくれるに違いない)


 とまあ、青春の滾りを燃やし尽くそうと企てる重徳。とはいえまだまだ理性が働く段階らしい。


(おっと、いかんぞ! カレンは大切なパーティーの仲間なんだから、このような不埒な考えを抱くのは厳禁だ! 失礼にも程があるだろう! それに俺にはすでに心に決めた歩美さんという存在がいるのだ。カレンにこのような妄想を抱くのは歩美さんに対しても大変申し訳ない。本当にゴメンナサナイ。深く反省しております。今日のところは疲れもあることだし自重しておこう。邪念を払って大人しく寝るんだ)



 重徳の脳内で天使と悪魔が葛藤している。そんな時…


(おや、机に置いてあるガラケーが着信を告げているぞ。こんな時間に一体誰だろうな?)


 起き上がってガラケーを手に取ると、その画面にはメールの表示がある。差出人にはもちろん歩美の表示。重徳にメールを送ってくるのは彼女しかいないのだから当然といえば当然。そしてその中身は…



〔ノリ君、稽古はもう終わりましたか? 今日もお疲れ様でした。明日学校でお話しするのがとっても楽しみです。それではお休みなさい。追伸、今夜はノリ君の夢を見られるといいな〕


(なにこの可愛い文章は! 俺も歩美さんの夢が見たいです! 俺にとって最高の癒しをもたらしてくれるのはやっぱり歩美さんだ。メールひとつで俺の汚れた心が洗い清められて気分だよ!)


 現金なものでカレンのオッパイはこの際ちょっと横に置いて重徳はすぐに返信に取り掛かる。メール作成は歩美に手解きしてもらって覚えたてだが、やってみると以外に簡単。



〔歩美、メールありがとう。いい夢が見られるといいな。明日また学校で!〕 


 絶望的な文才のなさに自分で呆れ返る重徳。


(どこの事務連絡だよ! これじゃあうちのクラス担任と大差ないぞ。作文とか昔から大の苦手だったし、こうして受け取ったメールに何と返事していいのか全然わからない。歩美から送られたメールには絵文字とかいっぱい使ってあるけど、最後のハート以外どういう意味か良く理解できないし… まあこれ以上考えても仕方がないから、このまま送信しよう)


 重徳は送信ボタンをポチると、そのまま電気を消して目を閉じる。どうやらこの日は天使が勝利を収めてそのまま熟睡したよう。おかげでカレンがオカズにされるという事案は発生しなかった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日…


 重徳がいつものように教室に向かうと、入り口の前に歩美が立っている。そして彼の姿を見つけるとパタパタ足音を立てて駆け寄ってくる。ポニーテールにした髪が左右に揺れると同時に、標準サイズよりも少し大きめの彼女の胸もいい感じに揺れている。



「ノリ君、夕べはメールをありがとうございます。ノリ君からもらった初めてのメールはしっかりと保存しておきましたよ」


「こちらこそどうもありがとう。俺は生まれて初めて人からメールをもらったから嬉しかった」


「そうなんですか! やりました! ノリ君の初体験をゲットしました!」


 歩美が暴走気味にすごい言い回しを口にしている。何も知らない人間が聞くと誤解を招くのではないだろうか。周囲には聞き耳を立てているような人物は見当たらないからいいが… もちろん歩美が言っているのは、ウレシはずかし初体験とは違う意味だと重徳がちゃんとわかっているからいいようなものの…



「それにしてもあんなヘタクソな文ですいませんでした。俺ってどうも子供の頃から作文が苦手なんです」


「大丈夫です。十分ノリ君の気持ちは伝わりましたから。それだけで私はとっても嬉しいんです」


(本当に歩美さんは天使です! クラスのそこいらにいる聖女共が束になっても敵わないぞ。俺の心をこれ程までに幸せな気分にしてくれるのはこの人だけだ)


 こうして重徳と歩美は二人で教室に入っていく。すぐに担任がやってきて、いつもと変わらぬ学園生活がこの日も始まる。






   ◇◇◇◇◇






 午前中は教科の授業が行われて特筆すべき点は全くなかった。重徳たちは実技を一緒に行っているいつものメンバーに義人を加えた五人で食堂に向かう。カフェテリアの列に加わり、それぞれが自分の好みの食事をトレーに乗せて席に着く。


(おや、二宮さん! 確実に昼食の量が増えていますよね)


 重徳は梓の変化に気が付いたよう。今まではトレー2枚にご飯やおかずを載せていたのに今日は3枚用意している。山盛りのドンブリ飯が3杯とおかずは10種類近くというとんでもないボリューム。カウンターと席を何度も往復しながらせっせと自分の食事の準備に余念がないが、どうしてそこまで大量の食事が必要なのだろうか?



