　家に帰ってから着替えた重徳は机に向かって魔物（モンスター）図鑑を開く。普段机の上のスペースはリュックを置く場所と化しているが、たまにはこうして自宅で真面目な表情で本を開くのも悪くはないという気分。だが重徳のこんな姿を両親が見たら、悪霊に取り付かれたのかと勘違いして大騒ぎをしつつ霊媒師やら呪術師を呼んでくるかもしれない。そのくらい彼が自分の部屋で本を開くなどあってはならない珍事らしい。

　ひとまずは５階層くらいまでに出現する魔物の種類と特徴を頭に入れておこうとページをめくり出す。初めのうちはそんな深い階層まで行くつもりはないし、レベルが高い魔物については徐々に覚えていけばいいだろうなどと考えつつ、図解入りで描かれる魔物の特徴に目を凝らしていく。

（なになに…　スライムは色ごとに種類が分かれているのか。水色は火に弱くて、赤は水に弱いんだ。なんだか面倒だな。でも物理攻撃が効果ないんだから何らかの対策は必要になってくるだろう。火とか水をあらかじめ準備する良い方法を考えないとな。こうなると魔法を使える勇者が実に羨ましい。それから担任は入学式の日にＣクラスは魔法使いが集まっていると言っていた。いずれはそこから誰かをパーティーに引っ張ってこないといけないかもな。まあその件に関しては後々考えていこう。今はどうやってスライムを倒すかだ）

　こんな感じでツラツラ考えるも、めったに使わない重徳の頭にいいアイデアなど浮かぶはずもない。

（ダメだーーーー！　しばらく考えてみるが全然妙案が浮かばない。俺自身は完全に物理攻撃に特化しているから当然魔法なんて使えるはずがない。いきなり出だしから思いっきり躓いた格好だ。それに元々考えるのは苦手なタイプだった。考えるよりもまずは先に行動して、後から理由をくっつければいいと思っているからな）

　ここまでの話で重徳を脳筋の武術バカと何も知らない他人は判断するだろう。だがここで言っておくが彼は当然ながら脳筋の遺伝子を多々持ち合わせてはいるが、体力一辺倒で何も考えない人間ではない。

　そもそも四條流の古武術というのはかなり理論的に組み立てられている。きちんとその理論を弁えていないと何もできないほどの精巧な技術の積み重ねと評してよい。それは現代風に言えば生理学であったり医学に通じる部分もあるし、てこの原理や重心の移動といったある種物理的に物事を考えなければならない側面がある。日本に古くから根付く武術とはいえ、中々馬鹿にした物ではない。それは先達たちの経験の積み重ねであったり、今みたいに科学が発達していない頃から体の仕組みを理解していこうという試みの現れともいえるだろう。

　だからこそダンジョンでの魔物との戦闘においては、重徳自身四條流を横に置いて戦うと決めている。なぜならその戦闘技術はあくまでも対人戦を想定したものであって、あまりに人間同士の戦いに特化しすぎている。魔物は当然ながら人間とは体の作りが異なっているし能力も全く別物。応用はするが四條流には拘らない違った戦いの技術が絶対に必要になるはずと彼は考えている。この辺をすぐに見極められるのは、重徳が生来持ち合せている戦いのセンスのなせる業かもしれない。

　話が大幅に逸れてしまったので元に戻す。スライムの対策に関して頭を悩ませる重徳。時刻はまだ午後５時前で西の空には夕焼けが広がる。

（考えていてもしょうがないから何か使えそうな物がないか探しに行こうか。他にも役立ちそうな道具があればもちろん調達するぞ）

　ということで重徳は近所にあるホームセンターに来ている。ダンジョンの魔物と戦う武器を売っている店など心当たりがないので、何か役に立ちそうな品はないかと顔を出してみた。郊外型の大きな店舗で日用品からプロが使用する専用の工具までほぼ一通り揃う豊富な品揃えを誇っている。何かダンジョンで役に立ちそうな道具を見て回るが、こうしてみると結構気になる商品が目に留まる。

　まず最初に目に付いたのはチェーンソー。映画〔１３日の金曜日〕でお馴染みの振り回せば凶悪な武器になるあの一品。だが予算が全然折り合わないから却下。そもそもこんな取り回ししずらそうな得物は仮にも四條流を名乗る重徳には相応しくない。四條流を離れて戦うとはいってもモノには限度がある。これは林業関係の皆さんか、世紀末アニメの中でモヒカン頭でヒャッハーしている人たちに任せるしかなさそう。

　次に目に付いたのは雑草を焼くカートリッジ式のバーナー。筒状の本体にカセットボンベを差し込むだけでセット完了。スイッチひとつで１３０００キロカロリーの炎を生み出す優れもの。これは中々良さそうだし、お値段が１万２千円なら高校の合格祝いでもらった小遣いでギリギリ手が届く。ただし長さが１メートルくらいあって、いちいち持って歩くのは面倒そう。しかも片手が塞がってしまうと戦闘時の動きにも支障が出る可能性もある。だがそれを補って余りある威力があるのは認めるので、重徳の中では一応一応保留扱い。

