第63話 闇金事務所でのオハナシ
梓と別れた四條流の面々はワゴン車に乗り込んで出発。気を失っているチンピラは後ろ手にされた両手を縄で縛られたまま荷物スペースに乱暴に転がされている。梓に引っ叩かれた両頬の腫れは引かないどころかさらに内出血が広がった影響もあって青黒く変色している。元々の顔がどんな感じだったのか今では全く見分けがつかない状態。おそらく口の中も傷だらけでしばらくの間は冷たい飲み物が沁みるであろう。
まあそれも、今までのこの男の圭子の家族に対する仕打ちが巡り巡って帰ってきただけなので、ワゴン車内の人間は誰も同情しようとは考えていない。
このような雰囲気で一行は順調に闇金の事務所に向かう。重徳と森田兄弟は今からピクニックにでも出掛けるかのようなお気楽な雰囲気に対して、このようなダンジョンとは違う意味で危険な場所に刻一刻と近づいていると感じている義人は徐々に顔色が悪くなっていく。先程は重徳に向かって「どこまでも付いていく」と宣言したものの、やはりいざカチ込みの時が迫ってくると、今までヤクザとは無縁の生活を送ってきた義人の胸中を徐々に不安が満たしてくるのは致し方ないところ。
「し、師匠… 本当に自分も一緒に乗り込まないといけないッスか?」
「どうしたんだ、義人? 今更ブルったって仕方がないぞ。それにお前は記録係という大切な役割があるんだから、責任もって一部始終をスマホで撮影するんだぞ」
「わかったッス。もう何も言わないッス」
このような重徳と義人の会話を聞いている森田弟がいかにも義人に助け舟を出してやろうという表情で会話に割り込んでくる。
「義人、本当に怖いんだったら俺が撮影係を替わってやるぞ」
「本当ッスか!」
「ああ、その代わりに明日以降の道場での稽古の量は3倍になるからな」
「替わってもらわなくっていいッス。今まで以上に稽古の量を増やされたら本当に死ぬッス。だったら闇金の事務所だろうが銃を持ったマフィアの本拠地だろうが同行したほうがマシっす」
全然助け船ではなかったよう。むしろ義人を追い詰めて心の底からら覚悟を決めさせる狙いで放たれた脅し文句で間違いない。こんな遣り取りが四條流の道場ではほのぼのとした日常なのだから、義人もとんでもない場所にウッカリ勢いで入門してしまったと心のどこかで後悔しているであろう。
しばらくしてワゴン車はとあるビルの前に停車する。どうやらこの雑居ビルの5階が件の闇金業者の事務所になっているらしい。義人の緊張はピークに達しているが、重徳に促されて歯の根をカチカチ鳴らしながら車を降りていく。森田弟は後方の荷物スペースに転がされているチンピラをヒョイと肩に引っ担いで人目につかないように素早くビルのエレベーターの前に移動。運転役の森田兄は車を近くのコインパーキングに停めて大急ぎで再び戻ってくる。なんだか流れるようなコンビネーションだが、絶対このような行動はダンジョンでの魔物狩りで培った連携ではない。たぶんこの二人もジジイのお供で何度も…
まあ、それはそうとして全員が集結する。
「よし、全員揃ったからエレベーターに乗り込むぞ」
重徳の掛け声で青い顔の義人の腕を森田兄がひっ掴んでエレベーターに押し込んでいく。そのまま5階のボタンを押してドアが開くと、目の前には山一興業というプレートが掛かったスチール製のドア。重徳はドア横のインターホンを躊躇いなく押す。
「はい、どなたですか?」
「今月分の返済に来ました」
低い男の声に重徳が応えると、やや時間を置いてドアのロックが外れるカチリという音が響く。そして内側にドアが開くと同時に、森田弟が…
「汚い荷物のお届けだぞ。ほれ、受け取りやがれ!」