「なんだ、四條。私の昼食に何か用でもあるのか?」


「いやいや、二宮さん。誰も何も言わないから敢えて俺が指摘しますけど、それ全部食べるんですか?」


「当然だろう! これからハードな実技実習を控えているんだ。このくらいは食べておかないと体が持たないぞ」


 おかしい… なんだか基準が違いすぎている気がする。ここまで来るとあれは大食い大会で優勝を掻っ攫うレベルではないのか。堅物という印象が強い梓だが、彼女の胃袋だけは底が抜けているよう。



「なんで梓ちゃんはあんなにたくさん食べても太らないんでしょうか?」


「歩美さん、その件に関してはあまり触れないでそっとしておきましょう。二宮さんは俺たちとは違う食欲の世界に生きているみたいだから」


「そうなんですか。よくわかりませんがそうします」


 歩美は梓と幼馴染だから彼女の食べっぷりを見慣れている分だけ不思議に感じていないのだろう。だがあれは重徳やロリ長でもかなり引いてしまうレベル。義人も口をあんぐり開けて言葉を失っている。


 まあいいか、ちょっと話題を変えてみよう。



「義人、昨日の我が家の道場はどうだった?」


「師匠、きれいなお姉さんがいたッス」


 義人の返事を聞いてなぜか歩美の目が警戒心に満ちた光を放っている。


(なんだろう? たぶん義人が言う「きれいなお姉さん」というのはカレンのことだろうけど)


 どうやら重徳はとんでもないニブチンらしい。歩美の心の機微などテンで理解が呼ばないよう。



「それで、その後はどうしていたんだ?」


 俺の問い掛けに対して義人は遠い眼をし始める。


(なんだろうな? こいつは今朝学校に登校してごく普通に授業を受けていたはずだぞ。なんでそんなに昔の記憶を手繰るような目をするんだろうな)


 重徳が疑問を感じている間に、次第に義人の顔色が青褪めて額から大量の汗を流し始める。歯の根が全く噛み合わなくてガチガチと音を鳴らしている。一体何があったというのだろうか?



「鬼が居るッス! あの道場には大勢の鬼が待ち構えて居るッス!」


 うわ言のようにそう呟くとそのまま義人は自分の殻に引き篭もってしばらく出てこなくなった。忘れようとしていた記憶が重徳の言葉をきっかけに意識の表面に浮かび上がってきたよう。おそらく道場の兄弟子たちから手荒い歓迎を受けたのだろう。立っていると投げられて、なんとか再び立ち上がるとまた投げられての繰り返し。最初のうちはこうして投げられながら受身や技を覚えていくらしい。四條流の最初の試練なのでどうか頑張ってもらいたい。


 ちなみにカレンは義人とはまったく別で、水谷さんから懇切丁寧な指導を受けている。これは門弟たちのたっての希望が働いているよう。最初から過激な稽古でカレンに嫌気がさして早々に道場を去らないように特別待遇を受けている模様。



 話は逸れたが、全員が昼食を終えて自販機で購入した飲み物を片手に午後の実技実習の打ち合わせが始まる。義人はまだ殻に閉じこもっているのでそのまま放置。午後は時間が短いので、こうしてあらかじめ本日の予定を決めて鍛錬に取り組んだ方が効率的といえる。ちょうどその時…



「あずさサマーーーー!」


 座っている重徳の頭の上で甲高いソプラノボイスが響く。振り返って見上げるとそこには髪の毛の両サイドを見事な縦ロールにしたひとりの女子生徒が真剣な表情で女勇者を見つめている。重徳たちだけではなくて梓本人もポカンとした表情で突如現れた女子生徒をみつめる。



「日本初の女性勇者の二宮梓様ですね。ワタクシはCクラスの榎本えのもと小夏こなつと申します。こうしてお声を掛ける機会をずっとお待ち申し上げておりました。どうぞお見知りおきをお願いいたします」


 突然声を掛けて自己紹介を開始したこの奇妙な女子生徒に対して、さすがの梓もどう対応しようか迷っている様子が窺える。こういう所は女勇者といえどもごく普通の高校生。何事にも動じないように見えるが「キン○マ」と口走って激しく動揺する一面もあるのを重徳は知っている。



「えーと、はじめまして、二宮梓です。どうぞよろしく」


 普通だ! 本当に普通の返しを梓は選択している。たぶんこういう場面では誰しもこれ以上は無理だろう。いきなり声を掛けてくる縦ロール女子の行動が突飛過ぎる。



「まあ、梓様のお声は何という高貴な響きを持っていらっしゃるのでしょうか! 梓サマ、ワタクシはこう見えても当代一の魔法の才能があると自負しておりますの。もしも将来パーティーのメンバーを選ばれる際にはぜひともお声を掛けていただきたいですわ」


「小夏! こんな場所で勝手に突っ走ったら迷惑でしょう。皆さん申し訳ありませんでした。悪い子ではないんですがちょっと思い込みが激しくって… 私が目を放した隙に自分の席を飛び出してしまったんです。ほら、もう教室に戻るわよ!」


