第31話 お姉さん


 ダンジョン部の入部手続きを終えて重徳は義人とともに自宅に戻る。義人はそのまま道場に入っていき、重徳は一旦自分の部屋で着替えてリュックを背負いカレンが待っている道場の入り口に向かう。



「カレン、お待たせ」


「若、今日は遅かったんだな」


「ダンジョン部の入部手続きをしていたら、いつもよりも遅くなってしまった。待たせて悪かったな」


「気にしなくていい。若はまだ学生だ。私のようにダンジョン優先の生活なんて送れるはずがないさ」


「そう言ってもらえるとありがたい。そうだった。ダンジョン部への入部をカレンに何の断りもなしに決めてしまって申し訳なかった。今後のカレンとのダンジョン探索に少々支障が出るかもしれない」


「その件は若の好きにしてもらえればいい。時間の都合がつくときだけ私は同行させてもらうよ」


「いや、俺とカレンはすでにパーティーを組んでいるんだから、当面は二人で探索をするのを最優先するぞ。ただし、もしかしたら5月から新しいメンバーが加入するかもしれないけど」


「若の学校の生徒か?」


「そうだ、勇者が手ぐすね引いて待っている」


「勇者とはずいぶん恐れ多い存在が加わるな。私が一緒で構わないのだろうか?」


「ほら、道場の中のあの一角を見てみろよ。門弟に投げ飛ばされている新弟子がいるだろう。あいつも勇者だぞ」


「そうだったのか! 勇者といっても普通の人間なんだな」


 カレンは四條流に入門した義人が勇者だとは知らなかったよう。あえて重徳が教える必要を感じていなかったせいなのだけど。こうして改めて門弟に景気よく投げ飛ばされている義人の姿を見て、カレン的には勇者といってもそれ程特別な人間ではないんだと安心している。すると、そこに重徳たちの姿に気がついた義人がやって来る。



「師匠、これからダンジョンに行くんッスか? きれいなお姉さんと一緒で羨ましいッス」


「義人、この人がカレンさんだ。この道場ではお前の先輩だからな」


「高田義人ッス。カレン姉さん、よろしくお願いするッス」


「こちらこそよろしく。そのうち一緒にダンジョンに入ろう」


「楽しみにしているっす。それでは稽古に戻るッス」


「頑張れよ」


 こうして義人は稽古に戻り、重徳たちはダンジョンに向けて出発をする。並んで歩いているとカレンが話し掛けてくる。



「義人君は素直そうな少年だな」


「勇者なんだけど俺との模擬戦に負けて四條流に入門したんだ。強くなるために人一倍努力する中々見所のあるヤツだよ」


「若、『勇者を負かした』と言っているように聞こえるぞ」


「いや、現実に義人だけじゃなくてクラスの半数以上の勇者共には勝っているぞ」


「若、そろそろ真剣に気付いてもらいたい。どこの世界に勇者を簡単に破る人間がいるんだ?」


「いやいや、勝ってしまったものは仕方がないだろう。あいつら口ばっかりで基礎的な構えすらできてないんでぞ」


「わかった、わかった。若の常識が世間一般とズレているのを忘れていたよ。それにしても義人君は私を『きれいなお姉さん』と呼んでくれたな。最近稽古とダンジョン通いが忙しくてまともに化粧もしていないのに」


「スッピンでもカレンは十分きれいだよ。化粧なんかして道場に現れたら若い門弟が鼻血を噴き出すぞ」


「ハハハ、冗談でも嬉しいな。そう言ってくれるのは若と義人君だけだよ」


(あれれ? カレンは自分が芸能人も裸足で逃げ出すほどの美人だという自覚がないのかな? ちょっとプライベートについて聞いてみようかな)



「だってカレンぐらいの容姿だったら、男が放っておかないだろう。当然彼氏とか居るんだろう?」


「いや、なぜか男性に縁がないまま間もなく20歳を迎える。友達の子にはみんな彼氏が居るのに私には誰も声を掛けてくれないんだ。しかもダンジョンに入っている時間が長いから中々出会いもないし」