と声をあげつつ、肩に引っ担いだチンピラを対応に出てきた男に向かって投げ付けていく。至近距離から急にチンピラの体が飛んできた男はあまりに咄嗟のことに避ける術はなく、投げ付けられた勢いに負けて傍に置いてある鉢植えを薙ぎ倒しながら床にもんどりうって倒れ込んでいる。これでは一体どちらがヤクザなのかサッパリわからない。開幕メテオ張りの手荒な一撃をかました森田弟の所業にスマホを構える義人の顔色が一段階青くなっているのは言うまでもない。
もちろんこのような四條流ならではの狼藉は入り口の奥に広がる事務所からは丸見え。それまで事務机について電話対応していた男やソファーに腰掛けて煙草を吸っていた幹部と思しき人間が挙って立ち上がる。
「テメーら、何しやがるんでぇ!」
なんでこういう堅気の世界から外れた人種のセリフというのはワンパターなのだろうとやや呆れた表情を浮かべる重徳が一歩前に出て半ばケンカを売り始める。
「そこに寝ているチンピラが違法な取り立てをしやがったからちょっとお説教してやったら御覧の通り目を回したぞ。こんな軟弱な手下を飼っているだけでお宅らの組織の貧弱さがよくわかるってもんだ」
「なんだと! 見たところまだガキじゃねぇか。テメーらのような分際が足を突っ込んでいい世界じゃないんだぜ。そこに寝かされている二人分の治療費を払ってもらえれば今回だけは見逃してやるからとっとと帰りな」
今度は中堅ぽい人物が口を開いている。どうやら重徳を外見で判断して完全にナメ切っている様子が窺えてくる。
「それじゃあ警察に通報しようかなぁ~。違法な取り立ての証拠もあるし、この事務所の内部をキッチリと捜索してもらおうか」
「ふん、サツに調べられても怪しい証拠なんか何ひとつ出てきやしねぇよ。こっちとら真っ当な商売をしているんだ。ガキが騒いだくらい屁でもねえんだぞ」
「おやおや、その割には警察にタレ込まれたらお困りの表情だな。まあいいや。できれば面倒な手続きナシで解決したいから、しばらくは警察は呼ばないでおくよ」
重徳にしてみれば、この程度の脅しは挨拶代わり。もちろん相手がヤクザだろうとお構いなしで圧力をかけていくのが四條流の交渉術。この遣り取りもしっかりと義人のスマホに収められているものの、少々手ブレがヒドイのは困りもの。もちろん義人の両手が無意識のうちに恐怖で震えているせいなのだが、重徳たちには彼の胸中を考慮しようという甘っチョロい考えはないよう。
「さて、それじゃあ具体的な話し合いに入ろうか」
「ガキが何を偉そうな口きいてやがる! まずはそこにノビているウチのモンに対するワビを入れるのが先だろう!」
「三下の分際で誰に口を聞いているんだ? お望みだったら手っ取り早く体でわからせてやってもいいんだぞ」
重徳の口から地獄の底から湧き上がってくるような低い声が発せられる。これだけ殺気を込めた声色を耳にすると、生半可な人間はそれだけですくみ上る。ご多分にも漏れず重徳に突っかかってきた下っ端は次の言葉が口から出せずに青い顔をして硬直している。
手下が沈黙した状況に業を煮やしたのか、この事務所の責任書と思しき幹部がようやく口を開く。
「ほう、若いのにずいぶんな殺気を身に付けているようだな。若いの、よかったらウチの組に入らねぇか? 俺が組長に話を通してやるぜ」
「ヤクザからスカウトか… あいにくそっちの世界で生きていくつもりはない。それよりもこっちの用件だ。滝川という家の父親に貸した金を家族から取り立てているよな」
「滝川? ちょっと調べるから待っていろ。ああ、1年前に親父がバックレた家だな。借りた人間がトンズラしたんだから、残っている家族に請求が行くのは当然だろう」
「今の法律じゃあ家族から取り立てるのは違法なはずだ」
「ハッハッハ、もちろんそういう法律はあるけどな。ただし一度でも返済に応じたら家族には金を返す意思があると見做されて借金を背負うことになるんだよ」
「違法な脅迫や脅しでやむなく払ったとしてもか?」
「そんな証拠がどこにあるんだ?」