　工具のコーナーでは刃物やノコギリなどの他にバラエティー豊富な商品が目に入る。まず面白そうなのが電動クギ打ち器。大工さんが建築現場で木材に一瞬で釘を打ち込んでいく便利な工具。もちろん安全に留意して目印をつけた材木の所定の位置に釘を打ち込む用途で使うのだが、これを何もない場所に向けて用いるとどうなるか…　　

釘がかなりのスピードで飛び出していく凶器になる。利用法はありそうだが、値段の面と正確な射撃が出来るか不安が残るので却下。

　その他にも電動グラインダーとかドリルなどを見て回るが、今ひとつピンとこない重徳。だが彼はとある工具の前で立ち止まって手に取って持ち具合や重さを確かめている。　

　彼が手に取ったのは黒光りするありきたりなバール。四條流は無手の武術といえども時と場合によっては暗器や刀も使用する。バールは頑丈な鉄の塊で壊れにくい上に鈍器としても優秀で、先を尖らせれば突き刺すことも可能。このくらいのズッシリした重さがあれば、ゴブリンの頭くらいは容易にかち割れそう。もしも複数の魔物に囲まれた時には一撃で確実に仕留めなければならなくなる。そんな時には絶対に役に立つだろうからこれは購入決定。

　ナイフ等もあると便利だから小型の物をひと振り買っておく。予備の武器というだけではなくてサバイバルの必需品として絶対に必要となりそう。キャンプ用品のコーナーにいけば予算に応じてお好みのナイフが手に入る。

　あとは水筒も必需品。水は持ち運びが大変だが、喉が渇くと動きが鈍るから仕方がない。ましてやダンジョンで脱水症状なんか起こしたら目も当てられない。保温性のある品ではなくて一番軽くて容量の大きいモノを購入。

　それから一応頭を保護するヘルメットとベルト付のライトも購入する。暗い場所で視野の確保は重要だろう。ただしこんな物を被っているとまるで工事現場の作業員に見えるかもしれない。安全には代えられないから躊躇わずに購入するけど、さすがに黄色は遠慮したいところ。白いプラスチック製のヘルメットを手にとって被ってみる。サイズはオーケーだろう。

　そのほかに何かないかと日用品のコーナーを見て回る。そこで俺はついにスライム対策に有効な物を発見してしまった。

（しめしめ、これさえあればスライム如きはイチコロだな。ついでにああ使えばますますいい感じになるだろう）

「ありがとうございます。全部で１３８３６円です」

　高校生の身には痛い出費だが、これでダンジョンに入る最低限の準備が整う。あとは稽古で使っているプロテクターで胴体部分の守りを固めれば何とかなりそう。よし、早速明日から中に入ってみよう！

　翌日…

　入学３日目のこの日は学科の授業で、珍しく学校で取り立てて騒ぐように事件が起こらなかった。初日と２日目に色々とあった分、なんだか何もないと拍子抜けする気分がしてくる。強いてあげれば今日は昼食の時に梓と歩美とお情けでロリ長も一緒に机を寄せ合って弁当を食べた。

（鴨川さんは料理が得意でお弁当も朝起きてから自分で作ると言っていたな。家庭的な女の子ってやっぱりいいもんだ。タコさんウインナーをひとついただいて、心の底からその味わいを噛み締めた。ちなみに二宮さんは料理は壊滅的だと本人が申告していた。勇者が料理をしている姿というのもなんだかアレだし、別にいいんじゃないだろうか。それよりも３段重にビッシリと敷き詰められたご飯とおかずをペロリと平らげる姿にちょっと引いたな）

　校門で三人と別れた重徳は、家路に就きながらこの日の学園での出来事を思い返している。そして一旦家に戻った彼は速攻で着替えて準備を整える。動きやすい服の上からプロテクターを着けて頭にはライト付のヘルメット。革の手袋とリュックの中に昨日購入した品々を詰めたら直ちにダンジョンに向けて出発する。といっても家から歩いて５分で到着するのだが。

　ちなみに重徳は学校の誰にもダンジョンに挑む件は伝えていない。ダンジョン内では全ての行動が自己責任だけに、中に入る決断も自から下さないといけないと考えている。行きたいと言われれば一緒に行くのも吝かではないが、本人が申し出ない限りは彼から誘うことはないだろう。

　ダンジョンの入り口には相変わらず自動小銃を抱える自衛隊員の人が２名で厳（いかめ）しい表情で立ち番をしているが、重徳が登録証を示すとすんなりと通してくれる。事務所に立ち寄ると昨日彼の登録を担当してくれた職員がカウンターに座っている。

「おや、君は昨日登録したばかりの四條君だね。早くも今日から中に入るのかね？」

「はい、ちょっと様子見で今日は１階層をウロウロしてみたいと思います」

「そうか、十分気をつけるんだよ。ああ、これは１～５階層までの地図だよ。ただし時々新しい通路が出現するから、もし発見したら報告してほしい」

「わかりました、ありがとうございます」

　重徳は通路の詳細が書いてある地図を受け取ると、挨拶をしていよいよ入り口に向かっていく。建物の奥にある順路の矢印に従って進むと、そこには駅の改札のようなゲートが設けられている。センサーに登録証をタッチするとゲートが開く仕組み。