「カレン、それは真面目に言っているのか?」


「若にウソをついて何の得があるんだ? 全部本当だぞ!」


(これは驚いたな! きっとカレンがあまりにも美人過ぎて周囲の男性は恐れ多くて声を掛けられなかったんだろう。俺だって管理事務所のカウンターに座っていたカレンを初めて見た時は声を掛け辛かったからな。いや、でもオバちゃんよりも先に彼女の前に並んだんだっけ。そう考えると俺ってもしかして結構肝が据わっているのかな? いやいや、そんなはずはないぞ。現に歩美さんには自分の気持ちを何も話せないヘタレだし…)



「美人過ぎると色々と違う形の苦労があるんだな」


「あまりそうやっておだてないでほしい。私は自分がきれいだと思ったことは一度もないからな」


(おいおい、カレンが美人じゃなかったら世の中の女性の99.9パーセントは不細工になってしまうぞ! 何でカレンはこんなに自分に自信がないのかな?)



「幸い道場に居る若い門弟は揃って女性に縁がないやつらばかりだ。カレンなら選り取り見取りだぞ」


「それが誰も積極的に私に声を掛けてくれないんだ。みんななんだか遠巻きに見ているだけで近くにも寄ってくれない」


「あいつらは不器用だからカレンに気後れしているんだよ。そのうち打ち解けてくるんじゃないか?」


「そうだといいな。現状は私に気を許して話をしてくれるのは若だけだよ。あーあ、せめて若があと3歳年上だったら良かったのに」


「まだ中学を卒業したばかりの15歳だからな。下手に手を出すとお巡りさんにしょっ引かれるぞ」


「安心してくれ、私はどちらかというと自分よりも年上の頼りになる人が好みだ」


「頼りにならなくてすいませんでしたね」


「いや、若が最初に私を助けてくれた時は格好良かったぞ。そのあとで15歳と聞いてガックリしたけど」


(なるほど、お互いに恋愛感情を抱かない関係というのが俺とカレンなのかもしれない。俺にとっては頼りになる相棒で、時には優しい姉のような存在なんだよな)


 こんな考えの重徳には珍しく、思ったままが口から飛び出していく。



「カレンは俺の行き過ぎを止めてくれる姉のような存在でいてほしいな」


「ああ、それはいいな! 若は兄弟子ではあるが私から見るとヤンチャな弟のような存在でもある。仲の良い姉と弟のような関係が一番しっくり来るかもしれない」


「そうか、それじゃあこれはどうだ… カレンお姉ちゃん」


「グッ! 今のセリフは私のハートを見事に貫いてくれたぞ。若、頼むからもう一度言ってくれ」


「カレンお姉ちゃん」


「堪らないな。これは癖になってしまうかもしれない。今日は可愛い弟が出来た記念日にしよう。私はひとりっ子だから以前から兄弟がほしかったんだ」


 カレンは嬉しそうな表情で重徳に腕を組んでくる。彼女の大層ご立派なお胸が彼の腕に思いっきり当たっているが、全然気にした様子もない。カレンからすれば重徳は弟扱いだから恥ずかしさも特に感じないのかもしれない。そのまま二人は腕を組んでダンジョンの入り口まで歩いていく。


 

 この日は4階層を3時間くらい探索して、カレンのレベルが1つ上がったところで転移魔法陣に向かう。カレンはレベルの上昇と四條流の修行のおかげで以前よりも魔物との戦闘に自信をつけたようで、ゴブリンの亜種程度だったらサバイバルナイフを手にして苦もなく倒している。



「これなら十分に俺の背中を任せられるな。頼りにしていますよ、カレンお姉ちゃん」


「若、ついつい顔がニヤついてしまうからダンジョンの中ではヤメてくれ」


 こうしてこの日は平和にダンジョン探索を終える二人であった。






 