「このスマホにしっかりと記録してある。このチンピラは興将会の名前を出した上に『金を払わないとコンクリートに詰めて海に沈める』という面白い言葉を残してくれたぞ。それから未成年の女子をいかがわしい店に連れていこうともしたな。これだけの悪行を見過ごせるはずないだろう」
「なるほど… だったらその証拠とやらをこっちに渡してもらおうか。さもないとお前たちだけじゃなくて家族にまで迷惑が掛かるぞ」
「はい、新たな証拠ゲットしましたぁぁぁぁ! 家族を引き合いに脅迫するなんて、これはかなり重い罪でしょっ引けそうだな」
ニマニマしている重徳に対して、幹部は顔を真っ赤にして今にもブチ切れんばかりの表情。すでにこの時点で重徳の手の平で転がされているといっても過言ではない。さらに重徳は畳み掛けていく。
「どうも聞き分けが悪いな~。せっかくこっちが穏便に片付くように交渉しているのに、そんな態度じゃあとから泣きを見るぞ」
「ガキだと思って優しくしていりゃ付け上がりやがって! おい、少々痛い目を見せてやれ」
幹部の言葉に威勢よく重徳に押し寄せる下っ端たち。だが彼らは急に顔色をなくしてガタガタをその場で震え始める。これには少々呆れ顔の森田兄が…
「若、その辺にしておいた方がいいんじゃないでしょうか。こんな連中に若の純度100パーセントの殺気なんて浴びせたら心臓が止まっちまいますよ」
森田兄がニヤニヤしながら重徳を止めに入っている。ちなみに森田弟のほうは目を回した義人にカツを入れているところ。ソファーに座っている幹部も目を丸くして重徳を凝視しているし、事務所全体が異様な空気に包まれている。
「ちょっと脅かしただけでビビり散らかしているのか。鍛え方が足りないんじゃないのか。このままだと弱い者イジメになりそうだから、話の仲介をしてくれる人を呼ぼうか」
「若、それが一番手っ取り早そうですよ」
森田兄の助言もあって、重徳はガラケーを取り出して通話ボタンをプッシュ。
「はい、木津原です」
「木津原さん、お手数ですが事務所に来てもらえますか」
「わかりやした。5分で着きます」
ということで、そのままの状態で事務所内に沈黙の時間が流れる。しばらくしてインターフォンの音が鳴って、森田弟がスチール製のドアを開く。
「山一金融の皆さん、俺の顔をご存じでしょうかね?」
「あ、あんたは…」
「今日は個人的な用件でこの場に顔を出していやすから敢えて名は名乗りません。ですが自分がこの場にいるという意味をよくよくお考えになったほうがいいかと存じますぜ」
「い、一体あんたとこの若造はどういう関係なんだ?」
「おやおや、そんな失礼なものの言い方はしないほうがいいですぜ。ここにいらっしゃる坊ちゃんは四條流のご隠居のお孫さんですよ」
「し、四條流だとぉぉぉぉ!」
木津原が放った言葉の効果は甚大。幹部だけではなくて下っ端たちも目を見開いて口をパクパクしている。それだけこの界隈を縄張りとするヤクザ関係者にとって「四條流」という名前は圧倒的なネームバリューがあるらしい。
「それにこの坊ちゃんも只者ではありませんぜ。先日港北昇竜会の本部に乗り込んで、居並ぶ組員を片っ端から病院送りにしましたからね。今日は坊ちゃんがずいぶん我慢強くお前さんたちの戯言に耳を傾けてくれたようだ。その証拠にまだ二人しか床に転がされてないし」
「こ、港北昇竜会といったらウチの組よりもはるかに規模が大きいじゃないか」
木津原の説明によって、ようやく自分たちはとんでもない修羅場に足を突っ込んでいたのだと理解した山一金融の面々。だがある意味木津原の指摘は正しい。港北昇竜会にカチコミに行った際は、すでにこの時間が経過している頃には手下たちが全員地面に寝転ばされていた。あの時の暴れっぷりを考えれば、今回重徳はかなり大人の対応をしているのではなかろうか。
「ということで、自分から言えるのは坊ちゃんの要求を丸飲みする以外に道はないということですよ。下手に抵抗すると四條流のご隠居が出張ってきて興将会が壊滅しかねませんからね~。出来ればこの場で一切合切手打ちにするのが利口なやり方じゃないですかね」