　無事にゲートを通過してコンクリート造りの建物を抜けると、話に聞いたとおりの洞窟のようなダンジョンの通路が奥に向かって延びている光景が目に飛び込んでくる。その内部を３歩進むと、明らかに空気が変わったという感覚が肌に伝わる。どうやらここから先が異世界が侵食している場所になっているよう。その感覚は理屈云々ではなくて人間の本能にダイレクトに伝わるような、得も云われぬ摩訶不思議なモノ。言葉ではこれ以上表現しにくが、ここでしか味わえない本当に別の世界に自分がいるという感覚に包まれる。

　そのまま通路を進んで２０メートル先の地点からいよいよここから魔物が登場してエリア。気を引き締めながら歩いていると、１０メートル先に水色のブヨブヨした物体が動かずにじっとしている。ついにダンジョンで第１スライム発見！　水色だからおそらく火に弱い属性だったはず。重徳はリュックを開けて中から昨日購入したあの品を取り出す。

　俺が手にするスチール製のこの物体、それは日用品コーナーで売っていた殺虫剤に他ならない。シュッとひと噴きであの憎きゴキすら倒せるご家庭の必需品。この殺虫剤は噴射と同時にライターの火を近づければ簡単に火炎放射器に早替わりする。良い子は絶対に真似をしちゃダメだぞ！　とっても危険！　ダメ、絶対！

　魔法が使えなくても要は火を当てればスライムは倒せるのだろうと考えた重徳は早速試してみる。足音を忍ばせて接近を図るとライターを点火して殺虫剤のスプレーを発射。当然ノズルから吹き出した殺虫剤はライターの炎に引火してスライムに襲い掛かる。ペロッと火がひと舐めしただけでブヨブヨしたスライムの体は解けて消えている。なんて弱いやつだ！　昨日散々対策に頭を悩ませたのにこんな簡単に消えるとは重徳自身思ってもみなかった。

（完全に拍子抜けだよ。魔法なんか必要ないじゃん！　殺虫剤一缶あれば倒し放題だよな）

　勝手がわかってきたから、重徳はスライムを探しては殺虫剤の火炎放射を浴びせて片付けていく。赤いスライムには炎が無効なので、試しにライターで点火しないで殺虫剤をそのまま噴射。すると、赤スライムはもがき苦しんだ末に消え去っていく。どうやら殺虫剤の中の殺虫成分がスライムにも有効らしい。他のスライムにも殺虫剤をそのまま噴射してみるとやはり効果がある。どうやらわざわざ火炎放射器にしなくてもいいようだ。一缶３００円の殺虫剤が万能すぎる。今度は大量に購入しておこう。時には毒（ポイズン）スライムなんていう変異種もいるらしいから、その時にはまた火炎放射器を登場させればいいだろう。それまでは良い子が真似をしてはいけないから封印する。

　１５体目のスライムが消え去った時、重徳の頭の中でピコーンという音が鳴る。初めて聞く音だったけどなんとなく自分のレベルが上がったんだと理解できた。なるほど、最初は簡単にレベルが上昇するというのは本当の話のよう。スライム１５体であっさり上昇というのは思いの外お手軽に感じられる。

　地図を見ながら通路を歩いていくとどうやらスライムゾーンは抜けたよう。ここまで相当な数のスライムを倒してきた。すると今度は前方からペタンペタンと響く足音が聞こえてくる。重徳は大活躍してくれた殺虫剤の缶を一旦リュックに仕舞って、ベルトのホルダーに差してあるバールを右手で引き抜く。

　通路の角から姿を現したのは緑色の肌で背丈は小学生くらい、額には１本角を持つお馴染みのヤツ。魔物図鑑で見たゴブリンそのものだ。重徳を見るその濁った目は獲物を見つけたかのように爛々と輝いている。

　ギギャギャ！　

　何を言っているのかわからないが、ゴブリンは叫び声を上げながら彼に飛び掛ってくる。重徳の目からするとなんとも稚拙な動きに映る。ゴブリンの動きを見極めてからひらりと身を躱すと、突然目の前にあった目標を見失ったゴブリンはそのまま地面にヘッドスライディングを敢行している。どうやら知能が相当低いと見受けられる。相手がその場に立っていると思い込んで飛び掛るなどとは愚の骨頂。腹這いに倒れたゴブリンが起き上がろうとするところに、重徳は後頭部に向けてバールの先を振り下ろす。

　ギギャーーーー！

　今際の叫びを上げながらゴブリンは息絶えていくと、重徳の頭の中で再びピコーンという音が鳴る。どうやらまたレベルが上がったよう。その後も５体ほどゴブリンの相手をして、ひとまずは今日の結果に満足して彼は進んできた通路を引き返すのだった。

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　ついにダンジョンに足を踏み入れた重徳。次回は学園内に舞台を移して、また新たな出会いがありそうな…　この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに！

　それから読者の皆様にお願いです。

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