   ◇◇◇◇◇







 翌日の放課後…


 授業が終わって重徳たちは早速入部したての第8ダンジョン部の部室に向かう。正式に部員となって今日が初日なので先輩方に顔見せと挨拶がてら部室に行こうと重徳が提案した結果、全員が賛同した。



「失礼します」


 ドアを開いて中に入ると2年生が3人と縦ロール榎本に楓がすでにテーブルについておしゃべりをしている様子が目に飛び込んでくる。



「梓様! お待ち申し上げておりましたわ」


「の、信長君、こんにちは」


 パッと立ち上がって梓の手を取って自分の隣の席に誘導する縦ロールと、恥ずかしそうだが尚且つ嬉しそうな表情でロリ長に挨拶をする楓。



「あっ、ああ、どうもお待たせ」


 梓はぎこちない表情で挨拶をすると縦ロールにされるがままに連行されていく。強引に座らせられて、マシンガンのように話し掛ける縦ロールに苦笑しながら返事をしている。その反対側の席では…



「楓さん、お待たせしました」


「信長君、全然待っていないです」


(おいおい、そこの二人は昨日番号の交換をしてその後どういうやり取りがあったんだ? 桐山さんはすっかりロリ長の魔の手に絡め捕られたな。まあ彼女が嬉しそうにしているから、俺が横から口を出す筋合いではないだろう)


 重徳は達観した表情で二人の様子を生暖かく眺めているが、客観的に見ればロリ長は天然物の勇者で剣の腕は重徳すらも凌駕する優良物件。ただし勇者として達成したいエルフの幼女という目的さえ目を瞑ればという話だが…


 そんなこんなしているうちに、先輩たちが何やらいわくありげな視線をとある人物に向かけいる。



「義人君、こっちに来なさい!」


(おや、先輩たちから義人に声が掛かっているな。何の用だろう?)


 重徳も「何事?」と思いつつ、義人がどうするのか見ている。



「先輩方、何か用事ッスか?」


「いいからここに座りなさい」


「わかったッス」


 義人は先輩たち三人に囲まれて椅子に座らされている。一体何を始めるつもりなのだろうか?



「キャー! 髪の毛がチクチクしているわよ!」


「ナデナデすると手触りが最高よ!」


「クリリンみたいで可愛い!」


「先輩、勘弁するッス。自分の頭を撫で回さないでほしいッス」


 義人の懸命の抗議も全く意に介さない様子で、先輩たちは義人の頭を撫で回している。実は義人は気合を入れようと昨晩バリカンで頭を丸めていた。五分刈りとなっている髪の毛の感触をこれでもかという具合に先輩たちが堪能している。


(この人たちはあんなもので喜ぶんだな。ちょっと変わっているけどまあいいか。義人、いきなり先輩たちに可愛がられていい感じじゃないか。こやつはどうやら先輩たちのオモチャというキャラが部内で定着しそうだな)



「ノリ君、皆さんすっかり仲良しになっていますね」


「二宮さんだけは果たして仲良しと言えるのか微妙な気がするけど、こういう雰囲気はいいんじゃないかな」


 ちょうど重徳と歩美が話をしているところにドアが開いてリーダーの稲盛先輩が入ってくる。先輩は部室内の雰囲気を見て満足そうに頷いている。



「みんないい感じで打ち解けているようだな。パーティーはチームワークが大切だから積極的にコミュニケーションをとって互いを良く知るのはいいことだぞ」


「梓様、ワタクシは梓様をもっとよく知りたいですの」


 先輩の発言でさらに調子に乗っている縦ロールがいるが、彼女色々と面倒くさそうなのでこの際梓に任せるしかなさそう。こういうタイプの女子はどこに地雷を抱えているかわからないから、こちらからウッカリ声を掛けるべきではないだろう。



「さて、今日は私たち2年生はこれからダンジョンに向かう。残念ながら1年生はまだ内部には入れないが、良かったらダンジョン管理事務所の見学をしてみてはどうだろうか。それから学生証があれば冒険者登録が可能だから、今日のうちに手続きしても構わないぞ」