「わ、わかった。あんたの言うとおりにする」
どうやら木津原の追い込み方と重徳のバックにいるジジイに恐れをなしたのか、幹部はすんなりと要求を呑む方向に舵を切ったよう。
「それじゃあ、この書類にサインしてもらえますかい?」
木津原が差し出した書類の表題には〔債権譲渡契約書〕と記載されている。この書類が何を意味するのか今ひとつ理解が及ばない重徳は…
「木津原さん、この書類は何だ?」
「へい、坊ちゃんが件の借金を買い取るという意味の書類です。買い取り価格は坊ちゃんが自由に決めてください」
「ふ~ん、それじゃあ500円で」
「承知しやした。山一さんも異存ありませんね」
「わ、わかった。その値段で譲渡する」
ということで、重徳と山一金融の間で滝川家の父親にまつわる債権譲渡がなされて、圭子の母親と姉弟たちは借金の取り立てから解放されることが決定する。だが木津原の追い込みはこれだけでは終わらない。
「それから不法に取り立てた返済金は返してもらいましょう。今すぐ100万出してくれますかね~」
「そ、それじゃあウチは丸損じゃないですか」
「組ごと消え失せるよりはマシでしょう。ああ、それから取り立てをやっていたチンピラは俺が預かりますぜ。こいつは返済義務がない家族に多大な迷惑をかけやがったから、その分しっかり働いて弁済しなきゃなんねぇだろうし」
「木津原さん、こんなチンピラでも働き口があるのか?」
「坊ちゃん、そろそろカニの季節は終わりですから、三崎港から出港するマグロ漁船にでも乗せましょう。こいつにはウチの金融部門で500万借金させますから、そこから400万を迷惑料としてお支払いします。残りの100万は申し訳ありませんがウチの組の手数料ということで納得していただけませんか」
「いいよ。今回は木津原さんに世話になったし」
「ありがとうございます。それでは今回の件はこれですべて手打ちということで。山一さん、よもや俺の顔を潰すようなマネはしねぇよな」
「も、もちろんです」
幹部が首を縦に猛スピードで上下させている。どうやら異存はないらしい。最後に重徳が…
「もし同じようなアコギな取り立てを耳にしたら、次はジイさん同伴で押し掛けるからな」
「へ、へい。法律に従って真っ当な金融業を営んでまいります」
このぐらいきつく釘を刺しておけば十分だろう。ということで重徳一行は山一金融のビルを出ていく。
「木津原さん、お世話になりました」
「坊ちゃん、頭を上げてください。これくらいどうってことなんですから。ああ、それから400万は明日にでもお屋敷に届けます」
「すいません。あの家族が貧しい生活から抜け出す資金なので、どうぞよろしくお願いします」
ということで木津原とはここで別れる。ちなみに取り立て役のチンピラは木津原の組の若い衆に車に乗せられてドナドナされていく。その様子を見届けてから重徳たちは車に乗り込む。義人は心の底からホッとした表情でようやく人心地ついている。
「し、師匠、それに兄さん方はこんな危ない世界で普通に生活しているんッスか?」
「義人、よく考えてみるんだ。ダンジョンに巣くう魔物もヤクザもこっちが対応を間違えなきゃそれほど危険じゃないんだよ」
「そんなこと言っても、闇討ちされたり家に放火されたり心配じゃないんッスか?」
「バカだな~。ヤクザはそんな一文の得にもならないことはしないんだよ。そもそもこの辺のヤクザなんてウチのジイさんに絶対服従だから四條流に手出しなんかしてこないんだ」
「それは四條流はヤクザよりも怖いっていう意味っスか?」
「まあ当たらずとも遠からずかな。義人も早くこういう環境に慣れろよ」
「精進するッス」
まだもうひとつ納得がいかない表情の義人ではあるが、そんな弟子に構うこともせずに重徳はガラケーを取り出すと梓に連絡。
「四條か、借金の件はどうなったんだ?」