「いたたたた! そうやって耳を引っ張らないでくださいまし。エルフのように耳が伸びてしまいますわ!」


 急に現れたもうひとりの女子生徒が梓にペコペコ謝って闖入者を連れ出していく。なんだったんだろうか? この学園には不思議な人が居るものだ。



「四條、今のは一体誰だ?」


「二宮さん、俺に振らないでください。たぶん二宮さんのファンでしょう。Cクラスだと言っていましたね」


「二宮さんは人気があって羨ましいな。もしあの子の耳が伸びてエルフになってくれるんだったら、僕のパーティーに加えるのもありかな」


「信長、それ以上は絶対に口にするんじゃないぞ! お前のエルフ愛は十分わかったから、もう口を噤むんだ!」


 食堂で幼女どうこう口走られたら誰だって居た堪れなくなるだろう。とここで重徳は気付く。


(ロリ長よ! お前のハーレム作りはまだ一歩も前進していないではないか! こんな調子で崇高なる目的が達成できるのか? もちろん達成しない方が周囲は色々な意味で幸せなんだけど)


 なんとなく優越感にはたった心地で重徳はロリ長の顔をニヤニヤ見ている。別にロリ長のハーレム作りが進んでいないからといって、重徳が何か進歩したかといえば別段そうでもない。現段階では五十歩百歩にも拘らず、なんとなくマウントをとってみたかったらしい。




 こうして突然の乱入者の騒ぎが一段落して再び実技実習の打ち合わせが再開する。だが今日はまたしても中断を余儀なくされる。


「Aクラスの斉藤と二宮だな。俺はBクラスの駒井こまい義文よしふみ、隣の女子は沢田さわだあや。職業は聖騎士と戦乙女。Bクラスを代表して勇者二人に模擬戦を申し込みたい。この紙を受け取れ」

 

 やや横柄な態度で対戦申込書をロリ長に向かって突き出している。話には聞いていたが、Bクラスの連中はAクラスに対する対抗意識をかなり強固に持ち合せているよう。今回は重徳は部外者なので高みの見物状態。


(なんだか面白い成り行きになってきたな。たぶん駒井と名乗った男子生徒が聖騎士で沢田という女子生徒が戦乙女なんだろうな。逆だったら気持ち悪いぞ!)


 などとどうでもいいことを考えている。彼の隣に座っている歩美は心配そうな表情を重徳に向けている。



「受けてもいいけど、どうせだったらここに座っている四條と対戦してみればいいんじゃないか。勇者10名を相手にして圧倒的な10連勝を飾っているAクラス最強の存在だよ」


「ふん、馬鹿らしいな。どうせ今だけだろう。それに一般人に負けるとは今年の勇者はずいぶんとレベルが低いともっぱらの噂だぞ」


(おい、ロリ長! 俺に話を振るんじゃない! こっちはすでに規定の10試合を終えて模擬戦はしばらくお腹いっぱいなんだからな。それにしてもロリ長と二宮さんの模擬戦が見られるのか。これは興味が湧いて来るな。いつも実技実習で打ち合っているからわかるけど二人とも相当強いぞ)


 ロリ長に急に話を振られて泡を食った重徳だが、相手が勇者しか眼中にないことに胸を撫で下ろしている。そんな気を抜いている腑抜け状態の重徳は横に置いて、梓がキッパリとした口調で返事をする。 



「いいだろう、私は模擬戦を受諾するぞ。相手はそこの女子でいいのか?」


 さすがは梓、男前な態度であっさりと模擬戦を承諾している。それにしてもこの沢田という女子はさっきから何もしゃべらないが、元々無口な性格なのだろうか?


 そして梓に釣られるようにしてロリ長も…



「僕も構わないよ。どうやら今年の勇者はあまり評判が良くないらしいから、ちょっとくらいは名誉を挽回しておこうと思っていたんだ」


 二人の反応を見た重徳は…


(ロリ長もすんなりと受諾したな。それにしても一体誰が今年の勇者の評判を落としているんだろうな。まったく心当たりがないぞ。きっと悪い噂話を撒き散らしている性格の良くない人間がいるんだろう。うん? ちょっと待てよ… ああわかった。一般人の分際で勇者を立て続けに負かした俺が原因だったのか)


 自覚症状が皆無の重徳。あれだけのことをやらかしておいて、勇者失墜の原因が誰だったのか考えなくてもわかるだろうに。


 それはそうとして梓が続ける。



「明日の放課後に実施で構わない。すぐにサインをするから担任に届けておけ」


 相変わらずの男前っぷりを見せている。ロリ長の試合もどうやら明日実施されることに決まったよう。


(これは楽しみな展開になってきたぞ! 人事だと本当に気楽な立場で楽しめるからいいもんだな。今日の実技実習は模擬戦を控えた二人のために俺も気合を入れるとしようかな)


 こうして重徳たちは食堂を出て午後の実技実習に向かうのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



週明けの学院で今度は梓とロリ長に模擬戦の挑戦者が登場。重徳が見守る中勇者二人の勝負の行方は…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



8月11日現在この作品は現代ファンタジー日間ランキング71位、週間ランキング79位に入っております。ここまでの皆様のご協力に深く感謝いたします。多くの方々にこの作品に目を通していただきたいので、ひとつでも上位を目指して頑張って投稿したいと思っております。


ランキングベスト50まであと一息、ここから先は読書の皆様のご協力が是非とも必要となります。


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