「そうなのか! それでは登録だけでもしておこうか」


 梓は早速賛成に回っている。というよりも一刻も早く縦ロールに絡まれるこの状況から脱出したいというのが本音かもしれない。縦ロール榎本からの怒涛の質問攻めに遭ってかなり閉口している様子が見て取れる。



「面白そうだね。僕は登録しに行くけど、桐山さんはどうするの?」


「もちろん信長君とご一緒します」


 ロリ長も桐山さんと一緒に行くよう。なんだかすでにカップルになっているみたいな雰囲気を漂わせているのは気のせいだろうか。ロリ長の要領の良さは、重徳としても是非とも見習わなければいけないと変なところに感心している。


 とここで歩美が…



「ノリ君はどうしますか?」


「実は俺はとっくに冒険者登録しているんだけど、みんなと一緒に見学してみるよ。何しろ家から歩いて5分だから」


「そうだったんですね。ついでにノリ君のお家も見てみたいです」


「広いだけでボロいぞ。お茶ぐらい出すから寄ってみるか?」


「はい、ぜひお願いします」


(歩美さんがキラキラの笑顔を見せているな。俺の家に来るくらいでどうしてそんなに嬉しいんだろう? ああ、でも子供の頃に友達の家に行くのはちょっとワクワクしたっけ。きっとそんな気持ちなんだろうな)


 重徳のニブチンな解釈が炸裂中。ロリ長を見習って女子の上手なエスコート方法というものをもっと勉強しないといけないのは明々白々。これだけ歩美がアプローチしているのがなぜわからないのだろう?


 さらには別の声が…



「師匠、自分も忘れないでほしいッス。ムガムガガー!」


 義人はまだ先輩のオモチャになっているよう。彼の反応があまりにも面白いので、調子に乗った先輩がアメちゃんを口に押し込んでいる最中。


(義人、今しか味わえないこの幸せをしっかりと噛み締めろよ)



 こうして着替えを終えて装備を整えた先輩に引率されて1年生はダンジョン見学に向かう。重徳にとっては今更見学も何もないのだが、歩美にバレないように他のクラスメートと歩調を合わせて今日はダンジョンに出向くつもりのよう。立場としては登録だけしてある1年生だという意識で臨むというのを忘れないでもらいたい。



 全員が校門を出て駅とは反対方向の道を歩いていく。1年生は重徳以外全員電車通学なので、反対方向のこちら側に来るのは初めて。普段は見慣れない景色を見ながらもそれぞれの会話が弾んでいる。



「このT字路を右に曲がると俺の家で、左に曲がるとダンジョンだよ」


「ノリ君のお家は本当に学園のすぐ近くなんですね。あとで伺うのがとっても楽しみです」


 そんな会話をしながら目的地のダンジョンにはあっという間に到着する。



「ここが日本に6箇所あるダンジョンひとつの大山ダンジョンだ」


 先輩に敷地の入り口で教えられて、重徳以外の1年生はここがそうなのかという表情を浮かべている。初めて来た人間にとっては、なんとも言えない非日常感が漂う場所に感じられるよう。それこそがダンジョンが醸し出す独特の雰囲気なのかもしれない。



「ノリ君、なんだか銃を持った人が警戒していますけど、やっぱりダンジョンというのは危険な場所なんでしょうか?」


「俺にとっては子供の頃から近所にあったからそれほど危険な場所という認識はないかな。ともかく入り口に居ても仕方がないから中に入ろう」


「はい、わかりました」


 歩美はちょっと緊張した様子。彼女だけではなくて、ここに初めて来たメンバーはこの世界と異世界が交錯する独特の雰囲気に気を呑まれているような表情。



「それでは管理事務所に行こうか」


 こうして重徳たちは稲盛先輩の先導で管理事務所に向かって歩くのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ダンジョンに到着した第8ダンジョン部一行。さっそく手続きに入ります。その後は1年生だけで重徳の自宅に向かって…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!


「面白い」「続きが早く読みたい」「重徳とカレンは本当に弟とお姉さん的な関係のままなのか?」


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