「物分かりのいい金融屋だったみたいで、これまでに支払ったお金を全部取り戻した上に借金をチャラにしてくれましたよ」
「四條、お前はどういう魔法を使ったんだ? 相手はヤクザだろう」
「二宮さん、俺が魔法を使えないって知っているでしょう。もちろん物理で交渉しましたよ」
「どこを突っ込めばいいのか考えただけで頭が痛くなってきたぞ。そもそも物理で交渉とはどういう意味なんだ?」
「チンピラ相手にビンタの雨を降らせたのはどなたでしたっけ?」
「ぐぬぬ」
珍しく梓が言葉に詰まっている。自分でも相当やらかしたという自覚はあるらしい。
「それよりもどこの病院に収容されているんですか?」
「ああ、そうだった。市民病院だ」
「わかりました。俺たちも向かいますから」
通話を切ってから森田兄の運転で一行は滝川家の母親が収容されている病院へと向かう。病院に到着すると重徳は一直線に受付に。
「すいません、今日滝川さんという方がこちらに運び込まれたと思うんですが」
「はい、救急で運ばれて入院しております」
「それでですね、治療費の件ですが、この10万円を預かり金ということにしてもらえますか」
「はい、わかりました。ただいま手続きをいたしますので少々お待ちください」
しばらく受付の前にある長椅子に座っていると…
「滝川様」
「はい」
「こちら預り金の証書になります。退院時に清算いたしますのでこちらにご提出ください」
「わかりました。病室はどちらでしょうか?」
「508号室です」
ということで、重徳たちは圭子の母親が入院している病室へとやってくる。むさくるしい男たちがドヤドヤと入室するのは病人に影響があるので、森田兄弟と義人は廊下に残して重徳だけが静かに部屋の中に入ってくる。
「お母さんの加減はどうですか?」
ベッドに目を遣ると、母親の腕には点滴の管が通されてはいる。とはいっても先程アパートに寝かされていた時点と比べればだいぶ顔色はよくなっているよう。ただし意識はまだ戻ってはいなくて、昏々と眠っているように見受けられる。
「四條、来てくれたか。精神的な疲労と栄養失調だそうだ。先程先生が様子を見に来てくれて、命に別状はないが1週間程度入院する必要があるらしい」
梓の説明に不安そうに頷く圭子と小さな体を寄せ合って椅子から身を乗り出して母親の手を握っている妹と弟の姿がある。
「そうなんだ… ということはしっかり体を休めて回復に努めるしかないな」
ここで圭子が言いにくそうに重徳に尋ねてくる。
「あの… ウチは本当に貧乏で病院の費用も払えないです」
「ああ、その点は心配しなくて大丈夫。さっき金融屋に出向いて君たち家族から取り立てたお金は全部取り戻してきたから。念のため病院の受付に10万円預けてあるから、たぶん入院費は賄えるんじゃないかな」
「えっ、それじゃあお金のことは心配しないでいいんですか?」
「ああ、心配いらないよ。それからこれが今まで返済で取られていたお金だけど、大金だからお母さんが目を覚ますまで俺が預かっていていいかな?」
重徳が1万円札の束を見せると、圭子は驚いた表情を向ける。父親が逃亡してから此の方爪に火を灯すように暮らしてきた彼女たちからすれば、おそらくは目の眩むような大金に相違ない。
「そ、そんな大金私が持っていられませんから、どうか預かっていてください」
「わかった。お母さんが元気になるまで預かっておく。それから二度と君たちの家に借金取りはこないから、これからは安心して暮らせるよ」
重徳の言葉に圭子はポカンとしているが、彼女よりも先に食い付いたのは母親の手を握っている明子のほう。
「お兄さん、もうあの怖いおじさんは来ないの?」
「ああ、マグロ漁船に乗って遠くの海に出掛けてしまったから、もう二度と君たちの家には来ないよ」
「本当に遠くに行っちゃったの?」
「ああ、遠くの海で頑張ってマグロを捕まえる仕事をしてもらっているからね」
「ヤッタ―! もうこれでお母さんが泣くこともないし、私たちが押し入れに隠れることもないんだね」
「ああ、もう心配しないで毎日楽しく過ごせるはずだよ」
「お兄ちゃん、本当にありがとう」
明子が重徳を見つめる瞳がキラッキラに輝いている。どうやら小学校4年生の少女のハートをガッチリ鷲掴みにしてしまったらしい。そんな明子の心情を敏感に悟ったのか、重徳を見る梓の視線が厳しさを増している。その表情は「万が一手を出したら殺す」と雄弁に物語っているよう。
こんな遣り取りをしているうちに時間は流れて、そろそろ面会時間終了が迫ってくる。当然子供たちもお腹が空いてくる時刻。
「二宮さん、この子たちなんだけど、お母さんが退院するまでウチで預かって大丈夫かな?」
「四條の家で預かるのか?」
「さすがに子供たちだけじゃ心配だろう。ウチなら部屋はいっぱいあるし、世話焼きの母さんと婆ちゃんが面倒見てくれると思うんだ」
重徳の提案に対して梓は態度を決めかねている表情。そこで圭子に意見を求める。
「圭子はどうだ? 確かに四條の家はだだっ広いし、お母さんとお婆ちゃんはとってもいい人だ。私も3人だけであのアパートに暮らすのは心配だけど、圭子はどうしたい?」
「なんだか迷惑をおかけするような気がして…」
「お兄ちゃんのおウチに行きたいです!」
煮え切らない圭子の言葉をぶった切るように明子が横から飛び込んでくる。その表情からは姉が何と言おうとも自分ひとりでも重徳の家に行くという強い決心が読み取れる。
「よし、それじゃあ今日は四條流恒例のバーベキュー大会だ! お腹がはち切れるまで美味しい肉をご馳走するぞ」
これには迷っていた圭子も抗えずに重徳の家に行くという決断を下す。なにしろ長い貧乏生活で肉を口にする機会などほとんどなかっただけに食欲には逆らえなかったよう。もちろん末の弟もバーベキュー大会と聞いて思いっきり瞳を輝かせている。
「それじゃあお母さんにおやすみなさいの挨拶をしてウチに行くぞ」
「「「は~い」」」
とまあ、このような流れで全員が母親の回復を祈ってそれぞれが言葉をかけてから病室を出てワゴン車に乗り込む。義人は最寄りの駅で降ろして梓を自宅まで送り届けてから、着替えを用意しに圭子一家のアパートに立ち寄って、その次にバーベキューの準備でスーパーに。
肉類は留守番役の門弟に言いつけて先に用意してもらっているので、野菜や子供たちが喜びそうな飲み物、お菓子、デザート類などをこれでもかという勢いで買い込んでいく。当然こんな豪快な買い物風景など見た記憶がない圭子たちは目を丸くしているが、お構いなしに手当たり次第にショッピングカートに詰め込んで、お支払いは重徳のポケットマネー。ここ最近ダンジョンで荒稼ぎしているので、この程度の出費など痛くも痒くもない。むしろ今まで色々と我慢させられてきた3人に思いっきり楽しんでもらおうと、重徳の大盤振る舞いが繰り広げられていく。
結局この夜は圭子たち三姉弟が眠くなるまで散々食べて飲んでの大宴会が催されるのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
圭子たち一家を闇金業者から救い出した重徳。ついでといっては変な話ですが、母親が退院するまで四條家で彼女たちを預かることとなりました。これでようやく貧困に喘いでいた一家も光明が見えてきたようです。次回はいよいよ御中神社の例大祭のお話の予定です。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白い」「続きが早く読みたい」「重徳ロリコン疑惑」
などと感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします!
。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます